異世界人と共に事件を解く ~ギルドハウスでの殺人~
事件はギルドハウス内、訓練用スペースの一室で起きた。
奥の部屋にて、血を流して仰向けに倒れる男。
見るも無残な光景が広がっている。
やって来た憲兵隊の人たちが、鎖を張り巡らせて立ち入り禁止にしている。
……俺がその代表。今回事件を担当する部下たちは、しっかり仕事しているようだ。
僕は鎖をくぐって、事件が起きた部屋の内部へ侵入。
ふむ。二十歳前後の男性冒険者か。腰に剣が刺してある。
胸に深々と短剣が突き刺さっている。まだ血が渇いていないことから、そこまで時間が経っていないと予測できる。
……というのは、魔法が使用されていなければの話。
血液の潤いが残るように魔力が付加されていたりすると、状況が変わってくる。面倒な話だ。
「魔法の形跡はあるか?別の場所で殺してから運ばれた可能性はあるか?」
「魔法を使った形跡はありません。この場所に来るためには人の集まる大広間を通る必要があることを考えると、死体を運んできた可能性は低いです。」
一番近くにいた若い隊員が答える。
魔法はナシか。魔力の痕跡を辿って、犯人を判明させることはできないようだ。
「懐から見つかったギルドカードによると、犠牲者はマギト・メイダス、中堅冒険者です。彼は普段から、この訓練場をよく利用していたそうです。」
「もうそこまで調べがついているのか。今回の担当班は優秀だな。」
情報の回りが速くて助かる。
この分なら、早期解決が期待できそうだ。
「ごめんジーク、遅れた。……はー、凶器のナイフ、指紋べったりじゃん。検査すれば一瞬で犯人わかるのに。」
やっと来たか。
今、俺の隣には痩躯な若い男が一人立っている。名はリュウイチ・ヒガシデ。
憲兵とは違う部外者だが、俺の一存で許可が下りている状態だ。
「リュウイチ、何かわかるか?」
「……ま、いつもと同じ言い方をするとさ。僕の世界ならあっさり解決できたってだけかな。」
またそれか。
『シモン』だとか、『ディーエヌエーケンサ』だとか、聞き覚えのない単語がリュウイチからはよく出てくる。
本人曰く、リュウイチは異世界人というやつで、元いた世界にはそんなものがあったらしい。
見るからに怪しい男には違いないが、彼の洞察力によって解決された事件が何度もある。
協力してくれるのはありがたい限りだ。
「魔法は関係してるの?」
「いや、形跡はないらしい。」
リュウイチはこくこくと頷いた。
そして、口を固く閉ざして考え込む。
「今日、ギルドハウスを利用した人間の中に犯人がいるはずだが……骨の折れる作業になりそうだ。」
「まだ詳しくはわからないけど……多分、犯人とこの人は知り合いだよ。」
目を細めて、リュウイチが呟いた。
それが本当なら、かなりの進展だが……。
「どうしてだ?この訓練場を利用する冒険者はたくさんいる。顔見知りだと断定するには早いと思うが。」
「剣が鞘の中だからさ。」
リュウイチはある所を指さした。
鞘に収まったままの剣。少し血がかかって赤みがかっている。
「そしてナイフは胸部に刺さっている。知らない人が目の前にいる状況で、完全に無警戒で武器を構えない冒険者なんていないよ。ましてやここは訓練場だ。納刀するとしたら……一人で休憩中か、知り合いと話をする時くらいだろ?」
「!!」
なるほど、筋は通っている。
やはりリュウイチの洞察力には目を見張るものがある。
俺は近くの憲兵に声をかけた。
「犯人は犠牲者と顔見知りである可能性が高い。優先的に調べろ。」
「ハッ!!」
「……という訳で、お前たちに来てもらった。」
「マギトさんが……そんな。」
「……。」
「なあ兵士さんよ。それはつまり、オレたちの中に犯人がいるってことかあ?」
俺たち憲兵隊の力で情報を集めた結果、三人の人物が招集された。
左からうら若い女、華憐な少女、屈強な見た目をした男。
名はそれぞれミラ、ナタリー、ケルド。
「確実とは言わないが、お前たち三人の中にいる可能性が高いと見ている。」
三人の顔つきが神妙になる。
殺しが起きた時の、いつもの光景だ。
「殺しが起きたのは昼過ぎだと推定。その時、お前らは何をしていた?」
