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42 夢枕

私が紀伊で彩とイチャイチャしていた頃。

摂津が激動していたらしい。

その報告が届いたのは少し後になってからだった。


お忍びとはいえ、親しき者との邂逅は魂の充足。

存外に羽を伸ばすことも出来た。

だから暫くは頑張って走り続けよう。


直に見た訳じゃないことを、さも自分で見たかのように感じ取る。

これが出来るか否かで戦略の立て方が変わってくる。

才能もあるけど、訓練次第でも一定程度は成り立つものだ。


私は伊賀衆や幕府奉公衆の皆からそれを学び、努力して習得した。

勿論まだまだ発展途上。

精度向上すればするほど良いのが当然。

これからも努めよう。


さて、摂津のことだな。

荒木村重が謀反を起こしたのは既知の通り。

これも含めて時系列順に並べると、概ねこうなる。


まず、池田知正を唆して池田勝正を捕えてこれを幽閉。

次いで暴論で罪をでっち上げて知正を追放し、彼の一族を傀儡に立てて池田家を乗っ取る。

取り込んだ池田家の力で周囲に圧力をかけ、反抗した伊丹親興を追い落とす。

さらに高山友照を使って中川清秀を取り込む。


こうして摂津一の大勢力となり、織田家や毛利家、本願寺などとの交渉を優位に進めようとした。

でも高く売りつけようとした結果、織田家の反感を買ってしまう。

佐久間を通じて取り入ろうとしたけど上手く行かなかったらしい。

信長の意を汲んだ丹羽が邪魔したとか。


此処に毛利家の息がかかった者が入り込んで工作を進めている。

ポイントは毛利家の動きに将軍家は関わってないってところ。

動きは掴んでるけど報告は来てない。

まだ水面下のことだから、など理由はどうとでもなるけど気になる点だ。


毛利としては本願寺と共に織田家の侵攻を摂津で留めたい。

備後にいる将軍に対する示威行為にもなるし。


未確認情報ながら、一連の荒木村重と織田家、毛利家の裏では宇喜多と羽柴が一枚噛んでいるとか。


宇喜多は備前の戦国大名。

謀略に優れ、備中や播磨などにも手を入れている。

その宇喜多が羽柴と繋がっている?

播磨の小寺が仲介している?

全てを網羅出来るはずはないのだが、小寺の力があれば可能性はゼロでなくなる。


全て仮定の話であるが─。

羽柴と小寺に荒木は踊らされている?

織田家や毛利家も含めて?

それは何とも不気味で恐ろしい話であるな。


「─と言う訳にて、三淵様は警戒を強めておいでです」


「まもなく一色様が御到着の由、詰めは其処にて」


こと政略に関しては到底敵わない。

そんな藤英と式部が揃って警戒している。

内容が内容だけに鵜呑みには出来ないが、無視するわけにもいかん。

とりあえず現状を消化しようと思うものの…。

ウゴゴゴゴ…落差が激しい。


ふと視線を感じて顔を上げる。

すまん、まだ続きがあるんだな。

構わず言ってくれ。


「佐古様より言付かっております」


「…なに?」


「万事無体を通し躊躇なく臨むべし」


ヒィッ!?

言葉と共にお届けされる猛禽が如き覇気。

吐きそう。



* * *



ハッ!?


「むう、ここは」


「おお、御目覚めでございまするか。

 さぞ御疲れなのでしょう、お労しいことです」


どこぞの僧房。

…彩が世話になった粉河の末寺か。

そうそう、綿花の具合に付いて政尚に説明を受けると現地に向かっていたんだった。

摂津のことも気になるが、紀州の端も見ておかないと。


「まもなく夕餉の支度が整いますれば、今しばらく御待ち下さりませ」


「ああ、すまない」


僧侶然とした雑賀衆の案内人が部屋から出ていく。

…他に誰かいたような…。

夢でも見てたかな?


