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23 失陥

「公方様に申し上げます」


二条城で信広の報告を受ける。

内容は越前の平定が成ったというもの。


遠回しに織田家の威勢を主張しつつ、表面上は私の威光によるものと言う。


直接的に物言いするのは品がないという都の流儀。

無骨と称される武断派には受けが悪い。

元は公家の文化だから仕方ないとも言えるが、ここは公家文化の中心地。

郷に入っては郷に従え。

信広は着実に都における織田家の代理人をこなしていた。


後々諍いのもとにならないといいね。


「越前平定の段、大儀である。

 それで、越前衆の処置は如何なる」


お疲れ様と労ってさあ本題。


ここ最近終結した三つの戦線。


摂津平定戦は織田家の部隊も居たとはいえ、将軍が率いた幕府の戦い。

連絡はすれども裁量は完全に幕府による。



次に織田家と武田家の戦は表向きは私闘。

実質的には武田による侵略戦争。

初めに武田が徳川と戦い始め、徳川と同盟してる織田が介入して全面戦争に発展したもの。

今は停戦しているが、遠からず再衝突することだろう。


武田家の先代とはお手紙外交で便りをよくした仲。

徳栄軒信玄と号した彼は本願寺顕如とも接点を持つ。

当代も名将の器。

源氏が大好きな足利将軍である私との縁も深い。

危険視する者は多いだろうねえ。


直接関係ないけど、信玄はよく似た弟を影武者としていたらしい。

そこに着想を得たのが弥平次だったりする。



一方、越前のことは元々幕府の指令。

朝倉さんが幕府の命に従わなかったから織田家を主力として懲らしめさせた。

その褒美として、信長には越前国の半分ほどが授与。

守護代の任命も奏上されて認可するという形がとられていた。


越前一向一揆は内乱とも襲撃ともとれるが、いずれにしろ形式上は幕府の勝利となる。

だから信広を通じて報告がきてるし、私の裁可が必要なのだ。


再平定が為された越前衆には幕臣も多い。

信長率いる織田軍はあくまでも幕府軍の尖兵。

処断するにも将軍に素案を示す必要があるのだ。


「はっ。未だ精査途上ではありますが、概ねこのように…」


そう言って書付を取り出す。

ゴローちゃんを経由して受け取り、ざっと目を通す。

細部は後で詰めるとして、とりあえず確認すべきは孫三郎のこと。


「ふむ。大隅守よ、安居孫三郎に自害を命じるとあるが」


「弾正忠は見苦しき行い、断じて許せぬと申しており…」


俯いてしまう信広。

私の気持ちをある程度知ってるだろうし、この様子なら既に提言済みか。

その上で方針を示してきた。


「ふ、弾正忠にとって朝倉旧臣は所詮身内に非ざるか」


「公方様。それは、如何なる意味で?」


ポロッと零した台詞に食いつきあり。

ここが分水嶺。


「身内に甘く他者に厳しい。

 ま、人としては間違っておらぬかな?」


でも組織の長として公平性には欠けるかも?

なんてことを言外ににおわせ含み笑い。

嘲り囀る。

何といやらしい。


「そのお言葉、弾正忠に伝えても宜しゅうございますか?」


おお、温厚で知られる信広の米神に青筋が!

流石に嫌味が効いたか。


「ほっほっほ。そう熱くなるな。ほんの戯言よ」


のらりくらり。

信広を苛めるのは心が痛むが、これも必要な行動。

メッセージはあくまでも信長へ向けて、だ。


「コホン。…安居は我が臣である。

 処断は許さぬと申し伝えよ」


「…御意」


特定の誰かを贔屓する将軍。

なんて無能なんだ!

こういうとこだぞ?

