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54 滅亡

時代は風雲急を告げる。

蝶の羽ばたきは旋風となって全土を巻き込み、やがて嵐となる。

そういうこともあるのだろう。


織田信忠が軍を率いて甲斐武田の領国へ侵攻。

事前にある程度、敵方を切り崩してからの突撃だ。

しばらく破竹の勢いで突き進むも、信濃高遠で仁科盛信の迎撃に遭う。


仁科盛信は松姫の実兄であり、信忠にとっては義兄との戦いとなった。

乱世ではよくあること。

そう言ってしまえばそれだけのことだが、何とも遣る瀬無い。


元より攻め入った武田家の当主・勝頼も義兄にあたるので今更ではある。

しかし勝頼と盛信では立場が違う。

どうにかしたいという思いがあったようなのだが…。


戦いは激しいものになったようだ。


降服勧告も撤退要求を撥ねつけ、徹頭徹尾武田家に準じる覚悟を示した盛信。

そこまでされてなお食い下がるのは信忠には許されない事だった。


そこで信忠は方針を転換。

一戦交えて彼我の差を突き付け、降服を勧めて温情を与える。

これなら名分も立つ。


実際、戦の前の降服勧告は様式美に近いものがある。

本命は戦火を交えた後にこそ、といった向きもあった。


結局それも蹴られたようだが。

事ここに至っては信忠もしつこく食い下がることなく全力で攻撃。

高遠城は落城し、盛信は奮戦のうえで討死した。


信長にとって武田一族は討滅の対象であるが、信忠にとっては一門に準じる存在でもある。

武田征伐軍の本隊は信長が率いており、信忠は実は先遣隊。

つまり第一軍の体であったが、思惑あって第二軍の本隊に出番がいかないようにしているのだ。


思惑と言うのは簡単に言えば準一門の救出。

当主たる勝頼は不可能だろうし、盛信も無理だった。

だから可能な限り、ということでな。


何とか盛信の子らは保護できたらしい。

そこがギリギリだったか。


この報告を受け取った今頃、どれほどの者が犠牲になり、また救われているものか。

公人としては甲斐武田の行く末を憂うのだが、私人としては信忠の努力が報われることを願うばかりだ。



* * *



東の動きとともに、我らが座す西でも動きがあった。


羽柴を将とする織田の軍勢が、いよいよ本格的に毛利領を蚕食開始。

毛利家は私がいる備後のお隣、備中に防衛線を張って徹底抗戦の構え。


ここで織田は、同時に山陰方面へも一手を差し向けて二面作戦の動きを見せた。

毛利は九州大友への抑えに加え、瀬戸内の動向を見ながら、山陰に山陽と力を分散させられている。


そこで私は身を寄せる毛利家の為、仮にも将軍としてその影響力を発揮。

九州の諸大名に働きかけて、一部一時の安寧を実現することが出来た。

もっともこれが僥倖なのか焼け石に水なのか、その評価は後世に委ねるしかないのだが。


あと瀬戸内についても平島と協同して監視体制は整えている。

こっちは秘密裏に。

何かあれば、偶然を装って毛利家に報せが行くよう仕組んではいるのだが…。

上手く行くかなあ。


色々工夫を凝らしてはしているが、現時点で織田の優位は揺るがない。

これが私の顧問が出した結論だ。

顧問というと仰々しいが、要は政治力のある忍び衆らのこと。

決定権はないし表にも出ない特殊な彼らを表現しようとしたらこうなった。

オブザーバー?


