11 猶子
「公方様!」
優秀な側近たちと協議して、そのうえで押し切った三つの条件。
当然ながら全てにおいて猛反発をくらった。
一番目からして兵部が私の側を離れるのを凄く嫌がってね。
あれ、いつの間にお前のフラグ立てた?
とかボケる余裕もないほどの剣幕で怒られた。
怒られた?
いやいや心配されたんだよ、うん。
実際みっちゃんが織田家に入ってしまった今、兵部の存在はかなり大きい。
立場上、多くの幕臣が故実に通じる中でも抜きん出て輝くその才能。
伊達に細川の名を冠していない。
管領の家柄を誇る、細川宗家たる京兆家当主にも勝る素晴らしい知識量。
まあ京兆家は先代までがやらかし続けてきた分、当代が割を食ってる面もある。
経験も浅い。
それでも手中にあるからには大切にしてやるさ。
変な血が騒がなきゃいいけど。
「…而して弟の才は公方様の御側にあってこそ最も輝くものであり…」
兵部の評は私だけのものではない。
今は兄の藤英が熱弁を振るっている。
常に冷静沈着なイメージがあるけど、兄弟仲良きことは美しきかな。
大変宜しい。
藤英の論弁に深く頷く者多数。
一方で、藤長のように沈思黙考する者もチラホラ。
「公方様の深慮をお聞かせ願っても宜しいでしょうか」
そんなところに空気を読まない発言が一つ。
出所は私のすぐ傍にいる昭高。
ゴローちゃんが所用で居ないときは繰り上がりで最側近。(自称)
二人は実に有能な腰巾着に成長してくれたよ。
ちなみに昭高は空気読める子なので、今回は敢えてそうしたと分かる。
丁度、そろそろ区切りが欲しいと思ってたんだ。
京極や斯波とは違うのだよ。
まあ彼らも色々あった結果、ちゃんと凡才を自覚出来てるからマシなんだけどな。
斯波は織田を、京極は佐々木を認めている。
良い意味での名門であり続ければ家名存続に不安はない。
いずれ領主に返り咲く日もくるだろう。
それを成すのは私でありたい…っと、希望は行動してこそ叶うもの。
願いに留めずしっかり動いて行こう。
そういえばキリの(設定上の)実家が仕える吉良家も名門なんだが、こっちは色々とアレなんだ。
だから現地勢力に任せることにした。
まあ滅びはすまい。
さて、まずは藤英と兵部兄弟への対応を。
「万事承知の上だ。ここは余と共に堪えてくれぬか」
真摯に相対すればクッと詰まる兄弟揃い踏み。
続けて昭高の問いにも答えよう。
「無論、織田と手を携えて太平の世を目指すのが目的となる」
その際にすれ違いがあってはならないので、兵部を代理人として送り込む訳だ。
みっちゃんは信長に気に入られて取り込まれた形になったが、今回はむしろ積極的に送り込む。
しかもみっちゃんに勝るとも劣らない教養人の兵部をな。
兵部にはしっかり信長に仕えてもらう。
一歩間違うと破滅への道標。
しかし来るかもしれない別れへの備えは為すべき事。
一人じゃ心細くとも、相談できる相手がいると大きく違うだろうから。
何度でもいうが、みっちゃんは手放したわけじゃないぞ。
いかに織田家で大きくなろうとも、私の家臣であることに変わりはない。
「腹心を送り込む。その意義は分かるであろう?」
「…はっ」
不承不承首肯する側近たち。
まあ既に賽は投げられた。
あとは如何に上手く対応するか、だと思うんだよ。
「では織田殿が嫡子を、公方様の猶子とする件も同様ですか」
「うむ。今の幕府と織田家には繋がりがない故な」
「なるほど。ではご正室が事も…なるほど、なるほど」
他を置いて一人納得する三藤筆頭流石の式部。
何に納得したのかちょっと気になるが、他が納得してないから後回し。
「そうです公方様!御子が出来たというのに、何故織田家の者を猶子などとッ」
「猶子に相続権はない。御子も庶子であらせられる。問題はなかろう」
「左様な問題ではない!」
やたら激高するのは将軍家の人事を司る幕臣。
忠誠心は高いのだが、融通利かないのが玉に瑕な爺様だ。
仁木爺に次ぐ長老のような感じ。
血管切れないか心配になる。
ギャーギャーワーワー騒いでいるが、これはもうさっきの発言が全て。
ざっくり言うと相続権のない養子が猶子という扱い。
疑似的な親子関係を築き、繋がりを持って双方良好な関係を作る。
これが目的と言えよう。
私に正室はおらず、生まれた子は側室腹で庶子扱い。
文句は出ない。
アザミちゃんからも伊賀衆からも。
まあ伊賀衆については、服部さんが任官した影響もあってか表立って騒ぐ輩は皆無だな。
内心は知らんが。
それはともかく、猶子でこれだけ騒ぐのは正室の問題にも繋がってるからだ。
以前、アザミちゃんからも否決された織田家からの嫁入り案。
当時と今では織田家の価値、家格は比較にならん。
だからこそ一応押し通すことが出来た訳だが…。
まあ承服しかねるって奴が大部分でしょうよ。
