1:あて馬令嬢の災難
新連載です。ありがち恋愛ネタを詰め込んでこね回してみました!楽しんでいただけたら嬉しいです!
アイリーン・シクルシス伯爵令嬢は、俗にいう『訳あり令嬢』だ。
長い黒髪に神秘的な黒い瞳。肌は白く、薔薇色の頬にさくらんぼの唇、整った美貌は女神のごとし。彼女が微笑めば城どころか国が傾くだろうとさえいわれている。――微笑めば。
「もったいないなぁ……」
次の授業は教室を移動するのか、友人と話をしながら廊下を歩くアイリーンを見つけ、レナリアは呟いた。
「なにが? またインクの蓋開けっ放しで寝ちゃってインクかぴかぴになったの?」
「違いますー。今月はまだやってないもん!」
「今月は、ね」
友人の呆れ顔に同じ失敗を何度もやらかしているレナリアは気を引き締めた。
「私じゃなくて、アイリーン様よ。あんなに綺麗なんだから笑えばいいのに」
「それは思うけど、仕方がないわよ。事情が事情だし?」
レナリアに同意しつつも友人のジュリエッタが諌めてきた。他人が軽々しく言っていい事情ではない。
三年前、アイリーンの当時の婚約者であったセイリオス・ドゥーシャス子爵が突如として失踪したのだ。
セイリオスはドゥーシャス公爵家の一人息子で自身も侯爵の爵位を一つ贈られて子爵であった。父親同士が親友の間柄で幼馴染でもあったアイリーンとは誰が見ても相思相愛で仲睦まじく、周囲が羨むほどだったという。
当時、セイリオスは十八歳。アイリーンは五歳も年下だったため、失踪時は他に女がいて駆け落ちしたというのが有力説だった。
学院を卒業したばかりの新米とはいえ優秀な政務官で、将来は宰相になるのではと目されていただけに、彼の失踪は国に衝撃をもたらした。幼いとはいえうつくしい婚約者もおり、失踪する理由などどこにもなかった。もちろん両家は懸命に捜索した。セイリオスは明るい茶髪に紅の瞳と、この国ではありふれた色合いだが、貴族らしい整った顔つきで、どこか人を安心させる雰囲気の青年だった。国中に似顔絵が貼られ、生存が祈られた。
セイリオスが見つからないまま一年が過ぎ、アイリーンと王太子であるエリック王子との婚約が発表された。
エリックはアイリーンと同い年。王妃との間にできた王子で、生まれながらにして王太子であった。彼はなぜかその時まで婚約者がいなかった。
「でもさ、殿下にあんなに想われてるんだから、もう少し打ち解けてもいいんじゃない?」
レナリアの言葉に、ジュリエッタは「うわ」と驚いた。
「殿下に想われてるって、本気で言ってるの?」
「残念ながら本気……」
ぐったりと疲れた顔で机に突っ伏したレナリアにぴんときたようだ。
「ちょっとレナリア、まさか……?」
「そのまさかよ。レナリア・スティビーはこの度めでたく『あて馬』に選ばれました」
「うっわー……。ご愁傷さま」
歯に衣着せぬジュリエッタがレナリアの金髪を撫でた。少し癖のあるふわふわの髪の毛は撫でていて気持ちが良い。しかしすぐにその手が止まる。
「……ん? あて馬?」
「…………」
「浮気相手じゃないの?」
「気づいてしまったか……」
ジュリエッタが疑問に思うのも無理はない。その証明のような黄色い歓声が近づいてきた。
「あっ、殿下」
はっと顔を上げたレナリアは素早く身なりをチェックすると、教室のドアを開けはなった。
「殿下だわ」
「今日も素敵ねえ」
「側近のみなさまも麗しくて、まさに王子様よね」
女生徒のあからさまな歓声を浴びながら、エリック王子と側近たちがやってくるところだった。
胃がきりきりするのを感じながらレナリアは息を吸い、精一杯媚びた笑みを浮かべてエリックに駆け寄った。
「殿下! レナリアに会いに来てくれたんですね!」
とたん、突き刺さる女生徒の視線。ジュリエッタの珍獣を見る目が痛い。
「やあ、麗しのレナリア」
きらりと白い歯を光らせて、エリックはわざとらしく髪をかきあげた。きゃー! とひときわ高い歓声が上がり、女生徒の中にはよろめく者もいる。
