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45 騒動

荒木信濃守村重。

乱世における摂津の覇者となったかに見えた彼は、なんと城を明渡して陣を引いたらしい。

どういうことか。


注意するよう気を配っていたつもりが、平島に浮かれて結構疎かになっていたようだ。


反省。


事は一端を見れば済むものでもない。

幾多の点を様々な線が結び、中で混線しているものも多数。

全部を追うのは流石に無理だ。


注視せよとの指示は出していたが、大きく動いたのが影武者の時。

私が四国でヒャッホーしてた頃か。


記憶を掘り起こしてみると、なるほど確かに影から報告を受けていた。

しかし残念ながら点と点を結ぶ線を浮かび上がらせることができず、実質的に放置していた。


指摘を受けて探した文での報告書。

記憶にはなかったが、確認済の文箱から発掘された。

これを一緒に探してくれて発見した時のアザミちゃんから向けられた冷たい眼差し。


「まさか公方様ともあろう御方が…」


なんて、流石に口に出しては言われなかったけどね。

目は口程に物を言うとはこのことだ!


私も失敗くらいするさ、人間だもの。


「…確かに、これは輔弼する者の落ち度。

 少し弛んでいたようです」


これは口に出して言われた。

いかん、私の失態で周囲にプレッシャーが!

ただでさえ多大なる労力を貰っているのに、さらに増えるとか。


部下の失敗は上司の失敗。

私が常々言ってきた責任をとるお仕事の大切さ。

家臣や家族、忍び衆の皆も感動してくれた我が金言。


一方で主に配下となった伊賀衆に根強い考え方がこれ。

上の失態は下の力不足。


体育会系とでも言えばいいのか、互助になり切れない不具合。

端的に言うと実に不毛だ。


その辺の意識改革は未だ途上にある。

これは一旦置いておくとして、今は彼らに余計な重圧を与えないようしなければならない。

他ならぬ私の失態によるものだからな!


ああっ、待って立ち上がらないでホラ落ち着いて話そう?

壁と柱の隙間の君らも走り出さないでっ

源兵衛を呼んでくる?

ああうん、お願い。


白装束とか要らないから普通の格好で良いから。


って言ってる側からするりと抜け出す流石はクノイチ。

こうなりゃ実力行使。

手首を掴んでこう、捻ればどうだ動けまい。


「あっ…」


あっ。



* * *



摂津荒木家の話ね、うんそう。


複雑に張り巡らされた点と点を結ぶ線。

直線だけでなく曲線やバイパスまであるから最早全景が見えてこない。


偶然と必然に謀略が絡み合って出来上がったのが今回の混沌だ。


結果から言うと荒木村重は織田家と和睦して争いは終結。


和睦後の立場は従属的同盟者。

三河徳川家のような感じと考えれば近いかな?


あっちは対武田、こっちは対毛利。


で、問題の過程だが…。

これを解きほぐすのはもう無理じゃないかな。

個人的には諦めたいが、皆が欣喜雀躍して取り掛かってるから止められない。


彼らが勝手に楽しむなら、別に私が気にすることじゃないけどさ。

「計略を得意とする私を前にして」やることが彼らのモチベーションに繋がるらしいの。

槍働きだけじゃないというアピールの場でもある。


こうなったのは伊賀・甲賀・雑賀の衆が集って触発されたのも一因だろう。

良い傾向だ。

止める理由がない。

問題は当の私が付いていけてないことだけだ。


傍らに侍る愛妾・佐古がちょくちょく助け舟出してくれなきゃ詰んでるね。


畑違いというのもあるが、まあスペックの違いに驚愕する。

しかし皆の理想を壊さないのも高血統の務め。

努々忘れることなきように。


すぐに話が飛ぶのは現実逃避。

問題の解きほぐしに疲れてるんだ。


いやまあ、そういうことか!

