19 平定
「ああ公方様!此度は格別のご高配を賜り、誠に忝く!」
「ほかならぬ我が義弟の為。無事で何よりじゃ」
河内に進軍してきた三好三人衆を追い払った!
当初は摂津に向かってたんだけど、半ば偶然接敵してそのまま衝突、撃破。
敵勢を追って北上してきた義継君との挟み撃ちにより、大勝となった。
私の本陣に義継君たち三好勢がやってきての言葉。
ふぅむ、おおよそ皆笑顔。
不満そうな奴はいないな。
重畳なり。
「後方には畠山殿が詰めておられます。お会いになりますか?」
畠山高政…久しく会ってないが元気だろうか。
私の為にずっと頑張ってくれてるし、偶には会って激励するのも吝かではない。
「あいや公方様!未だ摂津が治まっておりませぬ。疾く北上すべきかと!」
焦ったように意見具申するのは高政の実弟、昭高。
発言内容は事実だろうけど、私と会わせたくないのが君の本音なんじゃないかい?
「そういえば河内守殿は、左衛門佐殿に家督を譲りたいと申しておりましたな」
「…右衛門佐殿っ」
ゴローちゃんの微妙な発言のせいで、昭高の顔が苦虫を嚙み潰したような感じに。
流石は寵臣筆頭。
空気を読んだのか敢えて読まなかったのか、それとも読めないのか。
どれでも一緒だがな、この場合は。
何せ畠山兄弟は変わり者。
この兄弟は二人揃って私の側近が良いと言うのだから。
家督を継いで守護職を得るより、そちらの方が良いと。
彼らの気持ちは嬉しいが、管領になれる程の家格を持つ守護大名としてどうなのと思わないでもない。
「左衛門佐の言、尤もである。
まずは摂津を抑えねばな。
左京大夫は余と共に来るがよい」
「はは!」
「御意」
とりあえず早々に答えを出す。
実際、摂津で頑張ってる幕府方の諸将を放っておくわけにもいかない。
先にそちらを片付けないとね。
昭高があからさまにホッとしたのは見なかったことにしよう。
「畠山河内守とは摂津平定の後に会う。
差し当たり文を認めよう。準備を」
「御意」
どこから取り出したのか文台が目の前に置かれる。
ササッと準備をするのは若侍。
…に扮したアザミちゃん。
「(浅次郎ではないのか)」
「(あの者は伊賀におりますれば)」
つまり新キャラ。
(偽)名を孫六。
淡々と墨をすり、筆の用意を行う所作は見事なものだ。
都で側室として生活をしていたせいか、洗練さに磨きがかかっている。
それでいて佐古殿とは一線を画す無駄に無駄のない動作。
スゴイね。
先の戦場で突然現れた男装アザミちゃん。
女性とは思えない強靭な弓の絞りを見せて敵勢を射っていた。
よもや一児の母とは誰も思うまい。
立場は浅次郎と同じく小姓。
親は北面の武士。
都で見かけた私に一目惚れし、半ば勘当同然で強引に随伴してきた。
小荷駄隊に属したため戦場には遅れて登場したという設定らしい。
また色小姓か!
それに北面の武士出身なのに名字を設定しないとか。
勘当という設定を付けて、しかも帰洛前に討死予定とか適当過ぎやしませんかねえ。
「(何か問題でも?)」
一切こちらを見ず、口元も動かさず声を届けるのは神業と言わざるを得ない。
源兵衛が何も言わないなら、設定上の問題はないのだろうが…。
「(何かご不満でも?)」
「(いや…)」
忍声を届けながら準備が整い横にはける。
一々所作が洗練されてて、おおっと義継君が溜息吐いて見惚れているぞー!
いくら義弟とは言えアザミちゃんはやらないからな?
「公方様直々の文を頂けるとは、兄もさぞや感激致しましょう」
「そうであれば余も嬉しいのう」
喜んでくれるとは思うが、守護職や家督の件は諦めないと思うぞ昭高。
ま、これは今考えることじゃないな。
兄弟でしっかり話し合ってくれ。
個人的にはそれぞれ守護職与えてもいいと思うがな。
しかし幕政としては一家への優遇が過ぎるとも。
折り合いが難しい。
* * *
河内から和泉を通って摂津へ進軍。
後詰と言うより完全に援軍だなこれ。
今のところ常勝の幕府軍。
変に緩みが出ないよう気を付けねば。
そうだ、堺にも一手を遣って米田さんに幾つか指示を出しておこう。
「ご注進!都より使者が参っております」
そんなところに来た都からの使者。
何かあったのかい。
「三淵殿から…いや、これは添状ですな」
「織田大隅守殿からの書状にござります」
信広と藤英からのお手紙。
藤英は添状だからメインは信広か。
なになに…。
拝啓
冷風が爽やかに感じられる好季節、ますますご活躍のことと存じます。
各種要望が多様に決裁できなくて上も下も大変です。
助けて!