蜂蜜を煮詰めたような濃い金の髪にルビーのように赤い瞳は王家の証。加えてエリックは王子様の見本のような美少年だった。さらりとした艶やかな髪は猫のようにやわらかで、微笑みを浮かべた唇はやや傲慢でいながら育ちの良さを垣間見せる。そこから零れ出る声は至上の音楽のように甘やかだった。おまけに彼の言葉は女の子が一度は言ってもらいたい蕩けるような褒め言葉。それでいてどこか自信なさげなそぶりは女の子の母性をおおいにくすぐった。
「そうだよ。……と言いたいところだが、ダンスの授業で移動中なんだ」
学院はお年頃の貴族令息、令嬢が通うため、男子と女子で学舎が分かれている。例外はダンスなどの合同授業や、食堂、講堂くらいだ。
「えぇ~? そんなぁ。レナリアがっかりですぅ。あっ、じゃあお昼は絶対一緒に食べてくださいね?」
レナリアはできるだけ無礼にならないように、それでもどうしようもなく無礼にエリックの腕を揺すった。唇を尖らせて上目遣いにエリックの顔を覗き込み小首をかしげる。言い逃れしようのない無礼だ。引くほどあざとい仕草である。
これで、レナリアがエリックの新たな浮気相手だと、学院中に広がるだろう。
金色の髪は豊かに波打ち、きらきらと光る瞳は空の色を映した海そのもの。やや痩せた手足は細いが溌剌とした笑顔が健康的で魅力的だった。制服代わりの中古のドレスもそうと感じさせないほど手入れされ、刺繍やレースで補修されている。色気はないが、細やかで気の利く性格がよく表れていた。
そんな彼女がエリックの浮気相手になったとたんに豹変。ジュリエッタのみならず、教室中の視線がレナリアに突き刺さった。
「もちろんだ。レナリアといる時だけが、私の安らぎだよ」
よく言うよ。笑顔が引き攣らないように堪えながら見つめるレナリアに、エリックはまるで本当に恋人にするように微笑むと、彼女の指先にキスをした。
「きゃっ」と驚いたレナリアは後ろに手を隠し、ばれないようにスカートで指先を拭いた。一瞬で総毛だった反応に目が潤み、はたから見れば恋する乙女だ。
「もう、殿下のえっち! レナリア恥ずかしいですぅ……」
「はは、ごめんね。でもレナリアが可愛いのが悪い。昼休みまで、私のことを忘れては駄目だよ?」
もじもじするレナリアに満足したのか、エリック一行はダンス室に向かって歩いていった。
「さすがはエリック殿下。実に愛らしい女性ですね」
すかさず褒めてくれたのが侯爵子息でエリックの幼馴染でもあるシュテファンだ。滑らかに平然と思ってもみないことを言える二枚舌はさすがに貴族である。
「まったくです。まるで小動物のようですな」
続いて褒めてるのか貶しているのか微妙なのが騎士団長の息子のクロードだ。
「なんとも育てがいのありそうな子ですね。将来が楽しみです」
宰相の息子のジュリアスは褒めながら落とすという器用さを発揮している。腹黒宰相の息子らしい表現方法だ。
「明るく元気で、殿下を楽しませてくれそうですね」
褒めるところが見つからなかったのか、当たり障りのない感想は侯爵子息で自身も子爵位を持つマルティンである。
貴族の男性は女性を見たらとりあえず褒める。褒めるところがない相手でもなんとか捻り出して褒める。いやー大変そうだなー、とレナリアは遠ざかっていく背中に思った。
「はっはっは。そうだろうそうだろう。レナリアは私の、……えーと、そう、ケーキだからな!」
そこで言い淀まないで欲しい。レナリアはエリックの残念さにがっくりとなった。可愛い子とは、いろいろ言いすぎてネタが切れたのだろう。それでも時折振り返ってウインクを飛ばす彼に手を振る。エリックが見えなくなるまで待って、教室に戻った。
これでエリックの浮気相手になりたい女子生徒全員を敵に回すな。そう思うと胃が痛いが、吹けば飛ぶような地方の田舎貴族の令嬢にはどうしようもなかったのだ。素早く胃薬を飲み込む。なんともいえない苦さと薬臭さが口いっぱいに広がって、レナリアの気持ちを代弁した。
「レナリア……」
友人の、なんとも表現しがたい表情が今は救いだ。我ながらあれはないわとレナリアでも思う。
「えへへ、びっくりした?」
ドン引きしているジュリエッタに今は話せないと笑ってごまかす。すでにあて馬ははじまっているのだ。棒読みだろうと大根だろうと、演技だとばればれでも、止めることはできなかった。