理解はできる。
できるのだが、絆を紡ぐならやっぱ血縁ですよねー。
私はむしろ、信長が誰を宛がって来るかが問題だと思うんだよね。
年齢的に娘はないだろう。
養女を養女にするって線も薄いから、妹のいずれか。
そう思っての申し入れ。
考えられるのは、寡婦となった市姫か犬姫あたり。
二人は美人姉妹として有名だったりする。
色々考えてるけどまだ決まった訳じゃない。
送った返書はそろそろ信長が読んでる頃だろうか。
怒るか喜ぶか呆れるか。
手放しに喜ぶ姿は想像できないが、どんな反応をしてるのかとても気になる。
そんな訳なので、家臣たちがいくら不満を唱えてもしょうがないことなのだ。
皆の理解を得るため、一つ一つ丁寧に説明していく所存であります。
どこぞの政治家のようだ。
いや、将軍も政治家ではあるんだけど。
* * *
さてさて、信長との綱引きはさて置き私の仕事は無くならない。
むしろ増加傾向にある。
優秀な家臣たちが頑張って作った書類の決裁とかが主なものなんだけどね。
淡々とサインをするだけの簡単なお仕事です。
とか言えれば楽でいいんだが、吟味せずに通すと後で苦労するような案件もチラホラ。
頻度は大分減ってるから主従共に成長したと実感できるのだが…。
それでも多いものは多い。
当然の帰結として書類仕事が増え、息抜きが欲しくなる訳だ。
情勢から遠出は無理。
城中で愛しい側室たちと戯れるのもいいが、来客なんてのも案外悪くない。
特に遠方からの者。
「お目通り叶いまして恐悦至極に存じます」
「紹介状は確認した。それで、用向きは」
「はっ!誠に失礼ながら、人払いをお願い致したく」
「貴様、無礼であろう!」
「昭高、良い」
「は…」
そんなところにやってきたのは松永久秀の紹介状を携えた一人の武将。
本多弥八郎と名乗った青年は、慇懃ながらも動じない姿勢を見せた。
面白い。
いやしかし、昭高も声の上げ方、張り方が大分上手くなってきたな。
相手によっては虚勢とも遠吠えとも映る実に三下っぽい職人芸。
まだまだゴローちゃんには敵わんが。
武田五郎、筆頭寵臣にして佞臣の地位は不動である。
畠山次郎四郎、これに次ぐ者なり。
「とはいえ余は将軍である。側衆を下がらせるわけにはいかぬ」
これでも偉い人だからね、護衛や防諜は外せない。
ちゃんと裏で源兵衛とアザミちゃんたちが張ってるとはいえそこはそれ。
ちなみにアザミちゃん。
側室はともかく、母になったんならクノイチは引退してもいいんじゃないかい。
とか言ったらブランクを取り戻すために少しずつ、などと答えおったわ!
ワーカーホリックじゃねえの?
とはいえ、嫉妬のあまり噛み付かれるのもアレなんで、気分転換程度ならばと許可をした。
でも無理はさせないよう源兵衛と付き人には厳命してある。
苦笑しながら頷かれたが、大丈夫だと信じたい。
と言う訳で、側衆らに絞って後は人払い。
納得してもらって話を進めよう。
久秀からの使者かと思ったら違うらしい。
一時的に身を寄せていた時、その才気を見出した逸材であるとの評。
名は本多弥八郎正信。
三河出身で一向門徒だとか。
つまり徳川に顔が利き、松永の庇護下にあって本願寺とも繋がりうる人材ってことか。
あと加賀門徒と伊賀衆とも少し縁があるらしい。
人脈凄いですね。
旗下にいると頼もしく思える。
でも家臣にと推挙されて来た訳ではない。
「余と繋ぎを?」
「御意」
詳しく聞いたところ、各地を旅して情勢把握と人脈網構築に精を出しているのだとか。
近衛太閤とも接触済って聞いた時には正直驚いた。
あの人も軽いよな。
現状どの勢力に加担してるとの明言はなかったが、まあいい。
「よかろう。して、どこまで把握しておる」
「はて、何のことにござろう」
惚けおる。
正信は久秀を若干実直にしたような感じだが、基本的にはふてぶてしい。
腹は痛いとこだらけの癖して痛くないと決して探らせない。
そんなタイプだな。
ま、何者も使い方次第だ。
「余が下には優秀な者が多い。まあ、迂遠が好みなら尊重するが」
「これはまた…。いや、失礼致しました。
どうやら松永様や近衛様にお聞きした以上のお方のようですな」
「世辞は良い。それで、如何か」
「では、憚りながら申し上げます」
そして語られる内容はかなり実像に近いものだった。
外から見ただけで推測できるとは俄には信じがたい。
それが出来るということならば、久秀の逸材評価は正解ということになる。
凄いね。
「その方、余に仕えぬか?」
「公方様!?」
側近たちは驚くが、いやこんな逸材マジで知恵袋に欲しいだろ。
野放しにするのも危険。
ならば手っ取り早く直臣になってはくれまいか。
「誠に失礼ながら、伊賀や甲賀の衆と同列で働く気はありませぬ」
ホントに失礼だな!
