1件目
押入れを開けたら、洞窟だった。
一度戸を閉め、深呼吸をしてからもう一度戸を開けたところで、この結果が変わることは無かった。
な、何を言ってるのか自分でも理解できていないが、洞窟なんだ。お先真っ暗。部屋から差し込んでいる光で何とか洞窟だとわかる程度。ごつごつとした岩肌が覗いている。
一畳程度の広さしかなかったはずが、いつの間にか異空間へとジョブチェンジしていたで御座る。あまりの可笑しさに口調も変わるってもんだ。
慌てて他の部屋の押し入れを確認したが、どうやら異変が起きているのは俺の部屋だけらしかった。
一旦、インスタントのドリップ珈琲を淹れに台所に。ポットから少しずつお湯を継ぎ足しながら息を整え、情報をまとめる。
――俺の、寝室の押し入れが、洞窟に繋がった。
……いやいや、意味が分からないよ。
こんな小説にすら成りそうにない文章が現実になるより、今まで見たことのない虫が押し入れの中に蔓延っていた方が現実的で笑えない。実際、コップを持つ手は震えちゃいるが、口元には笑みが浮かんでいるはず。
至って普通の生活を送っている現代人ではあるが、俺は一度転生している。
魔法があるわけでなければ非日常的なアクションがあるわけもなく、ただただ日々を過ごしてきた事からするに、前世の記憶があるだけで単なる輪廻転生の輪に乗っかっただけだったのか? なんて考えたことすらあったものだ。
一息ついて自室に戻った俺は、もう一度件の洞窟について考えることにした。
一番迷惑なのが、常時この押入れと洞窟が繋がっていることだ。戸を開けた時だけ洞窟と繋がっているのならまだしも、ずっと洞窟と繋がっているとするなら、いつ何時誰がここに侵入してくるか分からないからだ。言語の通じない未知の人種も面倒だが、それ以上に未知の動物が入ってこられると何が起こるか想像もつかない。
この世界の中で起きてる話ならまだしも、今の医療で対応しきれない病原菌が入って来てみろ。一瞬でこの辺りはバイハザードになり、最悪核の炎に包み込まれる事になるかもしれないのだ。
……でも、ちょっとばかり好奇心を覚えているのも確か。
二次小説みたいなチートは望んじゃいないが、もしかすれば綺麗なお姉さんに出会えるかもしれないだろ? もし本当にそんなチャンスだったとして、このチャンスを棒に振ってしまっていたなんて結果になってたら、後悔してもしきれない。ま、そんな事があったかどうかも分からないだろうが。
さて、もし洞窟に行くとして、何が必要になるだろうか。
ごつごつとした岩肌が目に見えていたから靴を履いていくとして。押入れ前のカーペットを剥がして靴拭きを置くか。あとは、懐中電灯だが……何かしら危険があるかもしれないから、ヘルメットに電灯が付いてるタイプの物を買ってこよう。
この洞窟をほったらかしにしておくのは少々怖いが、必要になりそうなものを買いに行くとしよう。
――余計なものをたくさん買ってきてしまった。
もし何かあってもすぐに戸を閉めることが出来るようにトンカチと釘、それと角材と金属の板。ついでに鋸まで買ってしまった。別にDIYをするつもりもないのに。
緊急事態になった時の事を考えて、包帯や消毒液を数点。骨折を想定してテーピングを数個。固定するものはDIY用の角材で良いだろう。
あとは移動用の長靴だったり、動きやすいようなジャージを見繕っておいたり、荷物を運ぶようのリュックサックや魔法瓶を準備したりと、一見登山にでも挑戦するんですかと言わんばかりの装備を整えてみたわけだが。
取りあえず、台所にある包丁と牛刀を二つ持っておけば良いんじゃないかと思い始めていた。
重い袋を引っ提げ帰ってきたマイハウス。
玄関を開け、自室に戻ってまず一言。
「お前、誰だ?」
「うぬ?」
部屋のど真ん中に鈍色の甲冑を着込んだ、如何にも騎士らしい格好の女性が佇んでいるのだった。