一つのポイントとして押さえておいて欲しい。


影を背負って去る信広を見送りながら、これで事態が動くかなと考えた。

もし孫三郎が許されたならそれもよし。

私の言葉を無視して処分が断行されたなら、それもまたよし。


とりあえず信広個人を慮る手紙を書こうかね。



拝啓、さっきはゴメンね。

こっちにも都合があるんだ。

斟酌してくれると嬉しいな。

でも無理はしなくていいよ。

ご自愛ください、敬具。



* * *



「武衛殿がお越しになりました」


「ん、通せ」


尾張や越前、遠江の守護職を歴任してきた家柄で足利氏一門。

それが斯波氏。

現当主は色々あって私の手元にある。


上洛して将軍位に付いた折、信長に褒美として斯波家の家督を提示したが断られた。

そのお陰で目の前に居る男は今でも斯波家当主を名乗ることが出来ている。

不思議なものだね。

まあ当主といっても何の権限も持たないギリギリ名門だが。


「公方様におかれましてはご機嫌麗しう」


礼儀作法は一通りマスターし、能や茶道にも通じる文化人。

それでいて鷹狩りを好み弓矢をよくする。

意外と贅沢しない上、鍛錬も欠かさないスマートな名門。


若いうちから何かと苦労してるので空気を読む力はある。

だからと言って能力が高い訳でもない。


無能じゃないけど有能とも言えない。

つまり並。


「大儀。実はの武衛殿、少々力を貸して欲しいのだ」


「私に出来ることなれば何なりとお申し付け下さい」


若干面倒事だろうと予想しつつも完全には察し切れない。

でも私が出来ないことを振ることはないとの読みもある。

そんなところか。


あ、あと拾われた恩も感じてるっぽい。

恩は返すもの。


特に義理は武士が案外大事にするものだ。

そのせいで乱が長引き、平穏が遠のく負の面もあるのだけれど。

今は置いておこう。

うん。


武衛殿こと斯波義銀。

斯波一族の頂点に立つ男で侮れない影響力を持つ。

侮れない影響力だが、相手の都合が悪いと無視される。

力がないってのは悲しいことだよ。


将軍の指示も同じ。

細川氏や三好家の台頭以降、将軍の権威はダダ下がり。


最近は私が頑張った成果が多少現れたのか、無視されることは少ない。

でもそれもいつまで続くものやら。

震源は近い。


義銀の弟に津川という者がいて、彼は伊勢で北畠に仕えている。

我が子信重の弟にして信長の次男、北畠信意は中々の者。

一つの肝になる。


重政も斯波の一族。

ここも一つ。

摂津から播磨に拠点を移したらしい外峯盛月も同じく。


他にもぱらぱらと存在する斯波一族。

いずれ彼らの頂に立つ者として認知されることになるかも知れない。

それが義銀という存在である。

未だ可能性でしかないが。


「…と言う訳でな、その方の弟らに伝えて欲しいのだ」


「ははっ。…しかし弟らは織田殿に仕える身。

 左程の効果は見込めぬと存じますが?」


「構わぬよ。別に織田家に叛しろとは言わぬし」


「相分かり申した。公方様のお下知、確かに承りました」


叛しろとは言わないが、まあ利用はさせてもらう。

別に悪いようにはしないから安心して欲しい。


さて、重政にも仕込みをしないとな。

摂津から播磨、丹波も。

盛月に付いた者から播磨に移ったと報せが来たが、摂津での混乱で少し滞り気味。

テコ入れが必要だ。

大まかには惟増が引き継いでいるが、一部を惟長にも任せてみようか。


主にこれからの主戦場、播磨と丹波だな。


越前は当然として我が甥が守護職を務める若狭も少々。

そして丹後は一色本家の領分だけど、ちゃんと仕上がったかな?

