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16 思惑★

まくあい!

近江の国、甲賀郡。


将軍足利義昭に仕えて勢力を拡大している甲賀衆の本拠地である。


甲賀衆は通常の栄枯盛衰とはベクトルを異にする特殊な集団。

彼らは連帯感と結束力が強い。

郡内という地縁による共同体は、幾度となく諍いを起こしつつも完全に分断されるはことなく、緩やかな連合を為していた。


その中で将軍家に仕える者の中心は和田氏。

次いで多羅尾氏。

彼らを支柱として、中央とのコネと信頼関係を構築している。


他方、里における中心は甲賀衆の筆頭格とされる望月氏。

信濃国に源流を持つ名族である。


他にも幾人かの有力者を上席に置く共同体は里で寄合を持つ。

古来より、神域で行う会合で里の方針を定めてきた。


それは戦国の世となった今でも大きく変わらない。

和田・多羅尾・望月の三氏が抜きん出て力を持つものの、寄合の出席者たちに主従関係はない。


皆でざっくばらんな物言いをし、活発な議論とすることで多方面の視点や観点を得ることが出来る。

こうして出た意見をもとに最後皆で神前にて諮り、結論を出すのが伝統的な一連の流れである。



* * *



「それで、和田太郎の処分は如何なる」


「何しろ仕出かした事が事。お歴々の中でも意見が割れているようでな」


今一番の話題は先日討死した和田惟政と、その嫡子惟長の事。

本貫の甲賀以外にも摂津や山城・和泉などに領地を持ち、将軍家との関係も深い和田氏。

しかし今後も同様の地位にあるのは難しいと、この場にいる誰もが思っていた。


「摂津旗頭の地位剥奪は間違いない。それに、領地も削られような」


「摂津に至っては敵に奪われた。

 余程の功を立てねば追放も已むをえまい。

 しかし功臣であった伊賀守殿のことを思えば…どうかのう」


元々和田氏は甲賀衆の中でも上位の家だったが、惟政の父の代から将軍家と繋がりを得た。

功績を重ねて奉公衆という地位を拝領。

さらに惟政は当代の将軍義昭からの信頼を得て、摂津方面の旗頭にまで栄達している。

織田信長との関係も悪くないなど、益々の活躍が期待された矢先のことだった。


和田氏と将軍家との深い繋がりは他の甲賀衆にも恩恵をもたらした。

よって討死した惟政のことを残念に思いこそすれ、悪く言う者はない。

しかし惟長の失態は大きく、彼らから見ても目に余る。


「敵前逃亡に加えて高山図書らに対する不始末…」


「少々のことでは許せるはずもない。

 公方様も頭が痛かろうて」


「そこで主膳殿。お主の去就を伺いたい」


ここまで腕を組み瞑目していた和田惟政の弟、惟増に場の注目が集まる。


「主膳殿は我らのまとめ役を代行され、公方様の信任も厚い。

 よもや太郎に連座などあるまいが…何か聞いておるか?」


惟増が分家して甲賀衆のまとめ役を引き継ぐ。

そういう可能性が取り沙汰されているとの情報も上がってきていた。


甲賀衆は今や伊賀衆以上に幕府の内に食い込んでいる。

その分情報も得やすく、確度も高い。


特に御台所である於市の方周辺には甲賀衆が多い。

義昭とその正室からも信頼されている証であり、彼らは皆やる気に満ちている。


加えて別方面からのアプローチも怠らず、甲賀衆の情報集積能力は伊賀衆に勝るとも劣らない。

彼らのモチベーションは高止まりしていた。


そんな彼らをもってしても得難い情報が、義昭の心中にある決定や方針である。

慮ることは出来ても思惑を知ることは難しい。

ならば、手っ取り早く沙汰される当人に聞いてみようとなるのは当然の流れと言えよう。


「ワシは主家を奉じる立場。要らぬ野心は身を滅ぼすと心得ておる」


知ってか知らずか、惟増は淡々と述べるに留める。


「お主はそうであろう。しかし周りはそれを許すまい。違うか?」


しかしその回答で皆が納得する訳もなく。

甲賀衆の重鎮、望月出雲守吉棟が問うた。


吉棟は甲賀衆筆頭格として、昨今は表に出ることは少ないが、未だ隠然たる勢力を保っている。

また観音寺城を追われた六角氏を水口の地に匿ったのも彼であった。


