愛に飢えた海獣
光希は急いで緊急車両に乗り大浜へ出動する。サイレンを鳴らし南下していく。
現場付近に着くと、車を止め。浜辺の方へ行く。
すると、萩原時雨率いる、A班が『魔獣』と相対していた。
「ごめんなさい!いま来ました」
砂浜を走り、魔獣に近づく。
異形の人形の魔獣驚きながらも刀を抜こうとする。
その魔術の異形な容姿は人の形をしており、『由月』を彷彿とさせる。髪の毛や足は付いてなく、その代わりに蛸の足が生えている。手は普通だが。体は細身で顔の作りは整っており、人間であればアイドルやモデルに匹敵するだろう。蛸足がなければ。
「おお!八田!気を付けろ、攻撃がとんでもなく速い。あの蛸足はいとも容易く体を貫くぞ。」
「わかりました!」
そう返事をすると、腰に付いている刀を抜き、突っ込もうとする。だが、手に引っ掛かりがない。───刀がなかったのだ。
「おい!武器!落としたぞ!」
後ろから声がかけられた。後ろにいる萩原が刀を拾っていた。
「あ、ありがとうございます。」
敵に背を向けて刀を受け取りに行く。
だが、魔獣はそれを見逃さない。頭の蛸足を一本、光希をめがけて伸ばしてくる。
風を切る音をたてて伸ばす極太の蛸足は、先が鋭く、まともに食らえば貫通してしまうだろう。
「危ない!『鉄砲水』!」
すると萩原は刀を光希に投げ、鋭い放物線を描き光希と魔獣のあいだに入る。蛸足に刀の鋒を向け詠唱する。
ものすごい速度で高圧な水が蛸足を縦に真っ二つにする。蛸足は気力を失い、ホログラムとなって消えて行った。
光希は刀を抱えたまま呆然と魔術を眺めてしまっていた。だが、よく思い出してみると、光希に向かって来たとは思い難い弾道だった気がする。
「あ…ありがとう…ございます」
「君が無事で、何よりだよ。さぁ、役者は揃った、火蓋を切ろう」
「いやぁ、恋してるねぇ」
容姿に沿った女性の声だ。両手を広げ狂気的に喋り出す。
「───っ!こいつも人語を!」
「あぁ、言ってなかったね。しゃべるんだ、こいつも。だから、要警戒だ」
萩原の忠告に光希は頷き承知する。
「そこの、焦げ臭い少年!恋してるねぇ!!闘志の火の臭いもしているが、心の火の臭いもするねぇ」
「っるせぇよ」
「そのご様子だと、亡くしました?それはかわ───」
「───死んでねぇよ!」
魔獣の逆撫でる発言に苛々が増し、言葉を遮り怒鳴る。
「でも、亡くしたんでしょう?では私にしてみませんか?───っん!」
全く敬意の込もってない敬語に光希は怒髪が天を衝く。
光希との会話を隙だと判断した班員は魔獣に攻撃を仕掛ける。が、蛸足に弾かれ2メートルほどふっ飛ぶ。
「私なら、あなたを満足させてあげる自信がある。ほら、見てください、顔、かわいいでしょ?スタイルもいいでしょ?声、かわいいでしょ?私にしましょう」
「───」
「ほら、他の隊員さんも、どうせ彼女や奥さんいないでしょ?いやぁ、私ってモテるからなぁ。まさに引っ張りだこって感じだよねぇ」
「俺には唯愛しかいない」
「誰?そいつ」
急に声色が変わり低くなる。
「あぁ、亡くした彼女ね。まだ未練あるんだ。私という、美女がいながら、他の女に!!」
そう言うと頭の蛸足がまとめて光希を穿たんと迫ってくる。だが、光希は動じない。目には怒りを宿し、魔獣を睨み付けている。
蛸足の先端と光希の距離はもう3mに迫っていた。
「『炎斬』」
淡々と詠唱する。すると先端から縦に真っ二つになり等間隔に枝分かれする斬撃を与え、切れ口からは発火する。
「あがぁぁぁぁ、あづいぃ」
頭にも着火してしまった魔獣は倒れて頭を抱え、悶える。
その隙に隊員が間接を切る。蛸足、胴体、手、頭、が離れ離れになった。頭以外はホログラムになり消えて言った。だが残った頭から、胴体、手、足、が生えてくる。が、その足は蛸足ではなく、人間の足だ髪の毛も蛸足ではなくなっていた。
「熱いし痛いし、もうやだぁぁぁぁ───」
急に泣き出してしまう。その泣き声は人間の声と同じ周波数と共に、頭に響く周波数をさも含んでいる。故に、隊員の数人は狂ってしまっている。
それと同時に、髪の毛は膨らみ、また蛸足戻っていた。そして、暴れだす。何メートルにも伸びる蛸足は、松の木を倒し、鉄の柵を曲げ、黒い砂浜の砂を巻き上げる。
その中に光希を含む隊員に攻撃する蛸足があり、光希は剣で防ぐが、他の隊員は身を守れていなく、砂埃の中、ふっ飛んで散り散りになってしまっていた。
班の中に、風属性を纏う隊員がおり、砂埃を飛ばしてくれた。
30人ほどいるなかの約半数が頭を抱え悶え苦しんでいる。中には気絶している者も。
