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18 発端

都が何かと騒がしい。

その騒がしさは普段、都を拠点とする将軍たる私が大将の軍勢にも伝播した。

せっかくの後詰が浮足立っては意味がない。


という訳で軍議です。



「某は今すぐ取って返すべきと存じます!」


「左様。やはり都は公方様がおらねば落ち着かぬ」


即刻帰洛派。



「何を仰せか。後詰を放り出すなど言語道断ですぞ!」


「都には三淵殿や大館殿らもおる。問題なかろう」


現状維持派。



「今すぐ進軍し、公方様に敵対する者どもを一掃するが宜しいかと」


「如何にも。ここは足利家の武威を天下に轟かせる絶好の機会!」


積極進軍派。



「むしろ半端者のおらぬ今はまたとない好機!」


「公方様のご器量が天下に遍く知れ渡るような策となれば、さて…」


色々暗躍派。



三人寄れば派閥が出来ると言うが、多種多様な思想を持った者どもをまとめるのは大変だ。

上に立つ者の宿命と言える。

どんな主君でも我慢と調整は必須事項。

これを疎かにすると、遅かれ早かれ大体滅ぶ。


信長もあれで結構苦労してるらしい。


主な情報源は於市ちゃん。

私の中では身内への優しさに定評がある信長のことだ。

十分あり得る。


過去には色々あったようだが、それでも普段は只管前を向く強い男。

甥の信澄が優秀でとても嬉しいと於市ちゃんに言ったことがあるようで、そんな聞いたら人情あるなって思うよね。


私の個人的な評価はともかく、今のこんな状況に陥った原因の一端は信長も担っているのは間違いない。

公人としては追及する点と判断される。


織田家は今、甲斐武田家との戦中真っただ中にある。

同盟した三河徳川家と一緒に、苦戦しつつも何とか道を切り開きつつあると聞いている。


武田家は精強さを示しつつも、勢力としてはやや下り坂。

生き残るために必死で様々な策を駆使している。

だから一歩踏み違えば、戦況が揺れ動く可能性も大いにあるのが現状。


これらを背景に、将軍として私は見据えていた。

そろそろ和睦交渉が始まるかな?

仲介が必要かな?

なんてね。


交渉結果が不調に終わろうとも、やるだけでも意義がある。

一兵卒に至るまで殲滅する覚悟と言うなら話は別だけど。

普通はそんなことしない。

だから通常モードで考えていた。


過去から今まで、そしてこれからも続けるお手紙外交。

機を探っていたのは確かだが、まだ何も固まってはいなかった。


そこらを突拍子もなく結びつけた輩が居る。

どこの誰が描いた絵図かは未だ判然としないが、武田家が動いた形跡はない。


だとしたら、ね?