今は筆頭格として、甲賀衆のバランスをとるべく将軍家とは別の方向に目を向けている。

即ち旧主六角氏、織田家や甲斐武田家との繋がりも絶やすことはない。


吉棟に問われた惟増の眉間に皺が寄る。

しばらく瞑目したのち、重い口を開く。


「公方様は和田を見捨てぬ。これは確たることだ」


「うむ。それで?」


「太郎は公方様に近侍して捲土重来を期す。

 …ワシは甲賀衆を擁してこれを支えることとなる」


「なるほどな。描いたは公方様か?」


首肯する惟増を見て吉棟もまた大きく頷く。

義昭が納得出来る対応をとってくれると、そう理解したが故。

周囲には将軍を称える声が溢れた。


「ならば問題あるまい。

 伊賀の服部と協調する流れでよかろう」


惟政のいない和田氏は縮小する。

惟長に器量がないのなら仕方のないことだ。


この事実から目を逸らさず、前提として考えることで家を守る。


功臣の家を潰すことは主君の面目にも関わる。

しかし義昭なら上手くやるだろうと、甲賀衆たちは信頼していた。

もちろん助力は惜しまない所存である。


* *


話が一段落した時を見計らいさえすれば、誰でも次の話に移る権利を持つ。


「そういえば出雲守殿。六角の皆様は如何で?」


惟増から切り返す形で問われた吉棟が渋い顔をした。


六角氏は元南近江の守護大名であったが、義昭と敵対した結果没落。

幕府に帰参することを勧める者も多いが首を縦に振らず、未だお家復興はなっていない。


「六角様は仁木様に佐々木姓を許されたことが気に入らぬようでなあ」


「佐々木様は公方様が直々にお許しになられたこと。

 経緯を鑑みれば不満を漏らすのはお門違いではないか?」


そもそもの発端は六角が義昭を裏切ったことにある。

さらに義昭から幾度も和睦の提案があったにも関わらず、蹴り続けた結果が今の姿。

幾度か土一揆を主導したりもしたが、上手くいくことはなかった。

管領代も輩出した家柄とは思えない凋落ぶりに涙する者も多数あるが、それはさておき。


逆に六角氏出身の仁木義政は常に義昭の為に働いてきた。

彼こそが近江源氏、佐々木家の当主に相応しいと思われても仕方がない。


「佐々木左兵衛佐殿も六角出身。そこにも思うところがあるようだ」


「下らん理由付けでしかないな」


「ま、気持ちが分からんではないが」


「今更敵対する気概はないと見受けられる。今しばらく捨て置いてくれぬか」


「出雲守殿がそこまで申すなら何も言わぬ。しかし…」


「委細承知しておる」


吉棟がはっきり言い切ると惟増も他の者も矛を収める。

それだけ吉棟には力があったし、責任感もあると信頼されていた。



* * *



「ところで多羅尾殿。左京進殿についでであるが」


「水口の衆がことかの」


「うむ」


次の話題は義昭に仕える多羅尾左京進光太のこと。

応えるのは光太の実父で現当主、多羅尾四郎兵衛光俊である。


光俊は嫡男光太を将軍に出仕させる一方、家は幕府と織田家に両属。

どちらかというと織田家寄りに活動し、信長の指示で五男の光広を山口家の養子に出すなどしている。


そんな光俊の動きは光太と一線を画すものだった。


「左京進殿に詳細は」


「伝えておらぬ。伝えずとも良い」


多羅尾家中で派閥争いがあるとか意見が割れているなどではない。

純粋に光俊は光太の成長を願っていたし、家督を譲る気にも変化はなかった。


「己で到達するが最上。

 …されど公方様がおるでなあ。

 聡明な君主も時には考えものよの」


そう言って呵呵と笑う光俊に周囲は苦笑する。

場合によっては不敬と斬られかねない物言いも、敬慕の念あればこそと知るが故に。


甲賀衆の一部が織田家の家中に通じている。

光太が入手した情報は事実である。


それは水口の住人であり、織田家重臣の鼻薬に靡いた者。

正規ルートではない裏口契約。

即ち、切り捨てられやすい。


吉棟はもちろん把握しているし、他の有力者も認識している。

これをどのように生かし、運用するのかも。


若い光太はまだそこに至っておらず、また光俊も敢えて教えていない。

