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24 嫡出

「…よって件の如し。かの者らに官位を与えるものなり」


越前再平定から暫し後、信長から叙任の依頼を受けた。

これに応えて朝廷へ奏上。

順当に官位が与えられることになった。


該当者は信長の祐筆や取次として辣腕を振るう松井友閑と武井夕庵。

松井へ宮内卿法印、武井には二位法印が。


そして特筆すべきは、明智光秀に日向守の官位が与えられたことだ!


我らがみっちゃんが織田家重臣として日向守へ任官された。

この意義は大きい。


元幕臣とはいえ、外様衆で正式に叙任された彼はまさに出世頭。

実に目出度い。


信長の家臣となってはいるが、私の手で官位を与えてやれたのは喜ばしいことだ。

うむ、感無量。


同時期に叙任された人物は他にもいるが、私にはあまり関係ないので省くとしよう。


それよりも大事なことがある。


私にとっての次なる慶事はさらに大きい。


なんと、於市ちゃんが無事に女の子を出産したのだ!。


将軍家嫡出の娘。

これは凄いよ?


近衛太閤の義孫でもある。

信長と共に大喜びであった。

越前仕置での対立などなかったかのように振る舞う信長には驚いた。

が、納得もしたし参考にもなる。

私もまだまだだな。


於市ちゃん本人は男児でなかったことを詫びてきたが、何を言っているのか。

女児の方が幸せになれる可能性は若干高いと思うよ。

…若干な。


近臣たちの反応も二つに分かれた。

単純に嫡出の子を喜ぶ者。

男子じゃなかったのを内心残念がる者。


幕臣その他有象無象の反応はもっと複雑…。

女児を喜ぶ者や嫉妬に狂う者。

愛憎半ばにして不可思議な気配となる者など。


不穏当な内心を曝け出すような愚か者は少ない。

皆、表向きは盛大に祝ってくれたよ。


甲賀衆は嬉しいけどちょっと残念って雰囲気。

キリを擁する多羅尾衆は安堵の様相も見え隠れ。

ま、全体として否定的な意見は見えてこないからちゃんと守ってくれるだろう。


そういえば信広も大いに祝ってくれたな。

妹のことというのもあろうが、何より政治情勢。

越前に関して信長が示した方針や、佐久間弟の発言による織田家との亀裂を心配していた信広。

胃腸薬でも贈ってやろうか…嫌味に取られるかな…。


出先機関である京都織田氏とも言うべき存在の彼には負担が大きい。

少しでも心労を減じらせるためにも、都の故実に詳しい伊勢氏を付けてやろう。

取込政策ではないよ?



* * *



嫡女誕生の陰に紛れてちょっとした集会。


「公方様。佐々木左兵衛佐殿がお越しです」


普段は伊賀にいる義郷君だが、養父の仁木爺が亡くなって以降は都に顔を出す頻度も増えた。

今回も祝いに来てくれてた。

若手でありながら慎重居士でもある彼はあまりグイグイ来ない。

普段なら美徳で済ますんだが、今後はそうも言ってられなくなるので認識を新たにさせるべく呼び出した次第。


「ご尊顔を拝し、恐悦至極にござりまする」


「大儀である」


慶事やら不穏な噂やらで微妙に浮足立つ都の様相。

越前といい摂津といい、周辺はようやく落ち着いたというのに。

全く大変なことだよ。

だから動くなら水面下だよねー。


と言う訳で、伊賀と義郷君に白羽の矢が立てられた。

白羽の矢と言っても無駄な犠牲にするつもりはない。

多少は覚悟してもらわないとダメだが。


伊賀国守護職である佐々木左兵衛佐義郷。

佐々木源氏の嫡流にして、小国ながら一国守護を務める立派な大名。


任地における佐々木家の影響力は絶大の一言。

服部党が協力しているというのも大きいが、在地領主の一人であることが大きい。

私の肝入りで色々と殖産興業に力を入れてきた第一人者でもある。

豊かになれば人はついてくる。

先代から引き継いだ地位も当然影響しているが。


伊賀の国は大和、伊勢、近江に囲まれた特殊な山国。

大部分で伊勢に接しているが、その影響を強く受けるのは名張郡のみ。

それ以外の地域は南近江の六角氏や甲賀衆との繋がりが強い。


名張郡では伊勢北畠氏により、長らく間接的な支配が行われていた。

当主が変わったところで縁が切れるものでもなく、色が消える訳でもない。

と、なれば…色々巡らせることが出来る!