ジュリエッタはなにかを言いかけて飲み込み、大きく息を吐いた。
「……あとで説明しなさいよ」
友情とはかくもありがたい。レナリアは感動に目を潤ませてうなずいた。
学院を卒業するまで、レナリアは浮気相手を演じ続けなければならなかった。それであのアイリーンが嫉妬してくれるとは思えないが、エリックなりに必死なのだ。
◇
王立ボンヌ学院は、貴族の子供たちが十三歳から十六歳まで通う高等学院だ。
王都住まいの貴族、つまり重臣や官僚などはほとんどがここの卒業生である。地方貴族であっても官僚を目指していたり、王宮女官などの職を得たい者は入学する。一方で騎士や学者などの専門職を目指す者は専門の学校を選ぶこともできた。
王立と銘打っているだけあって授業内容は多岐にわたり、入学試験は難しいが、男も女もエリートコースの登竜門であった。
王家の子供たちが通うことでも知られているのでわずかでも繋がりを得たい貴族はこぞってボンヌ学院に子供を通わせている。
レナリア・スティビーも王宮女官を目指して学院に通う、地方出身の子爵令嬢であった。
「で? どういうことなの?」
学院には地方出身者のための学生寮がある。レナリアとジュリエッタは同室だった。個室で暮らす生徒もいるが、個室だと寮費が高いのだ。
「だから、エリック殿下は本当はアイリーン様が好きなんだって」
「はぁ!? さんざん浮気しといて!?」
それな。
「アイリーン様を振り向かせたくてやってるの。婚約したはいいけど、アイリーン様はずっとセイリオス様を待ってるから……」
「いや振り向かせたいなら逆効果でしょ。なんで浮気に走るのよ」
もっともです。
「本人に言ってよ」
レナリアがエリックに呼び出され、あて馬になってくれと実質命令の懇願をされたのは一週間前のことだった。
婚約するまで浮いた話のなかったエリックだが、アイリーンと婚約したとたん箍が外れたかのように多くの女生徒と浮気を繰り返すようになった。彼のおかしな行動に疑問を持つ者も多かったのだ。
アイリーンは婚約者に失踪され婚約が白紙になった、いわば傷物である。このうえエリックにまで捨てられたら次の婚約はないだろう。なるほどエリック王子は自分に逆らえない女と結婚して側室を作るつもりであったのか、と男たちはエリックの狡猾さに嘆息し、女たちは軽蔑した。
だが、エリックは浮気をしても全員と別れている。
「それがさ、殿下はアイリーン様が好きだったから婚約者を決めてなかったらしいの。アイリーン様にはセイリオス様がいたでしょ、殿下は諦めようとしたけど諦めきれなくて」
「セイリオス様が失踪して、アイリーン様がフリーになったのをこれ幸いとかっさらったってわけね」
身も蓋もないがそういうことである。ジュリエッタは呆れを隠さずに首を振り、次にはっとなった。
「ねえ……」
なにが言いたいのかわかっているレナリアは首を振った。
「それはないよ。……殿下なら、お二人の婚約を破棄させてアイリーン様と婚約することもできたんだから」
もしやエリックが、セイリオス失踪に関わっているのでは。恐ろしい想像をレナリアもしたのだ。しかし、王妃から生まれた正統な王位継承権一位の王子が望めば、すぐにアイリーンはエリックのものになっていただろう。落ちたとはいえ王家の権力はまだ健在である。
アイリーンを想ってセイリオスとの仲を引き裂くことを選ばなかったエリックが、そんな卑怯な手段で恋敵を消すとは思えなかった。
「そ、そうだよね。うん」
セイリオス失踪から一年待ったのも、アイリーンの心境を思いやってのことだったのだろう。
なによりアイリーンは伯爵令嬢だ。側室ならともかく王妃にするにはいささか身分が低い。地盤を固めたいのなら公爵家か、他国の王女を娶るべきだった。それらを押しのけてアイリーンということは、エリックが強く望んだという証明だ。
「あれ? でも、それじゃあ殿下はアイリーン様を口説き落としたわけじゃないの?」
婚約が成立したのなら、当然アイリーンの了承を得たはずである。もっともな疑問に、レナリアは残念な顔になった。
「……陛下とシクルシス伯爵が説得したそうよ」
「うわっ」
