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44 明渡

本願寺が降服。

その情報に接したのは、私が鞆の浦に戻って暫く経った頃だった。


「では上人様は」


「事後処理を進めており、終わり次第立ち退くとか」


家臣たちの話を聞きながら思うのは真面目で門徒思いな顕如のこと。

戦を終わらせる、その決意は尊いものだが果たして上手くまとまるかどうか。


「太閤様の肝入りともなれば問題ないと思われまするが」


「抗戦派は如何しておる」


「それは…」


気になる点を問うと皆が押し黙る。

そうなんだよ。

組織が戦を終わらせる時、往々にして恭順派と抗戦派に分かれることが多い。

戦力を温存してきた場合だと尚更。


どちらが正しいか。

それは後世の判断に委ねられる。

これがまた難しい。


現状の本願寺を取り巻く環境を考えれば徹底抗戦は危険なのは間違いない。

しかし粘り切って、凌ぐ要素が全くないかと言えばそうでもない。


「荒木信濃守の動きは?」


「未だ定まらず」


荒木村重とその一党。

摂津で一番勢いがある存在だけど、本願寺と組める可能性は低い。

毛利家の誘いには乗る可能性があるけど、ちょっと相容れない。

一時的に仮宿とすることは有り得る、かな?


荒木も本願寺も互いが互いを上手く利用して情勢を泳いでいる。

今のところ顕如の方が上手く使えている感じ。

しかしバランスは拮抗している。

いつ転覆してもおかしくない。


「抗戦派の要は上人様の御長男でしたな」


「左様、此処に来て親子で対立とは」


顕如の息子、教如は武闘派らしい。

まだ若く血気盛んと言われるけどさ、坊さんが血気に逸ってどうするよ。

私みたいに還俗するならまだ分かる。

僧侶のまま武装するから問題になるんだよ。

今更だけど。


「顕如上人は紀伊への退去を予定している。

 仮に息子が蜂起するというなら残るだろう」


「後始末も大変ですなあ」


そう、大変なんだよ。

余力を残さないと厳しいけど、余力があるから抗戦派も力を持つ。

バランスがねえ。


ちなみに他人事のように軽く言ってる奴もいるがな。

確かに内実は割と余裕がある。

それは認める。

でも我々が都を追われて敗残の身であるのは紛れもない事実なんだ。

権勢ともども右肩下がりでボロを繕っているように見せる努力をしなさい。


ということを大勢の前では言わず。

影にチロッと告げ口を。

後でキッチリ絞られると良いよ。


まあそんなこんなでな。

本願寺が和睦を受入れ、実質的に降服を決めたのだが予断を許さない。


その隙に荒木が動くかどうか。

河内への手当てもしておきたいが…。



* * *



子の始末は親が付ける。

一般的によく言われる言葉だが、そこには他者に任せたくないという思いも透けて見える。


反抗期の息子と抑えつける親。


顕如も大変だが、門徒に対する慈悲と我が子を想う心はまた違うものなんだろう。

上に立つ者として表には出さないだろうが、同じく権力を持つ親として内心を察するに余りある。

だって人間だもの。


幸い私の息子たちは反抗期を迎えてはいない。

それ以前に一緒に暮らしてないがな。

長男が伊賀っ子だったのは幸いだった。

次男は甲賀っ子で嫡男は未だ幼児。

猶子と義娘たちは皆良い子。

恵まれているな!


自分の境遇を再確認したところで顕如のことだ。


顕如というか石山本願寺のことなんだが。

門徒や末寺への通達は粛々と進んでいる。

しかし石山の解体はまだまだだ。

教如と彼を旗頭に仰ぐ坊官門徒衆が頑張っているから。


この影響は案外大きいものとなっている。

あー…、政略的な思惑を言うならここで二者の対立という構図は悪くない。

あまり言いたくはないが、先を見据えるならば、な。


喫緊の課題として上げられるのはやはり織田家の動向。

もっと先の話もあるにはあるが、今は種まき程度にしておくべきか。


織田家…信長の意向だが、畿内周辺での戦は止めてしまいたい。

摂津と和泉は貿易の拠点。

さっさと抑えて国を富ませる方向に進むべき。

そのような考えらしい。


大いに同感。

影ながら協力は惜しまないぞ!