光俊は優秀な嫡男を育てるために良い機会と捉えていたが、それも義昭が補ってしまえば目論見は水泡に帰す。


「ま、そこまで見透かし動いて下さるやもしれぬがのう」


「流石にそれは…あり得なくはない、か?」


甲賀衆の義昭に対する評価は高い。

高すぎて頂きが見えず、本当にどこまでも高まるのではと慄くほどに。


「公方様の御心はいくら我らが考えても仕方ない。

 我らは我らが出来る最上を献上すればよい」


「左様。シイタケ栽培は伊賀に出遅れたが、石鹸では負けておらぬ。

 恐れ多くも大樹酒と称される澄なる酒は誠に素晴らしい。

 雑賀や根来も狙っていると聞く。負ける訳にはいかぬ!」


義昭から下賜された石鹸やシイタケの栽培は広く甲賀で行われている。

上納してもなお余りある利益。

大樹酒と称される酒造りにも噛ませてもらい、まだまだ将軍の知恵の泉が枯れることはなさそうだ。


しかし安穏とはしていられない。

伊賀衆とは協調関係にあるとはいえ、シイタケ栽培に関しては大きく水をあけらている。

酒造りについても雑賀衆が伸張し、旗本鉄砲衆の創設に伴い彼らの存在感が増しつつあった。


「では、やはり御台所様を?」


「左様」


甲賀衆が今後の鍵と見なすのは義昭正室於市の方。

一旦浅井家に嫁ぐも織田家に戻り、近衛家の養女として将軍に輿入れした女人に注目が集まっている。


「多羅尾殿の近衛様との縁を頼りに人を入れることが出来た。

 キリ殿と安居殿も我らに近い。ふふ、この点では伊賀衆に勝るわな」


「然り。安居殿も先日部屋を与えられた。時間の問題であろう」


キリが多羅尾の縁者と知る者は少ない。

この場にあっては惟増、光俊、吉棟と他数名程度に過ぎない極秘事項だ。

別のカバーストーリーで甲賀との縁を持つことになってはいるが。


安居殿こと彩は正式に側室とはなっていない。

しかし義昭が越前衆対策に部屋を持たせたことと、彩当人が乗り気であることから側室入りが確実視されていた。


正室於市、側室キリ、側室候補の彩。

義昭の周囲を彩る女性たちの大半が甲賀衆と縁を持つ。

これは間違いなく強みであるが、一歩間違えれば奈落の底へ一直線というのもまた事実。

よって明るい未来を想像しながら兜の緒を改めて締めなおし、一切の油断なく策を練り続ける。


「しかし我らのみに偏るのは良くない。よって御台所様に注力するべきだ」


「伊賀衆との協調のためですな?」


頷く吉棟。

彼らは佐古が伊賀衆とは知らないため、奥の一切を握ってしまうのは危険と判断した。

一番大事なところに注力し、決して逃がさないように。


「あいや待たれよ」


確定しつつある空気の場に否定の一声。


「四郎兵衛殿?」


発したのは光雅。

別の話題ならともかく、待ったをかけるほどの何があろうか。

皆が不思議そうな顔をしている。


「実は左京進がな、公方様より仰せつかったことがあるのだ」


その一言で場の全ての甲賀衆が緊張した。

将軍よりのお達し。

しかも光太へ直々に頼まれたという。


「して、内容は?」


「…安居の孫三郎を護るべし、とのこと」


「!!」


確定だ。

惟増や吉棟は頷き合い、場の衆はアイコンタクトをかわした。


安居孫三郎景健は彩の実父。

越前一向一揆で苦境に立たされていたが、これを護るべしとは即ち…。


「いや、安易に思い込んではいかぬ。

 多羅尾殿。それは安居をか、孫三郎をか」


「ふふ。流石に用心深うござるな。左様、孫三郎をでござる」


「もう一点。多羅尾の衆がか。それとも我らがか?」


「我々は織田様と近い。基本は左京進に任せ、その補助をお頼みしたい」


光雅は多羅尾氏として動くことを危険と判断。

実際に指示された光太を中心に、他の甲賀衆がフォローする形が良いと考えた。


「よかろう、人選は任せよ。連絡を密に頼むぞ」


「承知した。お頼み申す」


幾許か熟考し、吉棟は決断。

周囲を見渡し特段の反対意見がないことを確認して回答した。


ここに安居氏のバックに甲賀衆がつくことが決定した。

危難の時を迎えた孫三郎だが、当人の知らぬ間に危険度は格段に減ることとなる。



