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20 更迭

晴れがましく都へ凱旋。

…したいのは山々だが、そうもいかない事情がある。


ちなみに孫六は最後の一戦で討死。

無理に殺さんでも…とか思ったが、まあ佐古が病に伏せるのも問題だからな。

仕方がない。


石山本願寺とは停戦で合意。

織田が武田と事を構えて以降、敵対的であったが武力衝突は案外少なかった。

越前とか他所は大変だけどな。


それが今回の三好三人衆らの撤退を受けて、畿内で孤立を避けたい顕如と周囲への飛び火を恐れる幕府の利害が一致。

調整に奔走してくれたのは正信。

北陸方面の報告ついでに動いてくれた。

オーバーワークじゃないかと思うが当の本人は満足気なので何も言えねえ。

好物らしい大樹酒を多めに持たせてやったよ。


*


さて、摂津平定の後始末。

攻め込まれた河内や和泉と違い、敵方に組み込まれていた地域を取り戻したのが摂津の国。

この場合、それ相応の処置が必要となる。


論功行賞に移る前、諸般の精査。

今後を見据えて安易な処断は行わない。

スケープゴートは必要だけども。


惟長はマイナス方面に限界突破した失態があるので失地回復は不可能だ。

だから奮戦の褒美として、河内と山城から少しずつ所領を与える。

奉公衆は自前の戦力が必要だからな。


これを機に甲賀は惟増に任せてしまおう、完全に。


援軍の義継君には金銭と物品で褒章を支払い、居城に戻ってもらう。

代わりに抑えとして残した高政を呼び寄せ、謁見の段取り。



摂津の国衆は伊丹親興が失地回復。

忠節を尽くして頑張ってくれた奉公の御恩として、少し色付けておいたよ。

摂津三守護の筆頭格とする。


「有難き幸せ!以後も公方様の御為、身命を賭してお仕えする所存!」


三守護の次席は池田勝正。

ついでに幕臣池田家当主の座も安堵。

今後も守護職として頑張ってくれたまえ。


「ははー!この御恩、終生忘れませぬっ」


ラストが今回の目玉。

新たな守護に任命されたのは、中川清秀だ。


「…は?」


あの勇猛果敢な様子は素晴らしいと手放しで褒め称えた。

仮にも和田さんの仇なのにいいのかと聞かれたけれど、まあ戦国の習い故な。

と、度量の大きいところを見せたら感銘を受けたっぽい。


もちろん打算まみれの任命劇。

池田知正、荒木村重、高山友照を差し置いての抜擢に彼らはどう思う。

高山はともかく、主筋の知正は特に色々考えるんじゃないかな。

裏目に出る可能性もあるけれど、まあそれはそれで。


討死した茨木重朝に一族は見つからなかったので、清秀に茨木の家督も任せる。

いずれ次男か娘婿で茨木氏を再興するよう厳命。

これを条件に、茨木城主としての地位を約束したのだった。



次に、当て馬みたいになった知正の処遇だが。

とりあえず本領の半分を安堵。

その上で本来の池田家当主を認めたら、なんとも不思議そうな顔に。


勝正は摂津三守護の池田家として一旗揚げた。

だから元々ある池田家当主は知正に安堵したって訳だ。

強いて宗家、分家を決めるなら知正が宗家、勝正の方が分家筋になる。

でも知正の池田家は守護職の家柄じゃないからな。

そこを履き違えないように。


「…承知致しました」



荒木村重は一番困った。

池田家の家老でありつつ一定の所領を形成しているからなあ。

幾分か所領を削って知正の与力にするしかなかった。

勝正の与力にしたらお互い微妙な感じになりそうだし。


個人的には興味があるので、いずれ場を設けて親交を深めたいと思う。

松永弾正も呼んで茶の湯とかもいいね。



最期に高山友照。

此奴は本領安堵。

以前の不調法は今回の功で相殺とする。


惟長の件はこっそり謝罪しておいた。

複雑な表情だったが受け入れてくれたので良しとする。



大物は以上。

あとは小物がチラホラ、幕臣たちにも所領を宛がう。

三好三人衆に連なる輩の所領は全部没収。

荘園や幕府領として管理する。


さて、誰が一番割を食ったかな?



* * *



「織田様より帰洛の要請が届いております」


「忙しいの、未だ後始末の最中ぞ」


使者が言う帰洛要請とは、信広を通じて信長が出しているもの。

どうやら思った以上に都はゴタゴタしているらしい。


「御台所様からも全ては公方様の御心次第と申されたようで」


於市ちゃんにも縋ったのか。

追い詰められてんなあ。

でも流石は我が正室、実家筋の要望とて揺らぐことなし。

実に頼もしい。


密書として送った恋文?が役に立ったか。

他の側室には送ってないのかと執拗に確認させたらしい。

そして自分だけだと知った於市ちゃんは花が咲いたような笑顔を見せたそうな。


…この目で見たかった…ッ!


ま、まあ?

それを成したのは私だし?

本気を出せばこんなもんよ!


