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21 謝罪

「此度の不調法、誠に申し訳ございませぬ。

 伏してお詫び申し上げまする」


二条城の大広間で私に向かって頭を下げるのは、何を隠そう織田信長その人である。


信長に平身低頭謝罪される事実に胸が騒ぐ。

そして圧が凄い。

怒りのプレッシャー。

矛先が私じゃないのがせめてもの救い。


首謀者が更迭されるという報せを受けて私は都に戻った。

そこに待ち受けていたのは信広と信長。

二人とも能面のような顔。

こうしてみると二人は兄弟、よく似てる。


事態を重く見た信長は対武田戦線を離れ、謝罪のために態々上洛してきたらしい。


それほどの騒動になってしまい、結果として信広の面目は丸潰れ。

信長の評判にも関わる事態となってしまった。

二人とも平然としているが、心中穏やかではいられまい。

私だって複雑だもの。


「うむ。以後気を付けるように」


「ははあーっ」


公式の対面。

将軍と大名という互いの立場上、内心はおくびにも出さずに対応せざるを得ない。

仕方のないこととはいえ面倒だ。


「されば甲斐武田との停戦仲介の儀、任せるが良い」


「有難き幸せ。何卒良しなにお願い申し上げまする」


ここ最近、織田家は対武田戦線は優位に進めていた。

今回のことがなければ武田家を抑え込むことも可能だったかも知れない。

本当は停戦交渉の仲介なんてのも頼みたくないはず。


しかし、まさか重臣に足を引っ張られるとは思いもよらなかっただろう。

お陰で信長の機嫌はとても悪いとの報告が入っている。

然もありなん。


まあ起こってしまったことは仕方がない。

前向きに無用の用とする方策も考えてのことだろう。


仲介も和睦じゃなくて停戦というところがミソだな。

期間は一年ないし半年程度。

都での騒動を静め、戦線再構築に有する時間。


武田家としても一息入れるのは願ったり叶ったりだろう。

乗ってくる公算は高い。


仲介が成功すれば将軍の権威が上がる。

下げようと暗躍した結果、正反対の成果となった奴らはどう思うか。

憎悪を募らせるかな?


ちなみに丹羽と羽柴らは北陸、伊勢、遠江などへ回された。

改易されてないところに余裕のなさが垣間見える。


代わりに都へ派遣されるのは佐久間信盛。

と言っても佐久間は織田家の筆頭家老。

戦力としても中核を担う彼を対武田戦線から引き抜けるはずもなく。


実際にやってくるのは戦功を上げて目出度く織田家に復帰した中川重政。

私としても影に日向に支援してきた甲斐があったというものよ。


重政は尾張犬山城代として佐久間の組下となるらしい。

昔取った杵柄が生きた格好ではあるが、与力衆としてまた下積みからの再出発。

大変だろうが頑張って欲しい。


信広への処罰は特になかった。

叱責はあったけどね。

彼が居なくなると凄く困る。

あとでちゃんとフォローしておこう。

根回しもな。


信広と重政のラインでより良い都暮らしを満喫しようぜ!

ああ一応、佐久間の一族も目付としてやってくるらしい。

摂津方面軍も任される予定とか?


この機に丹波方面にも動きが出てきた。

幕府としても要検討だな…。



* * *



「御台よ、今戻った」


「お帰りなさいませ、公方様。

 …この度は実家がご迷惑をお掛け致しましたること、誠に申し訳なく」


久々に会った於市ちゃんから挨拶もそこそこに詫びが入った。

信長同様、意外と故実を好む於市ちゃんである。

相当気にしてたんだなあ。


「既に弾正忠からの謝罪も受け取った。

 そもそも御台が謝る必要はない」


一応於市ちゃんは織田家からの嫁じゃなくて近衛家からの嫁なんで。

その辺は確り示しておかないとね。


「されどっ…いえ、承知致しました」


「うむ」


代表者から正式に謝罪を受け取った以上、周囲がアレコレ言うのは違うと思う。

当事者は別だけどね。


「時に御台よ。例の短冊は…その、気に入ってもらえただろうか」


密書として送り付けた恋文のような和歌。

下手な歌しか詠めないが筆には自信がある。

喜んでいたと報告は受けたが、やはり本人の口から聞きたいものよ。


「あっ…、はい。誠に忝のうございます…」


頬を染めて胸に手を当て、まるで恋する乙女のようではないか!

