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01 始動

室町幕府将軍家足利氏の嫡流に男子誕生。

この男子には母を同じくする兄がいたため、慣例により幼少期から仏門に入ることとなる。


兄は嫡男として、将軍となるべく教育を施され成長していく。

一方で男子は、将来高僧となりその生涯を終える定めと期待を背負って成長する。


だが将軍となった兄が凶刃に斃れたことで状況が一変。

僧侶となっていた将軍の弟は寺に軟禁され、監視下におかれてしまう。


そんな彼を助け出したのは亡き兄の側近たち。

幕臣である彼らは様々な思惑をもって彼を将軍へ擁立するために動く。


まずは監視の目を掻い潜り、軟禁状態にある寺から脱出を……「あっ!」


山門で躓き、掃き清められた石畳をもんどりうって転がっていく。


慌てて駆け寄り介抱する者の中に将軍家の侍医を務める者がいたのは僥倖だった。

頭を打って気を失ってしまったが、幸い命に別状はないとのこと。


ただその時どうも、何かが混じったようで…。



* * *



遠くで轟く雷鳴。

音は目の奥に響く鈍痛とともに少しずつ遠ざかり、どうやら目覚めが近いとぼんやり思う。


半ばほど開いた瞼の先、微かに滲む視界に広がるものは闇。

否、知らない天井か。

ほの暗いせいで慣れない目が闇と勘違いしたようだ。


重くて上手く動かせない頭の代わりに、ゆっくり目視で周囲を確認。

これといって何も見当たらない。

人の気配はあるようだけど。


ふと頭が非常にスッキリしていることに気付く。

つい先ほどまで鈍痛と意味不明な光景が繰り返され、重くて気怠く、何する気もしなかったというのに。

全ては夢か幻であったとか。

そう思ってしまうほど、現在に確信が持てない。


ここ最近は兄弟らの訃報に加え、如何に追手から逃れるかに必死だった。

幸いにも亡き兄の側近たちが助けてくれている。

実際、追手という者に出会ったこともない。


ここ数日は高熱を出して寝込んでいたようだが、運が良かった。

これも御仏の御導きか。


ん?


何かが引っかかったけど、取り立てて差し迫った危難はないと見てよい。


ならば改めて状況確認。


私の名は一乗院覚慶。

亡くなった兄は十三代将軍・足利義輝。

同じく死亡したらしい腹違いの弟は鹿苑院周高。

とっくに死去した父は十二代将軍・足利義晴。


弟の死に対する不穏な気配もあるにはあるが、ひとまず置いておく。

寺で学んだ人との付き合い方も、書物の編纂方法や文書の書き方も覚えている。


記憶も問題ない。

続けていこう。


兄上を襲った奴らは三好の一党。

当主は三好義継。

だけど動いたのは家臣筋の、三人衆とか言う奴らだ。

三好長逸、三好政康、岩成友通の三人だったか。


「ちょお、三人衆一人三好じゃない奴が混ざってるやん?」


三好三人衆なら全員三好じゃないとダメなんじゃないのか。

思わずツッコミが口からダダ洩れ。



「門跡様。三好家の三人の実力者、という意味にございます」



と、闇から声が降ってきた。


オッホォーウ!?