まもなく熟れ時かと思うのだが…。



* * *



「(公方様、至急お耳に入れたき事が…)」


夜分、就寝前のお手紙作成(日課)をしていると忍び声が降ってきた。

源兵衛やアザミちゃんじゃない声でもびくつかない。

何せ私は将軍であるからして。


傍らには添い寝担当の彩が佇む。

忍び関係とは縁のない彼女にバレないようにしなければ。

突然頷くのもおかしいので、不自然じゃない程度に軽く顎を引く。


「(織田家による越前仕置が決行されましてござりまする)」


「むっ」


「如何なされました」


一段目は綺麗に流したのに二段目はクリティカル。

ついつい漏れ出た一声に反応され、ちょっと焦る。

それほどに衝撃を受けた訳だが。

まさか私の要望を無視するどころか、裁可も待たずに強行するとはなあ。


「いやなに。少し手元が狂ってな」


「お疲れなのでしょう。今宵はもうお休みになっては」


背中に温もり。

そっと寄り添う姿勢が花丸だ。


ではなく。


「(明朝までに情報精査。出来るか?)」


「(承知致しました。追加で人を遣りまする)」


頷く。

緊急事態と言えばそうだが、どうせ今出来ることはない。

やるべきは明日正式に報告が入った時だろう。

その時までに、ある程度情報をまとめておくことが肝要。


「では準備致します。横になってお待ち下さい」


「うむ。すまんな」


ニコリと微笑む可憐な少女。

情報入荷前なら抱き締めてたね、間違いない。


元より添い寝の相手。

何がなくとも問題はない。

若干申し訳ない気分にはなるけどね。


「では、良い夢を…」


心地よい囁きに導かれるように就寝。


朝一で情報整理。

そのために必要なのは十分な睡眠で脳をリラックスさせること。


状況の割には良い夢見れそうだ。

本来であれば子をせがんでもおかしくないのに、私を優先させる様子に感動する。

図らずもアタリと分かった感じ。


何か褒美を考えてやらねばなるまい。

子作り以外で。

ふむ、堺から入ってくる南蛮由来の品とかいいかもね。



* * *



明けて評定。

居並ぶ幕臣たちの表情は揃って厳しい。


「一揆勢の首を持って帰参を願った者は軒並み斬られ申した。

 主たる面子は安居孫三郎殿、朝倉三郎殿らですが…」


「安居殿は特に公方様と縁を結んでおられた。

 幕府の許可なく処断するなど許されませぬぞ!」


孫三郎は朝倉三郎景胤と共に一揆勢の首魁、下間頼照や頼俊の首をとった。

これを手土産に織田家に帰参を願ったのだが…。

まあ許されないよね。


同じ朝倉一族でも土橋信鏡のように一揆勢に加担せず、一貫して信長に従った者は責められてない。

まあ彼は一揆勢によってほぼ滅ぼされちゃったから少し違うか。


あとは向久家のように一揆勢に加担するも、再侵攻の触れが出てすぐ信長に降った者以外はほぼ全滅。

その向に処断を命じる辺り闇が深い。

遠からず同じ運命を辿る気がする。


信長からの連絡はまだない。

幕府独自ルートで情報を収集。

早々に対応を決めようというのが今回の趣旨。


表ルートでの速報が届いたのは今朝。

信広のもとにも同じくらいに来てるだろう。

そこから情報を精査確認し、幕府への報告となる。

さっき忍び衆から連絡があった。

もうそろそろ来る頃かな?


「申し上げます。織田大隅守様がお目通りを願っております」


「うむ。これへ通せ」


「ははっ」


やってきたのは信広と重政と…誰だろう。

佐久間の一族かな?


「(右衛門尉の弟、左京亮かと思われます)」


ほほう、あれが…。

中々剛の者と聞いている。

さては目付じゃなくて従軍してたか。


「ご尊顔を拝し恐悦至極…」


型通りの挨拶を交わし、いざ本題。

信広も重政も表情が硬い。

こちらが既に知ってることを悟っている。

面倒だろうがこれもお仕事。

頑張ろうぜ!


