03 準備
みっちゃんの説得により尾張の国へ、いざ往かん!
朝倉さんが動けないならば、新進気鋭の織田さんを頼りましょう。
織田信長に任せれば何かしら新しい展望が開けるはずです。
と言われても、一部は田舎者が云々と懐疑的。
みっちゃんは優秀だけど、外様衆で新参者なので発言力がちと弱い。
そこで私が一肌脱ごう。
ここはゴローちゃんと一芝居。
「尾張の田舎者風情に一体何程の事が出来ましょうや?」
「五郎よ。若狭と同じく尾張にも良港がある。つまり収益に基づく国力、延いては軍事力もあるということではないかな?」
「おお、なるほど!」
大袈裟に頷くゴローちゃんにつられて周囲も納得顔に。
ちょろい。
流石は有職故実にも通じる若狭武田家の御曹司、義弟の弟。
発言力に定評がある。
しかも将軍(予定)の私によく懐いてくれてやりやすい。
年上だけど。
「織田殿は亡き兄上にも謁見したと聞く。必ずや我らの力となってくれるだろう」
「ははーっ、流石は公方様。見事な見識にございますな!」
「これこれ。私はまだ将軍ではないぞ?」
「これは某としたことが。確かにまだ、でしたな!大変失礼致しましたっ」
HAHAHA!
はっいかん。
これじゃバカ殿と佞臣じゃないか。
ああほら、三藤が微妙な視線を寄越してる…。
空気を変えるために咳払いを一つ。
「んんっ!時に、五郎次郎の方はどうなっておる?」
仁木爺は縁を頼って六角家との折衝を続けている。
実家に対して色々思うところがあるようだが、私のために頑張ってくれてるのだ。
道半ばでバカ殿になる訳にはいかない。
「仁木殿からは進藤殿らと会談したと、先日知らせが参りました」
「ならばこれからか」
「左様に存じます」
単純に尾張に渡っても都が遠くなるだけ。
縁付きの近江国とは連絡を密にしておきたい。
目を向ければ心得ているとばかりに頷き一つ。
優秀な三藤が一人、三淵藤英にお任せだ。
そうそう、みっちゃんと言えば鉄砲の名手らしい。
でも朝倉家においては高級見世物に近い扱いで不満そうだった。
しかし鉄砲、これは流行る!
今後のためにも弓に次ぐ私の主要武装として取り入れることにした。
将軍(予定)自ら鉄砲を撃つとか、それもう末期じゃん?
なんて思わないでもないが、備えは必要ということで振り切った。
一人で頑張るのも何なのでゴローちゃんと一緒に。
あと密かにアザミちゃんも。
しかし織田信長…。
考えるだけでやはりざわざわする。
織田を頼ればみっちゃんが力説するように、ほぼ間違いなく展望は開けるだろう。
ちょっとした確信がある。
しかし同時に危機を孕む恐れもまた同様…。
だが、虎穴に入らずんば虎児を得ず。
今のところ生命の危機に直結する予感はない。
謎のざわつきには一旦フタをして、サクサク行動するとしよう。
越前での逗留は長くなったけど結局上洛は叶わなかった。
朝倉義景にやる気がなかったと言う訳ではなく、情勢が厳しかったが故に。
若狭武田と同じ。
規模や方向性は少なからず違うけど、儘ならんね。
でも長く越前国内に留まったのは無駄じゃなかった。
上野清延や大館晴忠といった幕臣に加え、諏方晴長ら奉行衆と合流出来たのよ。
此処に居るぞアピールが功を奏した形。
これで各地にばらまいたお手紙作戦は有効だと証明された。
通常手紙類は祐筆を使ったりするんだろうけどね、今回はほとんどが直筆。
実は人手不足のせいという噂のような事実があった。
それも奉行衆の合流で緩和されるだろう。
最後に朝倉義景と挨拶を交わし、ついでに親戚にも声をかけておく。
色んな背景から微妙な反応でも親戚は親戚。
挨拶は大事だぜ。
何せこっちは候補者と言ってもまだ将軍じゃない。
今後のことを考えたら疎かにできないのだよ。
使えるかどうかはさておき。
そして越前と朝倉家には大変お世話になりました。
って挨拶文を認めて置いてきた。
将軍(予定)直々の謝礼文。
将来高値が付くかもよ?