跳ねた。

まさか人がいるとは夢にも思わず。

いや、気配は感じていたんだけどね。

しかし返答があるとなればこれは恥ずかしい。


「失礼、恥ずかしいところを見せてしまいましたね」


声がした方を向きたいところだけど、横になってるのでそのまま喋る。

視界の中には誰もいない。


「門跡様がお倒れになられて幾日か過ぎております。混乱も致し方なきことかと」


相変わらず視界に入ってこない回答者。

どうやら女性のようだ。

そして丁寧な言葉遣いながら、私への敬意はまあまあといったところで高くも低くもない。

これでも高僧(候補者)なんだけどな。


だが唐突に声掛けされてもうろたえない。

常に外面は良く見せる。

流石は厳しい修行に明け暮れてきた高貴な血統を持つ、略して高血統な私だけのことはある。

いかん、略すと病人予備軍のようだ。


こちらを門跡様と呼ぶからには高貴な身分のことも知ってるだろうに。

何故敬意が薄く感じられるのだろうか。

いや、別にいいんだよ。

疑問にちゃんと答えてくれる人ってのは案外貴重だから。

あからさまに馬鹿にしないことが最低条件だが、敬意が必須と言う訳ではない。



「ところで門跡様」


「なんでしょう」


「お目覚めになられたなら、人を呼んでは如何でしょう」


「貴女は?」


「わたくしは居ないものにございますれば」



ほう?

謎かけか、と思ったがなるほど君。


身分低き者。


色々ある中でも存在しないものとして扱われるパターンね。

声はすれども姿は見えず。

導き出されるその解は。


「影。すると護衛ですか」


「御意。覚える必要はございませんが、アザミと申します」


通常なら身分ある側から話しかけることはないし、低い方も答えはしない。

ましてや名乗るなんてことは有り得ない。

でも護衛なら場合によっては多少ありえる、のか?


「ならばアザミ殿。まずは今、貴女の知る事を教えて下さい」


影、忍ぶ者。

即ちニンジャ!

しかもクノイチときた。


これはテンションを上げざるを得ない。


未だ姿形は見えないけど、それは今の好感度では無理ということなんだろう。

もっと親しくなればきっと素敵な姿を見せてくれるはず。


ポニテ希望!

だがショートも捨て難い。

うむむ。


淡々と紡がれる言葉に耳を傾けつつ、聖職者とは程遠いことを考えていた。

悟りとは…。



* * *



私を門跡様と呼ぶ影の護衛、アザミと称す女声。

暫定クノイチ。


倒れた私を付きっきりで看護してくれていたようだ。

護衛を兼ねて。


聞いたところ、将軍家の侍医でもあった米田求政に師事した人から指示されてやったとか何とか。

米田といえば幕臣だから身分差が大きい。

当然直接の上司ではなく、陪臣の陪臣経由で多少オリジナルも入ってるらしい。

さすがはニンジャ。


声色から判ずるに、少女と女性の間くらい。


よってアザミちゃん。


すらりと美しく長い黒髪を後ろで束ねる姿を幻視した。

悟り。


「改めて、わたくしに敬称は不要にございます。影にござりますれば」


アザミちゃんは色々教えてくれた後、そう言って締め括った。

やはり彼女は常に忍ぶを貴ぶ者。


「即ちニンジャ、それもクノイチ!」


「…は?」


おっと私とした事がテンションアゲアゲで妙なことを口走ってしまった。

これでも高血統。

無様な姿は見せてはならない。


「いえ、お気になさらず」


「はあ…」


呆れを含んだアザミちゃんの反応。

既に化けの皮が剥がれつつあるようだね。

仕方がない。


「それでは人を呼びましょう」


「……では、わたくしは潜みます」


そう言って気配を断つアザミちゃん。

元々薄かった気配を全く感じなくなったが、多分近くには居るんだろう。

なんせ護衛だから。


声の反響から考えて、天井よりは土間の方かな。

ほぼ真後ろとか。


言葉遣いは粗雑でないし、敬意が薄くとも丁寧語についても付け焼刃な感じはしない。

単なる下忍ではなさそうだ。


(多分)可愛くて凄腕の忍びでしかもクノイチとか、胸が熱くなるな。

将軍(予定)のニンジャか。

イイね!

是非とも直属にしたい。


ともあれ扉の向こうに居る、恐らく小姓だろう。

人を呼ぶ。


「誰か、おりませんか」


アザミちゃんと話した時は囁くような声だったけど、今度はもっとちゃんと声をかける。

でも我ながら張りの無い声だと思った。

高血統だからかな?