なにこれ可愛い。


「う、うむ。気に入ってもらえたなら何よりだ」


自分から聞いておいて、逆に恥ずかしくなる不思議。

美人で可愛いなんて最強じゃないか?


「…はっ!…そ、その公方様…。

 よろしければ、今宵は安居殿のもとに通って頂けませぬか」


再起動した於市ちゃんから謎の発言。

いや、正室として差配する側室へのアレコレはいいんだけど。


「む、御台ではいかぬのか」


褥を共にするかはともかく、まずは正室と共に過ごすべきだと思うのだが。


「いかぬわけではありませぬが、佐古殿やキリ殿と違い、安居殿は未だお渡りがありませぬ故」


ああ成程。

気を遣ってくれたんだね。


彩が側室になってからまだ褥を共にしていない。

そのまま私が長く出征していたせいで、彼女の気持ちが不安定になってる可能性もあると。

やっぱ送ればよかったか、密書。


「確かにそうよな。ならば明晩にでも訪なうとしよう。

 今宵はまず御台、其方と共にありたい」


「…承知致しました」


これで不承不承なら前言撤回もあり得たが、頬を染めての反応だから問題ない。

ないったらない。


於市ちゃん、彩、キリ、アザミちゃんの順で回っていこう。

アザミちゃんは色小姓として現地でも同衾してたからな。

誰も知らんとは思うが、私の精神衛生上キリを先にしている。

今夜、於市ちゃんにお願いしよっと。


「と、ところで公方様」


「うむ、なにか」


「実はご報告せねばならぬことがございます」


むむ?

何やら真面目な雰囲気。

こちらも居住まいを正して拝聴しよう。


「…ややを、授かりましてございます…」


んん?


「な、なんと……まことか!?」


「はい」


満面の笑みで報告してくる於市ちゃん。

な、なんたることか…!


「でかした御台!…いつ判った?」


「つい先日、ちょうど公方様より歌を頂いた頃に」


何と言うタイミング。

それは喜びも一入だったろう。

相乗効果ってやつ?


いやはや、将軍家に待望の嫡子が誕生か。

おっと、まだ生まれてないし男と決まった訳でもないな。

それでも嫡出子の存在は大きい。


今宵は宴…と言いたいが於市ちゃんと寝ることにしたんだった。

通常なら待ってもらうのも有だが、母体に無理はさせられない。


ああ、だから彩を先にって言ったのかな?

とりあえず今夜は於市ちゃんを労わる以外の選択肢はない。


「誰かに言うたか」


「いえ、まずは公方様にと」


つまり侍女以外で知ってるものはいない、と。


「そうか、ならば明日にでも太閤殿下と弾正忠に遣いをやろう」


信広と信重にも手ずから書いて送ってやろう。

幕臣たちへのお披露目は、いやだから生まれてないんだってば。

我ながら浮かれすぎてて苦笑。


これほどの大事にして慶事、明日の評定で報告せねば。

一時的に米田さんを呼び戻すべきかな。


「御台、お手柄だな」


「ありがとうございます」


笑顔を交わす。

うん、しっかり夫婦になれた実感がある。

実子がなくとも、とか思ってたけど。

やっぱり証があるならそっちの方がいいねえ。


将軍としては男子であれば万々歳。

でも個人的には女の子の方がいいな。

於茶や於初の妹であれば、さぞや可愛かろう…。


よし、家族の為にも都の正常化に力を注ぐとしよう!



* * *



「彩」


「公方様…」


都に戻って二日目の夜。

於市ちゃんの采配で渡った部屋には、瞳を不安に揺らす彩の姿があった。


遠く外から宴会の歌声が聞こえてくる。

将軍の正室ご懐妊という目出度い限りのお題目。

宴は華やかなものとなった。

夜も深まってきたが未だ衰える気配もなし。

少しは自重しろとも思うが、今日ばかりは大目に見よう。


そのせいなのか何なのか、彩の顔は優れない。


「不安か?」


「いえ…」


目の前に座すと顔を伏せてしまう。

ぬう、どうしたものか。


そっと手を取り身体を寄せる。


ピクリと反応。

ふむ、怖がってる風ではないな。


これでも私は三人もの女性と肌をあわせてきた。

それなりに経験者なんだぜ。

僧籍にあっては成し得なかったこと。

還俗して良かったと思える第一義である。

大きな声では言えないが。


さて。

彩の細い身体を懐に抱き、見事その心を溶かして進ぜよう!