* * *



ところ変わって京の都は二条城奥之殿。

将軍の家族たちが住まう区画。


正室である於市が側室キリと向き合っていた。


「御台所様。態々のお出で痛み入りまする」


「いいえ。こちらこそ突然の訪問すみませんね」


「とんでもございません」


通常であれば正室が側室を呼びつける。

しかし今回の用向きから、於市は自ら出向くことを選択した。


「早速ですがキリ殿。

 御実家は徳川三河守殿の下にあるとのこと、相違ありませんか?」


「大河内金兵衛のことであれば、相違ございません」


「その金兵衛殿なる者との関係は?」


「義理の甥にあたります。

 しかし養父兵庫助が亡くなり、その主家が没落してからは大河内家との縁も希薄にござりますれば」


「ならば、関係はないと断言できますか」


「できまする」


公方様に誓って…と力強く言い切るキリを見て、於市は肩の力を抜く。


於市としては、義昭の妻として出遅れたと感じている。

正室が持つ権限は絶大ながら、夫の心が相手となれば対応は難しい。


また、先日義昭が憔悴した際に頼ったのが第一の側室佐古であったことに心が陰った。

あの場では正室として威厳ある態度と器量を示せたとは思うが、同時に焦りを募らせたのも事実。

義昭との繋がりは確かに感じているのに、女たる自分はかくも度し難いものなのか。

自嘲せずにはいられない。


しかし落ち込んでいる暇はない。

出遅れたのなら巻き返さねば。

信長の妹という自負を持つ於市は、冷徹に物事を俯瞰することに長けている。


そこで目を付けたのが第二の側室キリ。

先日は義昭の次男を産んだことで激しく嫉妬したがもう大丈夫。

長男じゃないし。

尾張と三河は隣同士。

播磨出身で伊賀と縁の深い佐古と違って多少は話も合うはず。


色んな思惑を胸に、キリを抱き込むことに決めた。


「御台所様は徳川様との繋がりをお求めで?」


「いいえ、わらわは将軍家の為に…。

 公方様の御為に動きます。キリ殿も同じでしょう?」


「はい。…同じです」


於市の考えを聞き、キリも同じく肩の力を抜く。

正室に先んじて将軍の子を産んだ自分に対し、どんなことを言ってくるか。

何を思っているかは正直不安だったキリ。


実際(設定上)実家の大河内どころか三河との関係は表裏ともに希薄で、侍女に(設定上)三河出身者がいる程度。

もちろん必要ならいくらでも用意するが、変に繋ぎを求められても面倒くさい。

油断はできないがまずは一安心。


続いてキリは於市の用向きを考える。


「(まあ十中八九、佐古様への対抗心でしょうけど)」


キリとしても異存はない。

義昭の佐古に対する、否アザミに対する信頼感は群を抜く。

納得は出来るが嫉妬心は無くせない。


将軍の側室成り代わり計画。


これを知ったときは驚愕し、また己が為すと決まったときは胸が震えたものだ。

今でもキリは忘れない。

その時の恐怖を、衝撃を、感動を。


底辺を知るが故に上を目指す。

自分の欲をそう思っていたキリだったが、最近は考えを改めた。


「御台所様。この身は公方様の御為であれば何も恐れません。

 千夜丸のことも含め、お指図に従います」


側室が正室の指図に従うのは当然のこと。

しかしキリの言葉に込められた意図はもっと深い。

聡明な於市はこれを正確に読み取り、笑みを見せる。


「キリ殿の言葉、わらわは嬉しく思います。

 共に、公方様を癒せるよう精進致しましょうぞ」


「はい!」


微笑みを交わす正室と側室。

心は確かに通じ合い、ここに協定は結ばれた。


同時に、キリは甲賀衆が連携して絡むことも確信した。


「(多羅尾の兄様に、事の次第をお伝えせねばなりませんね)」


自分を推薦し、押し上げてくれた恩人である義理の兄。

多羅尾光太は事あるごとに気に掛けてくれるし、最近は義昭のお気に入りの一人でもある。

上手く生かしてくれるだろう。


光太は服部源兵衛保正と盟友関係にある。

当初、キリも佐古と盟友になれるよう努力したが無理だった。

別に確執がある訳ではないが、どうしても競い合ってしまう。