* *


「織田殿。これは越権行為ではありませぬか」


「論功行賞ではござらぬ。

 向背常ならぬ者を成敗したまで」


「安居殿は公方様と親しくしていたこと、知らぬ訳ではありますまい」


「奴らは一揆勢に加担し我らを攻撃した。

 つまり彼奴らは公方様を裏切った者らにて、断じて許されませぬ」


淡々と受け答えする信広の額には大粒の汗。

概ねシミュレーションしてきた通りだろうけど、本心としては苦しかろう。

立場としては板挟み。


佐久間は知らん顔だな。

政治には興味ないんだろうか。

ふむ、ちょっと突いてみるか。


「そちらの佐久間とやら。何か申す事はないか」


丁々発止に終わりが見えた頃、ちょいと興味を持って佐久間弟に問いかけてみた。

この場に居るってことはそれなりの立場なんだろうし。


あ、ビクッてした。

声かけられるとは思ってなかったんだな。

ふふん、戦は机上でも行われる。

油断は禁物だぜ。


チラチラと信広や重政を見るが、助け舟など出ない。

そりゃそうだ。

なんたって将軍直々の御指名だからな。


まあ特にないって答えりゃそれで終わりなんだが。

そこまで気は回らんか。


どうやら諦めて話す気になったようだ。

居住まいを正して咳払いなんぞしとるわ。


「…某は武骨者にて、ご無礼の段は平にご容赦願います」


「うむ。構わん」


ここは鷹揚に構えておく。

誰かさんの若い頃みたいに、言わせてキレるなんてしないから安心してくれ。

ある意味、この佐久間弟の考えが織田家中の平均であろう。

その意見はを聞ける機会は重要。

鷹揚に構えて見せつつ意識はしっかりキッチリ。


式部も藤英も頷いている。

末席に座る左京進や裏に居る源兵衛、小姓に扮したアザミちゃんも真剣そのもの。

一部なんかおかしいな。

まあいいか。


「えー、越前の大半は織田家の力にて平定され申した。

 朝倉旧臣も織田家に降ったものと認識しており申す。

 そして、裏切り者を成敗するのはどこの家でも同じ。

 如何に主君から気に入られていようと、誤りは正さねばなりませぬ。

 されば此度一揆勢に組し者を討ち果たしたのは、言わば内政。

 如何に公方様といえど、口出しされる謂われはござらぬ!」


最初は恐々と、しかし段々興が乗ってきたのか興奮してきたのか。

喋りが滑らかになっていった。

なるほど、これは間違いなく本音。

実に興味深い。


隣に座る重政の顔も興味深い。

(ノ∀`)アチャー


信広は顔面蒼白。

一生懸命糊塗してきたのが水の泡だね。

まあいつかはこの時が来ると分かっていただろうよ。


「お主の言、よう分かった。ご苦労だったな」


佐久間左京亮は自分で言うほど武骨者じゃない。

しっかり為政者の側が見えている。

佐久間信盛は良い弟を持ったな。


敵ながら天晴。

おっと、まだ敵じゃなかったか。


何はともあれ。

幕府の手から越前国は零れ落ち、実質的な支配権は織田家のもとに帰した。


今でも建前上は幕府領もある越前。

でも失われたと考えるべきだろう。


信長は私の意向を踏まえて尚、越前の織田家領国化を強行。

これが意味することとは何か。

とりあえず弥平次が間に合ってよかった。


信長は朝倉一族を許さない。


これで孫三郎が生きてると知れたら信長は怒るかな?

甲賀衆が上手くやったと今朝方連絡がきた。

一緒に行動していた景胤は無理だったが、その弟の七郎景泰は掬い上げることが出来た、とも。


さて、これまでも準備は進めてきたけど一気に推し進めるぞ。


差し当たっては信重と甲斐武田の姫君との婚姻仲介。

その進展。


水面下は河内三好家、佐々木家、畠山家、一色家、若狭武田家の動向協調。

続けて摂津、播磨、丹波、大和、伊勢への根回し。

近衛太閤との擦り合わせも忘れちゃならない。


しかし、彩はどうするかねえ。

希望を捨てるなとか慰めるのもおかしいし。


心労をかけるのは本意ではないが、孫三郎がことはトップシークレット。

やむを得ない。

気を紛らわす方向にもって行くしかないな…。



政局に変化の兆し。

余談ですが、斯波義銀は放浪中に義昭に拾われ、その仲介で信長と和解。

都と尾張を往復して色々やってますが改名せず幕府に在籍。

二条城は斯波家屋敷跡地にあるので居住する権利はあるとかなんとか。


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