…と、閃く瞬間の爽快感と達成感に中毒性があるのは認める。

でも程々がいい。


「こういった理由から荒木信濃守は摂津の旗頭たらんと欲し」

「やはり守護の座を求めたか」

「播磨や丹波の衆からの誘いもあったようですし」

「何と言っても本願寺、そして毛利の動きは大きいですな」


云々。


さて、荒木の現状を三河徳川家のような、と評したが実のところそれは間違いだ。

ただ他に良い類似例が見つからなかった。

苦し紛れに無理やり、ざっくり雰囲気で言うならという注釈をつけての例示である。

頭の良い奴らに聞かれると反論されること間違いなし。


そもそも徳川が従属的同盟者なのかという議論もあるが、まあそれは置いておこう。

荒木は織田との和睦条件に独立を盛り込み、認めさせた。

表面上譲歩を強いられた織田家は今後、協力者の摂津荒木家を播磨や丹波への出兵に使っていくだろう。

荒木村重も拒むことは出来ない。


実利重視で成り上がった荒木とも思えない惨憺たる結果。

此処は織田家に嵌められたとの見方が有力だ。

所詮政治力では敵うものではなかった、と。


そして見え隠れする織田家内部での勢力争い。


主なところで佐久間と丹羽。

元々は佐久間と林、そして柴田メインの争いだったが、林は求心力を失い柴田は北陸で大変なので脱落。

代わって浮上した丹羽との闘争に入り、そして敗れた。


佐久間には林や安藤、水野がついており、丹羽には神戸、羽柴、稲葉らがついていた。


*


本願寺攻めの大将は佐久間信盛。

長年無理せず囲み続け、和睦退去へと持ち込んだ彼の功績は大きい。

しかし最近その立場に問題が発生。


佐久間は織田家譜代の家柄。

尾張に根を張る一族の代表格として重きを為した。

当人は信長の家督相続以後これを支持・輔弼し、信頼を勝ち得てきた。

やがて領地はもとより、尾張衆や外様衆に大きな影響力を有するに至る。


しかし信長は気になることがあった。

当代はともかく、これらを次代に受け継がせるには少々問題があるのでは、と。


信盛の嫡男は信栄。

父に従い戦場に出た数は多いが、昨今は茶の湯に傾倒し文化人の面が強い。

外交窓口なら良いが、国の差配や外様衆を任せるには心許ない。

尾張については言うに及ばず。


よって信長は佐久間一族の分割も視野に入れ、領地を削ろうと考えた。

そこを上手く突いて信盛親子の失脚に追い込んだ丹羽の手腕こそ恐るべし。


憐れ佐久間信盛・信栄親子は改易、追放の憂き目に…。

派閥の者らも影響を受けるのは必至。

今は後を見据えて水面下での駆け引きが活発になっているところか。


因みに、明智を始めとする幕臣衆は強いて言うなら佐久間サイド。

影響がないではない。

丹波攻めを代わりに受け持ちたいと思う奴は少ないから、直接ダメージは出ないだろうけど。

まあ思うところは各々あるだろうね。


ちなみに追放が決まった彼らだが、高野山へ向かうとの風聞があるので網を張っている。

どうにか確保して上手く活用したいところだ。


*


と言う訳で佐久間は失脚。

織田と毛利の間を上手く泳いでいた荒木は思わぬところで足をとられ、残念な結果に終わった。

切欠は佐久間よりも本願寺かも知れんが。

概ねそんな感じ。


「して、今後であるが」


結果の分析は大事だけれど、過去より未来だ。

一度リセットして一歩目を踏み出さないと持たないぜ。

主に私の頭が。


「えー、んんっ!

