あなたとダンスを
「今日の夜会が建国記念パーティーだったとは初めて知りました」
「すまない、言い忘れていたな」
「いえ、それは別に構わないのです、私も聞くのを忘れていましたので」
殿下達のダンスを眺めながら、何とはなしに言葉を交わす。特に意味のない雑談、というものが自然とできるようになったのは大きな進歩だと思う。
「そういえば、旦那様は王太子殿下と仲がよろしいのですよね?ご挨拶には向かわれるのでしょう?」
「…そうだな。あまり気は進まないが、王族に二人で挨拶に向かうのは周知させるためのパフォーマンスとしては十分だろう」
「…本当に、仲がよろしいようで、羨ましい限りですわ」
面倒くさがる様子を隠そうともせずに言う様子に、思わずくすくすと笑ってしまうと、旦那様は少し不貞腐れたような表情で、ふいと顔を逸らしてしまった。近頃は本当によく、感情を見せてくれるようになった。そしてわかったことが、旦那様は案外可愛らしいということ。普段は美しさやら凛々しさが全面に出ているけれど、実際は男の子のような一面も持っている。
そうこうしている間に殿下達のファーストダンスが終わり、参加者たちもダンスに向かうなり王族への挨拶へ向かうなり動き出している。基本、王族への挨拶は爵位が高い者から順に、という暗黙の了解があるので、今ダンスを始めようとしているのは爵位の低い人達だろうか。
「旦那様、陛下達への挨拶へ向かいましょうか?」
「いや…ダンスの後でいい。行こう、エリーナ」
挨拶の順番は決められているわけではないのだから、確かにダンスが先でも構わない。けれど、これだけ注目されている中で敢えてダンスを先にするだなんて。
頬に熱を感じ、赤く染まっているだろうなと考えながらも、差し出された手をとってダンスホールへ進み出る。周囲の人々が道を譲るので、自然と中央へと辿り着いてしまった。向かい合って礼をして、互いに手を添え合って組み合い、音楽に合わせてステップを踏む。
「…あの。ど、どうして、ダンスを…?」
血の滲むような練習の成果か、ステップにも身の振り方にも不安がなく、話す余裕がある。余裕があるからこそ無言ではいられず、会話の取っ掛かりとして一先ずの疑問を投げかける。
「君も気が付いてはいると思うが、周囲の目は良いものばかりではない。君にも私にも悪意は向けられる。だからこそ、我々の仲の良さを見せるパフォーマンスが必要だ」
旦那様の言う通り。周囲から向けられるのは好奇、羨望、憧憬。それだけなら良いが、中には嫉妬や憎悪も感じられる。恐らく、旦那様に見初められたがっていた女性達からのものだろう。はしたないとすら思える程に悪意の感情を込めた視線をくれる女性ほど、装いは派手なものだ。
「…そうですね」
「だが、それは建前だ。…君がこの場で踊ることを楽しみに、励みにして練習に臨んでいたと聞いたからな」
確かにパフォーマンスとしては最適だ、と頭では納得していても、少し残念な気持ちを隠しきれず俯きそうになったところで、旦那様はこちらの言葉尻に被せるようにして告げた。
途端、弾かれるように顔を上げた。
「私も楽しみにしていたんだ。そのドレスを纏った君をここへ連れて来ること、この場で踊ること。君を自慢したかったんだ」
続いた言葉を聞いて、思考が止まった。理解しようと咀嚼を始めて、目の前の顔を見上げて。その顔が少し嬉しそうに、照れたように頬を赤らめているのが分かって。沸騰したみたいに全身が熱くなって、足がもつれそうになったけれど、しっかりと支えられていて難を逃れた。
何か。何か、言葉を返さないと。そう思ってはいるものの、一度停止してしまった思考はなかなか再起動ができず、真っ赤に染まった顔のまま、目を合わせられずに口をぱくぱくとさせている間に、曲が終わってしまった。
「…さあ、そろそろ挨拶に行かないとな。行こう」
それでもまだ返事はできず。エスコートで手を引かれるだけでは足がもつれて歩けなかった。仕方なしに腰を抱いてもらってやっと歩くことができて、また恥ずかしくなって尚更何も考えられなくなってしまった。




