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28 黙考

「我が主、毛利右馬頭より献上の品にございます」


「林殿、御使者のお役目ご苦労に存ずる。

 毛利様の御忠節、公方様も大層お慶びです。

 何か不自由の段あらば、この大和守にお申し付け下され」


「有難く存じます。三淵様の御厚意、確と主に申し伝えます」


中国地方の雄、毛利輝元からの使者がやって来た。

先般朝廷に推挙して右馬頭に任官させ、相伴衆に任命した。

そのお礼言上のために。


対応するのは西国担当となった藤英。

裏では世鬼衆への作戦が進行中のはずだが、それをおくびにも出さずに対応するのは御見事。

伊達に亡兄の頃から奉公衆として幕臣してないぜ。

頼りになるなあ。


「では公方様。お言葉を」


促されて一つ二つ言葉をかける。

輝元への感謝と、使者の役目大儀であるといった感じで。


最近は将軍の権威を上げるためと称して直言を控える方針。

そうしてると、直接声をかけられた時の喜び度合いとかが増えるらしい。


ま、分かるけどね。

レア度の向上。

個人的にはもっと気軽に声掛けとかしたいが、社会的地位も大事。

致し方ない。


そういうのは側衆や裏方衆との対応で発散しよう。

ホントはこの辺も自重を促されたんだがな、程々に善処する所存であると答えたらじゃあそれでいいですと流された。

割と染まってきてる気がしないでもない。


発散で思い出したが、キリが妊娠したかも。


色々と変化を呼ぶ活動を開始した。

これまでと違うルーチンワークに日々疲れることが多い。

身体的疲労よりも精神的疲労の方が強く、そうすると癒しを求めるのは自明の理。


ちょっと激しくなっちゃうこともあるよねえ?


中でも一番喰いつきが激しかったキリに効果が出たようで。

まだ確定ではないのだけど、恐らく間違いないとは米田さんの弟子談。


個人的には余り考えたくない政治的な理由で次は女の子がいいなあ。

既に庶子が二人いるから三人いても変わらない気もしないではない。

が、そう単純な話でもなく。


詳細は省くがやはり於市ちゃんの立場はとても重要なのよ。

但し、嫡男を上げれば安泰とかそういうものでもなかったりする。

あかん、考えすぎて熱出そう。


よし、娘たちに癒されよう!


うん。

やはり癒しは娘たちだ。

奥さんたちに施されるのは甘やかし。

どっちも大事だけどね!


*


お、於初はっけーん。

於茶と別行動とは珍しいな。

どこ行くの?

ほほう、於江のとこか。

よーし、ならば一緒に行こうか。

ほうれ肩車じゃあ!

ワハハハ、よいではないかよいではないかーっ


*


「何か申し開きはございますか?」


於初を抱えて奥殿を疾走した結果、於市ちゃんに見咎められて絶賛説教中。

綺麗なお顔だ台無しだゾ☆


「ん゛?」


ごめんなさい!



* * *



各地の大名たちからの使者を引見し、言葉を与える。

大切なお勤めと理解はするが疲れやストレスが溜まるのも事実。


だから定期的に娘たちや奥さんたちと戯れたりするのは当然のことなんだ。

折を見て寺とかに行って息子たちの教育に立ち会って話をしたりするのも同様。

日常の大切さってやつだな。


「よくぞ来た。我が子、勘九郎!」


その流れで猶子を迎えて何が悪い!


「申し訳ありませんが公方様、此度は織田家の嫡男として…」


実際は織田家の人間という立場でやってきたんだけどね。

そこはほれ、分かっていても足掻いてみるべき時ってあるじゃろ?


「ホホホ!

 何を遠慮しておる。

 お主は我が子であるぞ」


信重と御付きの毛利長秀が何とも言えない表情で曖昧に頷いた。


案内がてら随伴した重政は、無。

色々言いたいことがあるけど言えないから諦めて流すやつや。

伊達に長く都で庶務に就いてない。


ちなみに毛利長秀は斯波一族で義銀の弟にあたる。

庶子のため傍流の毛利十郎に養子入りしたらしい。

かなり優秀。


前にちょっと出てきた煽り役の毛利とは親戚らしいが別人である。

あっちは信長の側近ながら純粋な尾張の土豪。

図らずも十郎の家だけ高血統になったんだな。

血は水よりも濃いとなるや否や。


関係ないけど、森と毛利は発音が似てるせいか当て字名が混在してて難しい。

森も毛利も尾張・美濃どちらにも多いから余計に。


ところで斯波一族って傍流に優秀な奴多いよね。

やはり環境が大事なのか。

嫡流の斯波義銀も無能じゃないが、時代と信長が相手では流石に厳しかった。

必ずしも当人のせいとは限らないのが何とも言えない。


ま、それはそれで色々やりようはある。

あとは当人がどれほど自覚して覚悟を決めるかだと思う。


かく言う私も似たような立場。

早めに自覚したものの、覚悟を決めるまでには少しかかった。


足利の血より僧侶としての環境が勝ったのか、私はあまり争いを好まない。

しかし将軍たるものそうは言ってられない。

担ぎ上げられたのは確かだが、それを良し動き出したのは紛れもなく自我。


そんな訳で覚悟はある。

あとはタイミングを計りつつ、そろりと歩みを進めるのみ。


「公方様!…此処は私の顔を立てて頂けませぬか…」


ホホホ…バカ殿な笑いで場を繋いでいると、困り顔ながら意志の強い眼差しを向けてくる信重。

いいねいいねえ!