 まず間違いなく播磨へ本腰を入れるでしょうな」


「明智殿らの丹波攻めも本格的に始まるものと」


「対武田への引き締めも同時に行うのでは」


「北陸方面の梃入れも考えられまする」


播磨はまず間違いない。

丹波と武田、上杉への備えも同じく。

紀州と高野山は抑えを置いて後回しとなる公算が高い。


以前より織田家の方針は征西にあり、播磨と丹波はその途上にある。

一方で武田は基本的に徳川や一門にお任せ。

徐々に侵食を進めているのだが、気付いているのだろうか。

北陸路はこれまで対上杉の専守防衛に努めてきたが、越後で起こったお家騒動に乗じて攻勢に転じた。


亡兄に比べて大分縁の薄かった越後の義将は先ごろお亡くなりに。

卒中だったようだ。

お陰で養子二人による跡目争いに端を発した家中の派閥争いに発展したのだが、これは私も気を付けないとな。


北陸方面は門徒が多いことで知られているが、顕如の本願寺とは若干毛色が違う。

石山が降服しても影響は限定的だろう。

もとより織田家も上杉家も抑圧的。

特に変化はないかな。

正信による事前の根回しは功を奏しただろうか…。


「四国は如何じゃ」


「一部が織田との結び付きを強化しております」


平島以上の情報はなし。

やはりまずは征西、播磨路かなあ。


丹波はもうみっちゃんに任せて安心。

丹後が降っている以上、時間の問題だろう。

元守護の細川もいることだし。


波多野と赤井・荻野の血筋は絶やさぬよう細心の注意を払った。

みっちゃんが大丈夫でもその力を削ぎたい勢力からの横槍が入らんとも限らない。

私の手足は存外長いぞよ。


そして播磨。

肝は別所と小寺になるが、他にも赤松支族や明石らが跋扈ばっこする。


それで…ああ…小寺、小寺なあ…。

何か考えるだけで面倒くさい。


荒木との繋がりは密接だが、その背後には羽柴がいる。

羽柴との窓口は小寺の猪口才な家老…確か官兵衛とか言う者。

小寺の当主は荒木とも縁を繋ぐが毛利への親しみが強い。

場所柄もある。

こういった問題は小寺氏特有のことじゃないけど、羽柴と小寺官兵衛の繋がり具合がな。

深いのよ、ホント。

嫌になるぜ。


おっと、そう言えば。


「別所は織田に従順か?」


「変わらぬものと」


ふむふむ。

ま、基本的にお家安泰を企図するのが普通のことだ。

あまり好悪で判断すると押し込み下克上に発展する。

少なからず例外もあるが。


「淡河弾正との繋ぎは」


「万事滞りなく」


毛利を隠れ蓑に…なんて言ったら聞こえが悪いな。

亡命将軍の威光には限りがある。

確りした未来を見据えて動くからには、使えるものは何でも使わねばならない。


「小寺加賀守」


「櫛橋、三木ともに」


私が西国に移ったのにはそれなりの訳がある。

偉大なる先祖・足利尊氏や義稙などの故事に倣うとか風聞があるけど、正味そんなの関係ない。

今は中央にかまけているが、本来足利は東国から出てきた武士だ。

当然、東国へも目を向けている。

甲斐武田家との繋がりはゴローちゃんを通じて万全だ。多分。


それなりの理由の第一が毛利家の存在。

毛利家は中国筋で大内家の筋目を継承している。

血統とか家督とかじゃなくて、その在り方とかを。


朝廷や幕府といった中央との繋がりが深く、権威を利用してきた。

持ちつ持たれつの関係にある。

だからこそ流れ公方も受入れたし、それなりに遇して貰ってる。


と言いつつ、何だかんだ言って本国に入れなかったのは強かな証拠。


これも気付く奴は簡単に気付く事だが、言わずもがなのこととして利用するのが吉。


そんな毛利家と音信を交わして生き残ってきたのが今の播磨衆だ。

備前や摂津が荒れた時に遠交近攻で色々と。


で、利用したりされたりした結果、最終的に被害を被ったのが荒木村重と。


賢い奴は上手く泳ぎ切れると思っただろうが、今となっては混迷の度合いが過ぎるのだ。

直接的には丹羽が佐久間を蹴落としたせい。

でも私がかき混ぜたのも一因とみて良い。


もはや摂津の状況は一朝一夕に収まるものではない。

織田家は威光を振りかざして抑えつけるだろうけどね。

いつ爆発するか分かったもんじゃない。


火種はそこら中に転がっている。

その証拠にほら、導火線は私の手にも…。

もしも爆発しないなら着火するまでよ!