なんといってもアイリーンは十三歳の美少女だったのだ。これから花の盛りを迎える少女が、いつ帰るともしれない恋人を待って青春を無為に過ごすのはいくらなんでも酷すぎる。エリックの意向があったにせよ、大人たちがアイリーンを心配してのことだった。
アイリーンは待っていたかったのだろう。初恋が成就し、結婚まであと三年。セイリオスは王都でも評判の貴公子だった。絵に描いたような幸福な恋人同士。
その片方が突然消えてしまったのだ。アイリーンはどれほど嘆き悲しんだだろう。しかも追い打ちをかけるようにエリックとの婚約が決まり、拒否しても周囲の大人たちは善意で説得してくる。アイリーンが絶望し、なげやりになってしまうのも無理はなかった。
「そりゃあ笑えなくなるわ……。殿下のやり方はともかく、どうにかしたい気持ちはわかる。やり方はともかく」
「好きになってもらいたいから浮気して見せつけるって、上級者向けだよね」
なんの上級者かは知らないが、難易度はそうとう高い。
「そんな恋の駆け引きに巻き込まれたほうが堪ったもんじゃないわよ。ああ、だから『あて馬』なのね」
「そういうこと。どのみち卒業までの半年間だけだし、王宮女官の内定口利きして貰えたからいいかなーって」
いわば短期限定アルバイトである。就職の口利きまで付いてきた。断るという選択肢はレナリアにはなかった。完全に金に目が眩んでのことである。
「アイリーン様が入城したら気まずくない?」
「もちろんフォローも込みよ。そうじゃなかったら引き受けないわ。未来の王妃に喧嘩売れって言われてるんだもの」
レナリアの実家は、はっきりいって貧乏である。
どんなに慎ましく暮らしていても、貴族というのは生活するだけで金がかかるものなのだ。その最たるものが社交界で、商人や上流階級を牽引すべき貴族が社交費用をケチるとたちまち落ち目のレッテルが貼られる。死活問題だ。
屋敷の維持管理、料理の質、食器、そして社交を取り仕切る女主人のドレスなどの装飾。宝石は代々続いているもので良くても、流行遅れのドレスを着ていては笑い者にされる。必ずシーズンごとに新しく仕立てなければならなかった。貴族の見栄だが、見栄を張れなくては貴族をやっていられない。
レナリアは長女だ。下に長男となる弟と、妹が三人いる。家を継ぐ弟はともかく、妹たちの教育費と、結婚の持参金を稼がなければならなかった。
「断ったら女官の道は閉ざされるでしょうし、殿下に睨まれたらどこかに雇ってもらうこともできないわ。やるしかないのよ」
「だよね。わかった、学院では浮気相手を演じるしかないだろうから、泣き言は部屋で聞くよ」
「ありがとう! 心の友よ~!」
「はいはい」
感激のあまり抱きついたレナリアを、ジュリエッタがぽんぽんと撫でた。
エリックの浮気相手は今までに六人いた。レナリアは七人目の浮気相手になる。
そのどれもがレナリアのような下位貴族の令嬢で、単なる遊び、あるいはあて馬であることはあきらかだった。
王の側室として召し上げられるには伯爵以上の身分が必要となる。子爵や男爵、あるいは平民を見初めても、王宮に召し上げることはできなかった。たとえ子が生まれても王族と認知されることもない。どこかの伯爵家と結婚させて、公式愛人にするのがせいぜいだった。
愛人手当てが支払われるのでよほど困窮した伯爵家なら妻として迎えるだろうが、王に寝取られること前提の結婚に屈するのは男にとって屈辱であることはいうまでもないだろう。
エリックの浮気相手は彼の話を聞き、レナリアと同じくこれで将来が保障されるならとあて馬になった。ただ誤算だったのは、エリックに本気になってしまった子がいたことだろう。
なにしろ王子様と側近たちがちやほやしてくれるのだ。もしかしたらと夢見てしまった彼女たちを責めることはできない。彼女たちは自分こそエリックに愛されているのだとアイリーンのつれなさを糾弾し、悲劇のヒロインになった。アイリーンがなにもしなくても、アイリーンという婚約者がいながら堂々と浮気する姿を見せつけ、恥じることもなく、暗に悪いのはアイリーンだと責める浮気相手に高位貴族の令嬢たちが反発した。そのほとんどはセイリオスに憧れ、だからこそ彼が失踪した時にアイリーンの悲劇を喜び、そんな自分に罪悪感を抱いてアイリーンを守ろうとする者だった。