いや、誰に対する虚勢だよ。


で、ゴタゴタについて。

信長はまだ東に掛り切り。

そこで都には信重が出向いて仕切ろうとしたようだが、信広が止めたらしい。

まあ面子がかかってるからな。


信重は我が猶子。

織田家でどうとも出来なかったことが信重に出来たとあっては今後都で立ち行かない。

そういった危惧があるようだ。


そんな場合じゃないと思うがね。

必死で帰洛を促す事情はこの辺り。


事態を収める妥協ラインが将軍の存在ってのはどうなのか。


だから私は先のような尤もらしい言い分でかわしている。

事実は事実だけど、優秀な家臣たちに任せて早々に帰洛することは可能。

信広もそう看過して言ってきている。


だけどさ。

織田家の失態に対する処分が確定してないじゃん?


余は丹羽と羽柴、両名の更迭を要求する。


暗に。


直接言うと角が立つ。

だから藤英を経由して近衛太閤から伝えてもらう。

無駄に時間を浪費してでもやるのは、脅威を覚えて貰う必要がある為だ。


実力主義が蔓延る時世にあって将軍は所詮飾り物である。

また、そうあるべき。


そう考える輩に一喝してやるのだ。

角が立たないように言うふりして角を立たせる。

何て無駄な動きか。


而して全般に焦らせるのが目的だから仕方がない。


さてさて、遂にお待ちかね。

畠山河内守高政との面会だ!


ほれ、そんな嫌そうな顔するな昭高。

確りと案内せよ。

側近としての大事なお仕事だぞーぅ?



* * *



「まこと、お久しうござりまする!

 公方様におかれましては益々ご健勝の御様子。

 この高政、心よりお慶び申し上げます!」


「大儀である。其方の忠節、余は嬉しく思っておるぞ」


「勿体なきお言葉!」


元気な奴だな高政。

落ち着いた雰囲気の昭高とは結構違う。

兄弟でこうも違うとは。


その弟はというと、会ってみるとやはり懐かしさが勝るのか思ったより柔らかい表情をしている。

うん。

兄弟仲が宜しいのは美しきかな。


「左衛門佐も元気そうで安心致した。

 公方様の御側にあって過ごせるとは、羨ましい限りよ」


「兄上もお元気そうで何よりです。

 私を公方様のもとへ派遣して頂けたこと、大変感謝しております」


うん?

和やかな空気の中に、どこか牽制し合うようなピリピリしたものが混じりだしたぞ。


「どうだ、ここらで守護職を引き継いでみんか」


「私には公方様の御側で働く責務がありますので」


「守護とは幕府の、ひいては公方様の御為にあるものぞ。

 お主の願いに沿ったものと思われるが?」


「故に、兄上におかれましては二国守護としての職務を遂行して頂きたい」


「まずは河内半国からどうだ?