「さて、近う寄れ。もそっと近う」


「は…ははっ」


巡らせる…つまりは謀。

顔を寄せ合って、さあ悪巧みの時間ですよ。

周囲を近臣で囲み、外周は伊賀衆で確り包囲。

防諜もバッチリだ。


*


伊賀国は四つの郡からなる。

名張郡以外の三つは六角氏との縁が深く、義郷君の支払も順調に進んだ。

一方で名張郡は、伊勢が織田家の領国化されたことも相まって、今は問題なく治まっているが火種は常に燻っている。


つまりエサにうってつけだよと。

先々で謀が上手く進めば使われることになる。


そう言えば、反対側で隣接する大和の国との繋がりはそこまで大きくなってない。

地政学上の問題、あるいは山道が故だろうかね。

まあいいか。


謀で重要なのは伊賀衆との連携は当然として、義郷君の動きもそう。

仮想敵国を誘導する旨そうなエサを上手く使うのは彼になる。


エサと伊賀衆はそれぞれ問題ない。

義郷君との連携も大丈夫だろう。

問題となるのは、圧倒的に経験値の少ない義郷君本人だ。


キーとなる当人はどう思っているのかな?


「どうだ。冷静に鑑みて難所はあるか?」


私に対して並々ならぬ忠誠心と覚悟を持つ佐々木義郷。

仁木爺の薫陶を受けた彼は、自分の実力以上に奮闘しようと力む可能性もある。

それではいけない。


「…正直に申さば、未だ若輩者にてよく分かりませぬ」


やれと言われればしっかりやる覚悟はあるものの、果たして大丈夫かという自信はないようだ。

そりゃそうだ。

出征は幾度もこなしてきたが、領国を守るための、言わば武士の本分は未だ未経験。

伊賀衆との連携、特に半蔵などとの絆は深いので心配してないのだがねえ。


…お?

そうだ半蔵がいるじゃん。


「ならば半蔵を付けよう。

 ふむ、半蔵を副将として…服部党を率いよ」


そしたら源兵衛を経由して私との連携も取りやすい。

心配事も減るって寸法だ。


「もっとも半蔵は余の側衆。

 打合せは行わせるが、実動は後の事になろう」


「心得ました。半蔵殿がおれば心強うございます」


半蔵が弥太郎と名乗っていた頃に私と引き合わせたのが義郷君。

身分を越えて切磋琢磨してきた間柄の二人であれば心強い。


基本的に、槍衆筆頭として側近くに仕える半蔵が私から離れることはない。

しかし今後のことを見据えれば、弓衆の是政ともども他にも色々やらせた方が良い。

だから義郷君が都に居る間は良いとして、そうでないなら半蔵を動かすべきかな。


「では源兵衛。伊賀衆のことは任せてよいか」


「御意」


服部さんとも連携を取り、場合によっては市平をも動かす構想。

核となるのは服部半蔵。

大名ではないが、将軍直臣なので立場はバッチリ。


…分かってると思うけど、アザミちゃんは伊賀衆に含めたらダメだからな。

動きそうなら九蜂は絶対に止めるように。


*


「公方様。そろそろ佐々木殿へ例のものを…」


「おっと、そうであったな」


いかん、忘れてた。

ナイスだ式部。

一段落した合間を見計らって差し込まれた話。

危ない、今を逃せば二度手間になってしまうところだった。


「左兵衛佐。受け取るが良い」


「…これは?」


「これは左馬入道様の御加減、と称されるもの。

 その証にござります。

 佐々木家の至宝とも秘宝ともなり得ましょう」


「大和守が申す通り、亡き爺が余に慮って遺してくれたものだ」


服部さんが厳重に管理してくれている仁木爺からの贈り物。

伊賀衆ならばきっと活用できるはずの代物だが、義郷君も存在くらいは知ってるんじゃない?


「これが…」


今、彼の手元にあるのはあくまでも証に過ぎない。

現物は…現物って言っていいのか?