* * *
目指す尾張の国は織田家の領地。
だけど気付けば尾張のお隣、美濃の国も織田家の支配下に。
美濃一色氏は滅びた模様。
いつの間にか斎藤さんじゃなくなってたし。
お手紙外交で知ってはいたけど、名前コロコロ変わりすぎじゃね?
ついていくのが大変だわ。
しかし一国の侵略が終わるほど長く越前に居たってことにもなる。
朝倉さん、ホントお世話になりました。
で、尾張まで行くと思ったら美濃でいいらしい。
事前に取り決めたとか。
旅程が短くなるのは良いことだが、必要があればどこまでも行く。
武家の棟梁(予定)としてその程度の気概は持ってるつもりだ。
早速美濃国に入って織田家の対応を待つ。
色々やってくれるのはみっちゃんと三藤。
トップである私の採決を待っていては物事は進まない。
本当は可能な限り逐一報告して欲しいところだが、スピード感を持たせる為には常時って訳にもいかん。
現場判断で俊敏に動ける有能家臣は超大事。
あまり多くはいないのだが、みっちゃんあたり大丈夫そうな感じ。
三藤でもいけるかな。
ちなみに、一々お伺いを立てずに勝手に判断して行動する奴なら幾らでもいる。
それとは違うんだ。
多少遅くなっても報・連・相は大事なのだよ。
気を付けて頂きたい。
口には出さないけど。
そんな訳で美濃国の井ノ口改め岐阜にて織田信長とご対面。
相変わらず胸元辺りが少しざわざわするけど、ええい腹括れっ。
「お初にお目にかかります。織田尾張守にございまする」
「大儀。左馬頭義昭である」
まだ将軍にはなってないけど、既になったも同然な態度と対応。
そうしろって仁木爺とかに言われるから。
案外向こうも当然て顔。
これに違和感を持つ方がおかしいのだろうか。
足利嫡流の誇りは持てども所詮は元僧侶。
なかなか慣れ切れない。
見えないとこから微妙な気配。
小姓に扮したアザミちゃんが違和感を放出している。
そういやあまり貴人らしくも僧侶らしくもないって前言われたことがあった。
自分でも時々思うことがある。
違和感なく違和感ある言動をすることがあると。
今になって思うのは、昔、それこそ僧侶時代は多少違ったような気もする。
軟禁下から脱出した時に慌てて転んで、意識を失った時を境に記憶と情報が混濁したような。
そんな感じがするんだよね。
上手く表現出来ないが、私のスタート地点がそこであるかのような…。
まあいい。
今の私は間違いなく足利義昭。
目的も行動指針もはっきりしており、別に哲学する必要もない。
今はただ織田家の力を通じて上洛を果たし、将軍就任を果たすことに注力するべきだろう。
さて、織田家との会談の場として用意されたのは当然織田さんの城。
小姓に変装してるとは言え、護衛のニンジャであるアザミちゃんは大丈夫か?
ざっと周囲を見渡しても特に気に掛けた様子は見られない。
気にしすぎだろうか。
確かにアザミちゃんみたいな凄腕がそこら中にホイホイいるとも思えないが…。
「(集中して下さい)」
おっと、視線を寄越さぬまま注意されちまった。
気配の揺らぎは呆れか何か。
私だけが気付けて周囲に悟られないのは、やはり彼女は凄腕クノイチかと感心するばかり。
さてさて、注意されたからには集中しますかね。
「…であるからして我々は北近江の浅井殿と連携し、南近江の六角殿にも呼び掛けて…」
織田家の何某かが説明を続け、式部と兵部などが質問やら補足などを時折。
私は冒頭の挨拶で上洛の協力をお願いしただけ。
身分の上下や格式が云々ってのもあるけど、何より出来る奴に任せるのが一番だし?