いやでも、僧侶なら声を張り上げてなんぼでは。


すぐさま返事があり、そのまま芋蔓式に自称家臣たちがやってきた。

自称と言うのは私が未だ僧侶であるからだ。

まもなく還俗するだろうけど、まだ僧侶だから家臣なんて普通はいない。

普通はね。


彼らは亡き兄に仕えていた幕臣たち。

今後は私に仕えてくれると、そう言っている者たちだが…。

見極めが大変そうだ。



* * *



私が元々いたのは大和の国。

そして今いるのが伊賀の国。

お隣です。

自称家臣たちと必死に逃げてる最中で、さらに隣の近江の国が目的地。


ところで伊賀といえば伊賀忍者、忍びの国。

ハットリサーン!


そして看病してくれてたアザミちゃん。

彼女は伊賀の出身で、直接の上司が服部さんと言うらしい。

ハットリサァーン!?


内心はっちゃけてるのは目の前にいる奴が原因。


回復した私は幕臣たちに囲まれて、地元の豪族から挨拶を受けている。


「門跡様。これなるは伊賀の住人にて、かなりの手練れにござります」


「ご尊顔を拝し恐悦至極。某、服部半三と申します」


服部半三キタコレ!

どこのハットリさんちのどのハンゾウさんかは知らない。

でも非常に頼もしい気がするぞ。


幕臣の主要メンバーたる仁木義政から紹介を受けたけど、実はもっと前から伊賀衆による監視兼護衛をしていたそうな。

アザミちゃんですね分かります。

その件でお礼を言ったら服部さんが恐縮してしまった。


ちなみに服部さんは身分的に対話はギリギリセーフらしい。

アザミちゃんはアウト。

公の場では存在を認知することも出来ない。

不便だが世間の常識故致し方なし。


凄く恐縮してしまった服部さん。

次の将軍になるべきお方じゃ!って幕臣たちが紹介したせいか。

そんな私に声をかけられたんじゃそれも仕方ない。


伊賀の国は仁木氏との繋がりが深いらしい。

その辺込みでの挨拶といったところか。


さて、私が快癒したと認識されるや一路伊賀を出て隣接する近江の南端に向かう。

南近江と言えば幕府とも縁深い実力者・六角氏がいるところ。

彼らの許可を得て、こちらに好意的らしい甲賀郡にある和田氏の居城へ。


甲賀といえば甲賀忍者。

伊賀忍者とはライバル関係にあり、とかは今のところ特にないらしい。

むしろご近所さんとして協力しあってるとか何とか。

なんだかイメージと違うがこれが現実。

目を逸らしてはならないのである。


和田城は近江で伊賀との境に立地。

甲賀という土地柄、政治的にもギリギリラインの場所なんだとか。

色々説明されたけど難しい。


そんな和田城で城主の和田惟政に歓待を受け、そのまま還俗することに。

この辺りは周囲の言われるがままに。

命の危険がある逃亡生活だけど、自称家臣たちは慣れたものだ。

伊達に先代、先々代と逃亡潜伏を繰り返してきてないな。

まったく自慢にならんが。


「将軍の正当な血筋は覚慶様、ただお一人!」


そんな彼らの発言には注意が必要で、果たしてヨイショなのか本音なのか。

奈良の御寺でもそれなりに人と付き合ってきたし、人を見る目にはまあまあ自信があるのだが…。


…ふーむ…?


