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52 門出

千歳丸、奔る──


などと表せば、どこぞの物語のような。


*


奥座敷。

限られた者しか立ち入りを許されない、結界が張られた小部屋なう。


「で?」


「報告致します。

 武田征討が正式に決定される由」


「中将か」


「御意。御台所様より、お知らせに参れと」


織田家が甲斐武田家を滅ぼすことに本腰を入れ始めた。

報せが届いた今頃、決定されていることだろう。

それを見越して於市ちゃんが使者を出してくれた…。

キリが動いたのかも。


中将こと信忠は位階をさらに進め、従三位左近衛中将に転任している。

織田家では岐阜中将、三位中将と尊称される超大物だ。


ちなみに正室は武田勝頼の妹。

これに関して信長から注意されたり、信孝から意見具申が上がってきたりはあったらしい。

全て正面から受け止めて覚悟を示したとか。

凄い、立派だ。

流石は我が息子。


知らん間に位階の上で追い抜かれたとしても息子は息子。

定期的にやりとりする於市ちゃんからとのお手紙にちょくちょく出て来る、松姫が羨ましいとの遠回しな嫌味も何のその。


じゃあ会いに行こうか?

来るなバカ!

(超意訳)


我ながら夫婦仲は円満だと思う所存。

それはそれとして、やはり信忠と松姫(勝頼の妹)の仲を見ると思うところがあるようだ。

乱世にあっての平和な一時ということで一つ。


そんなところに千歳丸が千夜丸を伴って二条城奥殿に現れたらしい。


その二条城。

私が都を離れてから増築が行われて別館が建てられた。

そこに親王殿下が住まわれている。

詳細は知らんが、そのせいで二条御所という呼称が付いている。

城郭の一部だから正確に言うなら二条城内二条御所。

まあ城でも御所でも大まかに同じ場所を指すと考えて貰って良い。

於市ちゃんたちが住むのが二条城奥殿。

親王殿下御一家のお住まいが二条城御所と。


呼称はまあ良いとして、ともかく千歳丸が以心居士と称して都に入ったという驚天動地の報告。

しかも千夜丸も一緒だと?

聞いてないぞ!


武田征討のことよりもそっちの方が気になって仕方がないわー。


「キリからの知らせは?」


「御台様の添状に…こちら、名は異なりまするが」


ホントだ。

二位刑部?

女房名だろうが、僭称で怒られないのだろうか。


まあいいか。

えーなになに?

ふむふむ。

うーむ。

へえ、ほぉーん…。

なるほどね!


兄妹水入らずも偶には大事か。

年単位で会ってないからな。

そこは目を瞑ろう。


ところで斯波大蔵と於茶はイイ感じの仲であるらしい。

京極小法師と於初は互いにもう一歩というところ。

於江と於辰はまだ早い。


千歳丸、千夜丸、千尋丸の兄弟が揃うのも中々ないよな。

少なくとも兄二人は仲が良いし、弟のことを大切に思っているのは知っている。

身分差のこともな。

千尋丸はまだ意識してないかも知れんが。


しかし元服、元服かあ…。


「近江から若狭を通り越前と繋ぐか。

 少々危険ではないかな?」


意見具申。

検討を重ねて実地検分、ついで立ち寄った流れなのか。


「安全ではありませんが、顔は割れておりませぬ」


そりゃまあそうだろう。

都で貴人として育てられる千尋丸はさて置き、伊賀と甲賀で修業を重ねるお兄ちゃんたちはな。

特に千歳丸は下手すると領主のお眼鏡に叶う可能性すらある。


ん、それもありか?