もっと平和だったら本気で婿養子に迎えて将軍位を譲ってもいいかな、と思える気概が見え隠れ。

最初の頃は優しすぎる気もしたが、荒波に揉まれて今や立派な戦国武将か。


信重が嫡男なら信長も安心だろう。

当社比ちょっと心が弱い次男・信意と、若かりし頃の信長に良く似た三男・信孝。

地位も盤石。

信広、信包、信治、信澄といった隔意なく仕えてくれる優秀な身内もいるし。


「わかったわかった。

 して、何事かな?」


強い意識を秘めながらも余り強く出られないのは性格だろうか。

ならば汲み上げてやろうとも。

父親としてな!


「はっ。公方様におかれましてはこの度…」


織田家の嫡男がわざわざ言上しに来るとかただ事ではない。

ただの挨拶ならもっと雰囲気は軽いはず。

重政は居るが信広が居ないことも気に掛かる。


信長の意を受けての訪問だろうが、さて何を言い出すものやら。


*


「…ふむ。では非は武田にあると?」


「はい。まずは使者を遣わし真偽を糺すべきと」


織田家が武田家との決戦を準備。

おいおい、ちょっと前に停戦したばっかじゃん?

こじ付けというか言い掛かりというか…。


「お主の許嫁については如何する」


「そっ、それは今関係ありませぬ!」


おうおう顔が赤いぞ。

ふむ。

信重の感情としては武田の松姫を拒絶してない。


「関係はある。

 仮に手切れともなれば破談は必至。

 余の面目も潰れる。

 …分からないとは言わさぬぞ?」


「そ、それは…」


咄嗟の言葉に詰まる信重。

やはりまだまだ青いのう。

純粋とも言えるが。


後ろから心配げに見詰める毛利長秀を見やる。


「毛利。お主はどうじゃ、分からぬか」


声を掛けられるとは思ってなかったのか驚いた模様。

織田家の重臣とは言え斯波一族。

名家に連なる血筋ともなれば気安く声をかけることが出来るのが足利義昭という男だ!

覚えておくがいい。

実は表向きに限るが別に知らなくてもいい。


「憚りながら申し上げます」


困惑してたけど信重が頷いたのを見て覚悟を決めた。

そんな感じで話始める毛利長秀。


「我が主は決して公方様を蔑ろには致しませぬ。

 今回の件はあくまでも武田の為し様を糺すもの。

 問題が解決した暁には両家の絆は一層深まりましょう。

 手切れとなることは前提としておりませぬ故、

 ご案じなさらずとも宜しいかと…」


悪くない返答。

当たり障りのない言葉を滑らせて何も断定していない。

嘘はないが本音をいうでもない。

言質を与えないようするのは交渉時の常套手段だしな。


「勘九郎も同意見かの」


「は、はい」


ここで厳しく育ててもいいのだけど、そっち方面は信長がするだろう。

変に横やり入れると気を悪くするかもしれん。


それに、親が二人とも厳しいとか逃げ場ないやん。

片方くらい緩くても良かろう。


多少の失望も覚悟の上でな。


「まあよかろう」


一息ついて矛を収めると、明らかに安堵する信重。

うん、やっぱり青いなあ。


…あれ?

ひょっとすると信長は、この辺を鍛えるつもりで送り込んだのかも。

だとしたら期待に沿えず申し訳ない。


しかし結構踏み込んできたな。


信重と松姫の婚姻作戦は停滞中。

サッサと結ばれろやーと思わんではないが、手切れになって離縁されては元も子もない。

私の場合とは事情が違うのだ。

ここは愛する我が子のため、慎重に進めなければ…。



* * *



「公方様、ようこそ我らのもとへ。

 わざわざのご足労、痛み入りまする」


「うむ。出迎えご苦労」


色々と宿題を抱えだした頃、伊賀衆が管理する一画に呼ばれた。

同じ二条城の中でも踏み込むことの少ない領域。

実質家臣の屋敷みたいなもんだしね。


それに最近は佐古殿ことアザミちゃんの私室も結界化している。

キリと彩も同じく。

敢えて伊賀衆の結界を使う必要がなかった。


ちなみに於市ちゃんのところは織田家の間者もいるから、おいそれとは出来ない。


それはともかく態々来たのには理由がある。

絶対に漏れてはならない秘事。


「公方様、こちらへ…」


昼でも暗い忍者屋敷を九蜂の案内で慎重に進む。

佐古の侍女が何故いるのか。

それはアザミちゃんが同行してるから。


何故アザミちゃんが同行しているのか?


…なぜだろう。

膝枕してもらいながら臀部を撫でてたらこんなことに。


絶対に漏れてはならない秘事はこうして漏れた。

まあアザミちゃんは伊賀のクノイチで信頼出来るパートナーだから問題ないさ。

ないったらない。


迎えてくれた服部さんの目が優しい。

ばれとる!?