敬具
「ふふ。笑止なことよ」
「公方様?」
信広の悲鳴が聞こえてくるような文面。
藤英からの補足も併せて見えてくる都の状況。
「読んでみよ」
「拝見仕る」
重臣たちに回し読みさせると、一様に難しい顔をしてしまう。
内容を見て発した私の発言。
藤英は勿論腹心だし、信広だって私が大事にしてるとは皆が知る事実。
これを踏まえての真意を読み解こうと必死になってるな。
確かに馬鹿馬鹿しいと笑う内容ではない。
私がそう思ったのは、都の状況がそうなってしまったことの原因の方だ。
言わずもがな、丹羽と羽柴に端を発する暴走が故のこと。
将軍が謀反を起こして挙兵したと岐阜へ通報。
信重から信長に連絡が行き、虚実不明なせいで信長は東を一旦置いて処置しなければならなくなった。
色々なルートが使われ情報を整理した結果、信長は激怒したらしい。
親友と頼む重臣に加えて有能な家臣と評価してる二人に対してね。
信広も怒られたっぽい。
監督責任ってやつ。
可哀想に。
で、激怒しつつも優秀な人材を更迭など出来ない信長は挽回を指示。
予想外の事態に丹羽と羽柴は慌てて火消し作業を開始。
差し当たり回覧した闇の文書の回収と、上申の撤回。
そして将軍がいなくて決裁がまわらず積みあがる諸問題。
藤英は凡そを理解しつつ、私の指示を忠実に守り頑として動かず最低限の通常決済しか行わない。
代行権とか持ってないからね。
当然解消される量より積まれる量の方が圧倒的に多い。
困り果てた信広が頼ったのは近衛太閤。
近衛太閤の助言で私に悲鳴を届けつつ、藤英にも協力してもらうよう依頼したという顛末。
笑える。
「して、返書は如何致しましょう」
「そうよな…」
何はともあれ笑ってる場合じゃない。
進むにしろ引くにしろ、大将の責務として決断しなければ…。
とは言え、もう決まってるんだけど。
「帰洛まで待たせることになるな」
「公方様、それは…」
「緊急時の対応については大和守への返書を認める。
織田家については大隅守に一任すると伝えよ」
「ふむ。三淵殿には信任を示し、織田殿には不快感を伝える訳ですな」
え?
「なるほど!直筆と口頭で差を示すのは正に妙手」
「おお、流石にござります!」
あ、そこまで深く考えた訳では…。
そもそも皆そこまで気にするのか?
「(皆様気にするかと思われます)」
そ、そうか。
まあそれならそれで構わんが。
とは言えフォローは必要だよな。
「(源兵衛、大隅守に人を遣ってくれ)」
「(御意。公方様が気にしておいでだったと伝えさせます)」
「(それも言い方によっては悪化するやもしれませぬが)」
源兵衛との忍声でのやり取りにアザミちゃん(孫六)が入り込んできた。
何となく一対一のイメージがあったけど、集団でも使えるのか。
いや、確かに本来の用途的にはそうあるべきだが。
うーん…、よし。
「(一筆認めよう。非公式にな)」
「(善き御思案と存じます)」
「(御台所様にもお送りすれば喜ばれるかと)」
おっとそれは盲点だった。
せっかく都に走らせるならついでにな。
「(ならばキリと彩にも…)」
「(無用です)」
於市ちゃんに手紙を送るなら、側室たちにも送ってやろう。
と思ったがピシャリと止められた。
なんでさ。
「(此度は正室のみで宜しいかと)」
おお、私が正室を特に大切にしているというアピールポイントだな?
しかもアザミちゃんが此処にいるってことは佐古には渡せない。
側室たちに差をつけるのもあれなんで、一元的な対応とする。
なるほど確かに。
…まさかキリに対する嫉妬ではあるまい。
きっとそうだ。
いや待てよ…。
伊賀衆を走らせるのは密使。
幕府の公式な使者もいるのに密使を使って文を届けるっておかしくない?
「(恋文は公式文書ではありませぬ)」
…確かに!