以心居士と称する彼だが…。


例えば式部の養子に、いや本人は此処に居るから流石に無理か。

だったらその縁者。

例えば弟が都におったはず。

ならば敢えて明確にせず、甥にあたる存在として仕官の道を探る旅路に──。

──なんて、案外悪くないんじゃないか。


問題は千歳丸である必要性が薄いこと。

それに伴って賛同を得にくいことだろうか。


しかし当人の希望、元服ともなればそれ相応の理由と役割が必要だ。

いや普通は要らないのだけどね。

足利家の通例として嫡男以外は寺に入るというものがある。

それを曲げて元服するならば、ということだ。


うーん、父としては多少思うところがないではないが…。

皆に諮ってみるかあ。



* * *



毛利家から進物が届いた。

それはまあ良いのだが、その中にちょっと看過できないものが一つ。

知らずに紛れたというという線は薄いように思う。

敢えて入れ込んできたのだとは思うのだが、真意や如何に。


「南蛮の品ですな」


「特に伴天連どもが扱うと聞いておるが」


そう、切支丹関連なのだ。

豊後大友とか肥前大村とか、関連する者は少なからずいる。

九州にも一定の影響力を有する毛利。

流れてくるものも多いとは思う。


じつを知ると不愉快ではあるがな」


「されど毛利が知らぬとも思えませぬ」


貴人に対する進物ともなれば吟味に吟味を重ね、検品にも一等気を遣って送り出すのが基本。

だからこそ、いっそ無神経とも思える品選びに違和感を感じるのだ。

本気で知らなかったなんて流石に考えにくいしな。


そんな訳で裏読み大会が始まるわけさ。


「こちらの反物と併せて白に絹、つまりシラヌと読め─」

「単純に伴天連どもが歓心を買うためかも知れぬぞ」

「ならば逆に、奴らの危険性を伝えるべく──」

「それをどこで伝えようとするのか」

「いやいや──」

「そもそも──」

「だがな──」

「ふむ、ならば──」


侃々諤々。


家臣らの論争を高みの見物、なんて無粋な真似はしない。

自分も混ざって、むしろ積極的に意見を交わすのが楽しいんじゃないか。

結局この場で結論は出なかったけどな。


後日、外の目を入れて初めて予測を立てることは出来た。

それでも正解かどうかは分からんがな。

いずれ答え合わせは出来るだろう。


現時点で分かったことは二つ。

一つは進物の出所が九州は筑前国の宗像ということ。

毛利家を通して送ってきたのだが、宗像は宮司の家系。

切支丹と関連するとは思えない。

もう一つ、宗像はちょっと苦しい立場にあるらしいこと。

基本的に毛利に従属している宗像だが、秋月や高橋とも関係を持つ。

地方豪族によくある内紛で一族が減少。

当主と嫡子を除けば傍流の女子しかいないとか。

もっとも現当主は系統を奪取した存在なので、その辺りは何が何やら。


ただまあ筑前国の寺社関係と周辺状況を鑑みると?

恐らくは龍造寺。


アレの手も中々に長い。

勇猛果敢にして冷徹。

千葉系の修験者を介して英彦山とも繋がりを持つ。


だから上手く手綱を握ることが出来れば…。


ま、皮算用は程々にしておこう。

事実を把握し、予測を立てて動く。

今はそれでいい。



* * *



九州に思いを馳せていると、四国の情勢も緊迫してきた。

いよいよ三好が危ういらしい。

長宗我部の躍進は止まらず、織田も四国侵攻を検討する段階に入った。

淡路に羽柴の一手が入ったのも足掛かりを確保したもの。


平島は独自に動き、武家の棟梁一門として良識ある行動を心掛けるそうだ。

しかし長宗我部は大丈夫か?