「果心様、御目覚めでしょうや」


「ああ起きている。入ってよいぞ」


「はっ」


今まで別行動が多かった式部がやってきた。

おお、何だか随分と偉丈夫になったなあ。

雑賀衆の担当を申し出た頃は、もうちょっと優男然としてたのに。

何だかしみじみと感傷に浸ってしまったが、まだそのような時分ではないと気持ちを新たにする。


「ご苦労。如何であった」


「は、堀内新宮は落ち着いております。

 安房守殿も熊野に関しては異論ないとのこと」


堀内安房守氏善。

俗にいう熊野水軍の中核を担う堀内衆の棟梁。

紀伊国人だが織田家の伊勢・伊賀平定に合わせて知行安堵を受けた。

だから畠山家との両属…と見せかけて半ば独立勢力。


根来衆との付き合いが深く、九鬼衆とも繋がりが深い海賊の長でもある。

戦が上手い高政のことが好きらしい。

乱世の国人衆によくあるタイプと言えばそれまでだが、義理人情に重きを置く古き良き武士と言えよう。


お陰で良い付き合いをさせてもらっている。

式部も交渉しやすかったようだ。

私も将軍として、彼らのような存在を大事にしていきたい。


「紀州がことは引き続き任せるが、他は?」


「御意。他の目ぼしいものはこれに」


懐から文が出てきた。

軽く目を通すと、伊賀と大和についてのあれやこれや。

伊勢志摩についても。

おー、結構しっかり調べてくれたんだね。


「大儀。…苦労をかけるの」


紀伊にいる私は果心居士。

将軍義昭ではない。

式部も一色藤長として活動する傍ら、一遊斎と称して果心居士の道連れをも演じている。

亡兄に仕えていた頃からの、昔取った杵柄で色々使える奴なんだ。

お陰で扱き使う感じになってて申し訳ない。


「何の。むしろ楽しんでおりますよ」


しかし当の本人は莞爾として笑う。

そこに影は見当たらない。

ならば私がアレコレ気を遣うのも違うのだろう。


「では一遊斎。今宵は久方ぶりに連歌でも如何」


「お付き合い致しましょう」


むしろこの際、将軍とその家臣ではなく流れ者二人として気楽な間柄を演出しよう。

そっちの方が私も楽しくていい。

流しでやるのも偶にはね。


ああ、そうだ。

昔は亡兄を良く知る兄貴分として大いに慕っていたものだ。

いつしか私も、幕府や将軍としての型にハマってしまっていたのだなあ。


初心忘るべからず。

初志貫徹。


うん、良い塩梅だ。

女衆との緩やかな雰囲気も良いが、気の置けない旧友との和やかな空気も悪くない。

今後も頑張ろう。



* * *



激動の摂津情勢。


山が動いた。

急使が来て報せてくれたのは、いよいよというもの。

畠山家とのアレコレを一旦切り上げ、急ぎ雑賀荘へ向かう。


「河内守、左衛門佐。後を頼むぞ」


「御意。南海がことは我らにお任せを!」


力強く請け負ってくれた高政と昭高に後事を託し、式部を伴い慌ただしく出立。

式部とは雑賀で別れる算段だが、状況によってはもう一歩進むかも知れない。

道すがら状況を整理する。


「毛利は荒木を取り込んだのか?」


「それについて些か気になる点が」


「織田との繋がりか」


「御意。西国路の大将は羽柴。

 荒木はその副将、気脈を通じておったはず」


摂津で第一の勢力に成り上がった荒木村重だったが、地理的に独立独歩ではどうにもならない。

西は毛利、北は波多野、東は織田。

それぞれがそれぞれに事情を抱えてなお手強い相手。

さらに摂津には石山本願寺が毛利の支援を受けて織田と戦っている。

波多野は丹波衆の代表だが、流れ公方に追従する構え。


そこで真っ先に織田との交渉に臨んだのだが、これは決裂。

佐久間と丹羽による織田家内部の勢力争いに巻き込まれた形だな。

信長の意向を読むのは丹羽の方が上手らしい。


次に話をしたのが丹波衆。

こちらは織田家の侵攻を受ける立場にあって、話を優位に進められると踏んだものか。

しかしこちらも破綻。

既存の勢力が根強い丹波衆は荒木村重との相性が悪い。


続いて振った先は播磨衆。

小寺との縁故により、少なくない手ごたえを得たが折り合えず。


宇喜多との直接的な接触はなかったようだ。


ここで付け入る隙を見つけた毛利家が動く。

播磨衆は一向門徒も多く、本願寺と気脈を通じる毛利の支援を取り付けた。

従属する高山などは翻意を求めたようだが実勢がモノを言う。

別に本願寺と直接結ぶ訳ではないと突っぱね、決断。


荒木村重は毛利家の支援を得て、織田家と敵対の道を選んだのだ。


「と言いつつ、水面下では交渉継続か」


「どうやらそのようですな」


よくあることではある。

荒木家としての方向性を示しつつ、個人の意向は少し違うとかね。

やはり織田家にあっての一大勢力となる方を欲した。

摂津衆としても一向宗は好ましくないということか。


一国一城の主となるのは戦国武将が夢に相違ない。

しかし現実は厳しいものだ。

特に摂津の国は港を有する良国。