境遇が似ているせいだろうと納得は出来る。

アザミの影響を受けてキリが誕生したのだから、正しく類似品と言えよう。


劣等感。


アザミが伊賀で家名持ちの中ノ忍であった事実がキリの心に突き刺さる。

キリは甲賀の名家、多羅尾の庇護下にあるが生まれは孤児。

当然家名など持たず、ただ我武者羅に生きる術を磨いてきた。


若くして光太が太鼓判を押すほどの凄腕となり、多羅尾の関係者にまで上昇。

忍びとしての腕であればアザミに負ける気はしない。

それでも敵わないのは理不尽ではないか。


権力についてはよく分からないが、上昇志向は常に持っていた。

やがてキリは、その頂きとも言える場所を垣間見る。

そして知る。


上と言っても色々ある。

頂点に立つことが必ずしも幸せとは限らない。


キリには義昭を見て初めて知ったことがいくつもある。


「(誠、複雑怪奇なお方ですこと)」


我が子の行く末に多少の不安はあるが、於市の言い分を聞くに大きな問題ないだろう。

ならば己が為すことは第一に義昭の癒しとなることだ。

今やキリにとって、上とは義昭の傍らにあることで間違いないのだから。



* * *



於市は思う。


義昭は信長とも長政とも異なる変わった御仁だと。

だが間違いなく仁徳の者。


己の矮小な嫉妬心も包み込んでくれるのだろうが、信長の妹というプライドもあってそこは何とか隠し通したい。


義昭を中心とした身内だから忌避はしない。

それでも女として強大な敵だと認識する佐古に対する策は成った。


キリを抱き込めたとは思わないが、少なくとも共同戦線は張れるだろう。


「公方様の第三子はわらわが…必ず、嫡子をあげて御覧に入れます!」


実家や養家の都合はこの際知らぬ。

浅井家でも娘しか産めなかったが、子を生したという実績はある。

義昭の房中術を絡めれば出来ぬはずがない。


於市は義昭の妻として、その心身を健全に保つことを最大の役目と心得た。


当然ながら心身の健全には性交渉を含む。

まさか溜まった挙句、男色に溺れるなど許せるものではない。


「宇野浅次郎…。伊賀ならば服部を召せば…しかし…」


義昭のお気に入りに悋気を晒すのは気が引ける。

甲賀衆に頼むのも違う気がするしと、於市の悩みは尽きない。


「御台所様。武田様などにお聞きすれば宜しいかと」


呟きに反応した侍女の言葉に内心唸る。

武田信景は義昭の寵臣として名高く、以前男色相手の浅次郎に激しく嫉妬していたとの噂がある。

確かに尋ねれば答えてくれるだろう。

しかし…。


「やはり所在のみでよい。調べて知らせなさい」


「承知致しました」


諸々を天秤にかけた結果、大事でないと諦めた。

それよりも於市には気掛かりなことがある。


「彩殿の褥入り。公方様は如何に思し召しやら」


第三の側室、彩。

候補と取り沙汰されてきたのがここで一気に現実味を帯びる。

義昭から直に部屋を与える旨、沙汰が下りた。


側室が増えるのは構わない。

しかも預り人として長く居た者。

突然外からやってくるよりも余程良い。


それはいいのだが、正室としてはしっかり差配せねばならない。

嫡子をと意気込んだところに新規の妾。

水を差されたような気持になる。


「それも含めていま一度、初夜の時のように肌を合わせて…」


閨で一戦交えた後に確認しようと考えた。

そして燃え上がったあの時を思い出して頬に朱が差す。

侍女の視線を務めて無視し、於市は気合を入れなおすのだった。


幕間其之二


1.甲賀衆のお話

和田が将軍の直臣で、多羅尾は将軍に仕えつつも織田寄りの姿勢を示す両属。

そして望月が将軍に属さず旧主六角や織田家、他勢力とも繋がってバランスをとってる感じ。


2.正室と第二側室のお話

先に男児を生んだ源氏出身の側室二人を前に少し焦り気味の於市ちゃん。

何が義昭にとって最高かを考え、自分がどう振舞うのが最善かを模索するキリ。


そうして寵愛断トツ一位と思われる佐古に対抗すべく、於市の方とキリは共同戦線を張りました。


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