邪魔者
光希は今、唯愛の寝ている病院にいた。
「唯愛と話せなくなるなんて思ってもいなかった」
聞こえるはずないのに、光希は唯愛に話しかける。
「いつか目を覚まさせるから」
光希は唯愛の手を握る、指と指を絡め恋人繋ぎをし、反対の手で挟む。
「ん?」
ズボンのポケットが震える。スマホにメールが来た。待受画面の通知のところに『通報が入った。至急署に来い』と萩原時雨からだ。
光希は一瞬だけ握る力を強くし、そっと置いた。
急いで病室から出て、早歩きで病院の出口に向かう。
ロビーに出て病院を後にする───が、そうは問屋が卸さない。
ものすごい音をたて、上から三メートルもある巨体が降ってきたのだ。その超巨大化魔獣のどこを見てもいかつい体つきで、丸太のような手足、逆三角形の体をしている。まさにゴーレムだ。
この上階は確か広くなっていて、人はあまりいなかったはず。
「ド、ドコニイル」
片言で光希に話しかけた魔獣は、光希目掛けて殴りかかってくる。その拳は岩のように見えた。巨体らしからぬ、高速度で拳が飛んでくる
光希は左に飛んで避ける。すると、看護師や医者、患者が覗きに来る。
「何をしているんですか!避難を!」
そう呼び掛けると、すぐに後方に走って行く。
すると、再び携帯が震える。今度は電話だ。
「何してる!早く来い!」
「いや、あの、今、目の前に、でかい、魔獣が、いるので、行けなく、なりました」
飛んでくる拳を避けながら応答する。
「魔獣!?」
「はい」
「了解した。場所は唯愛さんがいる、総合病院だな?」
「はい、うぉ」
「応援を送る。もう少し耐えてくれ」
そこで電話が切れた。電話中に瓦礫で躓いてしまった光希は、座りながら、魔獣に向かって指を指し小さな火の玉を放つ。それが魔獣にあたり発火する。火は瞬く間に大きくなり、魔獣は火に包まれる。火だるまになった魔獣は狼狽える。
その隙に光希は立ち上がる。火を消せない魔獣は火を手で払う。
光希は瓦礫から魔獣側の壁へ移り、壁を足場に高く飛び魔獣の顳顬に脛をぶちこむ。
その衝撃に巨体は倒れる。地面に横になった瞬間、近くにあった観葉植物に火が移った。上がる煙に反応して火災報知器が鳴り出し、消火用スプリンクラーが作動した。辺り一面水浸しになり、魔獣を包んでいた炎も消えてしまった。
巨体は再び起き上がり、巨体らしからぬ跳躍力で光希を踏み潰そうとする。光希は咄嗟に左転がり、魔獣が着地した瞬間に手から火炎放射をする。
「ココノドコカニイルハズ」
「何が目当てだこいつ」
魔獣は立ち上がる。上を向き、目を瞑る。光希はその隙に───と思うが、歩き出してしまう。
魔獣は何かに引かれるかのように進む。
自分で開けた天井の大きな穴に飛び、二階へ。そこから階段へ向かい五階へ。長く続く廊下の二つ目の角を右に突き当たりを左に。
「待て!どこへ行く!」
魔獣に向かって指を指し小さな火の玉を放つ。
それが魔獣に当たる。すると催眠術が解けたかのように足を止め、再び光希と相対する。
魔獣は跳び光希を踏みつける。不意打ちの攻撃に避けることができなかった。その巨体は片足だけで光希の体を押さえ、頭に殴りを入れる。
意識が飛びそうになるのを頭を振って防ぐ。
すると、看護師達が巨体を後ろに倒そうと引っ張っていた。光希を押さえつけていた片足が軽くなる。軽くなった足に手を逆手に入れる。
「退いてください!」
光希がそういうと看護師達は手を離し5歩退いた。
また、足が重くなる。が、手から火の玉を出しその場で炸裂させる。
「紅炎」
「──ゥォッ」
「──ぁがッ」
押さえつけていた足が光希から離れ、看護師の目の前で倒れる。もちろんゼロ距離の攻撃なので光希にもダメージは入っている。来ている服の胸元が焼き焦げ、皮膚はやけどを負った。
すると看護師達と医師達が肩と腕と足を押さえつけた。
「やってください!」
「協力感謝する」
光希はマウントを取り胸元に向けて火の玉を炸裂させる。
「紅炎!」
爆風で髪がなびく。その場にいた看護師のナースキャップが落ち、病棟につながる渡り廊下にあるガラスの扉が揺れ、音を立てる。
外でサイレンがなっている。
「はぁ…はぁ…話はできるか?」
「ハァ、ハァ、」
相対した二人は息を切らす。光希は上に乗ったまま尋問をする。
「なんのためにここに来た。目的は何だ!」
「───」
「答えろ!」
だが、大型人型魔獣は答えない。押さえつけられたまま、動かない。徐々にサイレンが大きくなってくる。
「お前には自我はないのか?」
「───」
「答えろよ!おい!」
逆上しながら尋問をする。やけどを負った胸から血が流れる。
