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27 接触★

まくあい?

紀伊の国、雑賀荘。


篝火に照らされる幾多の影。

その身形は武士をはじめとして、神官・商人・山伏・農民・猟師・芸人・巫女などなど。

一緒くたに纏まるには違和感を拭えないほどバラバラだった。


しかし彼らは同胞意識の強い一党であり、身形は違えども結束している。

諸般の事情から、近年はその結びつきがより強固となっているのだが…。


「さて、揃ったようだの」


言葉を発したのは神官。

集った者らの前に座る武士の隣、やや下座にあって序列第二位に相当する地位にある。


「どうにか皆、無事に果たせたようだ。

 一安心じゃな、七世殿」


応える彼らは雑賀衆と呼ばれる、とある一党における主要人物たち。

中でもこの場で議長を務める神官は七世殿と呼ばれ、一定の敬意を払われていた。


七世と呼ばれた神官はひとつ頷き、ぐるりと見渡す。

そして神経を研ぎ澄ましながら言った。


「既に知る者もおるが改めて申しておこう。

 …硝石の件、遂に成功した」


ざわめきが場を満たす。

此処にいるのは必要とあらば幾らでも騒ぐし、いつまでも口を閉ざすことが出来る者たち。

そんな彼らが一様に驚嘆することは中々ない。


「皆も分かっていようが、これは正しく秘術。

 他でもない我ら雑賀衆に下賜して頂いた宝である」


神官は皆を抑制するのも己の役割と認識してはいるが、今回については内心周囲に同意している。

そしてガス抜きではないが、こういった場合は発散させる方が良いと経験上知っている。

だから興奮する周囲を敢えて抑えず、淡々と言葉を続けた。


「公方様の御側に侍る伊賀でも甲賀でもない。

 我らの力を見込んで頂けたのだ」


おお…ざわめきに色が付くのを皆が無意識に感じ取った。


「我ら鉄砲の取扱いに関しては一日の長がある。

 其れを公方様にお認め頂けるとは望外の事ぞ?」


「ええ。ご信頼には誠意をもってお応えせねばなりません」


「左様ですな。慢心せず、更なる創意工夫を図りませぬと」


神官の思惑通り、誰しも伸び伸びと思いの丈を述べ続ける。

互いが互いを意識して高め合う。

伊賀衆や甲賀衆とはまた違った形で絆を育んでいるのだ。


*


──パンッ


ややあって、左程大きくもない柏手が一つ。

鳴らしたのは此処まで言葉を発してこなかった武士。


「さて、そろそろよかろう」


高揚した気持ちの発露に夢中になっていた中、話が雑談になりかけたところで止められた。

それと理解した者たちが決まり悪げに居住まいを正す。

上座から眺めて苦笑を一つ零し、神官に言葉を投げかける。


「七世殿。続きを」


「承知」


武士に一礼した神官が再び話し出す。


「硝石の件は追って連絡致す。

 他の一党との兼ね合いもあるでな。

 それで目下検討中のことだが、快傑殿?」


快傑と呼ばれた山伏が頷く。


「では…。伴天連どもが頻りに織田家に接触している」


「ちっ、切支丹か。厄介な」


「上人様は何と?」


「公方様より朝廷に働きかけを行っておると」


「ウム、やはり公方様は頼りになる」


「ちと不遜な物言いじゃが、まあ事実ではあるの」


「これこれ、公方様は崇拝の対象ではないぞ?」


「しかし御仏のような御方だと聞いておりますよ」


「元僧侶であらせられるからの」


「…話を戻すぞ」


「おお、すまん。続けてくれ」


*


紀伊の国は寺社の勢力が強い土地である。

守護職に畠山氏が入ってはいるがその支配は緩やかなもの。

お陰で多少の小競り合いはあっても、基本的に皆が同じ方向に動いていた。


寺社勢力は切支丹勢力の拡大を苦々しく思っている。

何故なら彼らが純粋な宗教とは言えないから。

右手で清貧を、左手で貿易を、頭で征服を…。

このような認識であった。


「あのような輩、叩き出してやりたいわ!」


「しかし鉛、硝石といった貿易の品がのう」


「堺との繋がりも強い。

 更に織田と繋がるだと?