伊賀衆や甲賀衆の働きは凄いんだぞ。
それを知らないとも思えないが、その真意や如何に。
「ならば協力者たらんと欲すか?」
「…誠に失礼ながら、公方様は実に面白きお方のようで」
失礼ながらとか憚りながらとか、前置き多すぎィッ。
内容についても今更気にする私じゃない。
周囲が嫌がるから合わせてるだけでね。
今のところ、昭高始め側衆は黙って聞いている。
一部は眉間に皺が寄ってるが。
まだ許容範囲内だぜ。
前後左右に上下の伊賀衆も切れてない。
大丈夫、怖くない。
「面白ついでに言葉遣いも崩してみるか?」
「それは流石に…。どうかご勘弁願いたく」
私の発言からざわわっと場が殺気に満ちた。
変な回答したら殺すゾっていう無言の圧力。
濃度は伊賀衆、次いで側衆。
うん、無理だったゼ!
流石の正信さんもちょっと冷や汗。
この流れなら行けるかと試したんだが、巻き込んでスマン。
ほぼ同い年だからちょっと期待した。
アザミちゃん以外にも誰か欲しいのう。
外部人材の方が案外…。
ま、無理強いは良くない。
徐々に追々な。
* * *
それから正信とは初見ながら結構踏み込んだ話をした。
彼の経験に基づいた知見には確かなもので、久秀の紹介も頷ける。
話せば話すほど家臣に加えたい欲求に駆られたがここは我慢のしどころ。
当人も言っていたが、伊賀衆や甲賀衆と並んで働かせるのは勿体ない。
もっと大局的なところで使えるように動かすべきだ。
これが知れただけでも会合の価値はあった。
人払いしててよかったとも思う。
一方、雑賀衆との繋がりは薄いらしいので式部を挟んで窓口を開かせよう。
で、甲賀衆には影から護衛と監視を頼んだ。
いくら個人的に信用できると直感しても今は乱世。
各地と繋がりが深いということは、二重三重にスパイしてる可能性もある。
なにせ正信は無位無官の浪人で一介の一向門徒。
保険は絶対に必要と思われる。
当人に伝えたらこれを了承。
むしろ当然のこととして快諾された。
その上で伊賀衆が周囲を探る。
裏付けの保険やダブルチェックを兼ねるが、これには服部市平があたると聞いた。
服部さんの長男はホント表に出てこないなあ。
徹底してるわ。
凄腕らしいし、正しくニンジャの矜持を持ってるんだな。
尊重しよう。
さて、正信は引き続き各地を巡るらしい。
越前と加賀を経由して佐渡の方まで行きたいとか言っていた。
そこで定期的に便りを寄越すよう要請。
速さや正確性では伊賀衆と甲賀衆には敵わない。
しかし情報選別能力と判断力、推理力は高いと評価できる。
側近たちにはその辺りを説明して、協力者として周知するよう納得させた。
「公方様には全く及びませんが、確かな力量はありそうですね」
阿諛追従をありがとう。
でもあまりそういうこと言っちゃダメだよ。
由緒正しき幕臣として武士の模範的な言動をだな。
「ええ。為人が今一つでも評価は公正に、心掛けておりますとも」
どうやら正信は妬みを買ってしまったようだ。
都から離れた三河の国、その土豪が将軍に認められるほどに優秀だという事実。
みっちゃんも似たようなもんだと思うが、そこは美濃源氏の流れを汲む明智氏。
由緒の有り無しは案外大きいのがこの時代。
乱世であっても変わりはない。
幕府は特にそうだね。
将軍が私みたいな者でも根幹は早々変わらんよ。
この辺りも踏まえて仕官を断ったのかな。
だとしたら凄いね。
今後の活躍に期待したい。
* * *
さあ、遂に信長からの返事がやって来た。
届けてくれたのは中川重政。
ほんのり斯波家とも繋がりのあるらしい。
前回フォローを兼ねた雑談した時に零れた情報。
本家が手元に居るけど、話題に出す程ではないな。
「公方様にはご機嫌麗しく。主、弾正忠よりの返書にございます」
今回は淡々としてないな。
どういう心境の変化だろうか。
内容知ってるのかな?
