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34 狂騒

「一体全体どうなっておる?

 京で何がおこったというのじゃっ」


思いもよらないクーデターの情報に取り乱す征夷大将軍じぶん

あっちへウロウロこっちにキョロキョロ。

苦々しく顔を歪める諸将を気にせずソワソワと落ち着きのないこと甚だし。


「公方様、少し落ち着きなされませ」


「これが落ち着いていられるか?

 都には我が妻子を残しておるのだ!

 しかも軍勢の大部分を引き連れて出陣しておる。

 留守居の者が上手くやっているとは思うが…」


視線を彷徨わせて声色を変えて慄く様子は何とも情けない。


視界のあちこちで苦虫を嚙み潰したような顔をしたり能面のような表情をした者たちを認識する。

が、敢えてスルー。


視界の端、隅も隅。

誰の目にも入っていないであろう箇所でアザミちゃんが氷の様に冷たい眼差しを向けている。

ウヒョー。

いかん、ちょっとゾクッとした。

スレンダー美人(男装中)の白けた視線も悪くない。


「伝右衛門!続報はまだかっ?」


「は、はっ、未だ…」


「ぬうぅぅ…」


喚き散らさないだけまだマシ。

と思ったけど冒頭で喚いていたわ。

ダメだこの将軍、早く何とかしないと…。


遂に化けの皮が剥がれた。

所詮は坊主よ。


そう陰口を叩く者らが散見される。

ばれない様に注視するしたところ、発言した彼らは何と幕臣。

誰かな?


…ふむ、摂津の流れを汲む者か。

…おお、伊勢の親類もいるな。

三淵の御隠居に近侍してた奴と上野の一族も。


蔓延る不満。

不穏な空気。


メモメモ。

しかし、彼らは床に耳あり障子に目ありという諺を知らないのだろうか。

私が忍び衆を抱えていることとか。

知らない訳ないよね。

そこに頭が回らないほど無能だった、というより元から私の事を認めていなかったということだろう。


むしろ今までよく我慢したよ。

褒めて遣わす。


「公方様!」


「何か!」


注進にやってきた奴に苛つきながら声を返す。

半ば反射的に。

悪い見本だが、今は良い。


あまりに理不尽な反応を返された彼は少し仰け反ったが、気を取り直して報告してくれた。

いいね、有能。

あとで褒美を渡してやろう。


いや、誰かと思えば真木島じゃないか。

普通に側近だよ。

奉公衆だね。

そりゃ優秀なはずだわ。


で、何かな?


「都での状況が分かり申した。

 詳しくはこれに…」


「っ、寄越せ!」


まるで信長のような短気。

今はこれでいいと思うのだけど、やっぱキャラじゃないよなあ。

さっき陰口叩いてた奴、所詮は坊主って言うが坊主は普通こんな簡単にキレないぞ?

いやまあ、キレる奴もいるにはいるが。


さてお手紙お手紙。

差出人は…ふむ。


目と口元に力を入れて、切れない程度に唇を強く噛みしめる。

手元も必要以上に圧をかけることで無闇にぷるぷる震え出す。


「…公方様、都は如何に…」


窺うように聞いてくる家臣。

うむ。

…激昂するのが良いか、沈降するのが良いか。

インパクトが強いのは落差が激しい方かね?



* * *



とりあえず手紙を何度も読み返して激昂した。

口から泡を飛ばし、書かれてあった内容を罵るように。


「丹羽め…羽柴め!あの下郎どもがッ」


「公方様、落ち着き下さいませ!」


西側やらに出張っていたはずの丹羽と羽柴が動いたらしい。

随分と手足の長いことで。

当主一族を手懐けた重臣ってのは凄いんだな。

私も気を付けないと。


それで内容なんだが…。

朝廷の協力者を戴いて都の全てを織田家のものとせん。

そういった理念での決起。

かなり入念に準備をしており、同調する者も多くて早急に二条城を囲んで降服勧告。

何が起こったか分からぬままに右往左往する幕臣たちを追い出した。


重政や信広は蚊帳の外に置かれた模様。

二人とも幕府や朝廷との繋がりが強いからね。

信広に至っては織田一門の長老格。

発言力は大きく、また無碍にも出来ない。

抱え込むより外に置いた方が得策との判断だろう。


そして残るは奥殿。

将軍の妻子が暮らす箇所を制圧するのみ…。

となったところで偶々近くにいた信重が入城。

義昭の猶子である彼が二条城を抑え、奥殿の安全を保証。

すると奥殿は信重に対応を一任。


信重は将軍の猶子であるが歴とした織田家の嫡男。

織田家側も信重が抑えるならと矛を収めた。


そんでもって、なんやかんやあって信重は信忠と名乗りを変えた。

官位を受けたところの区切りと称しているようだが…。


そもそも官位を受けるって何?