 公方様を差し置いて…」


義昭と幕府は顕如との連携を強めており、切支丹を認めていない。

一方で信長は宣教師たちを岐阜城で引見し、その活動を多少なりとも認めていた。


「織田に取り入るべく伴天連どもが囁いたそうだ。

 …天下を取るなら我らが押し上げる、とな」


「なっ…それは誠か!?」


「あくまでも伝聞じゃ。

 出所は甲賀の伝手よ。

 望月の縁者じゃが、どうだかのう」


「望月といえば甲賀の筆頭ではないか。

 そういえば六角を甲斐に逃がしたと聞く…。

 もしや織田に入り込んでおるのか?」


「水口が羽柴の下に付いたらしいぞ」


「あれは銭稼ぎよ。

 甲賀は近江にある。

 故に織田家中でもおかしくはない。

 しかし、いくら何でもな…」


盛んに飛び交っていた議論が沈静化。

一人が言い淀む通り、流石に信憑性が低いと皆が思った。


「根来の者から何か聞いておらぬか」


「これといって何も。

 武田の鉄砲衆についてなら幾つか」


「当代の大膳大夫は根来を扱う。

 武力重視よな。

 先代は歩き巫女を重んじたと聞くが」


「ああ、望月本家の妻女じゃな。

 既に引退したと聞いておるぞ」


この頃の根来衆は傭兵として名高く、その力を欲した大名たちへ金額に応じた派兵を行っていた。

一定の指向性を持った雑賀衆とは根本的に異なる部分であり、住み分け出来ている理由でもある。

商売敵となりそうなものだが、鉄砲で力を増したその根源から互いの関係は至って良好。


事案によっては共同して事に当たることも多い。

当然両者の和親を重視する者も多く、担当するのはそれなりに力量を持つ者だった。


その者の下にも切支丹宣教師と信長の密談について話は入っていない。

つまり、根来衆は知らないのでは?ということ。


「ま、追々わかるじゃろ。

 同席していたのが羽柴というなら尚更じゃ」


羽柴という名を聞いた出席者たちの顔が歪む。

雑賀衆と信長の関係は微妙なラインだが、秀吉との関係で言えばハッキリ悪い。

寺社と距離を置く信長に対し、秀吉は寺社の屈服を明確に狙っている。

この差は大きく溝は深い。


「羽柴から話が行ったという可能性もありますな」


「それは…」

「奴が切支丹とは聞かぬが」

「地下の者らと繋がりが…」

「…ふむ、あり得るのではないか?」

「確かにあの者ならば…」

「いやいや流石に…」

「しかしながら…」

「そういえばあの時も…」


よって、秀吉に対する評価は悪い方に高い。

諸悪の根源とまでは言わないが、義昭が注意を払っていると知ってからは尚の事。


「羽柴は織田の代官として京と堺を抑えていた」


「一時期更迭されましたが、どうやら復帰は確実のようです」


「織田家の嫡男、勘九郎殿は公方様の御猶子。

 慎重になっているご様子にて問題はないかと。

 よって問題は丹羽らが近付く三七郎ござりますな」


「うむ。勘九郎殿への隔意は見受けられぬ。

 しかし切支丹の教えに興味を示したとか」


「…気に入らぬ!」


信長の三男、神戸信孝が丹羽長秀と秀吉に推戴され、切支丹と結びつきつつある。

現時点でほぼ確定している情報に山伏が吠えた。


「快傑、抑えよ。

 次に伯耆。堺の様子は如何かの」


山伏ほど露骨ではないものの、他にも数名が嫌悪感を示していた。

その様子に内心溜息をついた神官は話を次に進める。

火に油かのう…などと思いつつ。


伯耆と呼ばれた男。

彼は堺と石山に出入りする大店の主である。

その商圏は広く、紀伊から河内・和泉・摂津を拠点に畿内全域。

東海から関東甲信越、四国や中国地方を通って九州にまで及ぶ。


紀州出身で雑賀衆との強い繋がりを仄めかし、商売に生かしてきた。

繋がりも何も主要人物その人である。

手を変え品を変え。

文字通り様々な手法をもって各地に陣地を広げるのは、さながら商いの戦国大名だ。


彼のような商売を生業とする者が雑賀衆には多い。

その数と質は、伊賀衆や甲賀衆を遥かに凌駕する。


商人である彼らは当然利を求める。