 都にも近い。お主の希望通りのものとなろう」


「家を割ることに繋がりかねませぬ。得策とは言えぬかと」


ガンガン攻める高政と冷静に跳ね除ける昭高。

これはこれで面白いが、終わりが見えない議論は二人の時にやって欲しい。


「御二方とも。公方様がお困りですぞ」


「おっと失礼。つい熱くなってしまい申した」


「ご無礼を。お許しください」


見かねた式部が制すると、ハッとした二人が慌てて頭を下げてくる。

タイミングもバッチリで思わず笑ってしまう。


「久方ぶりの兄弟再会。話が弾むのも致し方ない。

 されど…ふふふ、いま少し我慢せよ?」


恥じ入ったのか昭高は項垂れる。

兄の高政は神妙な態度だが左程堪えた感じはない。

やっぱりそれぞれだなあ。


兄弟と言えば藤英と兵部を思い出す。

織田家に出向してる兵部は元気かなあ。

最近もらった手紙には、ある程度織田家に溶け込めそうだと書いてあったが。


みっちゃんと違って兵部は幕臣のまま出向してる。

偶には藤英も交えて会って、堂々と意見交換しなければな。


一方のみっちゃんは様相が異なる。

あらかじめ色々指示してるとはいえ、もうすっかり織田家の重臣。

互いに時候の挨拶は欠かさないようにしているが、それ以外のやり取りはない。

表向き。


繋がりは裏の奥深い箇所でのみ。

撒いた種が育つ前に、鳥に食われないよう気を付けないとね。


「さて畠山河内守。

 其方らの忠勤まことに天晴。

 そこで、特産物の斡旋を褒美としたい」


「特産物、でござりまするか?」


要領を得ないって顔だね。

これまでも雑賀衆を通じて諸々の利益供与を行ってきたが、ここ等でワンランク上の利益を与えてやろうと思ってな。

地政学的に紀伊国は上等。

昭高には事前に説明して問題ないと確認済。


「うむ。紀州における綿花栽培を手広く、奥深く行ってもらう」


和綿の用途は広く深い。

今までも各地で主に反物のために栽培されてきたが、これを拡大して一大産地とする。

一産業でしかないものを特産品とするには土地とマンパワーが必要不可欠。


「多少実験的な部分もあるが、上がる利益は間違いない」


そして準備資金は私が出す。

なんせ恩賞だから。


高政は有能だが細かい産業にまでは精通していない。

そこを幕府が補い、豊かな国を作らせる。


伊賀で義郷君にやらせてることの大規模バージョンだな。


本当は河内でもやりたいんだが、和泉との兼ね合いでちょっと複雑。

和泉守護は信長だからさ。

幕府の手を入れ難いところで妙な動きをするのもね。

後ろめたいことがある訳じゃないけど…いや、正直あるわ。


近衛太閤との打ち合わせ通りにするならば、かなり後ろめたい。

が、未だ先の事。

今は考えなくていい。


「詳細は追って知らせる。頼むぞ?」


「承知しました!紀州のことなら我が次弟、政尚に任せましょう」


うむ、と頷く。

これにて高政との接見は恙なく終了。


そういや高政と昭高の間にもう一人、政尚がいるんだな。

聞けば、紀伊国郡代として内政を頑張ってるらしい。

高政が河内などで戦に奔走出来るのも彼のお陰だとか。

内助の功かよ。


そんな政尚なら綿花を上手く活用してくれそうだ。

雑賀衆との連携も取れてるようだし、こちらからも式部辺りを派遣してみようか。


うむ、実り多き会見だった!



* * *



「公方様。丹羽五郎左衛門尉なる者が目通りを願っておりますが」


「会わぬ。追い返せ」


「ぎょ、御意!」


当初後詰として陣を張った場所。

河内北部で摂津を臨む境界沿いに戻ってきた。


小さいながら此処は幕府領。

代官を義継君に任せているので、実質的には彼の勢力範囲内と言える。


こんな風に恩賞として小さい土地を切り売りしてたら、そりゃ幕府の直轄地は減る一方だよなあ。

私には色々と特産物その他があるから銭の力で何とかなるけど。

歴代将軍方も苦労してきただろう。


それはいいとして、信長の怒りを買い尻に火が付いた丹羽長秀がやってきた。

謝罪か直談判か知らないが、将軍が陪臣に会う理由はないね。

来るなら信長か信広だろ。

責任者として。


そうなると立場がないから来た、というのは分かってるんだけどね。

甘い顔は出来ないし、したくもない。


まあ、うちには心利きたる有能家臣が沢山いる。

アフターフォローも万全さ。

そのうち報告に来るだろう。


「公方様」


ほらきた。

いや早いな。


「丹羽殿は謝罪のうえ、早急に帰洛を要望されたい由」


「謝罪のう…」


「加えて、銭二百貫を献上したいとのことです」


個人で出すには大金だな。


「詳細は?」


「は、これに」


手早く書き付けたと思われる文書。

口頭だと聞き漏れ伝え漏れが発生する恐れがある。

心利きたる近臣には祐筆として食っていけるスキルを持つ者が多い。


フムフム。


一部の家臣が暴走したことを上司として謝罪する。

暴走した家臣には都から追放のうえ蟄居を命じる。

詫びの証として銭二百貫を献上するので納めて欲しい。


都では政が滞って天下万民が困り果てている。

早急に帰洛し、幕政を見て欲しい。

もちろん自分たちも全身全霊をもって協力する所存である。


こんな感じ。

あくまでも事を起こしたのは自分じゃないアピール。

上司として監督責任をとって謝罪。

当事者は蟄居追放処分とするってか。

…で、その当事者って誰よ?


「弾正忠へ遣いを出せ。

 不埒者を都から追放せよと」


「御意。…丹羽殿は如何なされます」


この期に及んで己が罪を認めないのは心象最悪。

何とか切り抜けようと知恵を絞ったのだろうが、イマイチ冴えなかったな。

相手の力量を正確に把握できないとか致命的だろう。


そもそも落としどころを探るような立場じゃない。

自惚れ過ぎだ。

もし公家衆の後ろ盾を頼んでいるのなら、残念ながら経験値が足りてないぞ。


と言う訳で彼らには犠牲となってもらう。

なに、一時的な屈辱を味わうだけだ。

首は取らんから安心したまえ。


「余は話を聞いた。そう伝えよ」


「承知しました。…銭は如何致しましょう」


「くれると言うなら貰っておけ」


「はっ」


家臣の話を聞いて断を下した。

結果が思い通りにいかないことなど数多ある。


信長も今は無視できない。

少なくとも形式上は処分が下されることだろう。


それがどのような目を出すのか。

まだ完全には見通せない。



* * *



河内の陣所に留まり続けること暫し。


織田家から、いや信長から通知が届いた。


丹羽長秀・羽柴秀吉

他数名、彼らに組した者を更迭する…と。



将軍義昭絶頂期。

権力も権威も、何なら武功も思いのまま!

ここで驕り高ぶれば何もかも全てが水泡と帰すことでしょう。


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― 新着の感想 ―
[一言] サルがこのまま黙って堕ちていく姿が想像できなくて怖いなぁ。信長という枷が外れて、史実よりも早く残忍性と野心を解放してなんかやらかしそう。
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