「アリバイ、教えてください。」
ケルドの顔が少しずつ怒りを露わにした。
その鋭い目つきは、俺の隣にいるリュウイチに向いている。
「それよりも、その兄ちゃんは何者だ?兵士じゃないのなら、出て行ってくんねえかな。」
「コイツも憲兵の仲間だ。雰囲気が異質かもしれんが、圧倒的に頭が切れる。我慢しろ。」
リュウイチが気まずそうに会釈した。
困惑する女たちと、苛立ちが消えないままのケルド。あまり良い空気ではないが、話さえ聞くことができればいい。
「え、えっと……じゃあ私から。」
ミラが手を上げた。
「私はギルドハウス内の書庫にいて、そこでダンジョンの見取り図を確認していました。明日、マギトさんたちと一緒にここに潜る予定だったんです。そこで私が見取り図をギルドから借用したんです。それなのに、こんなことに……。」
悲しそうにうつむく。
彼女の手元には、その話に出て来た地図が握られている。
恐らく嘘はついていないのだろう。だが、地図を急いで回収してから訓練所に向かった可能性も……。
「では、次は私が。」
ナタリーが一歩前へ出る。
ミラと比べてすこし年下……だが、年齢に見合わぬ落ち着いた雰囲気だ。
「鍛冶場で、剣の整備をしていました。さび付いた剣は切れ味が劣りますので。確かその時は私一人で、静かな様子でした。他の職員さんもいらっしゃらなかったと記憶しています。マギトとはずっと仲良くしていましたから、とても残念です。」
少女は悲しげな表情のまま、淡々と告げる。
……剣の整備か。まあ俺もたまに砥石で剣を研ぐから、おかしい話ではない。
しかし、慣れた人間ならその作業はすぐに終わる。時間が余るような気がするが……。
「……んで、最後がオレか。」
「お願いします。」
気だるげにケルドがため息を吐き、リュウイチが注意深く耳を傾ける。
「はー、オレはやってないってのに……オレは———」
ん、誰か来た。
憲兵隊の一人だ。汗水垂らして走っている。
「ぜえ、ぜえ……他の冒険者たちから情報を得てきました。」
「オレの話遮んなよ。……まあいいか。」
「悪い。それで、何かわかったか?」
顔を青くした隊員は、息を切らしながら口を開いた。
「訓練所へと続く通路ですが……犠牲者のマギト本人以外の冒険者は、誰一人通っていないそうです!!」
「……マジかよ。」
はあ……話がややこしくなった。
魔法を使用した形跡は確認できなかった以上、訓練所に行くにはあの通路を通るしかない。訓練所は独立した場所にあるから、抜け道なんてものもない。訓練所とギルドハウスを繋いでいるのは、本当にあの通路一つだけ。
それを誰も使っていないとなると……はあ、意味がわからねえ。
「へえ、面白くなってきた。」
リュウイチが不敵にほほ笑む。
俺は頭が切れる訳じゃないから、今回も任せるしかないようだ。
「こんな状況でオレが喋らにゃいかん理由がわからんが、とりあえず。オレは酒場で飯を食っていた。昨日取ってきた鉱石を換金した後だったからな、受付嬢に聞けばわかる。マギトが訓練しているのは知っていたが、アイツの方が剣捌き上手いから、オレが立ち向かっても勝てなかっただろうよ。」
寂しそうに笑った。
こんな態度ではあるが、悲しさで溢れているのだろう。
コイツは飯か。そろいもそろって単独行動をしていたとは、幸先が悪い。
「んー……。」
リュウイチは顎を触って何か考え事をしている。
まだ閃いていないようだ。
「早いこと解放してくれねえか?マギトは親友だ、しっかり弔ってやりてえんだ。」
「私もよろしいでしょうか。するべきことがまだ残っていますので。」
「犯人、私たちの中にいるとも限らないんですよね……。」
まずい。この三人を引き留める口実がない。
これ以上長引くと俺たちの権威に響く。
ひとまず解放するしかないか。
「仕方ない。後日詳しい話を聞こう。」
「その必要はないよ、ジーク。」
後ろから肩を叩かれた。振り向くと、白い歯を見せてリュウイチが笑っている。
その顔は、いつものあれか。
「ここまでの皆さんの話でわかったよ———犯人。やっぱりこの中にいるみたいだ。」
「「「え!?」」」
今までの話の中にヒントなんてあったか?