現状、幕府との繋がりは商売人にとって大きな利益に結び付く。

さらに義昭は理を持って利を与えてきた。

当然税金や心付けなどの見返りも要求されるが、法外ではないし庇護もしてくれる。


守護との繋がりが構築出来たり、他の雑賀衆からお抱え鉄砲衆が出たのも大きい。

横のつながりが強い為、十分恩恵を受け得る。

彼らにとっては安心して忠誠を誓える心地よい相手。

決して失う訳にはいかない存在である。


「されば、堺は織田家の直轄地化が進み治安は良好。

 貿易港としての機能は未だ強く各地の草が多数。

 特に南蛮に絡み、豊後大友と肥前大村などが密会しており申す」


「ほほう。九州の者どもが堺で密会とは、穏やかではないの」


義昭を将軍に就けた功績により、信長は堺の代官任命権と和泉守護職を取得。

これにより幕府御料所代官を織田家の裁量で任命することになった。

その職権に基づき旧代官を引き続き代官に任命。


傘下に入った代官は、織田家から派遣された松井友閑と共に直轄地化を進めていく。

そこには貿易に対する信長の理解と、強さへの庇護を期待するものがあった。


貿易による利益と商人から上がる情報。

堺衆の協力を得ることが出来た織田家は急速に力をつけていく。

織田家にとって堺は大切な場所となり、治安維持に力を割くのは当然必須のこととなっていた。


そんな堺において、遠く九州は豊後の大名大友氏。

肥前の大名大村氏の両者が密会を重ねている。

わざわざ日ノ本の中心都市に来てまで、一体何をと勘繰られるのも無理からぬこと。


しかも両者は切支丹大名の中でも急進派であり、南蛮渡来の最新技術によって波に乗っている。


「九州では危険ということでしょうか」


「博多は不安定、ということかの」


九州随一の貿易都市、博多がある筑前国では秋月、大友、毛利による諸城の争奪戦が繰り広げられていた。

肥前の大名である大村には直接関係ないが、肥前は肥前で荒れている。

龍造寺が肥前北部を席巻し、これと結ぶ西郷や深堀らと大村は敵対関係にあった。


「それもあろうが、狙いは織田との結び付きではあるまいか?」


「密談の上で…伴天連どもか!」


「聞くところによると、肥前龍造寺に従う深堀何某が伴天連どもの砦を焼き払ったらしい」


「ほう!それは痛快」


「よさんか快傑。

 …まあ気持ちはわかるがの」


「七世殿まで…」


「続けまするぞ。

 敵対勢力の多い状況に痺れを切らした奴らは、早急に天下統一を成し遂げる人物を欲した」


「それが織田だと?」


「幸い織田家は切支丹に寛容。

 …不寛容な者も多いが、頂点に配慮して露骨には出さぬ」


信長は切支丹に一定の配慮を見せている。

彼らからもたらされる知識に好奇心が刺激され、疑問にはちゃんと納得出来る論理的な説明がなされる。

好意を持つのには十分な理由である。


そして戦に必要な武器弾薬。

資金に人。

享受する恩恵は計り知れないならば、寛容にもなるだろう。


とは言えそこは宗教。

一向一揆や延暦寺のことが頭から離れない信長が傾倒することはない。

代わりに一門や家臣らが興味を持つことを制限はしなかった。


そのせいだろう。

あと一押し二押しもすれば、信長も切支丹になるのではないか。

期待する者、不安視する者も多くいる。


「ともあれ、確定した情報ではない。

 ワシの推測も入っておるからの。

 確証を得ることが出来れば動くであろうが」


「左様ですな。

 ならば今後とも情報を密に」


「都の若太夫殿にも知らせるべきだな」


「それはワシがやっておこう。

 …伊賀と甲賀には如何すべきかの」


「加えて畠山様は公方様の後ろ盾の一人。

 ちぃと思案すべきところじゃなあ」


話し合っていた者たちが武士と神官を見詰める。

神官は苦笑し、武士の方に向き直り言った。


「信用出来る者、服部と多羅尾の若頭。

 それから一色様くらいで宜しいかと存じます。

 畠山様は、なんと言うか…戦働きの方がお好みです故」