まあ現物は服部党本拠地の最深部で結界に護られ厳重に保管されている、と聞いている。

具体的な場所は私も知らないが。


これの所有権は一応私にあるが、使用権は服部党にも認めている。

今後はどちらも佐々木家当主へ付与される。


「但し、今はまだ貸与に過ぎん。

 全てが上手く行けば褒美として与えよう」


「ははっ、身命を賭して遂行致しまする!」


物の価値は、それを知ってるか知らないかで随分と異なる。

伊賀衆はもちろん、義郷君だって目の色変えたことから分かるように熟知している。

現状この世に一つしかないもので、価値を知る者にとっては垂涎の的だろう。


モノとしては、仁木爺の長年の功績に報いるべく私が渡したもの。

だから頑張ればもう一個くらい存在し得るかも知れれないが…。

色々問題あるから黙っておこう。


さて、伊賀のことは第一段階クリア。

もう忘れ物はないね?

式部、藤英、源兵衛も…よし大丈夫そう。


伊賀のことはこれでオッケー。


次は紀伊か。

はたまた播磨か丹波、もしくは意表をついて河内大和というのも妙手なり。

とはいえすぐさま全てに手は回らない。

丹後は誰かに任せたいが、式部は紀伊だし適任者がいない…。

若狭もゴローちゃんだと厳しそうだし、要調整か。


表は慶事に通常業務。

こっちはこっちで全責任は私にある。

とっても忙しい。


でも、なんかこう…充足感のある忙しさだな…。



* * *



「婿殿、お邪魔しとるよ」


「これは太閤殿下。此度は何用で?」


ある日城内を散策してたら近衛太閤と遭遇したでござる。

来るのは構わんが、先触くらいしろよ。

というか婿殿って…。


いや、於市ちゃんが太閤近衛の養女だから間違ってはいないけどさ。

ほぼ同い年のオジサンに婿殿とか言われたくはない。

というか初めて聞いた気がするが。


「義孫の顔を見に来ただけよ。構うまい?」


そこは構わないのだけども…。

いやまあ別にいいよ。


「ええ…。於江とお会いになりましたか」


「うむ。将来は義娘に似て美人となりそうな顔立ちよの」


などと上機嫌に笑う。

公家の割にはアグレッシブだが、そこはやはり摂関家。

口元に扇子を当てて、ホホホホ。

都の公達独特の笑い方は私も偶にするが、やはり本物は格が違う。

字面にすると同じでも込められた感情が発露する笑い方って凄いよね。


なお、於市ちゃんとの間に生まれた娘には江と名付けた。

於江姫。


私にとっては初めての娘にして於市ちゃんにとっては三番目の娘。

いざ名付けをと思った時、何かビビッときたんだよね。

我ながら良い名付けが出来たと思う。

そして将来は於茶、於初に負けず劣らずの美しい娘になると確信している!

何せ於市ちゃんの娘であるからして。


「して、御台の様子は如何でしたか」


「ふむ…笑顔であったが、少々辛そうではあったかのう」


やはりそうか。

私の嫡男を上げると意気込んでいたからなあ。

授かりものだし女の子で嬉しいとは伝えたのだが…。


それに娘が三人も続けば気に病むのも仕方がない。

女腹などと陰口を叩く口さがない者もいると聞く。


おうおう?こちとら裏の影響力はどでかい存在やぞ?