「時雨さん!みんな!」
身を守れていたとしても、衝撃で跳ばされてしまった人も。
「君、タフなんだね」
鼻を啜りながら言う。
「魔獣って、人間と仲良くできないんですかね」
光希は魔獣にゆっくりと近づく
「ああ、俺らだってしたいよ。でも、君はもう無理だ。浜をこんなにめちゃくちゃにして」
「そっか、殺すの?」
「ああ、ごめんな」
「───」
魔獣は俯く。近くで見るとさらに美しく、魔獣でなければ惚れる人は少なくないくらいの顔立ちをしていた。
「───いやだ!!」
「───!」
急に怒なり声をあげる魔獣に光希は驚き言葉を失う。
「いやだ、いやだ!!死にたくない!消えたくない!」
そう取り乱す姿に光希は目を見開き、脳をフル稼働し状況を理解しようと努力する。
いくら待っても正常に戻らないので、首を切り落とす。
振り上げた刀を首目掛けて振り落とす。が、首に触れてから全く動かなくなった。
「刃が入らない!!」
「じにだぐだーいぃぃ」
「『纏い火』!」
そう詠唱すると、刀身から炎が上がり刀が加速する。
頸の半分までは刃が通ったが、それ以降がまた動かなくなる。
「───無理だよ。諦めろ」
魔獣は声色を変え、光希に言う。
睨み付けたあと、手が蛸の足になる。そして光希に巻き付き、締め付ける。
「あぁ……くっ!」
「あぁ、今更ながら名乗らせていただきます。私の名前は『沙友理』覚えてぇーねッ」
言葉の最後で光希を投げ飛ばす。倒れた松の木の幹に打ち付けられる。
「光希、大丈夫か?」
すると萩原が駆け寄って手を出す。その手を取り立ち上がる。
「後ろの隊員は気絶をしている。だが戦える状況じゃないよ」
打ち付けられた幹の後ろには倒れた隊員が寝ていた。その顔には自分で引っ掻いた爪痕や、額を石に打ち付けたと思われる傷がある。ほとんどの者は出血している。
さすが選ばれた隊員だ、これで死んでいないというのだ。
「萩原さん。僕は突っ込みます」
そういうと光希は沙友理に向かって飛躍する。一気に間合いを詰める。
「『纏い火』」
刀身に火が着く。煙を置き去りにしながら魔獣の間合いに入る。それより速く、無事だった隊員が首を狩りに来る。が、蛸足の猛威に奮われ胸を貫通されてしまう。
「私ぃ、醜い顔の男好きじゃないんだよねぇ」
「おまッ───」
完全に手が届くところに着いた光希は刀を首に向かって奮う。
「おまえは、人のことを言える容姿してねぇぞ。まさに醜怪という言葉がふさわしいと思う」
「───!」
沙友理は目を見開き力を失くす。すると蛸足は頭に吸い込まれ、髪の毛になり、普通の人間と変わらない容姿になった。
「───あがぁぁっ!」
確かに蛸足はない。なのに光希は締め付けられる感覚を覚える。
「女性に容姿のことを言ってはいけないと言われなかったか?───まっ、そんな毒を吐く君も好きだけどね」
声色は低いままで言う。だがそのあと語尾にハートが付くような口調で好意を示した。
その気持ちが強くなるにつれて、絞める力も強くなる。
「見えない気持ちを受け止めてぇー」
切れる。体が腰から上下に千切れそう。肋骨が軋む音が体内に響く。その苦しさに耐えきれず手から刀が滑り落ち、砂浜はサッと音をたてる。
恋心に悶える蛸女、締め付ける圧に苦しむ光希、負傷者を診ている萩原、何が起っているかわからず、呆然としている隊員。───その空気を砕くように、一人の女性が言葉通り飛んで来た。
「───光希さんに手を出すなぁ!!」
刀を構え空から降ってくるのは『纏い火』を使っている一人の少女で河合唯愛より年下のように見える。
一人の少女は八田光希と沙友理の間に刀を通す。すると、急に締め付ける感覚がなくなり、浮いていた体が砂浜に叩きつけられる。
「光希さん!大丈夫ですか?」
「私の男よ!手を出さないで!」
透かさず沙友理は手を蛸足に変えて二本の蛸足を捻りながら少女を穿たんと物凄い速度で少女へ伸ばす。
「纏う風」
少女の持つ刀から突風が生まれる。それは砂を巻き上げ拾って速度を上げながら、沙友理に向かって吹いていく。風に乗った砂は沙友理の肌に傷をつける。青い血が垂れる。
「魔獣も血、流れてるんですね」
「うるせぇ!子童。うちの男になに触れてんだ!」
「それはこっちの台詞ですよ。光希さんはたった一人、唯愛さんのものです」
「君は一体……」
唯愛とのことは上官たちしか知らない筈が、その少女はなぜか知っていた。
「異世界魔獣討伐隊5期生『民』M班所属、与田桃華。尊敬する光希さんに恥ずかしいところを見せないようにあなたを、元の世界、気へ返します!」