嫉妬の焰
刀を構え空から降ってくるのは『纏い火』を使っている一人の少女で河合唯愛より年下のように見える。
「私の一番に尊敬している、この方に触れるな!」
一人の少女は八田光希と沙友理の間に刀を通す。すると、急に締め付ける感覚がなくなり、浮いていた体が砂浜に叩きつけられる。
「光希さん!大丈夫ですか?」
「私の男よ!手を出さないで!」
透かさず沙友理は手を蛸足に変えて二本の蛸足を捻りながら少女を穿たんと物凄い速度で少女へ伸ばす。
「纏う風」
少女の持つ刀から突風が生まれる。それは砂を巻き上げ拾って速度を上げながら、沙友理に向かって吹いていく。風に乗った砂は沙友理の肌に傷をつける。青い血が垂れる。
「魔獣も血、流れてるんですね」
「うるせぇ!子童。うちの男になに触れてんだ!」
「それはこっちの台詞ですよ。光希さんはたった一人、唯愛さんのものです」
「君は一体……」
唯愛とのことは上官たちしか知らない筈が、その少女はなぜか知っていた。
「異世界魔獣討伐隊321期生『民』M班所属、与田桃華。尊敬する光希さんに恥ずかしいところを見せないようにあなたを、元の世界、気へ返します!」
「なに?与田桃華?───そしてあなたは八田光希って言うのね。すてき」
与田桃華と名乗った少女に悪態を付く。そのあと光希に向かって手を合わせ、首を傾ける。光希の表情は変わらない。
「そうやって思わせ振りな態度をとって、誘惑するつもりでしょうが、その手は聞きませんよ。私は女ですし、光希さんは───」
「───うるさい。『靄靄暗霞』」
そういうと沙友理の全身から黒い霧状の物が噴出され、辺り一面真っ暗になった。そして透かさず。
「『熱足』」
そう聞こえた瞬間、隊員が叫びだす。
「あぁぁ、あづいぃ!」
「どうした!」
光希は見えない相手の安否を確認するために、叫ぶ。返事はない。それどころではないのだろう。
「暴風!」
桃華はそう言うと刀から強い風が生まれる。そして黒い靄は200メートル向こうで空気に還る。
「こんなの固定しないと、すぐに流されますよ。せっかく纏い火を使ったのに、風ばっかりで、残念です───っ!」
そう言い捨てたあと、桃華は視界に入ってきたものを、理解するのが追い付かず目を見開く。光希も同様。
「は?」
目の前には隊員の10人が蛸足に刺さり、血を地面に垂らしていた。その首には力は入っていなかった。
その光景に耐えかねた無事な隊員は自分の武器、槍を突き付け泣きながら沙友理に攻撃を仕掛ける。そしてその人も串刺しの一員となってしまった。力なく、槍が手から落ちる。
貫いていた蛸足は赤く熱を帯びていた。
「所詮、あなたのための噛ませ犬なのよね」
沙友理は貫いている方の足に自分の足を巻き付かせ、体から足を抜く。体に触れたところは服が焦げていた。
「あっ、そうそう、ありがとね。子童。あの黒煙、毒性が高いから、長時間中にいると死ぬんよ」
「お褒めのお言葉感謝します。ですが、全くいらないです。消えてください『纏い火』!」
刀から炎が燃え上がる。
「『混じり風・火花』!」
熱を帯びた風が沙友理に向かって吹き、目を瞑ってしまう。
その隙を逃さんと、桃華は空を飛ぶ。足下で風の塊を生成し、破裂させる。その推力に乗り、頭上からうるさい口へと刀を突き立てる。
だが、そう簡単には魔獣も殺されたりはしない。沙友理は桃華のその平たい胸へと蛸足を突き刺そうと向ける。
桃華は空中で体をひねりそれを避ける。避けたところに蛸足を伸ばす。それを避ける。伸ばす。避ける。伸ばす。避ける。
桃華の高度が下がって来てしまいついには地面に足が着いてしまう。諦めて地面で戦う。
砂埃を立て後ろに滑る。止まったところで一気に走り出す。その速度は風のように速かった。
「『火ノ道』!」
