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25 仄仄

「さあ御台、それに皆の者。

 此度は堺や熱田、宮津等からも数多の品を取り揃えた。

 好きなものを選ぶが良い!」


女衆を集めての無礼講。

飲み会メインじゃないけど宴だから間違ってない。

私や近臣たちは飲むし、於市ちゃんなどは割とイケる口。


「女房殿も侍女らも、存分に楽しんで欲しい」


参加者たちは気に入ったものを於市ちゃんに報告する。

承認を得たらゲットだぜ!

余程身分から逸脱したものでなければ許可されるはず。


近臣たちの妻女も招いた。

目を輝かせて喜ぶ彼女らを見て、正解だったと密かに胸をなでおろした。


私は目の保養とゆったりするだけだが、近臣たちはどの娘が器量よしかとチェックに余念がない。

見た目は勿論、気配り目配り立ち振る舞い。

まるで社交場だな。

別に構わんが、あまりギスギスしないで欲しいものだ。


「義父上!わたし、これ欲しいですッ」


「御父上様。わたしはこれが…似合いますか?」


「うむ。好きなものを選び、母上に報告せよ。

 お初、よく似合っておるぞ。流石は我が娘」


「はい!お初、いこうっ」


「えへへ。ありがとうございます」


元気いっぱい我が娘たち。

可愛いなあ…。


こんな機会滅多にないと侍女たちも色めき立って…。

主人への目が疎かに。

まあ伊賀衆甲賀衆、商人として品を取り揃えた雑賀衆も居るから大丈夫だろうけど。


あ、九蜂が目の色変えて反物に飛び付いてる。

そうか。

意外だがああいうのが好きなのか。

甘味でも酒でも釣られないから苦労していたが、良いことを知った。


ふと不穏な気配を感じたので顔を向けると、何やら凄い目付きで九蜂を見詰めるキリの姿が。

二人の間で何かあったのだろうか?


「(公方様が彼奴を見て、お顔を綻ばせた為かと)」


背後を守る左京進から注意勧告。

流石キリのことならよく分かってるぅ。


成程つまり嫉妬ですね。


絢爛美麗な反物や舶来品に目もくれないとは。

筋金入りとはこういうことを言うのかな。


嬉しいような残念なような。


こんな時くらい純粋に楽しんで欲しいが、好みは人それぞれ。

固定資産より無形資産を好む者も多い。

それもよかろう。

高血統とは鷹揚にあるべし。


ただ実力行使や衝突だけは勘弁な!


「(左京進。源兵衛もその辺りは徹底させよ)」


「(御意)」


「(承知!)」


女の嫉妬は可愛いものだが、下手に実力あると凄惨な事になりかねない。

注意はしておかないとな。

とりあえず、キリとは近いうちに褥を共にしておこう。

適度にガス抜きさせれば大丈夫だと思うし。


「公方様…。如何でしょう、この簪」


「おお彩か。良い品ではないか」


「では、手ずから頂いても?」


上目遣い最強!


「よしよし。そら…うむ、似合っておるぞ」


「ありがとうございます!」


ついカッとなってやった。

アザミちゃんとキリが凄い目でこっちを見てきた。

今は反省している。


「あ、彩様ずるい!義父上、わたしにも!」


「御父上様。わたしにもー」


「はっはっは。

 良いとも良いとも。さ、こちらへおいで」


「「はい!」」


娘たちマジ可愛い。

於江はまだ幼児なので無理だが、いずれ同じように愛でたいものだ。

三姉妹とか最強か。


於市ちゃんもこちらをスゴイ目で見てくる。


無言の圧力に押され、側室らと正室にも手ずから選んで付けて差し上げた。


そして、


「わたくしは別に…」


だの、


「そんな、恥ずかしいです」


だの、


「わらわまで…うふふ」


だの…。


あれだけの圧を繰り出しておいて顔を赤くする乙女たちには逞しさを感じざるを得ない。

女性はいつでも心は乙女。

勘違いしないように。

いいね?


「さて、於江姫にはこれを」


最後に於江の懐に螺鈿細工をしのばせた。

印籠みたいにした方がいいかな?