「ではすぐに認めよう。その後、軍議を再開する。
各々、摂津平定へ向けて準備を怠らぬようにな」
「御意」
* * *
返書を携えた使者を都に戻し、密使を都に飛ばし、我々は摂津へと進軍。
敵は三好三人衆に加担する豪族たち。
池田知正を担ぐ荒木と中川。
高山も中川と親戚な上に、こちらが惟長を手元に置く以上敵対せざるを得ない。
狙い目は池田。
前当主の勝正が堺で保護された。
既に裏側から活動させている。
そういえば勝正が面白いことを言ってたな。
確か…
摂津の者は三好三人衆とは別に織田家との繋がりを持っている、だったか。
別におかしくはないが、それを幕府が知らなかったことが引っかかる。
動いたのは例のアイツら。
西への地均しの一環だとは思うが、少々独断専行が強過ぎたな。
順調にいけば一歩先んじた功績になったかも知れない。
どうせ何かあった時に執り成しの窓口足らんと欲すのだろうが…。
そういうのは本来幕府がやるべきこと。
今回のこともあって完全に勇み足となった。
笑えるくらい罪状が増えていくなあ。
まあ、落としどころは落としどころとしてまずはガンガン攻めよう。
仮にも和田さんの仇。
特に荒木、中川の線は苛烈に攻めよう。
池田と高山は緩めに。
理由はそれぞれ異なる。
当然、使い道も異なる。
近いうちに何かしらの依頼状を携えた使者が来るはずだ。
先んじて摂津平定が成るか。
腰が引け始めた三好三人衆との手打ちとなるか。
あるいは丹羽や羽柴の断罪、もしくは赦免が出るか。
「打ちかかれ!」
誰に邪魔されることもなく、私が思う形での摂津平定を成し遂げたいね。
だからまずはサッサと進攻。
可能な限り追い詰めよ!
河内方面で打ち負かされた三好三人衆とその一党。
腰が引けた彼らは四国へ帰り支度に大わらわ。
そんな状態で我らに勝てると思うなよ?
「ご注進。高山図書より降服したい旨、連絡がありました!」
「池田左衛門尉より帰参したいとの申し出がございます」
高山と池田が降服。
池田を担いだ荒木はどう思うだろうね。
しかし強かだな池田知正。
こちらに勝正がいると知ってるだろうに。
「帰参を認める。詳細は追って伝える故、まずは周囲の掃討に向かわせよ」
「御意」
摂津平定へまずは一歩。
勝正は裏方に徹し、惟長は中川攻めに従軍。
この場に居ない二人は因縁をどう消化させるか。
難しい舵取りを迫られるなあ。
切り捨てろと言ったアザミちゃんの目が浮かんでくる。
いや、本人が後ろにいるんだが。
こうして苦労することを見越してたんだろうとは思う。
でもやっぱり、恩人の嫡男を蔑ろには出来ないよ。
勝正は理知的だから厚遇すれば飲み込んでくれるだろう。
しかし惟長は臆病で激しやすい性格。
だったらもう、現場から物理的に離すのが一番だ。
今回はケジメをつける意味もあって従軍させたが、今後は止めよう。
経験を積んでレベルアップすれば、飲み込むことが出来るようになるかもしれない。
それまでは幕府奉公衆、和田氏の当主として側に置くかね。
いい嫁でも見つかれば、多少は落ち着くかもしれないが…。
*
「(公方様。近日中に都より使者が参ります)」
!!
やはり来るか。
間に合うかな?
「戦況はどうなっておる」
「荒木勢は抑え込みましたが中川勢が奮闘、押し切れませぬ」
「横手の一色は」
「敵勢に阻害され、上手く機能しておりません!」
中川清秀。
ここまで戦上手を見せつけられては後々響くな。
「式部に伝えよ。雑賀鉄砲衆の使用を許可すると」
「承知!」
虎の子雑賀の鉄砲集団。
私が組織した鉄砲衆の源流とも言える存在で、式部が狩人土橋と共に調整してきた最強予定の戦闘集団である。
当然幕臣であり傭兵ではない。
中々の金食い虫だが、そこはシイタケと大樹酒でカバー。
現物支給でも喜ぶ奴も多い。
流石は狩人が見繕って来た奴らだ。
本格的な集団運用による実践投入はこれが初めてとなる。
対三好三人衆の切り札として連れてきたが、まあいい。
期待しているぞ。
*
「公方様。池田左衛門尉が荒木らの赦免を願い出ております」
「高山図書も介添えに名乗り出ており申す」
ギリギリ間に合ったか…。
なんて内心はおくびにも出さず、少しばかり不機嫌さを醸し出すテクニック。
「和睦と言わぬのは殊勝である、と申しておこうか」
「左様ですな。最低限の礼儀は弁えておるものと」
「まあよかろう。追って沙汰は下す。そう伝えよ」
「御意」
雑賀鉄砲集団の威力は凄まじかった。
お陰で間に合ったと言っても過言ではない。
報いてやらねばな。
都からの使者がやってきたのは、それから間も無くのことだった。
狩人土橋こと土橋若太夫ですが、第八話ぶりの再登場。
舞台裏で雑賀衆のまとめ役として一色藤長と共に鉄砲集団の養成等に粉骨砕身。
ようやく日の目を見ることになり、感無量です。