うちでは誰でもある程度は出来るが、仁木爺と三藤が割と優秀かね。
ああ、みっちゃんは別格。
アイツはかなりのやり手で間違いない。
対抗出来る可能性があるのは、式部と兵部くらいじゃなかろうか。
そんなこんなで会談というか打合せは淡々と進行。
織田家が同盟を結ぶ北近江の浅井家と三河国の徳川家。
彼らに声をかけて万難を排し、万全を期して上洛する。
邪魔する者を蹴散らしながら南近江を抜けて、畿内へ入る予定とのことだ。
その過程で我らを裏切った六角さんの対処もする。
仁木爺の縁による折衝は不調かー。
「大船に乗った気持ちでおられませ」
「うむ。頼りにしておるぞ」
気負いなく言い放つ織田信長は実に自然体。
正に大器。
私の方が少し気負ってしまう。
でもまあ頼もしい味方だ。
本心からお頼み申しますよ。
* * *
「左馬頭様」
宛がわれた寝所に戻ると服部さんがやってきた。
アザミちゃんを通さず直接来るとは珍しい。
「何かあったか」
「はっ。近江の六角殿が三好と結び、敵対する様子を見せております」
ざっくばらんな話し方が出来るのは今のところアザミちゃんのみ。
他の人は上位者として振る舞われるのを好む傾向にある。
アザミちゃんに聞く限り、そっちの方が楽らしい。
分からんではない。
私だって天皇陛下とタメ口でとか言われても流石に無理だし。
「それで、織田殿は?」
「当初の予定通り一声掛けた後、従わねば潰すと」
若狭から越前を経由して美濃へ流れた理由は六角にある。
とは言え、最初に保護と支援をしてくれたのもまた六角な訳で。
今でも折衝を続けてはいるのだが。
こちらの複雑な心中を察し、先んじて話をしてくれるようだ。
「やむをえまい。織田殿には随意にと申し伝えよ」
「御意」
我ながら内心と外面のギャップが激しい。
だが三十路手前のおっさんにギャップ萌えなど不要!
恭しく下がっていく服部さんを眺めながら漫然と思考を巡らせた。
六角家の進退はとりあえずどうでもいい。
足利と同じ源氏の名門として残したがってると思われてる節もあるが、別にそんなことは…。
恩を受けたのは事実だから敢えて否定はしてないが。
いや初期に助けてくれたのは確かだけど、鞍替えして放逐された感じもするしな。
仁木爺の実家ではあるけどねえ。
そこ以外は、特に血統を理由に残したいとは思わん。
むしろ潰すなら徹底的に潰してもらい、仁木爺の家系を取り立てるのもありか?
同族だし反発も少なかろう。
「それよりも、やはり問題なのは」
「足利義栄と三好一党ですね」
何時から居たのか、などとは言わない。
だってずっと居たもの。
服部さんが最後に目配せしてたし。
影の護衛で情報整理用話相手としての役割。
すっかり馴染んだようで何より。
実に頼もしい。
目下の敵は六角だけど、背後に居るのは三好一党と足利義栄。
義栄は我々が越前でまごまごしてる隙に、上洛せぬまま将軍になってしまった。
堺公方とか呼ばれて今は病気療養中らしい。
うちら陣営は義栄が将軍だと認めたくないので敢えて将軍義栄や公方様とは言わない。
私は良いんだけどね、別に十四代でも十五代でも。
一歩先を進まれたとしても、必ずその座は掴み取るのだから。
「そして松永か」
「松永弾正。かの御仁は非常に油断ならざる者と聞いています」
いろんな意味で傑物な松永久秀。
今は三好宗家の当主と行動を共にしてる。
亡兄を討ったのは三人衆で、松永久秀は兄の御側衆でもあったらしい。
今、三人衆と松永らは対立関係にある。
それで松永側からは早々に降服したいと打診されてるとか何とか。
先代将軍の側衆であったなら元幕臣。
味方に加えやすい存在ではあるね。
ちなみに兄が討たれた後に私を興福寺に軟禁したのは松永久秀。
そこから幕臣たちに救い出された訳だけど、追手をかけたのは三人衆だと聞いている。
軟禁の体で保護してくれたと考えることも可能。
となると、松永に恨みを向けるのは筋違い?
「兄上の仇という訳ではなさそうだけど」
「ですが、子息の彦六を罰した様子もありません」
アザミちゃんが不機嫌そうに言う。
確かに。
当時、久秀は大和に居て兄上襲撃に加わってない。
でも息子の松永久通が三人衆と一緒に事を起こした。
あるいは巻き込まれた?
「現時点で詳細は不明。考えても仕方がない、か」
足利嫡流たる私の護衛を務めるアザミちゃんとしては、これを害する存在は許せない。
うちの家臣たちも大体みんなそうだな。
でも感情をちゃんと出してくれるのは嬉しいぞ!