土佐一条への処遇を考えると、若干不安が残るのだが…。

まあその辺は善通寺を信じるとしよう。


東ではいよいよ武田征討軍が催された。

三河徳川、相模北条をも巻き込んでの大掛かりなものだ。

大将は信忠。

旗下に滝川、川尻、森など錚々たる顔ぶれが並ぶ。

源五さんも一手を預かるらしい。


みっちゃんたちは信長と一緒に後続の本陣に詰めるとか。

しかし明智家は随分と所掌範囲が広くなった。

近江坂本と丹波を領し、丹後・大和を組下に伊勢・伊賀と協調しつつ山城・近江で遊撃部隊を指揮すると。

さらに長宗我部との取次役、紀伊と大和の寺社勢力、公家衆との折衝役をも担うときた。


勿論全てを担当する訳じゃない。

組下や配下の三好、松永、細川、伊勢、三宅らが中心的なものも多い。

都のことは重政や信広がメインだし、近江の遊撃部隊も信澄や堀、森に丹羽・羽柴もいる。

それでもな。


──諸々も含めて千歳丸のことを諮問する。


いわゆる秘密の有識者会議。

最高評議会って奴に。


出席者はアザミちゃんに源兵衛。

式部に藤英代理の昭英と昭辰、そして昭光。

オブザーバーで雲慶と多羅尾久八郎、あと正信も参加している。


正信は信頼の置ける者を武田攻めに従軍させているそうだ。

相変わらず手広くやってるよ。

見習いたいものだな。


「千歳丸を元服、ですか」


ポツリと零れた声に威圧感を感じるのは穿ち過ぎだろうか。

発した人はアザミちゃん。

紛うことなき千歳丸の生母、その人である。

伊賀の実地で鍛えた当人でもある。


「うむ、如何じゃ」


これは他と違って私が口火を切るしかない。

誰だって祟る神に触りたくはないのだから。


千歳丸の事は未だ決めかねているので、出来れば皆の意見が欲しい。

でもアザミちゃんの気持ちも大事。

どうせ遅かれ早かれ尋ねる必要はあるのだから、最初に聞いてしまえと考えた次第。


「わたくしは構わぬと存じます」


しかし、と続きそうで続かない。

アザミちゃんはアザミちゃんとして参加している。

佐古ではない。

生みの親という事実を踏まえて伊賀衆の一人として回答頂いた、と認識される。


場の空気がホッとしたものに変わる。

変わると言うことは張り詰めていたということ。

今更みんな緊張していたのだと気が付いた。


「そうか、皆はどうじゃ」


私が緊張していたせいだろうね。

反省しなけりゃ。


皆の意見は総じて賛成。

ないし、条件付き賛成といったところ。


「氏は一色になるかのう」


「恐れ多いことなれど、当家にとっては最大の誉れにござります」


式部がそれはもう嬉しそうに言っている。

まあね。

仮名とは言え何でも良いと言う訳にはいかない。


出生を考えれば宇野、赤松の辺りが妥当だけど、仕官の可能性もあるとなればな。

後々整合性が取れなくなると困る。

確たるバックボーンを認識させるには、身近な存在が良い。

ある程度由緒ある家柄だと尚更良い。


「庶長子としての格もある。

 …うむ、こういうのは如何か」


サラサラと紙に名を認める。


『一色又次郎義高』


皆に示すと、ホウッという吐息があちらこちらから。


「等持院殿ですかな」


「左様、弥八郎は物知りだな」


仮名けみょうの又次郎は足利家中興の祖、尊氏公に倣った。

聞けば皆分かるだろうが、又次郎からすぐ其処に辿りつくのは難しい。

伊達に識者で知恵者やってないな。


ついでに『義高』は尊氏公の異母兄・高義公より。

偏諱だと心得違いに成りかねないから、決して口外してはならないが。


「では又次郎のことはそのように。

 式部、済まぬが頼むぞ」


「御意!」


よし、力強く請け負ってくれた。

凄い安心感だ。

アザミちゃんも心なしか口元が緩んでいるように見えないこともない。

ウム。


千歳丸あらため義高のことは伊賀衆に任せる。

式部に正信と孫三郎を結び付け、協調して事に当たらせよう。


とりあえず都には知らせるとして、千夜丸のことも考えないといけないなあ。

キリが動くかもしれん。

甲賀衆や於辰だけでは抑えられない恐れもある。

左京進にも話を通しておかないと…。

多羅尾に宜しく。


*


さて、私情を挟みつつも公の策を採ったところで次の話。

若狭と丹後にも一手置いておきたい。

ゴローちゃんと兵部がしっかりやってくれてはいるが、そこに一筆。

お手紙公方の再臨だ。


それと甲斐武田と越後上杉について。

特に甲信地方の武田家は望月や木曽を通じて裏から色々。

主として甲賀衆の分担地域。


しかし越後はその辺ちょっと弱い。

現地の忍び衆が分散して弱体化。

繋ぎをとろうにも一元的には行かない有様。

御館の乱の影響を引き摺ったまま戦役に入ってしまったせいだ。

北条との確執もあるしな。


あとこちらに直接的な影響は少ないが、奥羽の情勢も気になる。

蘆名や伊達、小野寺に戸沢・南部に安東らの動きも見据えておきたい。


特に戸沢の若当主は夜叉九郎などと称され、元気が有り余っている様子。

出羽国で南部や安東、小野寺を相手に八面六臂の大活躍だ。

遠く織田家や京足利家にも贈答品を送ってくるなど政治力もあるとみた。


伊達・安東・戸沢。

若くて開明的な存在が増えてきたなあ。

浪岡や大崎らもうかうかしておられんだろうて。


関東の北条と佐竹は一旦置いておく。

蘆名や田村などとの関連はあるものの、案外影響は少なめと見ているためだ。

北条家は武田征伐の軍役にも消極的なようだしな。

風魔という怖い存在もあることだし、しばらくは様子見に徹しよう。


ふうー。


北部九州から中国、四国、畿内を通じて関東甲信越に奥州まで。

随分と視野が広がったものだ。

我ながら驚きである。


秘密会議は終わり、居室で一人息をつく。


「お疲れ様でございます」


と思っていたら隣に愛妾がいた。

とても驚いたが表に出さないように頑張った。


「千歳丸のこと、かたじけのう存じます」


だって肩に頭を預けて楚々と微笑む彼女を愛おしく思うから。

それはそうと、一体何時から側に居たのだろう。


「何、我が子のことだ」


謎を追求したい気持ちを抑え、アザミちゃんの気持ちを慮る。

伊賀衆として強い自制心を持つとはいえ、我が子を心配する気持ちは痛いほど分かる。

だって我が子だもの。


だがしかし、子の旅立ちは言祝がねばならぬ。

厳しい道程になるだろう。

直に背中を押す事が出来ないからこそ、快く送り出してやらねば…。


なんて思いながらそっと肩を抱く。

すると意外なことに大人しく身体を寄せて来るではないか。


それがもういじらしくてたまらなくてね。

私としたことがついカッとなって───。



戸沢盛安

出羽国角館城主。

夜叉九郎の異名を持つ戦国武将。

治部大輔。


義昭君が個人的に注目している若き名将。

最上家と協調路線をとっているため応援しやすい。


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