奏者を通じて渡された手紙を読む。
ふむ。
ほう…。
えぇー。
「大儀である。中川、お主は内容を把握しておるか?」
「はい。ある程度は応答できるかと存じます」
それは心強い。
私は良いけど幕臣のみんながね。
「公方様。織田殿は何と」
「うむ。皆も読むがよい」
言いながら式部に手渡し、順繰りに回していく。
難しい表情をする者もいれば納得する者もいる。
中には憤慨を隠さない者もいるが、概ね予想通りだな。
返事の内容は簡潔に。
細川兵部大輔の受け入れを承知。
信長の嫡男を将軍の猶子に差し出す。
将軍の正室については前向きに考えたい。
大体こんなもん。
兵部の受入と猶子については承諾された。
ちなみに猶子に差し出すという表現が信長の細かさを表してるな。
みっちゃんあたりが訂正してくれた可能性も捨てきれないが。
で、正室の件は決めかねてるってとこか。
市姫は浅井家の、犬姫は佐治家の事がある。
もっと下の妹という手もあろうが…。
とりあえず先延ばし。
一向一揆の騒動もあって、今はそれどころじゃないという理由もあるのかも。
「ご使者殿にお伺い致す」
「何なりと…」
幕臣たちと重政の間で質疑応答。
基本的な確認から詳細まで内容は様々。
正室については触れないのは敢えてなんだろうな。
兵部の件が断られなかったことで、藤英が苦い顔をしているのが印象的だった。
まだ納得してなかったんだな。
利も理もあると説明したのだが、やはり人の心は難しい。
* * *
「お初にお目にかかります。弾正忠が嫡男、勘九郎信重にございます」
「うむ、よく来た。今日から親子となるのだ。今後、そのような畏まった挨拶は不要ぞ」
「恐悦至極に存じ上げまする」
織田信重が私の猶子となった。
側に控えるのは彼にとって伯父にあたる信広。
ということは、遠回しに信広とも縁が繋がったということか。
やったぜ。
ちなみに信重は猶子に差し出されたので上洛したが、今後別に足利を名乗ったり都に常駐することはない。
足利家の相続権はないからな。
ただ敢えて言うと、征夷大将軍の継承権は可能性程度ながら若干あったりする。
「勘九郎よ。お主は余の子。困ったことがあればいつでも、何なりと相談するが良いぞ」
「はい!」
うむ、いい返事だ。
あどけなさの残る瞳は輝いている。
千歳丸の良い義兄になってくれるといいなあ。
良く出る?登場人物整理
<重臣>
一色式部少輔藤長(式部) 三藤筆頭。将軍の兄貴分。雑賀衆担当。
三淵大和守藤英(藤英) 三藤の政略担当。
細川兵部大輔藤孝(兵部) 三藤の軍略担当。
佐々木左兵衛佐義郷(義郷君) 仁木爺の養嗣子。伊賀国守護職。伊賀衆担当。
和田伊賀守惟政(和田さん) 甲賀衆担当。裏方衆。
武田五郎信景 若狭武田家一族。優秀な腰巾着。
畠山次郎四郎昭高(昭高) 紀伊畠山家一族。優秀な佞臣。
<側室>
佐古殿 宇野下野守の娘役。中ノ忍。腕利の護衛。スレンダー。
キリ殿 三河吉良家重臣大河内家の娘役。凄腕の刺客。豊乳。
<伊賀衆>
服部石見守保長(服部さん) 伊賀衆領袖。
服部市平保俊(市平) 服部さん長男。凄腕ニンジャ。
服部源兵衛保正(源兵衛) 服部さん次男。義昭直臣。
服部半蔵正成(半蔵) 服部さん三男。槍の名手。
<甲賀衆>
和田主膳惟増(主膳) 和田さんの弟。甲賀裏方衆まとめ役代理。
多羅尾左京進光太(多羅尾) 甲賀攻勢衆まとめ役代行。源兵衛と親交がある。
<織田家>
織田弾正忠信長、勘九郎信重、大隅守信広
明智十兵衛光秀 近江坂本城主。