敵の敵は味方と言うが、敵の敵が敵のことも敵の味方が味方のこともある。

事の是非はともかく使えるものは何でも使う。

懐具合に胡坐をかいてる余裕はないのだからな。


さて、要は本願寺の混乱を周辺各国に伝播させないことが求められている訳だ。

畿内の動乱を望む者は意外と少ない。

それでも権益が絡むから望まなくても争いが絶えなかった。

これまでは。


今、畿内周辺で中心に居るのは織田信長。

かつての三好長慶よりも強い力を保持している。


その威光に服していないのは加古川を境に播磨と丹波、紀伊に河内の一部のみ。

摂津もおさまってはないものの、戦に発展する機運は高まらない。

時機が悪いからね、今は。


播磨は羽柴の手が着々と入っており、丹波もみっちゃんが徐々に侵食。

丹後一色は先ごろ兵部に降っている。

紀伊と河内の一部は言わずと知れた守護大名・畠山家の領国だ。


義継君率いる河内三好家の動向が危ぶまれたが、今回のことはプラスに働きそうだ。

河内の大部分と大和の一部に影響力を持つ三好家を潰すのは時間がかかる。

幸い織田家に従う意向を示している。

松永久秀も同じ方針。

だったらお目付け役を置いて内に取り込むのが得策と。


それに、信長の手中には足利将軍家がある。

我が愛しの正室で信長の妹である於市ちゃん。

なにより私の嫡男は信長の甥にあたるのだ。

千尋丸になら頭を下げやすい、従いやすいって武家も多いよね。


流石は信長。

その辺りも確り考えている。

強かだぜ。


当然ながら二人の身の安全含めて折込済み。


と言っても今は父の不始末を子に押し付ける形になっている。

夫の不手際を妻に、とも言い換えられる。

いずれ必ず精算する。

だから信じて待っていておくれ…。


…ふむ。

本願寺と丹波が一段落したあたりで一度、顔を出してみようかな?


*


特に何も言ってないのに察知されたらしい。

顔を合わせるや、もしまた行くなら伊賀と甲賀にも寄ってやれと言われた。


止めるのは諦めた模様。

呆れ、あるいはある種の信頼。


無理を押して無茶はしても無謀ではないようで─って褒めてないよね?


まあ信頼と実績のってやつ。

義任なら…平島のアイツならわかってくれる…ッ


再度の深い溜息。

それもまた良し!