その分、多様な勢力が存在し、且つ相対しなければならない土地でもある。


例えば信長の様に、一定以上のカリスマと実力を有していれば違うだろうが…。

今の荒木家は勃興して間もない。

勢いで与力親類、従属させた者たちを率いているが、全員で右へ倣えを為すのは無理がある。


「問題は、石山が持つかだが」


「正直に申し上げますが、厳しいと存じます」


そうなのだ。

荒木家が織田家に背き、毛利家についた。

毛利家は荒木家と本願寺を支援している。

しかし荒木家は本願寺と結んでいない。

ここに問題が発生する。


荒木家と織田家は各地で対峙している。

しかし本格的な戦端は開かれず、織田家との話し合いが継続中。


石山本願寺は継続的に戦闘が行われている。


織田家は数多の将を摂津に派遣している。

荒木村重には信忠を大将に丹羽、羽柴、細川など。

本願寺には佐久間を大将に明智、滝川、原田など。


みっちゃんは丹波衆への対処と並行して、近江の守りと本願寺攻めを同時に…。

しかも後詰する信長や信意の相談相手になったり朝廷との折衝を担ったり…。

影武者がいるからって無茶しすぎじゃない?


「(弥平次に言い含めておかねばな)」


影の向こう側で首肯する気配に軽く頷く。


「何か?」


「ん、なんでもない」


ともかく織田家は摂津制圧に全力を挙げている。

特に本願寺を何としてでも降さんと…。

毛利家は支援を続けるが、荒木勢の動きが案に相違し追い風になっていない。

実に危うい。


「九鬼の動きは掴んでおるか」


「知多から船出したとのこと」


「色は?」


「黒にて」


不味いな。

いよいよマズイ。


織田家の水軍を担う九鬼と佐治。

彼らは大坂沖の制海権を奪うべく、信長の肝入りで軍備拡張に余念がない。


熊野水軍は織田水軍と敵対しない場合が多い。

村上海賊は明確に敵対していて、つまり焙烙への対処が戦局を左右する。

だから黒…即ち漆塗りの鉄張船が無事に進水したとなれば、危ういなあ。


「雑賀荘で集合し、離散する」


「承知しております」


「できれば石山を知りたいが…」


「危険です。御止め下さい」


式部がアザミちゃんのようだ。

いや、家臣なら誰だってそう言うだろうけど。

あとアザミちゃんならもっと辛辣に抉ってくる。

話が逸れた。


「このまま行けば明日には着こうな」


そうして話をしながら雑賀荘についた時。

思わぬ事が起こるのだった。



* * *



─────。


遠くで轟く雷鳴。


音は目の奥に響く鈍痛とともに少しずつ遠ざかり、どうやら夢を見ていたようだとボンヤリ思う。


半ばほど開いた瞼の先、微かに滲む視界に広がるものは闇。

見知らぬ天井。

梁の闇に溶け込む法体。

それは現か夢か幻か。


ふと頭が非常にスッキリしていることに気付く。

つい先ほどまで鈍痛と不明瞭な光景が繰り返され、鋭く素早く為すべきことをせねばならぬと急かされていたというのに。


これは御仏の御導きに違いない。


……。


「いやいや待て待て、暫し待たれいっ」


クワッと眼を見開き起き上がる。

…?

ああ、臥所。


いそいそと起床。


「(何か御座いましたか)」


闇から忍声が降ってきた。

軽く首を振って答えておく。


以前の私なら思い切り跳ねていたことだろう。

今の私は内心はともかく、表向き一切の動揺なく対応出来る。


成長を感じる…が、それはいい。

それよりも夢見のことだ。


夢…だとは思う。

何かを見ていた。

何かが起こっていた。

留めねばならぬ。

止めねばならない。


しかし事は今ではない。


何がどうと表現するのは実に難解。

しかし無視は出来ない。

せめて心に留めおこう。


言うべき時に、周囲へは御仏が夢枕に立ったと言えばいい。

以前は仮にも一乗院門跡として仏道にあった身の上。

深く追及されることもなかろう。

場所が雑賀で熊野からの戻りと一乗院の違いは、まあ…。


私は果心居士。

…否、余は征夷大将軍。

旧弊の守護者、従三位権大納言足利義昭である。


古きを守り、新しきを正しく導く役目を担う者。


「…毛利…吉川…小早川…それに安国寺…」


これに対する織田と徳川、引いては羽柴。

そして丹羽と小寺、場合によっては宇喜多もか。

…ともあれ。


「まずは目先のことだな」


目を閉じて頭を振る。

何か色んな情報が入ってきた気がするが、振り回されたら意味がない。


夜が明けた。

今日から正念場。


まずは朝餉。

そこで式部を交えて図るとしよう。


一人で出来ることには限りがある。

改めて胸に刻み、動くとしよう。



時代の寵児は旧弊を悪弊と断じて打破するもの。

ですが、そうでない場合と見方もあるのです。

再起動。


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