将軍を通さず朝廷から官位を受け取るとは越権行為ではないか。

誰の指図か!


ほほう、信長の…。


織田家は幕府に反旗を翻したか。

許せぬ、すぐさま討伐軍を催しモゴモゴ。


側近たちに取り押さえられた。

出来レースとは言え、本気で組み伏せようとするもんだから割と本気で抗ってやったぜ!

…まあ儚い抵抗だったよね。

伊達や酔狂で奉公衆は出来ないのだと十分思い知ったわい。


しかし、である。

さりげなく組み伏す要員に源兵衛が居たのは何の冗談だい?

何、そうか保険か…。

いやいや、いくら鍛えてるからって伊賀衆の腕利きに敵うはずないだろ何言ってんだ!


…さて、我が子・勘九郎信重は織田信忠と名を変えた。

官位も正五位下に昇叙。

秋田城介を名乗るに至る。


名乗った経緯は知らないが、信長の命によるものとか。

秋田は遠き東北の地。

そこまで治めてみせるという意気込みの現れだったりするのかな。


信重もとい信忠が昇任したのは喜ばしい。

近く従四位下に叙せられるという情報もある。

偉くなるのは良いが、呑まれないよう気を付けるんだぞ!



* * *



「話を聞こう」


ところ変わって陣所の奥間。

時間も進み、大分落ち着いたと言えるだろう。


情報の整理がある程度為された結果、脱走兵がチラホラと。

顕著なのは比較的小規模な国人衆。

特に織田家とのパイプを持たない者たちだ。


私に代替わりしてからは違うが、先の大乱以降、戦地で混乱する将軍に従って良い目を見た者は少ない。

長い物には巻かれろともならない悲しい現実がここにある。


ちなみに織田家から出兵されてきた奴らは早々に撤退している。


残っているのは両属の者たちと奉公衆。

それに幕府にガッチリ食い込んだ大名と国人たちだな。

全員が全員心から信頼出来るとは言えないのも悲しい現実である。


さて、奥間に揃うのは我が信頼出来る側近たち。

かなり込み入った話も可能な面子だ。


「では某から…。

 摂津や伊勢の縁者には見張りを付けて泳がせております」


残念ながら側近全てを信用できるほど乱世は甘くない。

側近なのにね。

何とも業が深い。


「また、三好様から御側にとの申し出がありましたが」


「そうか、立派な義弟を持って余は果報者よのう」


「誠に…。

 ですが、申し出は謹んでお断りしております」


なんでや!

と、思わないではないが仕方がない。

大和路の抑えはとても大事。

軽々に動かすことなど出来ぬのだ。

そのくらい理解してる。


「それでよい」


「はっ、松永殿との連携が上手くいけば別の使途もあるかと…」


上手くいけばいいね。


* *


話し合いは続くがここらで一つ、指針を決めねばならぬ。

危険を顧みず、妻子を置いて出陣してきた以上、当然大枠は決まっている。

あとはどの程度我が身を窮地に陥らせるか。


戦場で命のやり取り。

はたまた暗殺者や落ち武者狩りに怯える日々。

そんなものはお呼びじゃない。


お呼びじゃないけどこれからは付いて回る。

そしてそういうことを決して許さぬ奴が周囲に多い。


伊賀衆や甲賀衆が最たるもの。

中でもアザミちゃんや源兵衛、ここには居ない義視。

さらには兵部を筆頭とする三藤に、於市ちゃんをはじめとする女衆。


彼ら彼女らの怒りをどの程度コントロールできるのか。

今後のカギとなるだろう。


心配して叱ってくれるのは嬉しいのだが、この年になって怒られまくるのも情けない。

どこまでが許されるラインであるか。

見極めねばならない…。


特に、アザミちゃんの絶許はきっと避けねばならぬ。


…心を強く持とう。

よし、次の一手だ。


* *


北河内に陣取っていたが、山城における織田家の振る舞いに思うところあって若干後退。

あわせて摂津や和泉の国人衆へ参陣を求める書簡を送付した。


現状、将軍である私の手元に残る兵力はかなり減少している。

出陣するときに数万を誇った軍勢は見る影もない。


なんやかんや理由をつけて義継君らも側に居ないしな。

作戦の内とは言え、これが外からどう見られるかは想像に難くない。


現に、摂津や和泉の諸将からは返事は来るものの、馳せ参じた者は極少数。

当主代理に数名付けてお茶を濁す奴も多い。

ある程度鼻が利く者ほど、潮目が変わったと認識しているのだろう。


「何故誰も来ぬっ?