期せずして悪役令嬢対悲劇のヒロインの構図になってしまったアイリーンは、自分そっちのけではじまった女の戦いに怒ることも笑うこともなかった。ただ「殿下をよろしくお願いします」と言い、関心のなさを露わにした。あくまでも自分は王命による婚約者で、エリックのことなどなんとも思っていないと表明したのだ。
これにはエリックも肩を落とし、浮気相手に契約終了を告げた。本気で恋人になれたと思い込んでいた令嬢は泣いてごねたが、役目が終われば用なしとエリックはけんもほろろに突き放している。
今までの例からいって、レナリアもアイリーンの友人に攻撃される可能性が高い。ついでに本気になった浮気相手からやつあたりされる可能性も高かった。
どうするのだと訊ねるジュリエッタに、レナリアは大真面目に答えた。
「だから私はアホの子を演じることにしたのよ」
「待って?」
女官の座に目が眩んだとはいえ、エリックに選ばれるくらいには軽率じゃないか、とはジュリエッタは言わなかった。話を聞くのが先だ。
「今までの子はさ、アイリーン様と恋の鞘当てができると思われるくらいには賢かったんだよ。計算高くもあった。だから危険視されて、殿下にふられたわけ」
「うん」
「アイリーン様はどうしてエリック様と向き直ってあげないんですか!」「エリック様のお心をわかって差し上げられるのは私だけです!」など、さも自分が被害者でありエリックのよき理解者のふりをしてアイリーンを悪役に仕立て上げるのは賢いのではなく性格が悪いという。ジュリエッタはレナリアの善良さに目を細めた。
「でも、見るからにアホの子だったら? こんな女に殿下が夢中になるわけがない、気まぐれに声をかけられて恋に恋しちゃった痛い女! これなら攻撃されることはないと思うの」
「それはアホの子じゃなくて可哀想な子だよ……」
ついでに色々失うような気がする。こんな女を雇うなんて王宮大丈夫かと採用係の頭と女官内定が危ぶまれそうである。
「とにかく! 私はこれからアホの子ぶりっ子して殿下と側近のみなさまに媚びっ媚びになるから!」
レナリアは実に男らしく保身を宣言した。
卒業後しばらくの間は痛い子を見る目をされるだろうが、就職が決まらないよりはましだ。エリックたちもフォローしてくれると言っていたし、不安は残るがやっていくしかない。
レナリアのアホの子作戦は一応エリックたちにも伝えてある。この一週間はキャラクター作りに費やしたのだ。役に立つかはともかく。
今までの浮気相手とまったく違うタイプなら、あるいはアイリーンも焦ってくれるかもしれない。難色を示していたエリックを丸め込むことができた。
ぶりっ子とはなんぞやと図書室で恋愛小説を読み漁り、男心をくすぐる仕草や言動の研修をした。同時に女に嫌われる女を演じるために『本当にあった側室の怖い話100選』をエリックと側近に聞き取りし、あざといポーズや口調、女心を逆撫でする話題づくりなどを学んだ。エリックたちは思い出してうんざりしていたが、それをアホの子でカバーするレナリアに彼女の本気を感じ取り、そしてそれに付き合わなくてはならない自分の未来に乾いた笑いを漏らしていた。
エリックとアイリーンがすれ違ったまま結婚しては、どちらにとっても不幸である。セイリオスを忘れるまでいかなくとも、せめて新しい恋に目を向けてくれてもいいだろう。エリックがアイリーンを諦め、側室をたくさんこさえたりすればツケは国民に回ってくるのだ。血税として。貧乏子爵令嬢のレナリアは、増税という単語がこの世で一番恐ろしかった。次点は借金である。
エリックが立派な王になるためにも、アイリーンがエリックに恋してくれるのが一番いい。今さら手の平返しやがって、なんてエリックは思わないはずだ。ようやく報われた、努力が実ったと、いっそうアイリーンを愛してくれるだろう。
「半年分の胃薬も用意した。女は度胸よ!」
明日からはじまる胃痛生活に思いをはせ、レナリアは気合いを入れた。友人の手を叩く音だけが虚しく響いた。