あとで職人に頼んでみるか。


何はともあれ、女衆を主賓とした宴は大成功に終わったのだった。



* * *



最近何かと多忙で房中の秘術を披露する余裕がない。

忙中疲労だけに。


産後の於市ちゃんとは当然自重するとして、側室たちとも至ることは最近少ない。

添い寝だけのこともある。

信頼を寄せる女性と寝食を共にするってだけでも勿論励みになる。

さりとて私も健全なオノコであるが故に…。


もふっとのしかかってくる母性に抗い切れないこともある。


健全なオノコが反応してしまうこともあるのだ。

不用意に疲れていると猶更。

昂ってしまったら仕方ないね。


「(はぁ…ふぅ…フフフ、これで一歩抜き出ました)」


至った後、賢者となった私の耳は些細な独り言すら拾う鋭敏な器官となる。

忍声且つ吐息混じりの音。

本人も声に出したつもりはあるまいて。


つまり、これは紛うことなきキリの本音!


三河吉良氏の重臣大河内の娘にして甲賀衆は多羅尾の末席に名を連ねる腕利き。

その本性が善性な訳がない。

と、断じるのは流石に酷か。


多少愛が重くとも腹黒であろうとも些細なこと。

健気に支えてくれる愛しの女性であることに間違いはない。

出生から過去から、全て飲み込んでくれよう。


ところでアザミちゃんといい於市ちゃんといい、結構嫉妬深いよね。

偶然そういうのが集まったのか、そもそもハーレムとはこういうものなのか。

謎は深まるばかり。


「(…今、他の女のこと考えた?)」


賢者の間が終焉を迎えて感覚が乱れ始める。

行為中とその前後、私の気が逸れると彼女たちはすぐに気付く。

詳しくは分からないけど鋭敏になるんだね。


そんな訳であっさりバレて睨まれる。


苦笑を一つ。

久々に猛ったせいか、キリは未だ正常化ならず。

忍声が漏れてるのにも気付かないご様子。


常に丁寧な言葉遣いを心掛けてるのは見て取れたし、本当の本来地でないことも分かってはいた。

惜しいと思いつつ敢えて指摘はしてこなかったが、よもやこのようなタイミングで聞けるとは。


ちょいと指摘して慌てふためくキリの姿も見てみたいが…。

下手すれば築き上げてきた信用すらも損なう。

それは流石に遠慮したい。

涙を呑んで止めておこう。


ところで今回、ついカッとなって致してしまった。

しかし星の巡り合わせがイマイチなので妊活としては不備がある。

これをどう捉えるべきか。


キリの申し出を鵜呑みにするなら問題はない。

以前言ってた次の子が欲しいというのも嘘ではないはず。

特殊な立場だが母親であることに違いはないのだし。

千夜丸も寺に預けてしまったからな。


*


今のところ、千歳丸と千夜丸に得度させるつもりはない。

当人たちの希望と資質を見極めた上で答えを出すのは変わらないが。


結局、千夜丸は近郊にある寺社に入れた。


本当は興福寺に入れたかったんだが、諸般の事情で断念。

将軍の子ともなれば寺に入るにしても門跡など上位層になる。

そして興福寺は近衛家の氏寺で、基本的に一族しか入らない。

私が近衛家の猶子となれたのは生母が近衛氏だった由縁だね。


その点、千夜丸は妾腹ながら生母は三河大河内氏で完全に源氏の子。

正室の於市ちゃんは近衛家の養女だから、そちらなら目はあったのだが。

ちょっと遠かった。


ついでに言うと、大和の国では興福寺と松永久秀との関係性に若干微妙なところがある。

敢えて危険を冒す必要はないだろう。


そんな訳で手元に男子がいない。

嫡男はどうするのかという問題は未解決にて先延ばし。

信重に娘を嫁がせて担わせるという手もあるにはある。

でも流石に無理だろう。

だから、先延ばし。


現時点での我が子一覧。

養女…於茶姫、於初姫。

実子…於江姫。

庶子…千歳丸、千夜丸。

猶子…織田勘九郎信重。


もうちょっと居てもいいかなあとは思う。

ならば忙しさの合間を縫って頑張るしかあるまい。


*


「キリ」


「…は、はいっ?」


微睡み状態にあるキリに声をかけてみた。

若干慌てた様子が可愛い。

そして割と珍しい。


元凄腕の忍びであるキリは体力も結構ある。

久々の全力投球を受け止めて疲れていたのか。

私の房中術にも益々磨きがかかってきたのかも?


「次は男子と女子、どちらが欲しい?」


「…っ」


あんぐり呆然。

これまた珍しい。


「…~っ、くぼぅさまぁっ」


「うぉあぁ!?」


がばっドスン…グワーッ!


何かに触れてしまったようだ。

壮絶な第二回戦。

房中も何もあったものではない。

子作りというよりも獣に食われるかの如し。


あれだな。

キリは重いな。

想いが。

知ってたつもりだったが、まだまだ甘かったらしい。

やっちまったぜ。


二回戦が終わる頃には賢者を通り越して仙人になってたね。


HAHAHA!

