4滴 温室の中
俺の目の前にある巨大な温室。
カレンの親はどれほど金を持っているのだろうか??
そしてどれだけ娘を甘やかしているのだろうか??
窓程度のガラスならそんなに高くはないだろう。
だが、目の前にある温室のガラスは相当なものだろう。
この大きさで強度を保とうとすれば相当な技術が必要なはずである。
俺はカレンの手を曳かれたまま温室に入る。
毎度驚くのだが、外が暑かろうと寒かろうと温度が一定なのだ。きっと何かしらの高価な魔道具でも使用しているのだろう。
温室の中にはどこから買い集めたのかもわからない植物が大量にあり、状態よく栽培されている。
一つ一つの鉢にラベルが付いていて、どこで採取したものか、いつ採取されたものかしっかりと記録されている。そして学名のあるものはしっかりとそれも記載されている。
俺がジロジロと見ないようにしている。
なぜなら・・・そうしてしまえばカレンの長い話が始まるからだ。
カレンは簡単に言えば植物コレクターだ。
世界各地にコネがあり、誰も見た事無いようなものさえ普通に栽培している。
カレンの趣味にあってしまえば植物一つで家が建つほどだ。
笑顔で俺の手を曳きながらコレクションの自慢をしていたカレン。だが、急に立ち止まって震え始める。
「お兄様・・・なぜここに??」
目の前にしゃがみこんでいる男を見て震えている。
ふと顔を見ると先ほどの門番の舌打ちの時以上に怒っているように見える。
「お父様がカレンを見張っておけと言ったからだよ。小汚い平民を敷地に入れたんだ。お父様の気持ちを考えてほしいものだ。まったく。」
ゆっくりと立ち上がる男。
「今すぐ出て行ってください。」
「フッ。そうは行かないよ。大事な妹が男と二人っきりだなんて。変な噂が立ったらどうする??」
鼻で笑い、俺を蔑む目で見るカレンの兄。
「あはははは!!その時はベル様のところに嫁ぎますからご心配なく!!」
大笑いして手を腰に当てて胸を張るカレン。
「そんなこと許されるか!!お前はこの家のために王家の者の所に嫁ぐんだ!!」
ものすごい形相で俺を睨む。こう言う時は俺ではなくカレンを睨めよ。
「で、ベル様!!何を持ってきてくださったのですか??」
兄を無視して俺と話をし始めるカレン。どうやら無視を決め込むらしい。
「カレン!!私を無視するつもりか?」
「あ〜〜〜〜。どうやらどこかに害虫が迷いこんでいるようですね。」
パンパンと手を叩くカレン。すると鎧よ来た女達が3名、駆け足でカレンのもとにやってきて膝を着く。
「カレン様。なんなりと。」
「あなた達は私の忠実な私兵でしたわね?」
「はい!!カレン様の命令なら死ぬことも躊躇いたしません。」
そこは躊躇しろ。
「私は今ものすごく困っています。どうやら私の大事なコレクションを害する害虫がこの中にいます。八つ裂きにして殺しなさい。」
「ハッ!!」
3名の女は鉢植えを少し持ち上げてはゆっくりと元に戻すを繰り返す。
「あなた達・・・なにを?」
その様子を見てすぐにカレンは女達を制止する。
「え??害虫を探しているところです。」
女達は困惑した顔でカレンを見る。
「あははははは!!あなた達!!面白いことをいいますね。害虫なら大きいのがいるでしょう??」
カレンは実の兄をチラリと見る。
「え?」
カレンの兄はカレンの目線に気付いて、少し後ろに下がる。
「えっと・・・カレン様・・・。あの・・・」
女達はカレンの言っていることを理解してしまったようで、困惑した顔をしてお互いの顔を見合っている。
「私の命令は何だったかしら??」
ニヤケながら女達に聞くカレン。
「が・・・害虫を八つ裂きにして殺せと・・・。」
カレンの言葉に顔色を変える女達。
「ふふふ。さぁ・・・やりなさい。」
目が笑ったまま兄を見るカレン。
その目を見て震え出すカレンの兄。
「し・・・しかし・・・」
震える女達を見てため息をつくカレン。
「はぁぁぁ。まぁそうよね〜〜。さすがにそれは出来ないわよね〜。じゃぁ・・・その腰につけている剣を私によこしなさい。害虫駆除のお手本をあなた達に見せて差し上げますから。ふふふふふ。」
つかつかと女達に近づき、一番近くに居た女が携帯している鞘から剣を抜く。
「害虫覚悟〜。」
カレンは兄に近づき、剣を上段に構える。その状態を見て震えながら床に腰を落とすカレンの兄。
「お・・・おい・・・や・・・やめ・・・」
「ふふふふふ」
カレンの目はマジだ・・・。放っておけばそのまま構えた剣を振り下ろしかねない。
フュン!!