何はともあれ、まずは毛利の出方を注視すること、なのだが…。

変な動きをされても困るので、ちょっと前に漏らした内容に加えて一つ下命しておくか。


「誰かある!」


とはいえ此処は小早川ではなく、別の方向から。

そうだな、渡辺や村上を通じて言うとして、林あたりでどうだろう。

あまり話が大きくならない方が良いだろうし。


「お呼びでしょうか」


近習がやってきたので紙と硯を用意させる。

呼びつけて話そうとも思ったが、軽い感じで済ませるなら文で良いと考え直した。


さらさらさらーっと。

うむ、悪くない出来栄え。


「これを渡辺か村上へ」


「優先はありますか?」


「そうよの、渡辺としておこう」


「御意。不在の折には村上殿を訪ねまする」


「うむ、それでよい」


ススッと音もなく下がる近習。

最近の彼らは忍び衆の技を鍛えることにハマっている。

私が褒めたからな。

我も我もと広がってしまった。


身分の垣根を越えて全体力の向上が図られるのは良いことだ。

仲間意識も芽生えるし。

御家の家格はそう変えられるものではない。

ならば意識だけでも、出来るだけ変えておこう。

ま、何事も程々にな。


名家にも名家たる所以がある。

其処をちゃんと理解した上での立ち振る舞いが出来れば、自ずと力量も上がってこよう。


これは足利家の惣領たる私だからこそ言えることだな。

少なくとも羽柴などとは違う。

事ここに至っては最早敵愾心を自重することもなし。

むしろガンガン行こうぜ!だ。


さて、毛利内部についてはこれで良し。

あとはもう少し事態が動いてから。

そこで一つ、私が考えるべきことがある。


「(高野聖の弾圧、続報は)」


「(認めております)」


ふと気付くと脇息の横にお手紙が!