* * *



「公方様におかれましては御機嫌麗しゅう」


「うむ、大儀」


備後にあってアレコレと裏工作をこねくり回す日々。

何も知らぬ人が見れば、到底実現不可能な事を言葉遊びで無聊の慰めにしてるようにしか見えまいて。

間違ってはいない。


毛利家からは定期的に、こうして重臣級がお見舞いにやってくる。

季節の贈り物や主に西国の情報を携えてくるので殊更喜んで見せている。

そうすると彼らが嬉しそうに、正確にはホッとする。


こんなんでも現職。

一定の権威権力は未だ保持しているという証左であろうな。

他の地方大名からも時々来てるし。


筆頭佞臣ゴローちゃんをはじめ、周りの幕臣たちも嬉しそうにしている。

うむうむ。

余は満足じゃ。


話は毛利家が置かれた状況。

伊予河野氏との関係や豊後大友氏、薩摩島津氏なども話題に出て来る。


大名以外にも筑前守護代の系譜を引く杉何某が云々。

滅亡して久しい守護・少弐氏の遺児・冬敬がどうとか愚にもつかない話。

元守護の渋川や菊池、由緒ある宗像や阿蘇などの寺社関係者。

貫氏、松浦氏、名和氏といった源氏を称する者たちについて。


いや、まさに無聊を慰めるための御噺だった。

楽しかったけどね。

真偽はさておき教養は大事。

地元に行く機会があれば話のタネにはなるだろう。


*


「お疲れ様でございました」


という感じの謁見を終えて、近臣に忍び衆を交えてお気楽タイム。

武家の棟梁を張るのも疲れるのだ。

特に最近は何かとノビノビしてたから反動も。


話自体は結構面白かったんだけどね。

将軍たるもの、楽に聞く姿勢にも一定の所作が求められるから。


「今回は軍記が多かったの」


「以前お喜びになられたためでしょう」


そういや前来た奴が文人肌で、古今東西の色んな話をしてくれた。

中でも軍記を楽しんだ記憶があるなあ。

なるほどねえ。

ちゃんと色んな情報が共有されて擦り合わせしてるんだな。


情報が大事だってのは皆が分かってはいる、という好例だ。

ならば忍び衆を抱えていればもっと…ね。

これは言わずもがな、だな。


「で、どう見る」


「筑前博多、宗像と秋月は動揺しておりますが」


「動かぬか」


「英彦山からの報せでは未だと」


毛利家を中心とした各地の情勢を少し整理。

支えてくれる存在に揺らぎがあると困るからね。

片や強大に過ぎると峠を越えた時が危ういし…。


今のところは大丈夫そう。


門徒が多い安芸を本貫とする毛利家。

切支丹に傾倒する大友家。

変な揺さぶりがかかると懸念したが、どうやら杞憂であったようだ。


とすると最も危うきは荒木。

次点で宇喜多と、それから伸長著しい長宗我部ということか。

長宗我部については平島と協調して顔見世を継続していく。

宇喜多はどの程度図りをしているかによる。

織田と毛利で。

これは荒木も同じだな。


「手筈は整っておりますが、如何致しましょう」


「…ふむ、手筈通り進めてくれ」


「御意」


数を基調とした兵力を持たない鞆の将軍が出来ること。

それはこれまで通り、裏の裏を進むのみ。

兵は詭道なり。

戸惑うことなく返事が出来るのは成長の証と言えるだろうか…。


* *


そういや安土城が概ね完成したらしい。

昔、失脚前の中川重政が居城としていたところとはまた別。

信長が中央で睨みを効かせるべく築城中の、なんか寺社に近い造りの城だとか。

そう聞いてる。


どうやら織田家は琵琶湖の水利を有効活用する構想で動いているようだ。


坂本に明智光秀。

今浜に羽柴秀吉。

佐和山に丹羽長秀。

織田一門も大溝に織田信澄、湖からは離れるが横山に浅井信政が配置された。

他にも細々と居館や砦、城が点在する。


それでも安土と坂本が圧倒的二大拠点。


みっちゃんの織田家における優位性が示されているが、それは現状のこと。

今後は分からない。


昨今の織田家の方向性として、小規模な在地領主を除いて共通することがある。

それは重臣クラスは居城の周りに領地を持たないことだ。


信澄は磯野家を継いだ過程があるせいか当てはまらないが、丹羽や羽柴も例外なく主な領地は近江以外の地にある。


みっちゃんも今はまだ滋賀郡に多く持っているが、今後丹波が与えられると専らの噂。

代わりに近江や美濃には信長、信忠の側近や一門衆が近隣を領すことになりそうな感じ。

そうなれば、やはり中央での影響力は減衰するのかなあ。


幾分残る幕臣としての領地が山城にあるけどな。

雀の涙くらい誤差の範囲だ。

有効活用するけど。


ともあれ、信長は概ね順調。

変なところで躓きたくはないってことだ。

大事なのはそこだよねー。



* * *



ある時、雑賀衆からの定例報告会にて。

今後の動きに一石を投じることが報じられた。


「門徒らは石山から退去、無事に完了致しました」


「上人様は予定通り紀州へお移りに。

 一時的に雑賀荘にご滞留頂いております」


「抗戦派とのいざこざで失火騒ぎが起き申したが、何とか鎮火させましてございます」


「失火ではなく放火との噂もあるようですが…。

 概ね恙なく終結したとみて良いと存じます」


そうだな。

本願寺は多少時間をかかったが無事に解散。

石山の地を織田家に引き渡すことに成功した。

うん、顕如はよく頑張った。


「畠山に例の件は?」


「承諾を得ております」


うむ、と満足げに頷く。

例の件なんて大層に言ってみたが、要は四国との連絡を密にというだけのこと。

平島とのアレコレには紀州の力も借りねばならない。


雑賀はもちろん根来や粉河、熊野に新宮…。

高政や昭高たちにも知らせておかないと、何かと齟齬が発生したら困るもんな。


「申し上げます!」


なんてまったりしていると、緊急っぽい使者がやってきた。

あれは甲賀衆だな。

多羅尾の伝手か。

本願寺が落ち着いたことで何かしら動きがあったかな?


「如何した、申せ」


「ははっ。摂津の荒木信濃守、城を明渡した由!」


……。


…えっ?



石山本願寺が織田家に降服。

教如ら徹底抗戦を主張する派閥が一時的に占拠しましたが、色んな所からの硬軟織り交ぜた説得により宥められ無事に終結。


ところで降伏と降服と投降と降参はどれが一番しっくりくるでしょう。

意味合いも若干異なってきますが、今回は音と字面と雰囲気で決定しました。

一般的には降伏が多いのかな。


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