甲賀衆に頼んで粛清するぞコラァ。

などとダークサイドに落ちそうになったり。


「私は気にしておらぬのですが…」


「左様であろうが、あれも武家の娘であるからのう」


近衛太閤は武家に対して理解が深い。

伊達に数代に渡って縁を結んでないなあ。

なんて思わず感心してしまう。


しかもちゃんと義父してるんだ。

翻って私は二人の娘たちの養父として合格であろうか。

などと詮無いことを考えかけて…止めた。


一切皆苦、されど諸行無常、そして諸法無我である。

不安に思うなら改善に動くのみよ。

決意を新たにしたところで話しかけられた。


「さて大樹よ、少々話さねばならぬ事がある」


小声で囁くように。

これも公達の技だなあ。


「ではこちらへ」


於江姫と於市ちゃんを見に来たのも本当だろうが、用件としてはこっちが本命とみる。

なんせ目付きが違う。

ここは公家っぽくないよね。


*


甲賀衆と伊賀衆で結界を張る城内における究極の防諜部屋。

そこに近衛太閤を誘い、白湯と共に場を持った。


朝廷における影響力保持者ランキングで上から数えた方が早い人。

口を湿らせて話し始めた内容は他でもない。

ある程度事前に擦り合わせは行っていた今後の展望、その詳細である。


「本願寺と摂津衆、播磨と丹波のこと。如何」


「承知しております。先も播磨より使者が参りまして…」


先日播磨から小寺氏の遣いがやってきた。

本当は信長目指してきたっぽいけど、将軍も無視は出来ないと一応立ち寄った感が凄かった。

だから於市ちゃんの出産祝いも兼ねて…と当人は言ってたが多分偶然だろう。

如才ない。


使者の名は小寺孝隆。

切れ者っぽい雰囲気を醸し出す若者だった。

播磨御着城主小寺加賀守政職の重臣らしい。


小寺氏は赤松氏の庶流の一族。

赤松と言えば佐古の偽称実家もその流れだが、特に言及はなかったからほぼ他人だろう。

名門にありがちなピンキリ一族。


家臣の雑談で聞きかじったが、小寺孝高は旧姓黒田と言って赤松一族じゃないらしい。

だったら余計知らんだろうな。


ともかく使者の彼が言うには、西の毛利に対抗するため服属したいのだとか。

私が摂津を平定したことで色々あったみたいだ。


贈り物をいくらか置いて、岐阜の信長を訪ねて去り行く小寺を見ながら思った。

播磨との繋がりが出来たなら、いよいよ三好一党とのケリをつけるべきかなと。


情報によれば、三好三人衆側はゴタゴタしてて一部は幕府ではなく、信長へ降ろうとしているらしい。

あくまで義継君を認めないということか。

信長がそれを認めるか否か。

多分、認めるだろうなあ。


…なんてことを掻い摘んで話す。

すると近衛太閤は扇子を口元に充てて何やら思案顔。


「丹波におる赤鬼を知っておるか」


と、唐突に話が変わる。

丹波の赤鬼。

…赤井直正か?


「悪右衛門のことでしょうか」


「然り。奴は我が妹婿でな」


そうだった。

波多野氏と共に丹波の有力者で、実質大名みたいなもんな赤井氏。

一応守護は細川昭元の名前になってるけど、その領地は僅少。

現地入りしたことも数えるほどしかなく、影響力には疑問符が付く程度の存在感しかない。

…頭の整理をしてたら、何故か昭元をディスる感じになってしまった。

なんかごめん。


「波多野右衛門大夫と共に協力しても良いと言って来た」


「ほう。それは本願寺のことで?」


頷く。

流石はフットワークが軽くネットワークも広い太閤殿下。

丹波のことはまだ手薄だったが、軽く先を行かれたなあ。


「どうじゃ。使ってみぬか」


「当初の絵図にも入っておりましたしな。

 喜んで使わせて頂きましょう」


「うむ。期待しておるぞ」


丹波は赤井と波多野か。

話を聞く限り縁故を大事にする質の様子。

元より幕府に従う勢力だし、特段野心的でもない。

十分使えると思われる。


「ちなみに丹後一色は如何でしょう」


「お主の下におる者…宮内少輔と言ったか?

 その者を使えばよかろう。…なんぞ問題でもあるのか」


ですよねー。

少し心配げに尋ねられたが、問題視するほどのことはない。

奉公衆としての実務も無難にこなしている。

だから軽く否定しておく。


ただどうしても、式部のことが念頭にあって力量の差分が気になるというか。

まあこれは昭辰のせいではないな。


「では丹波のことはそのように」


「うむ。よきに計らえ」


詮無いことなので止めよう。

図らずも丹波と丹後が固まったと、良い方向に考えるべきだな。

よし。


上機嫌に去っていく近衛太閤を見送りながら、ため息一つ。

裏事が多くて肩が凝る。


息抜きがてら、偶には女衆を揃えて反物選びでもしてみるかのう。



祝・嫡女誕生!

戦力に劣るなら謀を頑張るべし。

地均し説明に東奔西走。

僧籍にあった名残で仏教用語をぶっこむスタイル。


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[一言] 〉女児を喜ぶ者や嫉妬に狂う者。 愛憎半ばにして不可思議な気配となる者など。 主人公モテモテやんけ(白目)
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