ぬぅ、久々に業を見せつけられたわ。


紀伊国高野山は真言宗の総本山。

其処を本拠として勧進のため各地を巡る僧侶らがいるのだが、これが何というか…低俗化が著しい。

唱える教義すら曖昧で下手をすれば野盗まがいの事を仕出かす者までいる。

無論、俗化して平穏を乱す輩は成敗すべきだが、本来の活動をする者までを罰する必要はない。

その見極めが難しく、今まで手を付けていなかったのだ。


しかし信長の命で畿内の高野聖が大勢検挙。

数が数だけに詮議は形ばかりのものに。

大多数が殺害されたとのことだ。


高野山の弱体化を狙ったとも言うが、密偵たちの成りすましに手を焼いたためとも聞く。

我らが雑賀衆や伊賀衆もよく紛れていたからな。

しかし断言しよう。

私の指揮下にある者たちは、決して火付け盗賊などは行っていない。


でも他国衆や敵対者の残党たちはそうでもないからなあ。

看破できず、十把一絡げに見られても仕方がないと理解はできる。

それだけ彼らの技が優れていた証左にもなるし。


とりあえず詳報としてはその辺り。

大事なのは我が手の者に被害はないこと。

坂本や大溝にも出入りの者が多いからな。

計画に支障を来す可能性が少しでもあれば、対策を練らねばならないところであった。


「(孫三郎も予定通りか)」


「(御意。伊賀と若狭も滞りなく)」


情報を聞く限り、孫三郎は畿内では最早過去の人間だ。

尋ねられてパッと出て来ることは少ない。

しかし仮にも一時期栄華を誇った越前朝倉の上席一門衆。

縁を繋げば道は通じる。

失われないものも確かにあるのだ。


と、言う訳で準備は整いつつある。

最初に高野聖の報告を聞いた時は肝を冷やしたが、どうやら恙なく進みそうだな。


柴田は北陸。

羽柴は山陽。

丹羽は四国。

滝川は甲信から関東か。


四国はまだこれからだが、既に内示は出ている。

本来明智が土佐の申し次だったが、重宝してる信長が手放すことを渋った模様。


それと、徳川の一件をどうするかは少し煮詰める必要があるな。


まあ見立てでは甲信越の一戦の後だ。

今は目の前の、羽柴の足止めこそが肝心要。

長年に渡り策は講じてきたが、さてさて上手くいくだろうかね。



* * *



「申し上げます!」


備後の地から出来ることをコツコツと。

淡々と積上げる日々に終止符が打たれる。


発端は織田家の備中侵攻。

そして甲斐武田家の滅亡だ。


備中国は賀陽郡に居を構える高松城主・清水長左衛門宗治。

毛利家に対する忠誠心はかなり高く、最前線で拠ることに不安はない。

今も報告はひっきりなしにやってくるが、悲観的なものは出てこない。

むしろ毛利家内部の方が心配だわ。


一方東では、遂に守護から戦国大名に転身した甲斐武田家が滅んだ。

滅ぼしたのは信忠。

最後まで信長が戦場に立つことはなかったらしい。


武田勝頼は嫡男・信勝と共に自刃。

妻女も後に続いた。

結局当主とその周辺を救うことは出来なかった。


まあ予想通りではある。

しかし一方で、勝頼の庶子は密かに保護されたらしい。

今どこに居るかまでは知らないが…。


他にも勝頼の弟の信貞と信清は呼びかけに応じて投降。

今は源五の預りになっているらしいので、案外そっちにいるのかも。


武田家の崩壊は凄まじく早かった。

これは力を持つ一門衆の離反が要因。


まずは信濃木曾氏。

かの旭将軍、木曾義仲の末裔と称する源氏の一族。

ホントかどうかは怪しいものだがな。

血統はさて置き、これが信孝を通して信忠に寝返り信州から雪崩れ込む切欠となった。

織田家では高く評価されるのだろう。


そして駿河を領した穴山氏。

甲斐武田の傍流だが、数代に渡り宗家から血を入れて一門筆頭の地位にあった。

こっちは徳川が引き入れたようだが、色んな思惑があったのだろうな。


彼らの離反が武田家滅亡に繋がったのは間違いない。

そこをどう評価するかは一水四見。

信長と信忠ですら異なるだろう。


*


東の情報は今後の続報を待つ必要があるが、影響は大きい。

よって西については私自身、積極的に動く必要がある。

備中はもとより安芸についても。


ついでに都のこと──朝廷の工作についてもだな。


毛利家は巨大だが決して一枚岩ではない。

大きな版図を持つと、当然の事ながら内外大小を問わず利害関係が発生し、派閥の組成に繋がる。

戦時故の協調体制は維持されつつも、不協和音は確実に存在。

簡単に言えば穏健派と強硬派。

それぞれの筆頭が当主の叔父二人であり、彼らは別所と違い仲が良い。

だから破綻せずにいるのだが…。


さらに外交の担い手は基本的に穏健派に近いものの、それも場合によりけり。

今後の事を考えると、一貫性がないのは困るのだ。


そこで、公方たる私が指標を与えて彼らの行動を縛る。

すると一連の行動が制御されて読みやすくなり、誘導しやすくなるのだ。

上手く行けばだがな。


気を付けるべきは頻度と程度。

無視されないギリギリのラインを見極めて頻度を増やしつつ、程度は下げる。

その中に高純度のものを織り交ぜて恐懼させるのだ。

頑張ろう。



* * *



「報告を聞こうか」


「ハッ!大友と毛利の和合は不発。

 仰せの通り、次なる目論見に足元の火種を」


うむ。


「やはり一筋縄ではいかぬな」


「御意。されど英彦山の感触は良好にて」


毛利家の亀裂を完璧に修復するのは至難の業。

今出来るのは支えることのみ。

そこで、西国口の安定をもたらすことを目論んだ。


最良は大友と毛利の和合であるが、そう上手くは運べない。

せめて相互不可侵でもあれば違うのだろうが、まあ難しいな。

よって、次善の策として毛利の目が西に向かない程度に大友の足元を揺らしにかかる。

本当は崩したいところだけど、これもまだ高望みか。


英彦山は霊験あらたかな修験道の御山。

切支丹の大友とはそりが合わない。

寺社仏閣を破壊することを厭わぬ大友の当主なら、焼き討ちした理由の一端はそこにもあろう。


と、いったことを囁けば敵愾心は一気に燃え上がる。

ここに阿蘇や宗像の大宮司らも同調して欲しいところなんだがな、簡単にはいかん。

毛利は良いのだが、龍造寺の心象がイマイチなんだよなー。

そういう意味では大友にもうちょっと頑張って欲しい。


「時に公方様」


「なにかの」


考えに耽っていると側衆が意味ありげな視線を寄越す。

うん?