ああ、これ本音や。

しっかりと欲望も孕む。


行間を読むに、正当な血筋を奉じる自分こそ凄く偉い!って辺りか。

かなり頭悪い感じの意訳になったけど、当たらずとも遠からずだろう。

差し当たり裏切る心配がないならいいや。


ちなみに二股膏薬は必ずしも裏切りにはならないらしい。

いわゆる二重スパイ的な意味で。

恐ろしいことです。



我々将軍候補一党は、六角さんと和田さんの後援を受けて和田城の近くに屋敷を構えた。

そこで足利家の正当な後継者は私であると宣言。

還俗して足利義昭と名乗る。


この名乗りについては少しごたついた。

当初の案は義秋だったんだけど、何かイマイチしっくりこなくてねえ。

読みはそのまま、一字を変えて義昭に。

変えた理由もそれらしく添えて。


私が居た一乗院の創立者である定昭さんから一字頂いた、とか。

だから先人の教えに従い徳のある人物になる願いを込めた、とか。


こんなフワッとしたことを穏やかに説法する感じで話したら周囲も納得。

我ながらとってつけた感が強いが、周りは感嘆のうえ納得してたので良しとすべし。

詐術師の才能あるかも。


足利義昭。


……うむ、とてもしっくりくる。

一方で何やら薄ら寒いものも感じるが…。


具体的には、時代の荒波に上手く乗り切れず困ったことになる感じ。

或いは岐路に立った時、そっちじゃなーい!って言いたくなる方に進んじゃう感じ?


若干不吉な予感とも言えるが、ここで名乗りを変えるつもりはない。

むしろ逆手にとって上手く乗り切ってみせよう。

武家の棟梁を目指すなら気概は必要だ。


そして、還俗したからには喋り方も変えないと。

丁寧過ぎると上位者に相応しくないと注意されてしまった。


将軍(候補)ともなれば、確かに結構な上位者。

なのに殺された兄上は…。

これ禁句な。


しかし色々と見極めが大事そうだなあ。

何事もTPOか。

少なくとも表向きはちゃんとしないと。


ついでに還俗してからは武術も嗜みつつある。

亡兄は剣術にはまったらしいので、私は弓術に手を出してみた。


聖職者として修業を積んできたため、体力には一定の自信がある。

でも今から剣や槍を修めるのは流石に厳しかろうと。

本音としては弓とて怪しい。


しかし武家の棟梁(予定)が武術を何も修めてないってのも、ちょっとね。

何せ今は乱世であるからして。


だから最低限、何とかするためにアザミちゃんにもお手伝いを依頼。

何度も固辞されたけど、多分二人だけの時に全力でお願いしてみたら渋々了承してくれた。


はっ!

こ、これがツンデレって奴か!?


なんか睨まれた気がした。



* * *



拠点を確保し、先日遂に叙任も果たした。

従五位下左馬頭。

将軍になるべき人物が就く官位らしい。


アザミちゃんをはじめ、周囲からの呼び方も門跡様から左馬頭様に変わった。

さまのかみさま。


「さまから始まりさまで終わるって、ちょっと変だよね」


「変なのは左馬頭様の頭です」


驚くほど辛辣な対応。

当初あった身分の差により生じる当然の壁。

それとはまた違った壁を感じる。


結構仲良くなれたと思っていたけど、まだまだのようだ。


いや待てよ。

さらりと毒を吐かれるというのは結構仲良くなった証なのではないだろうか!


「また変なこと考えてますね」


溜息とともに呆れられた。


アザミちゃんもTPOは弁えているから滅多なことにはならないけど、時代を考えるとどうかと思う。

おっと、これはブーメランか。


そう、時代。

私は永禄の世を生きる足利家の嫡流。

さりながら、この時代ではありえない知識を持つ。

というと少し語弊があるかな。


己の知識として持っている訳ではなく、モノローグで漏れることがある。


ほらまた。


これまで培った仏法などの理に当てはめて考えるに、阿頼耶識に些少の狂いが生じたのではないかと。

思うに先日転んで意識を失った時。

あるいは兄や弟らの訃報を聞いた時かもしれない。

魂魄の憑依や混濁が起こり、時と場所を超えた何かと繋がってしまったとも考えられる。


ふむ。

時折世に出る、鬼才と呼ばれる者らの状況に似ているのかもしれない。

彼らは上手くいけば不出世の天才に。

上手くいかなければ稀代の詐術師、あるいは妖や鬼子として淘汰される。


これは今のところ表には出てこない。

早めに気付けて良かった。

もう少し信頼のおける者が出来るまでは十二分に注意せねばならない。


その辺りも含めて、何もかもニンジャなら。

むしろクノイチならあるいは…ワンチャン…!?


十年前後で通説が入れ替わったり、諸説のありようが多様に過ぎまして。

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