ま、新たな一面が知れて良かったと思っておこう。

一途な女性は可愛いものよ。

ポジティブシンキング!



* * *



普段の朝は鍛錬と水浴びのセットが習慣。

高血統たるもの、常に身綺麗にしておかねばならぬ。


今日も木刀を振るって汗を流す。

明け方まで頑張ったせいで結構汗だく。

その誤魔化しも兼ねて、一割増で懸命に振るったよ。


「程々になさりませ」


と、いつの間に来たのか傍らにアザミちゃんの姿。

朝も早いうちから整容はバッチリ。

今日も綺麗だよ。


「佐古か、おはよう」


「おはようございます」


一見普通の会話に見えるじゃん?

でもそれはあくまで字面だけ。

実際はアザミちゃんの表情はまるで能面のよう。

とても爽やかに朝の挨拶をする顔とは言えないゾ。


先ほどの程々にしろってセリフも水浴びや木刀振りのことではない。

キリと頑張りすぎたことに対するものだ。

間違いない。

だって、そうじゃないとあんな顔にはならないはずだもの。


やはり女の感覚は馬鹿にできん。


「公方様?」


「う、うむ。気を付けるとしよう」


不可抗力だと思わないではないが、我が身に全く非がないとも言い切れない。

だったら素直に従っておくのが吉。

これも一つの処世術ってやつさ。


しかしクールなアザミちゃんと嫋やかなキリという当初の対比図。

これも結構崩れてきた。

裏とか闇などは根深く暗い。

多少なりとも光明となれてるならば幸いだ。


「公方様?」


「うむ、大丈夫だ!」


馬鹿には出来ぬのよ…。


小姓から手拭を受け取り手早く済ませる。

あ、背中拭いてくれるの?ヨロシク。

おお、良い加減。


「本日は石見守様がお目通りを願っております。

 また、米田壱岐守様もお時間を頂きたいとのこと」


「分かった。手配をしておいてくれ」


「承知致しました」


今日の予定はニンジャ服部さんと打合せ。

主に半蔵のことで。

その他、伊賀関係と裏事を少々。


続けて米田さん。

侍医として於市ちゃんの出産前後に堺より召還していたが、そろそろ戻るのかな。

東洋医学に南蛮医学を組み合わせた全く新しい米田流を創設したいとか?

しかし跡継ぎの是政は弓衆で医学に興味なし。

誰か門弟がいるのだろうか。



* * *



服部さんとの打ち合わせは滞りなく終わり、米田さんとの会談に臨む。

是政も後ろに控えている。


「隠居?」


「ええ。助右衛門も立派に務めておる様子。

 そろそろ家督を譲り、医学に邁進致したく…」


そこで打ち明けられた隠居の申し出。

家督を是政に譲り、自身は堺で勉学に励みたいと。

確かに最近は武士というより医者って感じだったもんな。

侍医だから間違いではないし。


「堺でか」


「御意。無論、公方様の御下命あらば如何様にも…」


まあ文化の流入という意味で言えば最先端。

何なら幕府の手が届きにくい場所に耳役が居るという利点も見出せる。

隠居という立場も不利にはなるまい。


「適当に人は付けるが、構わぬか」


「喜んでお引き受け申します」


しっかり汲んでくれている。

問題なさそうだ。


付けるなら伊賀衆か雑賀衆か…。

しまったな、せっかく服部さん来てたのに。

あとで源兵衛に聞いてみるかね。


「よかろう。

 其方の隠居並びに助右衛門の家督相続を認める」


「ありがたき幸せ」


後ろで是政も頭を下げた。

今後は真の米田家当主として頑張ってくれ。

多分、実務はこれまでとそんな変わらんだろうけど。


*


その後は雑談。

医学の道は優秀な門弟から養子をとって任せるだの。

本願寺顕如が周囲からのプレッシャーに悩まされているだの。

三好康長が本願寺との連携を保ちつつ義継君と接触しているらしいだの。


いやいや堺に居たらそんなことまで分かるんかい!?

まあ堺は情報の集積地でもある。

噂には事欠かないってことだろう。


裏手に潜む伊賀衆たちよ。

ちゃんと精査して使うんだぞー?



仄仄:ほのぼの

漢字と平仮名で随分と印象が変わる言葉だと思います。


養女二人で呼び方が違う現象。

義父上:於茶は義昭が養父であるとハッキリ認識している。

御父上様:於初は養父だと一応知ってはいるが余り気にしていない。

養女になった時の年齢や性格の違いによるものでしょうね。


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