何の躊躇もなくフリ下ろされる剣。
俺はとっさにカレンの前に立ち素手で剣を素早く挟みとる。
「さすがカレン様!!素晴らしい剣術!!ははははは」
俺の顔は真っ青だろう。まさか本当に兄に向かって躊躇なく剣を振り下ろすとは・・・。
俺の横で泡を吹いて痙攣するカレンの兄。
「おい!!アンタ達!!すぐにこいつを運び出してくれ!!」
「「「は!!はい!!」」」
血相を変えてカレンの兄のもとに駆け寄ってくる女達に笑顔で剣を差し出すカレン。
剣を受け取った女と他の二人はカレンの兄を担いで温室から出て行く。
「まさか・・・本気で斬るつもりだったんですか?」
「ふふふ。まさか・・・寸止するつもりだったはずですよ。気持ち的には。まぁ・・・技術は伴わないでしょうけどね。」
口に手を当てて笑うカレン。ものすごい邪悪な顔をしている。
「面白いよ今日も済んだことですし、ベル様!!は・や・く!!」
両手を俺の方に突き出して微笑むカレン。
「カレン様が探していた真紅のパクパクの葉と、不死鳥葛の種子です。不死鳥葛は根から引き抜くと育たないので種子を採って来ました。発芽の保証は出来ませんけどね。」
俺はゴソゴソと袋から鉢に植わった変わった葉っぱの形状をした植物と大きな種子をカレンに見せる。
「まぁ!!こんなにいっぱい!!ありがとうございます!!親木の場所は把握しているんですね??」
笑顔で俺から種子を受け取るカレン。
「ええ。ただ、魔物も強く一般的な冒険者ではいけないところですけどね。」
「近くに小さいものはなかったのですか??」
笑顔で受け取った種子を撫で回すカレン。
「ありましたよ。今は養生のために私の屋敷で様子を見ています。」
俺の言葉にカレンは嬉しそうに自分の体を抱きしめるように腕を回して回り始める。
「うらやましぃぃぃぃぃ!!何株ですか??何株あるんですか??」
「3株ですね。」
「はぁぁぁ!!見に行きたい見に行きたい!!あ!!そうだ!!今すぐ行きましょう!!」
「い・・・いや・・・それはさすがにヤバイでしょう。カレン様のお父様も許可しないと思いますよ??」
「くぅぅぅぅぅ・・・何故私は貴族などという面倒な立ち位置なのでしょう・・・。平民ならば・・・ベル様についていけたのに〜〜〜!!あ!!」
何かを思いついたような顔をするカレン。
「そうだ!!父と兄を殺して私が後を継げばいいんですね〜〜。ふふふふふ・・・」
「そういうことは絶対に口にしちゃダメだと思いますよ!!」
俺は小声でカレンを諌める。
「あら??声に出ていましたか??ふふふふふ。冗談ですよ!」
この人ものすごく怖い・・・。どこまでが本気で、どこまでが冗談か全くわからない・・・。
「うまく根付けば持ってきますから、もうしばらく待ってください。間違っても短気は起こさないでくださいよ!」
「もう!!やだわ〜〜〜。本気にしないでください!!ふふふふふ」
俺はヘラヘラ笑いながら鉢植えを渡す。早くここから離れたくなってきた・・・。
カレンは嬉しそうに俺から受け取った鉢植えをどこに置こうか考えながら、スキップして温室をウロウロしている。
ここからが長いのだ・・・。毎回こうなってから2時間は待たされる。
俺はカレンの気が済むまで温室で待ち続ける。
なぜならまだ代金を受け取っていないからだ。
ちなみに採取した植物の代金は俺が決めるものではない。
カレンがどれだけ気に入ったかで決まる。
だから相場以上の時もあれば、そうでもないこともあるらしい。
そうでもない時はギルドなどに出したほうがいいくらいだそうだ。
だが、俺はカレンがギルドの買取価格より少ない金額で払ったのを見たことがない。
だから俺は『らしい』としか言えないのだ。
「申し訳ございません。あまりの嬉しさにベル様のことを忘れてしまいましたわ〜。」
「喜んでもらえて光栄です。」
「ベル様の持ってきたものは状態がいいから!!いつも待ち遠しくて待ち遠しくて!!ふふふふふ」
門番や兄に対してはとても恐ろしい一面を見せるが、俺には全くそういう部分を向けない。
俺に向ける顔はいつも笑顔だ。
「ベル様!!他になにか面白いものがありましたら持ってきてくださいね!!」
そう言いながら俺に大きな袋を渡す。
「中身の確認をおねがいしますわ。」
俺はテーブルの上に袋の中の金を出す。
「こ・・・こんなに??」
「ええ。だって、不死鳥葛の種子はA級素材です。それをあんなにいっぱい採って来てくださったのですから。パクパクの葉の普通種でも中々手に入らないのに、真紅のものですからね。コレクターとしては絶対手に入れたいものです。ベル様は私の専属ですから。どこかに引きぬかれても困ります。本来ならあんなオンボロ屋敷の提供なんかしないでここに住んでいただきたいくらいです・・・。」
俺の住んでいる屋敷は、カレンの叔父、つまりこの屋敷の主であるトレマーデ公の弟の屋敷だったらしい。旅行中に夫婦ともども盗賊に襲われて死んでしまったと聞いている。要するに不吉な屋敷として誰も住まなくなったものを俺に無償で貸してくれているのだ。
俺はカレンの前で金貨を数える。
全部で9850万ゴール・・・。1ゴールあればパンが1つ買える。
貧困層なら1食相当になる金額だ。
「それでは・・・また面白いものが手に入りましたら持ってきますね。」
「はい。よろしくお願いします。あと・・・うまく根付いたらすぐに持ってきてくださいね。ふふふふふ」
門まで俺を見送るカレン。
カレンは門を出る俺を見つめて言う。
「私はあなたの学者としての腕も買っていますわ。だから、あんな頭の硬い学者共の戯言なんぞ気にしないで頑張ってください。」
少しさみしそうな顔をして俺を見ている。
「ありがとうございます。そう言ってくださる方がいるのであれば学者冥利に尽きます。」
俺は頭を下げて門が閉まるのを待つ。
午前中にこの屋敷についたのに、もう日が沈み始めている。
カレンは俺が来ると嬉しそうに植物の話をする。
もしかしたら、そういう話を誰にも出来ないのかもしれない。
貴族じゃなければ・・・俺が来るたびに言っているセリフだ。
「でも・・・貴族じゃなかったら・・・その趣味できないんだけどな・・・。」
俺は受け取った金を持って魔道具屋に行く。どうしても必要なものがある。
そしてそれはそこそこいい値段するはずだから・・・。