雑賀衆にとって畠山高政は紀伊守護職として付き合いやすい相手ではある。

しかし危険な情報を渡して安心かというと何とも言えない。

武士はひとつ頷き、しばらく思案したのち決断する。


「それでよい。

 畠山様については一色様に委ねよう」


「承知しました。皆も聞いたな。

 異存ある者は早めに申し出よ。

 …ないようだな」


では、と居住まいを正す神官。

彼の後に続き、全員が姿勢を正して武士を見詰める。


「この後も我らは公方様の御為、上人様の御為に働く。

 土橋殿や佐武殿らも各々力を振るっていよう。

 彼らに負けぬよう、皆の力を貸して欲しい。頼むぞ!」


眼力鋭く重鎮たちを見詰める武士。

全員が無言で平伏する中、代表して神官の男が答えた。


「お任せ下さい、孫一様」



* * *



紀伊の国、田辺荘。


「…む。夜が明けたか…」


日が昇り始めた頃、拠点とする城内で男が目を覚ました。


彼の名は一色藤長。

幕臣という職責を越えた想いを持ち、公私ともに義昭を支え続ける忠臣である。

佐々木義政亡き今、義昭が最も信頼を寄せる者の一人と言っても過言ではない。

紀州方面雑賀衆を任されたことがそれを物語っている。


そんな藤長の朝は早い。


日が昇っているのを確認するやすぐさま着替え。

凝りを解し筋を伸ばし、槍と剣の素振りを数十回。

義昭に倣って己に合う運動量を見繕い、行う。

弓も適量。

最後に鉄砲の動作確認を。


いい汗をかいたら身体を拭いて朝餉をとる。

一汁一菜。

朝は一日の計である。

疎かにしてはいけない。


しっかり噛みながら本日の予定を考える。

食後は家臣らとの打ち合わせ。

都と違い、ここでの来客は唐突な者が多いが舐められてる訳ではない。

親しまれている証拠だと考えよう。


「殿。雑賀衆がお目通りを願っております」


「予定にはなかったはず。緊急か?」


「いえ、緊急ではないそうです。

 されど早めにお知らせしたいことがあるとのことで」


「ふーむ。…まあよい。何方が来られた」


「はっ、それが…実は七世殿が」


「なんと」


紀州における事業は雑賀衆と共同することが多い。

だからといって雑賀荘に居を構えると動きが小振りになってしまう。

畠山政尚との仕事もあり、こちらは紀州全体に関係する。

そこで田辺荘は泊城を拠点に選んだ藤長。


同じ紀伊国内とは言え、雑賀と田辺はそこそこ離れている。

間に関や出城、砦も多い。

普段連絡に来るのは遣いの者を除けば商人や芸人、巫女などで神官が来ることは滅多にない。


当主に用がある時は自分から出向くことが多い藤長。

立場の割にフットワークが軽いのは主君を見習ってのことなのかどうなのか。


「鈴木党の軍師殿が来られるとは…。

 一体如何なる大事が出来したものやら」


話しによっては伊賀衆の力を借りることになるかも知れない。

藤長は早めに算段を付けるのだった。


「すぐに向かう。案内を」



幕間其之三


1.雑賀衆のお話

雑賀衆は幾つかの有力者の集合体。

今回はその中でもトップシェアを二分する鈴木党のお話。

ちなみにもう片割れは土橋党。

少し開けて第三位に佐武党、以下諸々で概ね七党体制。

固有名詞はこの場限りなので覚えなくていいです。多分。


伴天連の砦=教会


2.一色藤長ちょい話

紀州担当として雑賀衆や畠山政尚との強固な繋がりを構築した幕府の重鎮。

在地領主、商人、寺社、地頭たちとの交渉を重ねて経験値を稼いでいる。

基本スペックは平均的だが人間味のある努力型。


本編では義昭君が式部としか呼ばないせいで中々名前が出てこない。


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― 新着の感想 ―
[一言] 史実ではポルトガルによる日本人奴隷貿易に激怒し、キリスト教に排他的だった秀吉が此処では手を組んでいる可能性があるとはなんとも言えませんな。
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