───危なかった。あのまま暴れさせていれば、寝たきりの唯愛がほんとに眠ってしまうところだった。
「光希!大丈夫か!」
すると後ろから声が掛けられた。聞き覚えのある声の方を向くとそこに大樹とC班の方々がいた。
「はい、これ」
投げられたのは署においてきた刀だった。
「ありがと」
刀を抜き、鞘を地面に置く。
「また会うときまで」
そういうと魔獣の胸に刀を刺す。
絶命し足からホログラムになって消えて行く。
「──ぅ。」
最後に何か言い残して、空気へと帰る。押さえつけていた、医師達、看護師達は押さえつけていたものがなくなり、地面を押さえつけた。
「大樹、このゲートが開かれたのを知ったのはいつだ?」
「ついさっきだよ。署に通報があってそれで──」
「他の班は?」
「皆、違う通報の方に行った」
すると、光希は大樹を肘で払いC班の方を見る。
「何してたんだ!ここ、病院だぞ?動けない患者もいるんだ!なぜ急いでこなかった!俺は、時雨さんに言ったはずだ!」
光希は逆上して問い質す。
それを横から見ている大樹は新しいものを見る目で見ていた。普段温厚な性格の光希が怒りを露にしているからだ。
「お前らは!お前らは……はぁ……もっと……自分が、隊員だと言うことに……うっ……責任をもてよ……っ!」
「光希!大丈夫か?」
「あぁ…大丈夫だ。ありがとう。俺は時雨さんに呼ばれているから、早く署に帰らないといけない」
光希は出入口の方へ歩き出す。その瞬間、手を捕まれた。
「その、胸の傷じゃあ、任務にも支障をきたすでしょ。この病院を守ってくれたお礼です。無償で治療します。佐々木さん、診察室へ案内してあげて」
「はい」
「そんな、大丈夫ですよ。こんな傷慣れっこですし、舐めとけば治ります」
「隊員さん、どうぞこちらへ」
遠慮する光希を完全に無視して、女性看護師は出入口の方を差し案内する。
「光希、してもらいな。一応言っとくけど、お前、署の期待大きいぞ」
後半は耳元で囁いた。居なくなられたら困ると、遠回しに言われた気がした。
「ん」
下を向き、照れた顔を隠しながら返事をした。
先に行った看護師のあとをついていく。
「ほんとにいいんですか、無償で」
「はい。怪我人は数名出ましたが、それでも少しのかすり傷で、死人は出さなかった。あなたのおかげです。お礼をさせてください。」
「では、お言葉に甘えて」
そういうと診察室に着いた。
横開きの変わらない扉を開けると、何度も見た光景がそこにある。
「ここにお座りください」
てで示した、小さな円椅子。なぜかいつの時代もこの形。
「それでは、個人を確認します。腕輪を出してください」
腕を前にだし腕に付いた腕輪を見せる。それを小さなスキャナーで読みとる。するとコンピューターに、生年月日、年齢、名前、職業、持病の有無など、必要なことが写し出された。
「先生の準備がまだできてないので、少々お待ちください」
光希は小さく頷く。
二人きりの沈黙の時間が続く。
「佐々木美和……」
看護師の名前を呟く。
「あっ、はい。佐々木美和と申します」
首から下げた名札を上げ、名乗る。
「いい名前ですね」
聞こえていたことに驚いた。
「あは、ありがとうございます」
そんな話をしていると、先生の準備が整った。
「お?なんだ、もう打ち解けたのか?」
笑いながらそういうと、先生も胸に付いた名札を見せて───
「齋藤啓吾です。よろしくお願いします」
そう言いながら椅子に座った。
「うわ、難しいほうの『さい』なんですね。しかも渋い名前。まさに医者って感じがしますね」
「ありがとうございます。早速治療をしますね。あの至近距離でのやけどなのに、こんだけの傷ってのいうのが、八田さんがタフってことが実感させられます」
そう言われたあと、光希は適正な治療を受けた。深達性Ⅱ度熱傷で全治1~2ヶ月らしい。少し、薬をもらった。ここが総合病院で本当によかったと思った。
光希は車に乗り込み、署へと出発する。少しの行ったところで横から来る車を譲ると、次々と横切って行き止まる気配がしなかった。
待っている間に薬を見る。
「あぁ、焦げちゃった。唯愛に怒られるぞ、これ。あった」
一部焼け焦げた鞄の中から紙袋を見つける。そのなかにある薬を見る。
「これは……外用薬か」
1日一回傷口に塗る外用薬だ。
「ん?これは、飲み薬。エダラボン?初耳。あと漢方が入ってる。これは、『ごれいさん』であってるのかな。わかんないや」
薬を全部しまい、鞄に入れる。
前を向くと最後の一台が通り過ぎたところだった。
アクセルを踏み再び署に向かう。