うん、好きだったよ。
立花の笑顔を見て思い出したことが二つある。
帰り道、太陽の光を浴びて私に向かって見せた立花の笑顔は私の海馬の鍵をこじ開け、今まで眠っていた記憶をゆっくりとスライドさせていった。
一つは、昔の私は今よりももっとよく笑う子でこんなコミュ症じゃなかった。
結構積極的に友達付き合いしてたと思う。
じゃあ、一体いつからこうなった?
それは、きっと、一つ上の姉と比べられるようになったからだ。
『あんたってお姉ちゃんと全然違うよね』
見た目も中身も可愛い上に、勉強も運動もパーフェクトの姉と比べられるようになってから、私は人との付き合いに線を引くようになったんだ。
そして、もう一つは…。
ずっと認めるのが怖くて、気付かない振りをしていたけど。
私、立花のこと好きだったんだ。
*********
「は?急にどうした?」
夕食後、私の部屋と全く違うカラフルな姉の部屋に私はいた。
私の部屋と違うゴミゴミとした部屋。
雑貨を飾っているのか、置く場所が無いからそこに置いているのかセンスの分からない部屋だった。
姉の部屋を訪れるのは久々で、私以上に姉の方が驚いていた。
部屋へ訪れただけで無く、聞いてきた内容に予想以上の驚きを見せていた。
まぁ、姉だけで無く、私も自分に驚いていたが。
「私の彼の話が聞きたいって、あんた本当どうしたの?」
勉強机に座って塾の問題用紙を開き、ペン回しをしながら聞いてきた。
他人には興味が無い私がまさかそんなこと聞いてくるなんて思わなかったのだろう。
でも、本当は姉の恋愛話が聞きたかったのではなく…。
「まさか、あんた好きな子でもできた?」
姉が直球をぶっこんできたので、私は飲んでいたアールグレイを吹き出しそうになってしまった。
「図星?あんたって本当分かりやすいね」
姉は昔から私の事を分かりやすい性格と言っていたが、自分自身はそんな性格だとは思っていない。
他人から気持ちを悟られるのがイヤだったから、なるべく感情を表に出さないようにしていたからだ。
「自分に好きな人ができて、どうしていいか分からないから私に相談しにきたってこと?」
姉の言ってることは大幅あっているが、肝心な事が抜けてる。
私が姉に聞きたかったこと。
それは、立花のこと。
「へぇー、あんたに好きな人できたんだー、どんな子?どんな子?」
興味津々に聞いてくる姉に圧倒されて何も言えなくなってしまう。
だいたい、立花の何を聞きたかったのかがはっきりしなくなってしまった。
でも…。
「そう言えば、光ちゃん元気?」
さっきはどうにか堪えられたアールグレイの噴射を今回は止める事ができなかった。
物理の問題を解くのに必死な姉には気付かれなかったようだが。
光ちゃんとは立花のことである。
姉の方から立花の名前が出てくるなんて思わず頭の中が真っ白になる。
「あの子は彼女できた?」
『オレ、椎名の事好きだから』
立花からの言葉を思い出して全身が熱くなるのを感じた。
今日立花の手に触れた右手をぎゅっと握りしめ胸の鼓動を抑えた。
「お姉ちゃん、立花のこと好きだった?」
そうだ、私が聞きたかったことはこの言葉だ。
お姉ちゃんと立花はいつも仲が良くて、私はいつもその関係を遠くから見ていたから。
今更そんな昔の事聞いても仕方の無いことだけど、ずっと聞きたかったこと。
テーブルに飛び散った茶色の染みをティシュで拭きながら何食わぬ顔で返事を待った。
「うん、好きだったよ、私の初恋だね」
すぐにはっきりとした返事が返ってきた。
飾りも何もつけず自分の心に素直に応えられる姉は素敵だった。
そんな姉だから、みんなに好かれるのだろう。
「そっか、立花もきっとお姉ちゃんのこと好きだったんだろうなー」
自分で言っておきながら胸が苦しくなった。
「光ちゃんが私を?それは違うよ、光ちゃんは…」
いきなり何を言うの?と言う感じでクスクスと笑い、椅子から立ち上がり、『空気の入れ換えー』と言いながら、窓に近付きカーテンをめくった。
「あれ?噂をすれば」
姉が楽しそうな顔で私を手招きするので近付いてみると、窓の下には立花がいた。
街灯を浴びている立花の笑顔はそこにいるだけで輝いていて、心がキュンとなるのを感じた。
立花は私に気付くと、『おーい』と言う感じで大きく手を振り、
「ちょっといいっすか?」
形のいい立花の唇がそう動いた。