犯人は誰だ?
☆(以下ネタバレ注意)
「犯人、アンタだったんだな。」
「……。」
「今回の事件、重要な証言は容疑者三人のものだけじゃなかったんですよ。」
リュウイチが得意げに語り始める。
また、俺たちにはわからない異世界の単語を使っている。『ヨウギシャ』って何だ。
「鍵となるのは、途中で来た兵士さんの話です。『あの通路を通った冒険者はマギトさんだけ』。訓練場に行くには、その通路を通るしかありません。だから犯人は通路を通ったんですよ。」
「……。」
「周りの冒険者が揃って嘘をつくなんてありえない。つまりその証言は信用できます。だから、実際に冒険者は誰も訓練所へ行っていないんです。」
「……。」
「あとはもう、わかりますね?犯人の———
ナタリーさん。貴女はギルドハウスのスタッフ。訓練所の整備をする他のスタッフに紛れて、堂々と通路を使用して現場に向かったんです。」
「犠牲者に刺さっていたナイフ、マギト本人に研いでくれと頼まれた代物だったみたいだな。奴との間にどんな確執があったのか知らんが、話は牢で聞こう。」
「……好きだったんです。」
憲兵二人に縛られたナタリーは、下を向いたままぼそぼそと何かを語った。
「マギトの優しさに惹かれて、ずっと愛していたんです。……それなのに、彼は『冒険者しか愛せない』って。一緒に冒険できない女は嫌だって……どうしても、許せなかったんです。」
「もういい、連れていけ。」
「はっ。」
犯人の少女は、特に抵抗することなく連れていかれた。
ギルドの一角にて、俺たちと二人の冒険者が残る。
「マギトさん……うっ、うっ。」
「噛みついて悪かったな、兄ちゃん。」
俺は隣で満足気にたたずむ男の方を見た。
リュウイチはこちらを向くと、苦笑いのような表情で眉を潜めた。嬉びの一言で済むような、単純な感情ではないらしい。
「謎が解けたのは嬉しいけど、やっぱり気持ちのいいものじゃないね。」
「当然だ。俺たち憲兵隊が暇で、ただの給料泥棒になるのが最終目標……あの日そう誓っただろ?」
「違いないや。」
俺はこの異世界人を連れて、ギルドハウスを出た。
☆
皆さんは『叙述トリック』というものをご存じでしょうか。
ざっくりと説明すると、文章に含みのある書き方をしたり、あえて描写しないことなどにより、それとなく真実を隠す手法のことです。
今回であれば、『ナタリーだけ冒険者ではない』事実をそれっぽく隠してあるネタです。ナタリーだけは、自分が冒険者じゃないと仮定しても証言の内容がおかしくありません。『他の職員さん』という発言は、自分も職員であることを暗に示していると捉えることもできると思います。
探偵漫画や推理小説などで有名な、『アリバイトリック』や『凶器のすり替えトリック』のような派手さはありませんが、後から気が付くと納得感がある……気がします。
そしてこの手のトリックには『叙述トリックであるという事実がネタバレ』というジンクスのようなものがあります。
文章を読む前から『これ叙述トリックだよ~』と誰かに伝えられたら、皆さんはどうするでしょうか?
一文一文を注意深く読んで、先に真実を見破ろうとする方が多いと思います。
叙述トリックはその性質上、叙述トリックだとバレていたらあっさり見破られるものが多いです。
なにせ文章中に必ず答えがあり、特別な知識は必要のないケースが多く、そして真実と矛盾するような描写は基本的にないのですから。
これは私の自作ですが、調べてみると他にも面白い叙述トリックが見つかると思います。
クイズ感覚で、ぜひ調べてみてね。
これとは別に連載している、「第二の身体を得た男の話」もよろしくお願いします。
最近50話を突破しました(pvとかはお察し)。