いずれにしろ、過程は織田家に任せた。
多少注文は付けるとしても此処で心配してても仕方がない。
だからそれはそれとして。
「さて、本命は朝倉」
「お声掛けに応えられなかったとか」
朝倉さんは今のところ敵じゃないけど、今後の動きには注意が必要だと思う。
動けない理由が色々あるのも分かるけどね。
「供奉する主体が織田というのが気に入らないという可能性が」
あったりなかったり。
「…地位の差、ですか」
織田と浅井は守護どころか守護代ですらない。
まあ信長は一応、亡兄に拝謁して尾張守の自称を許されたらしいが。
ちゃんとした守護になった訳じゃない。
一方の朝倉は歴とした越前の守護職。
その辺り、プライド高い奴らは大変だろうなあ。
当然の如く理解できたアザミちゃんも微妙な表情。
アザミちゃんの現状は例外中の例外。
ある程度までは問題なくても、流石に庶民が将軍(予定)と気軽に喋るなんてありえない。
この時代の身分差は中々のもので、これを崩すのは容易じゃないのだ。
「五郎などとも親しく付き合いたいものだがな」
アザミちゃんのように、と言外に匂わす。
「故実に親しむ御身内ならば、より難しいかと存じます」
「やはりそうか」
もっと若い頃から一緒であればいけたかもしれんが。
既に一定の価値観で固まってしまえば崩すのは難しい。
強制することでもないしなあ。
まあ現状ゴローちゃんとの仲はいい。
彼が私の寵臣と見られるくらいには周囲にも浸透してる。
今はこれで満足しておくか。
「アザミのような者は貴重なのだな」
「もったいないお言葉です」
言葉では恐縮してみせるけど表情はドヤ顔。
うん、素敵。
ホント、アザミちゃんは貴重な存在やね。
彼女の雇用形態は服部さんに委嘱されてるらしい。
服部さんにも確認したら御心のままに…なんて言われた。
解釈に迷うので一旦棚上げ。
あとで本人に確認しよう。
などと考えられる程度にアザミちゃんは気楽だ。
他にもそういう存在が欲しい。
ゴローちゃんがまだ無理となると、年齢が近い三藤あたり。
しかし藤英は堅物なので無理筋な気がする。
となれば式部か兵部。
ここらで仁木爺を長老として扱うことで立ち位置を変えちゃうのもありかな。
爺ちゃんポジションみたく。
あとはまあ、今はまだ堅物っぽいがみっちゃん。
堅物と言っても真面目なだけで、融通が利かないわけじゃない。
これは藤英も同じ。
もういっそのこと、一度ぶっちゃけてみるか?
バカの考え休みに似たり。
自分のことをバカとは思わんが、特別賢いとも思えない。
全員まとめてだと流石に博打なので、一人ずつ様子を見ながら…。
* * *
結果。
「浅次郎殿。あまり近すぎるのはどうかと思いますぞ」
「まあまあ大和守殿。浅次郎は色小姓ですから」
「この五郎、お望みとあればいくらでもお勤めさせて頂く所存!」
「いや、五郎殿はいわば御身内なれば。ご自重願いたい」
アザミちゃんの小姓バージョンは宇野浅次郎。
男色相手の色小姓として認識されており、一部からは苦々しく思われている。
私が元僧侶ということもあってか、色小姓を持ったり男色への忌避感はない。
むしろ、やりすぎ近すぎを危ぶんでいるね。
真面目な藤英と寵臣筆頭を自任するゴローちゃんが。
亡兄と仲良しだった式部は弟に対するかのような接し方に。
義兄ポジか…悪くないね。
兵部とみっちゃんは騒ぎに加わらず傍観、静観。
二人は仲良し。
境遇の差はあれど、シンパシーを感じてるようだ。
まあ、完璧じゃないけど上手くいったと思っていいのだろう。
この体制で乱世を乗り切ろう!
目標は足利幕府が完全な政権となること。
乱世を終わらせ、太平の世をもたらす。
そうするためには今のところ、強い将軍になる以外に思いつかない。
だが織田家が鎌倉幕府でいうところの得宗家になる可能性もないではない。
悩ましいね。
苦手は場面は描写しない、それが長生きの秘訣。