公爵様(の見た目と経歴)は国宝級のお宝といったところでしょうか
レオニス・フォン・ローゼンベルク公爵。
太陽を切り取ったかのような眩いばかりの黄金色の髪、深く透き通ったアメジスト色の瞳。容姿と才能に恵まれ、他国との戦争では武勲を上げ凱旋し、内政では宰相に次ぐ権限を与えられている人物。
華々しい容姿と経歴の割に浮いた話がなく、適齢であるのに婚約者すらいないので妙な噂が流れていたりもしたのだが。
私を花嫁と呼んだ目の前の男性こそ、そのローゼンベルク公爵その人であるのはまず間違いがない。
「…お初にお目にかかります、ローゼンベルク公爵閣下。私は」
「挨拶は結構だ。一先ずそこに掛けたまえ。…アジル」
動揺を見せないよう細心の注意を払い、淑女の礼をしようとしたところでぴしゃりと遮られ、彼の正面にあたるソファへ座るよう促された。
相手は高位貴族、こちらは伯爵家だが歴史ある家門なのだから、最大限の礼節を持って対応するのが当たり前だ。
沸々と湧き上がる苛立ちを何とか抑え、促されるままソファへ腰かける。
正面のテーブルには、執事のアジルがまとめた書類が置かれた。
「それは契約書だ。内容をよく読んだらサインを。その後はアジルに任せてある。貴方は契約の範囲内であれば好きなようにしてもらって構わない。それでは失礼する」
「えっ…」
書類に視線を落とすと契約書と書かれており、いくつもの契約条件が書かれた一番最後にローゼンベルク公爵の名前があり、もう一つ、恐らく私の名前を書くべきであろう場所があった。
内容を全て確認するよりも前に、抑揚の少ない感情が読み取れない声色で告げると、公爵は席を立ってこの部屋唯一の出入口であるドアへ向かい、初めから決められていたかのように執事がドアを開け、口を挟む隙もないまま執事と共に部屋へ取り残されてしまった。
家門同士での婚姻契約がどんなものだったのかは聞いてはいないが、大体予想はついている。割ととんでもない条件ながら結納金という名の契約金が破格だったようで、後妻を迎えてから無能に成り下がった父は喜んで私を差し出したというわけで。
それでも、金だけはあるというような老人や貴族としての品格もないような輩のもとではなかったことだけは救いか。
一先ず不満は心の中で留めおき、契約書を手に取り、契約要項に目を通していく。
・社交界には一切の関与を禁ずる。
・公爵夫人としての権利と義務を享受すること。
・貞淑であること。
・与えられた権限のみを行使し生活すること。
・所用は全て執事を通すこと。
契約に違反した場合、又は前提条件に反した場合、即契約解除とする。
公爵と結婚したというより、公爵夫人として最低条件で雇用されたようなものか。
思わず溜息が零れ、契約書をテーブルへ戻す。
契約書の内容を要約すると、
・お茶会も夜会も禁止、つまり顔バレ禁止
・公爵夫人としての仕事はすること
・愛人作ったり浮気したりをしないこと
・生活圏やお小遣いには制限がある
・用事があっても直接顔を合わせることはない
約束が守れなければ即離婚、それ以外でも都合が悪くなれば即離婚。
結婚することそのものには私にとっても利点があるので何でも受け入れるが、これではこちらの予定を早めに進めていくしかない。
「どうぞ、こちらをお使いください」
「あ、ありがとう」
契約書を読み終えるのを見計らってか、アジルがインク壺と羽ペンを契約書の側へ置き、近くへ控えた。若く見えるのに、しっかりしているなぁと見当違いな感心をしつつ礼を述べ、羽ペンを手に取る。
インクを滲ませてしまわないように気を付けながら、公爵の名の隣に自分の名を書き記し、そのまま契約書を傍らに立つアジルへ渡した。
「ありがとうございます…エリーナ・マクワイア様。ローゼンベルク公爵夫人として歓迎いたします」
契約書に記された文字を一瞥し、アジルは恭しく礼をした。