 将軍たる余の命を何と心得る!」


定期的に発散することも忘れてはいけない。

少し前までは立派な将軍で先は明るいとか囃していた奴らの手のひらクルーに思うところがあるのは事実。

だからストレス発散も嘘じゃない。

ギャーギャー騒ぐのは見苦しいことこの上ないが、何も考えずに喚き散らすと意外に気が晴れる。

ちょっとした発見だった。


喚く私を見て、詳細を知らない、それでいて心ある幕臣たちが目を伏せる。

うん、なんかごめん。

嘘じゃないけど演技指導はしっかり受けたんだ。

無駄に真に迫った感じになっていたね。

雑賀衆は芸事に通じる者が多くてね、キメ細かいのだよ。


さて、摂津衆が動かないのは私が北河内に留まっているからだ。

蛇に睨まれた蛙ではないが、まあ目と鼻の先で旗を振るのは気が引けるよね。

昨日の今日だし。


裏事情はさて置き、摂津衆も和泉衆も靡かず丹波が遠いとなれば頼れるのは紀伊畠山氏。

だから河内南部に引いて状況を見極めよう。


本当はさっさと紀伊に入りたいのだけど、まだ目があるからね。

慎重に行動しないと。


…じゃ、ちょっと伊賀に行ってくる!



* * *



京を抑えた織田家は山城から摂津や和泉にも手を伸ばし、真の足利家は二条城にあると喧伝。


ふぅむ、足利家残留は妥協したのか。

てっきり徹底的に無視するとか破却するとか突き進むかと思ったが…。

於市ちゃんがいるからかな。


どうやら正解。

後から分かったところ、於市ちゃんが暫定的に主として猶子・信忠を二条城代に任命したようだ。

したのかさせられたのかは判然としないが、まあ問題はない。

とは言え、問題がないと分かるのは私と一部だけなので無難に騒ぎ立てておく。


やがて危機感を募らせた将軍義昭は、一手を率いて南河内に移動。

今となっては数少ない将軍家に忠実な守護大名、紀州畠山の元に身を寄せたのだった。


*


「と言う訳なんだ」


「それが何故、この上野城に?」


「騒ぎ立てたところまではちゃんといたぞ」


「拙者の質問にお答え下さい」


「実はの──」


「…はっ」


「真木島が余の声色を真似るのが中々上手くての、影武者を任せることが出来たのじゃ!」


「…公方様」


「うむ?」


「…拙者の、質問に、お答え、下さいっ!」


「お、おう…」


*


そんな訳で河内から隠形によって伊賀上野城に着陣なう。

城といっても砦に館が併設されてる程度の作り。


元は仁木氏の居館があったところで、今は伊賀守護を務める義郷君の持ち城となっている。

彼の居城は別にあるので城代が置かれている。

その城代を務めるのが、今しがた私が怒らせた仁木義視という男なのだ。


実はこの義視、友梅という名を持つ立派な伊賀衆、忍び衆の一人でもある。

しかし傍流ながら、ちゃんと仁木氏の血を継ぐ者で私の影武者候補でもある。

そんな訳で、これまで義郷君の下で実績を積ませていたのだが…。


久しぶりに会ったら怒られちゃった。

まあ、影武者候補の元に本人がお忍びでやってくるって図はおかしいかもね。

普通はお忍びで行動するために影武者を置くものだもの。


お叱りは甘んじて受けた。

背後に控える無言のアザミちゃんが怖かったというのもある。


「さて義視、伊賀の様子は如何か?」


「はっ。左兵衛佐様が指揮にて大過なく」


「伊勢や柘植の塩梅はどうじゃ」


「万事恙なく」


「具体的には?」


詳細を求めると沈黙が下りた。


義視の表情は硬い。

場の空気も心なしか固い。


…え?


「公方様、まさかとは思いますが…」


「うん?」


「自ら指揮を執るおつもりではありますまいな?」


え、だめ?

紀伊に入るまでにはまだ猶予がある。

だったらここらで伊賀のことを見ておこうと思ったのだけど…。


そんなことを説明したら、深い溜息が前と後ろから。

義視とアザミちゃん。


思わず後ろを振り返ってアザミちゃんを見詰める。

見なきゃよかった。

そこには微笑を浮かべる般若が居た。


「良い機会ですので、暫しお話致しましょう」



狂騒:理性を失った騒ぎ。

土壇場に置かれた時、人はその本性を曝け出すと言われます。

絶対ではないがそうなってしまうことも多いのでしょう。


策略の的は常に流動的なのです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 義視って言われると、応仁の乱でエクストリーム移籍をやらかしたあの人しか思い浮かばない(笑)
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