基本的に味方でも探り合うのがこのご時世。

そしたら出るわ出るわのオンパレード。


流れとして分からんではないが、策と言うにはイマイチ稚拙。

当たれば儲けものっていうレベルのもの。

しかし全体を見通せば、これは将来を見据えての布石とも見て取れる。


先代までと同様将軍位を形骸化させ、可能なら追い落とす。

これからは織田家が天下に覇を唱える時だ、とね。


つまり犯人は織田家の人間。

ほら、信長にも一因がある。


但し、信長が指示した訳じゃないのも明白。

未だ周囲に敵が多い中、敢えて幕府と事を構える動きは無謀に過ぎる。

自身が東にいるのに西で騒動を起こすとか…。

単純な作為性なら有り得ても、状況がそれを許さない。


動いたのは織田家の人間。

木端が動いたところで大波にはならぬ。

それなりの地位にあり、影響力を持つ者でなければおかしい。


炙り出されたのが件の人間。

先を見据えて動き出したのは、丹羽長秀や羽柴秀吉といった文知派の重臣たち。

信長の織田家に全てを賭けた狂信的な忠臣だ。


*


将軍の挙兵。

急報が届けられた岐阜には我が子・信重がいる。

さぞや戸惑っただろう。


信長からはもちろん、都の信広からは何も連絡がない。

果たして信じて良いものやらと、困惑した姿が目に浮かぶ。


我が子の窮地に親としては助け舟を出さざるを得ない。

だから伊賀衆を使って連絡しておいた。


こちらの動きが速いのは、割と早期からその辺の動きが分かってたから。

単純に手を打つのが早かったというだけのこと。

まさかここまで大事になるとは思ってなかったけどな。


で、信重はそのまま信長に伝達したようだ。


信長も驚いたらしい。

すぐさま真偽を確認すべく、指示を出した。

というところまでが伝わっている。


どんな情報を得て、どんな動きを起こすかはまだ分からない。

大体予想はつくけどな。



以上を踏まえ、軍議にあって私は言う。


「随分と甘くみられたものじゃのう…」


我ながらかなり冷たい声が出た。

皆も驚いたような表情でこちらを見ている。

これは案外、自分が思うより私は不機嫌なのかもしれないなあ。



* * *



軍議は小休止。

休憩後に今後の動きを決断する。

頭と心の冷却がてら、再度情報を整理してみよう。


今回の騒動は丹羽と羽柴が中心となっているのは既出の通り。

彼らは盲目的で狂信的な信長の忠臣たちを束ねている。

派閥の首領みたいな。


もちろん二人の思想が全く同じと言う訳ではなさそうだが…。

今のところ、利害は一致しているとみて良さそうだ。


さて、この信長の織田家に全てを賭して全力を尽くそうとする勢力。

ここで重要なのは、彼らの理想が信長本人の志向とは必ずしも合致しないということだ。

三者三様の言葉通り、人のやることだから当然と言えば当然のこと。

しかし当初は目を瞑った細かいズレは、やがて大きな乖離となる。


丹羽長秀は元尾張守護職、斯波家の家臣から信長の家臣に転籍。

羽柴秀吉は東海道を見て回った上で主君と見定めた。


共通するのは既存の勢力への失望感が強いということ。


信長の織田家は、尾張半国守護代の三奉行の末席。

家柄としては大したものじゃない。

それでも二人は選んだ。


理由は信長の強烈なカリスマとかだろうね。

古きを廃止、新しきを追求する姿は実に鮮烈だったのだろう。


これを発端として、彼らが思う信長ならこうするはず…という理想の主君像を持っている。

彼らはそこに基づいて行動する。

忠臣にありがちな主君の心情との乖離。

お家騒動になりやすい形態だが、理想像が当人のそれと合致していれば案外問題は出てこない。


理想像とは言え、実際の言動から生み出された肖像なのだから必ずしも虚像とは限らない。

特に信長は割とせっかちなところが目立つので、ついていくために忠臣たちは必死に頑張る。

さらに重臣ともなれば、ある程度思考の先廻りが必要とされる。

この辺りが上手く噛み合うと信用を得られるが、信頼された側は主君の像が固まってくる。


しかし人は変わるもの。

嗜好や思考傾向、そして思想などは多かれ少なかれ割と変わる。


時が経つに従い徐々に乖離が目立ち始める。

通常溝を埋めるのは家臣の方だが、ズレに気付かない盲目的忠臣の場合は主君の方が気を遣うこともある。

信頼する重臣が望む理想像に近づける様、努力を重ねるんだな。


でも、その末路は不遇が多い。


亡兄もそのタイプだったんじゃないかと偶に思う。

近衛家や日野家といった公家衆との関係、三好家と細川家といった武家との兼ね合い。

理想の将軍たらんと頑張ったが現実が追い付かず折れた。

そして排斥に動き、危機感を募らせた相手に逆襲され、討死という最期に…。


やはり難しいな。

話を戻そう。


織田家全体の動きを見る限り、丹羽らの動きは少数派の独断専行。


なぜなら都における信長の代理人は信広のみだから。

その信広は動かず、されど邪魔もせず。

気付いてないってことは流石にないだろう。


だから信長は黙認してたのじゃないかと考えられる。

そして元々は私を追い落とす為の策謀ではなかったのだと思う。

何か切欠が…そう、例えば将軍が都を離れる状況を奇貨として暴走したとか。

むしろその辺を突けば何かあるかも知れないな。


公家衆にも手を広げて、都での橋頭保を作ってる真っ最中だったようだが…。

身から出た錆で一時停止。


…事の次第についてはこんなところかね。

真相は多少違うかも知れんが。


つい声が漏れて止めちゃったけど、もうちょっと喧々諤々議論を継続させるべきだったかなあ。

人の振り見て我が振り直せ。

見物していれば何か見えたかもしれない。

大きな見落としはない、とは思うんだけどね。


さて、現状については大体整理できた。