光希も加勢する。振り下ろした刀から一直線に炎の道ができる。その不意の攻撃に対応できず火の惨劇を喰らって、倒れてしまう。火傷の痛さに地面をのた打ち回る。
そこに桃華が海の方へ蹴り飛ばす。
「───っくっそ!『魑魅魍魎』!」
海水に入る前にそう言い捨てた。すると海の方向に7つの『ゲート』が開かれた。そこから次々と海の動物の形をした魔獣がやって来る。
鯱、蛸、鯨、鮫、等々。その魔獣には重力が働いていなく、宙を泳いでいる。
「もういい、数で攻めてきたんだからこっちだって!!」
たった今開かれたゲートから次々と魔獣が出てくる。7つのゲートから鯱が群れとなって襲いかかってくる。
光希の隣にいる隊員は唖然として動きがなくなっていた。その隙に鯱が鋭い歯で噛みつく。衝撃で我に返った隊員は、我に返らなければよかったと後悔するほどの痛みを覚える。
何か対応すると思っていた光希はその光景を目にした瞬間、勝手に体が動き鯱を一匹残らず真っ二つに切った。その鯱はホログラムとなって空気へ返った。
「おっ!おっ!なんだ?」
異変に気付いた時雨は治療を止め後ろを振り向く。
「加勢する!『渦潮・水流』」
腕を伸ばし刀で円を描く。刀の切っ先から水の残像が出て、水の円ができる。出来上がった瞬間、円の中に水が張った。刹那、大量の水が噴出される。
時雨はそれを見て、刀を体の前で弧状に動かす。するとそれに連動し水流も動く。
宙を泳ぐ魚介類を一掃した。
だが、次々と新たにゲートから出てくる。中には、魔獣同士で喧嘩している個体もいる。
「『紅炎』」
光希は魔獣を薙ぎ払いながらそう唱える。すると斬った道に火の玉が生まれる。それが爆発し刹那の間摂氏約一万度に達し、魔獣はホログラムになって気に還った。
「『魂風』」
桃華は一匹だけ突き、そう唱える。すると圧縮された風の塊が抜くときに発生する。それがすぐに膨張する。体内で爆発しバラバラにさせる。その一つ一つがホログラムとなって空気へ還った。
「あぁ───!」
するといきなり沙友理が叫びだす。
光希と桃華と時雨の三人は声のする方を見る。
沙友理の蛸足がドロドロに溶け地面についたところで気に還っていた。
「何ですか!」
桃華が言う。
「さっき、あいつが風穴開けた方は、討伐隊ではなく研究員なんだよ。あの人達が着ていた服は試用品の対魔獣素材だったんだ」
家族が居ず、独り身な方が出てくれた。
隊員じゃないので魔獣と相対したことがない。取り乱して当然だった。
そしてその試用品が効いたということだ。
「いやだ!いやだ!やめて!止まってぇ!!」
溶け続け、それは蛸足だけでなくからだにも浸透していき、胴体を溶かし始めていた。
再び再製しようとするが、できない。
「もう、消化はとまらないよ。消えきる前に質問があるんだ。なぜ君たち、魔獣は我々の世界に来て跳梁するんだ?」
「ふふ……跳梁なんて難しい言葉……そうね……わたし……わ……ぁ」
「くそが!」
理由を言い切る前にホログラムになって消えてしまった。
大乱闘まではいかなかったが死者が出た魔獣討伐が終わった。はぐれていた隊員も全員合流できた。死者は9人。その人たちを送迎車に運ぶ。光希はあまり他人の死に出会うことはそう多くはないのでその時が一番嫌いだった。
今回の死者は率先して出てくれた、義勇ある人の死だから、より一層辛く、感謝しなければならないと思った。
「あ、欠片」
見事に歪なハートの形をしたゲートの欠片を砂浜から見つける。シーグラスに見えるそれは中を覗いても先が見えない。
それを隊服の内ポケットに入れていた手袋を取り出し、手にはめてそれを拾い、ジッパー付きのビニール袋に入れる。
「A班総員50人、現在員41人、死者以外全員合流できました。負傷者は25人です」
「了解。署に戻りましょう」
点呼内容を時雨に伝える。時雨は署への帰還を命じた。