涙無しには語れないお話なのです(嘘だけど)
納得いかない部分もありますが細かい所は目を瞑ることにして更新優先していきます。
午後になり、発案した計画を実行すべく、エントランスへ可能な限りの使用人達を集めてもらい、彼らを見渡せるように二階部分へ昇った。
予定では一階のホールで一緒に立つつもりだったが、予想外に集まってしまったので急遽予定変更と相成った。
こちらを見上げる使用人達の目は、概ね明るいものだった。テリア達が言うには、予てからこの屋敷に女主人が来ることを心待ちにしており、あの公爵が選んできたのだから、と期待値もかなり高いらしい。
そんなことを聞いたばかりに、割と大袈裟な計画になってしまったが、仕方ない。少し離れて視界の端に映るアジルは浮かない表情をしている。彼は今回の私の計画にイマイチ納得はしていない。
私にも都合というものがある。こんな結婚に応じたのは、何も仕方がないからというだけではないのだ。
「初めまして、皆様。私はエリーナ・マクワイアと申します」
小さく息を吐いて気持ちを整え、私の計画という名の作り話を語るーーー。
マクワイア家の令嬢エリーナは16歳でデビュタントを果たし社交界へデビューしたが、とある男に目をつけられ、執着され始める。最初は手紙が送られてくる程度だったが、次第に行く先々に現れるようになり、妄言でしかない愛を語り出すようになった男に恐怖を覚え、領地に引きこもり、一切の社交の場に出られなくなってしまった。
だが、とある縁で知り合ったローゼンベルク公爵は彼女の不幸に心を痛め、解決のため協力を申し出た。
彼女も思いもよらない助けに戸惑いながらも喜び受け入れ、次第に打ち解けていった。
最早ストーカーと化した男がいつ領地まで押しかけて来るか分からない状況で彼女を案じた公爵は、必ず守ることを誓い、結婚を申し込んだ。
そこまでしてもらうわけにはいかない、彼女はそう言って受け入れなかったが、結婚とは契約であり、問題が解決したら離婚してくれても構わないと説得され、最後には首を縦に振ったのだったーー。
これが、まさに青天の霹靂であったローゼンベルク公爵の結婚の真相であると説明し、事情が事情だけに他言無用であること、夫人は社交界に出られないことを使用人達に納得させ、夫人本人を奥様と呼ばず、代理人の子爵令嬢『イレーヌ・ファーガソン』として扱うように厳命した。それは、この場に来られなかった使用人に対しても同じように伝えるようにとも付け加えて。
話し終わり改めて使用人達の顔を見渡すと、やはり概ね信じ込んでいるようだ。悲しみや哀れみ、同情するような色が綯い交ぜである。
「皆さんの貴重なお時間をありがとう。私はいつまでこのお屋敷にいるか分かりませんが、公爵家の女主人として、公爵様に恥をかかせることのないよう努めることをお約束致しますわ」
最後に精一杯、悲劇に見舞われたご令嬢らしく、健気に見せながら言葉を紡ぎ、深窓の令嬢かのようなカーテシーで締めくくった。
「さあ、奥様の分まで頑張らないといけないわ。私に任されているお仕事は何かしら?」
このお屋敷の女主人であり奥様本人である女性から、気合を入れてやる気に満ちた目を向けられた若き執事長は渋い顔をしながら書類の束を彼女の目の前の執務机へ置いた。
「おく…イレーヌ様のお仕事については、暫くの間は私から、引継ぎをさせて頂きます。お仕事の主な内容は屋敷内予算の管理と使用人達の管理になります。本来なら、社交に関してもお願いするところですが…」
アジルは最後の言葉を濁した。表向きには出られないと言ったが、実際は出てはいけない、なのだ。
私は社交界は好きな訳では無いし、実は願ったり叶ったりとも言える。
私は私の領地と財産も管理しなければならないのだ。
「分かったわ、アジル。じゃあ、今日からでも出来ることからやって行きましょう。あぁ、そうだ。この手紙を出してきて欲しいのだけど、誰にお願いすれば良いかしら?」
昨夜のうちに認め封蝋を押した手紙を取り出す。なくしては困るので、テリアに預け、先程受け取ったばかりのものである。
「手紙、ですか」
「えぇ。安心して、公爵様との約束を破るようなものではないわ」
にっこりと笑んで見せる。そう、手紙とは言っても個人に宛てたものでもなければ家族に宛てたものでもない。
とても重要な手続きの為の手紙だ。
「では、私が預かりましょう。基本的には侍女に預けて頂いて構いませんよ」
「そうなのね、分かったわ。ありがとう」
こうして、私の職業公爵夫人としての生活が始まるのであった。