カワリハテ
病院がテーマだったので、病室での話です。
――夏真っ盛りの頃だった。
俺は救急車で運ばれて、入院する羽目になった。
理由は呆れたもので、只の食あたりだった。
しかし、検査のために一週間ほど必要だと言われたのだった。
俺が寝泊まりする病室は、六人用の病室で窓際に二人が雑談している。
自身の所のベッドに座って、テレビなんかをみているのが一人。
俺のベッドの隣は、ベッド横の仕切りカーテンが締め切っている。
中の様子がわからないが、時おり物音が聞こえてくるので居るのだろう。
それが、一人。
あと今、俺と話をしているのが一人で、計六人で満室だった。
「……それで、兄さんは何で入院したんだ?」
「まぁ、只の食あたりだったんすよ」
ここに来たばかりの俺に、飄々と話をする(多分)年上のオッサン。
オッサンは入院生活が長く、半年ぐらい入院しているとのこと。
世間話をずっと続けて自分の診察の時間が来るまで、随分と話が弾んでいた。
――今日の診察が終ったあと、自分のベッドに戻ってしばらくして、外が真っ暗になった頃だった。
眠っていた俺は、誰かの会話が聞こえてきて目を覚ました。
隣の仕切りカーテンが、閉まっていたベッドの方からだった。
『……酒、持ってきてくれんか?』
『……駄目だよ、先生に止められてるだろ』
『……これで、お金引き出して買ってきてくれよ』
『……』
中年の男と、若い男のようだった。どうやら親子で、父親が【アルコール依存症】のようだった。
話には聞いたことがあったのだが、自身の子供にすらすがるほどなのか。
二人の会話は、そのあとループしているかのように同じだった。
その会話を聞いているうちに、俺は気分が悪くなった。
仕方なく逃げるようにして病室から出て、廊下をぶらつくことにした。
しばらくして病室に戻ると、会話はきこえなくなっていた。
もう、あの息子は帰ったのだろう。そう思って自身のベッドに戻り、再び眠りについたのだった。
――それから数日が過ぎて、ある日の深夜頃だっただろうか。
ナースコールの音が聞こえてきて、俺は目を覚ました。
スピーカーから、看護師さんの声が聞こえてくる。
『……さん、どうしました?』
『……身体が痛くてしょうがない、痛み止を持ってきてくれ』
『……今、行きますね』
鳴らしたのは、隣のアル中の男だった。唸り声をあげながら看護師さんが来るのを待っている様子だった。
看護師さんが来ると男はすぐに、痛み止の薬の催促をする。しかし、看護師さんは、
『すこし前に服用したばかりなので、まだ駄目ですね。……我慢は、できますか?』
『……だったら、酒が欲しい』
『駄目ですよ、どうしてここにいるのか、思い出してください』
『いいから、酒をくれ!それなら、身体も動くし痛みも無くなる!』
男は、怒り叫んだ。
『……俺は、早く家に帰りたいんだ。家では家事もあるし、ペットの世話もしなくちゃならない』
男は、そんなことを語りだした。
……本当に、そうなのだろうか?
すこし前に、男が息子との話の中には、奥さんと母親も居るようだった。
しかし、男は就職していない様子だった。
――いや、アルコール依存症の影響で、まともに働くことが出来ないのだろう。
身体が痛い、身体が動かない、ということには同情する。
でも、その事だけ。この男が以前まで、どんなことをしていたかは知らない。
しかし、病気になったのは、彼自身の責任なのだ。
果たして、今の彼が家に戻ったとして必要とされているのか。
それでも男は、美談のように語り続ける。
ここまで、酷くなってしまうものなのか。俺は呆れ返ってしまう。
考えを巡らせているうちに、看護師さんがなだめることができたようだった。
そして、既にその場を後にしていたようで、隣は静かになっていた。
何とか、俺は再び眠りにつくことができたのだった。
――別の日に、診察を終えて病室に戻ったとき、オッサンに男の話を聞かされた。
「ついさっきの事なんだがな、どうもあの人(アル中の男の事)、家族に見捨てられたようだった」
「えぇ!?何があったんですか?」
「なんかなぁ、電話していたみたいなんだよな。まあ、病室でしちゃいかんのだが……」
オッサンは呆れた様子で、ため息をついた。
どうやら、その時の電話の話が駄々漏れだったようで――、
『……もしもし、……か?頼みがあるんだが、酒もってきてくれないか?』