視線の先には…、おお源兵衛。

気にせず話すが良いぞ。


「本多殿より提案のあった伊賀・三河の件。

 藤林の縁者を仕立てることに成功しております。

 今は調練を積み、励んでおりまする」


「そうか!よくやった。

 引き続き手当を頼むぞ」


「御意」


三河に送り込み、内情を探らせる工作員の育成を伊賀衆に頼んでいた。

正信の意見具申であちらの酒井何某に取り入ったと聞いていたが、そうかそうか。

上手くやってくれたか。


お、そういえば。


「では甲賀の方は如何か?」


「そちらは既に多羅尾殿が二条と岐阜に」


うんうん。

二条城には於市ちゃんとキリがいて、当然甲賀衆が付いている。

そこから派生して岐阜の息子こと信忠の下にも幾人か送り付けた。

松姫のこともあるしな。

表裏ともに。


無論、護衛が主要任務であることに違いはない。

しかし今後の推移によっては…?

あらかじめ言い含めてあるし、適宜指示も送っている。

左京進の心利きたる者が監督者として常在すると聞いた。

心配してなかったけどね。

改めて確認することで、自他に向かってのアピールになる。

これもまた大事なことなのだよ。


「十兵衛、ああいや日向守との繋ぎは」


「兵部殿を含めて万事恙なく」


「うむうむ、重畳じゃ」


うむ。

どうやら仕込みは順調。

細工は適宜追加するとしても、大過なく仕上げてくれそうだ。


「で、あれば問題は─」


「は、やはり備中。

 そして淡路になろうかと」


備中はともかく、淡路はなあ。

おのれ羽柴め。

無駄に手広くやってくれおって…。


* *


昨今淡路には三好一門の安宅が拠っていた。

しかし内部のゴタゴタで統制が緩み、織田の…羽柴の手が伸びていた。


平島も目を光らせてくれてはいるが、主な制御範囲から外れてるからな。

上手くやられてしまっている。

栄華を誇った安宅も今や滅びが目前。

今となっては阿波三好も同様。


栄枯盛衰よな。


話は戻るが、つまるところ淡路水軍は今や織田方。

その勢力は強くはないが無視出来るものでもない。

要は瀬戸内から紀州にかけての安全な航路が確保できないのが痛いのだ。

是非とも何とかしておきたい。


時間をかければ何とかなるというものでもなく、むしろ地均しが進む恐れすらある。

となると、やはり時を区切ってやるしかないか。


覚悟を新たに。


「都の妙覚寺と本圀寺に報せを出せ」


「公方様、では?」


「うむ。備中での対陣を持って雌雄を決す。

 決して悟られるでないぞ!」


「御意!」


計画を一歩前に進める。

下手に走り出すと止めることは容易でない。

だからこそ、これまで慎重に慎重を重ねてきたが、そろそろ決めるべきだ。


甲斐武田が滅び、西国の目途もつくかという今が頃合。

少なくない血が流れるだろう。

目を背けてはならない。

そして立ち止まることもせぬ。


全ては我が野望のため。

突き進むのみ!



甲斐武田が滅び、阿波三好も実質陥落。

さらに西国の現実を知る義昭君。

故に覚悟を持って一歩前へ。

助走から疾走へとギアチェンジ。

まもなく、その時がやって参ります。


ゴローちゃんこと武田信景。

資料によっては甲斐武田と運命を共にしたとも。

本作では今日も元気に腰巾着。

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