趣のある良い部屋でした。
もうただの伯爵令嬢ではないのだと気持ちを切り替える為、少し大袈裟に一呼吸置く。
「では、奥様。まずはお部屋へご案内致します」
アジルに促されるまま席を立ち、彼の後について部屋を出る。廊下には執事が一人と侍女が二人おり、アジルに書類を渡された執事は彼とは逆方向へ向かい、アジルの後を追う私の後ろには二人の侍女が付き、屋敷の長い廊下を歩いて行く。
挙動不審にならない程度に視線だけを動かし、内装や部屋数を覚えていく。
流石は公爵家、エントランスだけでなく、どこを見ても豪華で荘厳。だからこそ、粗は目立ってしまう。
「こちらが貴女様の私室でございます、奥様」
ようやくアジルが足を止めた。本邸3階東館、一番奥の部屋。先程の応接室が中央館であったことを考えると間違いない。アジルがドアを開け、中へ促す。
室内へ足を踏み入れると、真正面の南側テラスのガラス戸から差す日が少し傾いているのが分かる。東側にも大きな窓があり、窓辺はいくらか余裕があり、鉢植程度なら観葉植物も飾れるだろう。
隅には簡易的な執務机と本棚があり、中央には応接スペースらしいテーブルが一つ、二人掛け程度のソファが二脚向かい合わせに置いてある。
西側のドアの向こうは寝室。天蓋付きの二人で寝ても十分な余裕がありそうな大きなベッドがあり、大きなクローゼットの側には私が持ってきたカバンが並べて置いてある。
廊下側にドアはなく、南側には先程の部屋と繋がっているテラスが見える。中央からベッド寄りには簡易的な丸テーブルに一人掛けの木製椅子が二脚。更に西側奥にはドアがあり、小さ目ではあるが、専用の浴室まである。
「素敵な部屋ね。気に入ったわ」
「…お気に召したようでなりよりでございます」
一通り見て回り最初の応接間へ戻ると、ドアから入ってすぐの場所にアジルが立っており、素直に感想を伝えると、初めに見せたような少し驚いたような表情を一瞬浮かべ、人の好さそうな顔をして頭を下げた。
「奥様、本日は奥様もお疲れのことでしょうし、予定は何もございません。それから、身の回りのお世話については、専属侍女を二人お付け致しますので、彼女らにお任せください」
「初めまして、奥様。専属侍女を仰せつかりました、シュリーでございます」
「同じく、テリアでございます」
「そう、よろしくね」
アジルの背後から先程後ろについて来ていた侍女二人が顔を見せ、室内に入ると並んで頭を下げた。
シュリーは赤毛のおさげの少女で、テリアはダークブラウンの髪をまとめた落ち着いた大人の女性。二人とも嫌な感じは少しもない。
「では、私はこれで下がらせて頂きますが…、奥様、一つだけお聞かせ頂きたいことがあるのですが」
「ええ、構わないわ。何かしら?」
「こちらの部屋をお気に召した理由をお聞きしたいのです」
アジルはあくまで礼を尽くした態度を崩さなかったが、理由の分からない問いかけを投げかけたその目は、どこか鋭さを感じた。
何故そんなことを聞くのかと疑問が浮かんだが、もう一度室内を見渡した。
「そうねぇ…。まず第一に、応接間と寝室でそれぞれ部屋があるというのは実用的で良いわ。次に、東側の窓。大きな窓だし、朝日が差し込んできて爽やかな朝を迎えられそうよね。寝起きで見たら眩しいでしょうけど、こちらは寝室ではないし。窓辺に余裕があって、何か鉢植のお花でも飾れたら最高ね。南側のテラスも広いし、天気の良い日にこのテラスでお茶を楽しめそうだわ。ゆっくり休めそうな大きなベッドも大きなクローゼットも素敵だし、更に専用の浴室まで。この部屋だけで一日の生活が完結できるわね」
彼の質問の意図は分からない。どんな答えを期待しているのかも分からない。だから、とにかく率直に、素直に思ったことだけを伝えた。
「…成程。納得いたしました。ありがとうございます、奥様」
一体何に納得したのかはさっぱり分からないが、彼のほんの少し満足そうな表情を見たら何も言えず、頭を下げた彼にはただ微笑みだけ返し、廊下に出た彼がドアを閉めて去って行くまでそのまま見送った。