『……無理だって?いいからタオルにでも何でもいいから、持ってきてくれよ』
『……そうじゃなくて、何?無理』
『……おい、俺を見捨てるって言うのか!?』
『おい!お……』
そこで、電話が切れたらしい。要するに、家族から別れ話を持ち掛けられたのだ。
男は、そのあと特に騒ぐこともなく、未だに物音ひとつ立てずベッドにいるそうだった。
結局、俺が想像した通りの事になった。でも、同情はしない。
自業自得だと、思ったからだ。
――それから、音一つ立てていなかった男だったが、深夜になった頃、ぶつぶつと呟き始めた。
男の声が聞こえてきて、俺は目を覚ました。
『……くそ……、何で俺がこんな目に……』
――やれやれ、自分でわかっていないのか……。
俺は男に話しかけた。
「おい、あんた。病気を直したいんじゃないのかよ」
『……うるせぇ、酒さえ呑めれぱ大丈夫なんだよ』
俺は遂に、しびれを切らして男に言いはなった。
「それで酔いがさめたら、また同じだろうが。全て取り戻したいならら、さっさと我慢するんだな」
『……』
すると男は、静かになった。
しかし、しばらくして男は何かを言っているようだった。
耳を澄ましてみると――、
『……だったら……』
声が聞き取れたと思った瞬間、カーテンが開け放たれると同時に、
『だったら、変わってくれ!!』
叫び声と共に、俺は男に首を掴まれた。
真っ暗でよく見えなかったが、人の形をした真っ暗な人影が顔の目の辺りだけを光らせていた。
『やっやめろ!!?やめてくれ!』
俺は必死に抵抗して、男の腕を引き剥がそうとした。
しかし、とんでもなく力が強かった。
――-本当に、この人は病人なのか。
そう、思わせるほどだった。
暴れるようにして、抵抗していると、
『……さん?……さん?』
耳元から声が、聞こえてくる。
『……さん?大丈夫ですか?』
はっきりと聞こえたとき、辺りが暗くなったと感じて、目を覚ました。
目の前には、看護師さんの顔が見える。
「……うなされていましたけど、大丈夫ですか?」
心配そうに、顔色を伺う看護師。
――どうやら、夢を見ていたようだ。しかし、妙に現実味のある夢だった。
「……すいません、隣の人の声が気になって」
俺は、はぐらかして説明した。すると看護師さんは、不可思議そうな顔を見せる。
『……隣って、隣のベッドには【誰もいませんよ】?』
……今、何て聞こえた?誰もいない?
俺が固まっていると、
「確かに隣には、今日の朝まではいましたよ。でも、昼前には退院しましたよ」
そう言って看護師さんは、隣のカーテンをシャッと開いたのた。
隣のベッドは、もぬけの殻だった。シーツはキチンとたたまれていて、荷物も何もなかった。
「……確か、隣の人は【アルコール依存症】だったんですよね?」
「いいえ、【食あたり】で検査と診察で入院。今日、処方薬を貰って退院しましたよ」
――食あたりで、入院?それは、俺のことではないのか?
だんだんと、怖くなってきた。もしかして、俺の病気は……。
「……あの、俺は何の為に入院しているんでしたっけ……?」
すると、看護師さんは呆れるようにして、
「どうしたんてますか?あなたの病気は、【……】ですよ」
それを聞いて、俺は愕然として、頭の中が真っ白になった。
なぜなら、それは俺が【一番なりたくない病気】だった。
――終
『病気というのは、侵される事はないと思っていても、なってしまうと恐ろしいものです。最後の病名は、読んだ人が病名を想像して下さい』
「所で、男は結局どうなったの?」
『実際に入れ替わったでも、最初から夢の中の話でも怖いと思った方が【オチ】になりますかねぇ……』
「どちらにしても、バッドエンド」
『そうですね、でも男はまだ治療が出来れば、バッドエンドてはなくなる事ができます。解釈は色々出来ると言うことで。ただ前者の方だとアル中の男性は入れ替わって【終】ではないんですよ』
「何で?」
『例え入れ替わって、多少まともな身体を手に入れたとしても、元の家族の所には戻れませんし、何より【再びアルコール依存症にならないとは限らない】からです』
「一番怖いのは、病気になる事と再発する事だね……」
いかがだったでしょうか?怪談として読んでいただいても、ヒューマンホラーとしても、恐怖していただけたでしょうか?
それでは、最後まで読んでいただき有り難うございます。