「公方様…」


「うむ」


「彩はこの時を、ずっと…お待ち申し上げておりました」


潤んだ瞳が見上げてくる。

溶かすも何も、元より固まってなかったという驚愕の事実。


「そうか。待たせて済まなんだな」


彩は孫三郎の娘。

妾腹の出と言っても別に身分卑しき者でもない。

それなりに教養もある。


それでも私の側室の中では格が落ちる。

しかも越前は何かと揺れている時分。

孫三郎は甲賀衆に護りを任せたが、それを知らない彩は不安で仕方ないのだろう。


更には主筋の落胤をも預かる身。

何とか身を立てて朝倉の血脈を残さねばならない。

普段は明るく振舞っていても、その重圧は十代の娘には些か酷というもの。


ようやく側室に上がることが決まり、光明が差したと思えば肝心の将軍が出征。

しかも中々帰ってこない。

都は都で騒がしく、そりゃあ不安も蓄積するってものさね。


で、私が帰洛したらしたで正室の懐妊が発表されて上へ下への大騒ぎ。

あわや再度のお預けかと気を揉んでいたそうな。


「公方様。末席で構いません。

 どうかお引き立てのほどを…」


何ともいじらしいじゃないか。

男心を擽るというか、思わず大言壮語して安心させてやりたくなる。


「万事余に任せよ。お主は心安らかに、健やかにあれ」


「公方様あっ!」


盛大にやってしまった。

安心させるのはいいんだが、大言壮語がいかんのよ。

もちろん将軍としてある程度の力は持っている。

自負もある。

しかし…ええい、感極まって胸に飛び込んできた、斯様か弱い娘を放り出せるはずがなかろう!

どんとこい!


七難八苦は要らんがな。


* *


心を通わせ褥を共にする。

正室を含めればもう四人。

これ以上増やす必要はないかなって思う。


彩のように側室狙いで送り込まれた若い娘は沢山いる。

摂津平定の結果もっと増えた。

現在進行形。

親や保護者が狙ってる場合と当人が狙っている場合。

状況は多少異なるものの、全てに応えることは出来ないのだ。


彩の場合は朝倉氏というのがでかい。

結構お世話になった家の一族だからね。

本家は敵対した挙句、滅んでしまったが。


それ以外の、単に縁を結びたいだけならもういいかなと。

それぞれ大なり小なり事情はあろうが、細部まで見極めるのは無理な話。


大事なのは心通わせることが出来るかどうか。

利と理はあるか。

これら全てを揃えるのは難しい。


アザミちゃん、キリ、彩は全てを満たす。

幸いなことに正室の於市ちゃんもな。


運の要素もあるし、そんなポンポン出て来るとも思えないので無理に増やさず、今の彼女たちを大切にしたいと思うのだ。


「あ…公方様…」


「む、起きたか」


夜の一番にあっても戦術は必須。

房中術の基本とも言える箇所。

乱れ方も人それぞれで、私が知る限り四人が四人とも異なっている。

彩は大人しい方だったかな。


「大事ないか」


「はい。ありがとうございます」


普段の様子とはまた違うその姿にグッとくる。

守ってやらねばと強く思う。

これが男の本能ってやつか。


まもなく夜明け。

朝の支度をするために抜け出す彩の後ろ姿。

具体的にはうなじを見て、ちょっとそそられた。


背後から抱き着くのは流石にダメだと落ち着かせるのに必死になり、やってきた侍女(伊賀衆)にジト目されたのは参ったぜ。

おのれ九蜂。



* * *



「此度は我らが不手際、面目次第もございませぬ!

 この責めは如何様にも…いえ、今すぐ腹を切ってお詫びをッ」


「待て待て待て、ともかく落ち着け!」


甲賀衆から面会の申し出があり、出向いてみると平身低頭。

全力で謝罪しながら早口で説明。

こちらが内容を把握する前に、言いたいこと言って自害しかねない勢いだったので必死で制止なう。


つまり、なんだ。


「越前で何が、安居が如何したと?

 落ち着いて詳しく説明せよ!」


緊急事態が発生したことはちゃんと伝わったよ。



時代を動かしながら合間に日常を入れる。

日常を楽しみながら合間に時代が動く。

どちらも一長一短、描写は難しいものです。


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