くっ、将軍としての威厳が…。


客間に到着。

あまり広くはない。

上座に座った私の隣にアザミちゃん。

服部さんと源兵衛が左右に控え、これから謁見する者が下座に座ればほぼ満席。


ただ感じ取れる気配は3D的にあちこちから。

私が気付けない存在もいるだろうから、もっと居るんだろうなあ。

流石忍者屋敷。


「では公方様」


服部さんの言葉に頷くと、扉が音もなく開かれる。

背筋が伸びた立派な風体の男が入ってきた。

顔には頬被り。

アンバランスさが際立って怪しさ大爆発。


「三宅十兵衛、御前に」


「うむ、久しいな。大儀である」


変装するにしても、もうちょっとあるだろう。

流石に道中このままで来たとは思わないが。


「勘九郎様の対応は如何でしたか」


「うむ。我が子ながら立派であった。

 しかしまあ、場数が足りぬは仕方ないことよ」


「武田家の扱いなど、試練が続きますな」


「あれは織田の嫡子。やむを得まい」


秘事というのは三宅十兵衛との対面でね。

頬被りをとってしまえば紳士そのものの彼がそこに。

織田家の重臣で今は明智日向守を名乗っている。

つまりみっちゃんその人なのだあー!


三宅十兵衛は偽名。

居城にあって内政に励む影武者は弥平次が務めている。


元々、そうそう会える予定はなかった。

それもこれも八瀬と伊賀の協力体制が構築され、弥平次が頑張ってくれたお陰だ。

弥平次は三宅氏を名乗って明智家の家老に名を連ねている。

美濃の関係者だからバレにくくて上手いこといってるらしい。


みっちゃんと弥平次は見た目全然似てないが、忍びの秘術で影武者をどうにかできるらしい。

勿論それだけじゃない。

家族や上層部の理解と協力。

特に奥方の協力は大きく必須。


詳細は任せてるし、実際みっちゃんが此処に来れた。

織田家の動きも普段と何ら変わらない。

大丈夫なんだろう。


「ところで奥方は息災か」


「ええ、お陰様にて。娘たちも大きくなりました」


笑み崩れる紳士みっちゃん。

家族大好き頼れる男。


それからしばらく家族の話で盛り上がった。



* * *



「して、昨今の織田家内部は如何か」


「左様ですな…」


談笑も楽しいが時間は有限。

弥平次たちに負担を強いるのも宜しくない。

だから早々に切り込むことにした。


みっちゃんに聞きたいのは外の者が内情を探って見聞きしたことではなく、

内部の者が知り、準備したり対応している実情だ。


一度言葉を切り、腕組みして沈思黙考するみっちゃん。


黙って待つ周囲。


「(ところで弥平次殿は影武者としてどのようなことをなさっているのでしょう)」


「(さて。ご城主ともなれば様々な実務がありましょうが)」


「(奥方様のご協力がある。大事あるまい)」


否、黙ってるのは私だけだった。

この伊賀衆ども、みっちゃんが聞こえないのを良いことに忍声で言いたい放題だ。


口火を切ったのがアザミちゃんなのも意外だったが、それを源兵衛が受けたのも意外。

そして服部さんも諫めず話に乗ったのはやはり意外だった。


「(公方様はどう思われます?)」


遂には私にまで話を振ってくる始末。

ひょっとして暇なのか?


「(徒に待つより別な視点を持つのも大事かと思いまして)」


どうやら顔に出てたようで、アザミちゃんから非難がましい目で見られる。

慌ててフォロー。


「(う、うむ…確かにそうだな。

 んんっ…、前聞いた話によると内政を主としているとか)」


あらかじめみっちゃんの署名がある書類に判を押す簡単なお仕事です。

そんなことを言っていたような気がする。


「(確かに内政であれば、ご重臣方の協力があればいけますね)」


そうなんだよ。

幕府の自分に置き換えてみれば話は簡単。

内政が得意なわけではない私に代わり、実務担当の幕臣たちが頑張っている。

私は彼らのプレゼンを聞いて許認可の判定を行うだけだ。


ちょっと違う気もするけど、概ねそんな感じだろう。

つまり影武者でも短期間なら何とかなる、と。

ホントは一族とかで優秀な人がやるんだろうけど。


弥平次をみっちゃんの一族にしてしまうという手も…ある、か?


なんてことをつらつら考えていると場の空気が動いた。

伊賀衆たちが再び真面目な顔になる。

っておい、やっぱ今までのは息抜きとかそんなんだったのかっ。


まあいい。

視線の先では腕組みを解いたみっちゃんが眼光鋭く言葉を発しようとしていた。

私も心持居住まいを正し、聞く姿勢をとった。



義昭君が普通に扱ってるから軽く思えますが、伊賀衆や甲賀衆以外の人は忍声を全く扱えません。

似たような技術は各地にありますが、それでも普通の武士含む人たちは聞こえもしません。

だから沈思黙考中のみっちゃんは周囲でワイワイされても全く気付かなかったのです。

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