後は布石についてだが…これは後で詰めるとしよう。



* * *



軍議再開のお知らせ。


「では公方様。我らの進む道についてご判断を」


「うむ」


淡々と進行は予定通りに。

ある程度各派閥の本音も透けて見えたし、これについては棚から牡丹餅と思っておこう。


「留守中の事は万事、大和守に任せてある」


幕府としての留守居役は藤英。

格式的にも能力的にも問題はない。

当然色々言い含めてあるし、別口で忍び衆との繋ぎも万全。


何者かが蠢いたところで、それを例え織田家上層部が黙認するとしても正規の手続きを踏まないと物事は動かない。

都はその風潮が特に強い場所。

見誤ったか思い上がったか知らぬが、隠然たる我が力を思い知るが良い。


あ、それと…。


「太閤殿下と大隅守もおるでな、問題なかろう」


まだまだ言い募りたそうな奴が口を開く前に追加で情報開示。

信広はともかく、近衛太閤の名は従軍する昵懇衆には影響力が絶大でしてね。


今現在、将軍と朝廷との繋がりは盤石と言える。

これまで畿内周辺の安寧に貢献し、荘園の確保と諸般献上品の効果で私の心象は悪くない。

参内しての報告も心掛けてきた。

いかに織田家が銭を納めようと、大元の基準値が違うという訳さ。


ネームバリューって大事だよね。


それに口には出さないけど、当然ながら甲賀衆らも働いている。

雑賀衆も含めて色んな角度から見てるからな。

更に八瀬との絡みは案外伊賀衆が強い。

服部さんを通して繋ぎはバッチリだ。


仕掛けは上々。

あとは仕上げをご覧じろ…とまでは流石に言い切れない。


何か不測の事態が起こらんとも限らんからな。

用心に越したことはないのだ。


「では帰洛せず、この地に居座るということで宜しいでしょうか」


「うむ。…ああ、後詰として今少し陣を進めよう」


「危険では?」


「無論急ぐ必要はない。地均しも兼ねて、慎重に動けばよかろう」


「…御意」


さて、都に帰らず進軍し続ける将軍を周囲はどう見るかな。

少なくとも敵方は当てが外れたと思うだろう。

色々情報収集してるだろうし、敢えて流したものも当然あるし。


敵の敵は味方となるや否や。


ああ、信長の動向にも注意しないと。

於市ちゃんの周囲も含めて。


「(源兵衛、頼むぞ)」


「(御意)」


忍声大活躍。

本当は腹話術のように、口を動かさず声だけ届けられればいいのだけど。

流石に難しいので扇子で仰ぎながら声を送っている。

多少は見えずらいんじゃないかなあ。


しかし於市ちゃん…信長が溺愛する妹…。

織田家中でもファンが多いと聞く。

私がかっさらっていったとか思ったりしてないだろうな。

それで嫌われて、こうなったとか…いやいやまさか流石にね?


猪突猛進する奴なら自分の都合の良いように考えた可能性もある。

於市ちゃんなら織田家の為に協力してくれる、とか。

実家の為に嫁が頑張るのは普通だからそれはいいんだが、やっぱ問題は身辺だよな。


「(源兵衛…)」


「(委細承知)」


まだ何も言ってないよ?


「(御台所様の周囲で尾張浅井家の者がおり申す。

 まずはその辺りを突いてみましょう)」


あ、うん。

ヨロシク。


最近源兵衛の私に対する理解度が凄い。

アザミちゃんと同じレベルに達してる気すらするぞ。


ひょっとして私ったら分かりやすい?


「(アザミ…んんっ!

 佐古殿を筆頭に、我らに対する態度や表情は常に比べて幾分柔らこうござりますれば)」


なるほど、信頼度に比例か。

ちゃんと使い分け出来てるならいいや。

なら今後とも宜しくな!


「(御意!)」


いや、以心伝心なんてレベルじゃないんだが…。

忍びってスゴイ。



* * *



摂津、河内での戦は幕府方が優位に進めている。

後詰の効果があったな。


「弓、放てー!」


「槍隊。えい、えい、とうっ」


「公方様、これ以上は敵方の射程にござりますれば」


「ならば米田、ここらで腕前を競おうぞ」


「某は鉄砲でも構いませぬぞ」


後詰と言いつつ接敵している件について。

私は悪くない。

ちょっと突き過ぎたかも?


「伝右衛門尉、横合いから援護せよ」


「承知!」


是政と弓の腕前を競いつつ、惟長にも活躍の場を与える。

いやー、将軍って忙しいね。


「…此度は目を瞑りましょう」


悪いことなんてしてないのにこの言い草!


「…いや、なんでいるの」


唐突に現れススッと横につき弓を構える姿に驚愕。

思わず素が出てしまうほどの衝撃だったぜ。


しまったと思うが、今は乱戦ではないけど戦場真っただ中。

呟き程度を拾うのは耳がいい忍び衆か側方の小姓衆くらいのもの。

現に隣で弓を射る是政は気付いていない。

問題なさそうで一安心。


いやいや、問題はそこじゃないのよ。


「公方様あるところにわたくしあり。何か問題が?」


目を向けたその場所には、何とアザミちゃん(男装)の姿が!


問題しかない。



ところで男装アザミちゃんは浅次郎以来だから久々に見たけど…うん。

花丸をあげちゃいます。

元がスレンダー美人だから優美な色小姓としてとても映える。


そう考えるとキリは忍び働きが想像できないな。

凄腕の刺客だったと聞いたが、アザミちゃんとはタイプの異なる間者だったのか。

なにせ男装には無理がある、あの豊満な胸…もとい母性。


はっ…殺気!?


「何か言いまして?」


「何でもないとも!」



本作においては、話し言葉や表現等に昔言葉「風」や古語「風」を使用しております。

気になることもあるとは存じますが、お目こぼし頂けると幸甚です。

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