「あくどい顔をされておりますぞ」


おっといかん。

偶々正面に居たのが源兵衛で良かった。

真っ当な奴らには見せられないぜ。


「別所の火種は如何しておる」


「はは、山城守は随分と織田を嫌っておるようですな」


「あまり能があるとは思えんな」


「許容範囲でござりましょう」


まあね。

別所山城守吉親。

当主の叔父であり後見人の一人だが、もう一人の後見人である弟と折り合いが悪い。

あまり賢いタイプではない。

引いては扱いやすい人物である。


ただ下克上をするタイプではない。

甥である若い当主を常に立て、その下命にはちゃんと従う。

不平不満を漏らしながらも。


十分許容範囲内に収まる丁度良い人物だ。


あれだな。

筋目をとても大事にするタイプ。

だから出自定かならぬ羽柴などとの協調路線が気に入らない。

そして織田との外交窓口として、家中の主導権を握ろうとする弟を疎んじる。

いや、弟が気に入らない感の方が強いかもな。


ともあれ、別所の火種はあくまで火種。

余程のことがない限り彼が暴発することはない。

まあこれだけ常時不満を漏らしてたら、そりゃ皆して警戒するよね。

幾ら気に食わなくても筋目に重きを置く吉親は動かない。


そこで淡河が一つの導火線になるのだが、まあ未確定の話だ。

今は置いておこう。


別所吉親のことは左程大事なことじゃない。

なのに敢えてツラツラと考えたのは、荒木村重がこれに近いから。

いや、筋目が大事とか下克上しないとか、その辺は全く正反対。

そうではなくて、その置かれた位置や立場がな。

あと火種。


細かいことは省くが、急速に拡大して一気に萎んだ荒木家は渦中にある。

混乱して当然だよな。

特に勢いのまま放置されていた池田家のアレコレとかが。


何と混乱の最中、囚われていた池田勝正は行方知れずになった。

そして追放された旧主池田知正も旧領回復を願い出ている。


勝正を気にする者は少ないが、知正の処遇如何によっては嵐になる。

さて、訴えを受けた織田家はどう判断するのかな。


なんて高みの見物を決め込もうとした矢先、結果が判明した。


中川清秀、高山親子ほか摂津衆の旧領は安堵。

荒木村重が接収した所領のうち、池田領の半分を知正に返還。

他、伊丹領や勝正領は幕府預りと称して没収。

今後の功績に応じて再配分するとした。


あーあ、やっちゃった。


現状追認と面倒事の後回し。

征西を急ぐあまり足元を疎かにするのは悪手だぜ。

これは摂津衆の誰もが納得しない。


従属的同盟者とはこういうものだと天下に示したに等しい。

荒木村重よりは織田家に近いし独立性も保つ同盟者の三河徳川家。

この辺がどう思うかとか、考えなかったのかな?

考えなかったんだろうなあ。


徳川家は織田家と血縁関係にあり、対等な同盟者である。

よって荒木家のケースと同じではない。


事実であるが、それでも力関係に差がある以上考える者は考える。

表立ってすぐさま何がどうのとはなるまいが…。


慢心だな。



* * *



「ご注進、岡崎三郎に特段の動き有之これあり!」


ほら来たよ。



騒動にも色々ありまして。

騒動に乗じて色々出来まして。

騒動を扱う専門職がいたりもしまして。

騒動は起こるべくして起こったということです。


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