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う。ら。ぎ。り。も。の。   作者: 喜多川 信
第三章「凝縮の地下油」
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第八話




「お初にお目にかかりますわ。わたくしは、リエット・アンジュ・ド・トゥール。教会より勇者として認定を頂いております。以後、お見知りおきを。ヴィアンド様」

「おお、トゥール伯の。ご息女であるリエット殿ですね? 神の奇跡を宿されたとは聞いておりましたが、まさか、このようなところでお目見えできるとは」


 ヴィアンドは目を見開いている。


 どうやらヴィアンドはリエットの父親と知り合いらしい。

 初対面は初対面でも、まったく繋がりが無いという訳ではない。これは増々厄介な事になったと、クルトンは苦虫を噛み潰したような心境になった。


「父の事を?」

「はい。よく存じております。おつらかったでしょう。魔王軍に領国を……あなたが勇者として神の奇跡を宿されたのは、ある意味、必然の事のような気がします」


 ヴィアンドがそう言うと、リエットは頷いた。


「こうしてヴィアンド様と出会えた事も、神の御導きですわね」

「ええ、まったく。祝福されております」

「神に感謝を……」


 リエットは跪き、祈りを捧げ始めた。

 ヴィアンドもクルトンもそれに倣う。


 リエットに続きクルトンも名乗り、軽く自己紹介を済ませた。

 世辞を交えながら近辺の世情を話しつつ、ヴィアンドはリエットに有益な情報を与えているようであった。話も一段落を迎えると、ヴィアンドがクルトンを手招きした。


「クルトンとやら、すこしこちらに」

「なんでしょう?」


 クルトンが首を傾げると、ヴィアンドは遺体を手で示した。


「返り討ちにしてしまったが、魔王国の手の者とはいえ別段、この者に恨みは無かった。すまぬが、弔ってやりたいのだ。手を貸してもらえるか?」


 ヴィアンドは商人の遺体を見ながら、静かにそう言った。

 クルトンにとって、明日は我が身とはこのことか。


 地に伏し、矢の突き立った遺体は哀れの一言だった。名も知らぬ同僚でも、仕事仲間であったことに間違いはなく、クルトンは冥福を祈った。

 ヴィアンドの申し出も有難かった。


「はい、もちろんです。ヴィアンド様」


 そう言ってクルトンは馬車からシャベルを取り出した。


「ではわたくしも」


 手伝おうと申し出たリエットを、しかしヴィアンドが手で制した。


「いえいえ、リエット殿のお手を煩わせるほどでは。リエット殿はそちらで、この商人の薬箱を調べてみてください。なにか発見があるかもしれません」


 ヴィアンドはそう述べて、クルトンと共に墓穴を掘り始める。交代しながら墓穴を掘っている最中も、ヴィアンドは鋭い目でクルトンを見ていた。


「あの、ヴィアンド様。なにか?」


 穴を掘る手を止め、クルトンは尋ねた。

 ヴィアンドの目つきは鋭いままだ。クルトンを値踏みする様でもあった。


「リエット殿の護衛者だそうだな?」

「ええ。旅の途中で知り合いまして」

「見た所、武芸者ではなさそうだが……」


 ヴィアンドの質問に、クルトンは不快感を一切見せずに頷いた。


「駆け出しの若輩者ですが、奇跡の力を少々。湧き水や浄化、癒しなどを」


 クルトンはそう答えた。


 魔王国では魔術、ソタナフマ連合では奇跡と言う。

 本質的には同じものだ。


 知識として体系化されている魔王国のそれに比べて、ソタナフマ側は「深淵なる神の御印」あるいは「奇跡は自然とその身に宿るもの」として個人の才能に頼り切っている。秘密主義の教会が秘法と定めており、育成を大規模にやっていないため使い手は少ない。


 魔王国との戦いで人族連合が手も足も出なかった理由の一つだ。


 ヴィアンドが顔をほころばせている。癒しの奇跡の使い手は、勇者パーティーにおいて貴重だ。怪我をしたときに心強い。辺鄙な場所で病に倒れても、クルトンがいれば何とかなる。

 実戦を経験すればするほど、その重要性が身に染みるのだろう。


 ヴィアンドは鋭い眼差しから一転、クルトンを歓迎するように目を細めた。


「ほう、癒しの奇跡を。どこで学んだ?」

「学ぶものではありません。すべては神の御導きなのですから」

「そうだな。その通りだ」


 ヴィアンドは実に軽やかな口調だったが、クルトンは内心でぞくっとした。


(……間違いない。こいつ、今、ひっかけようとしたな……)


 にこやかな笑顔の下で、クルトンは脇が湿るのを感じた。


 奇跡の力は学ぶものではなく、神から与えられるもの。

 それがソタナフマ連合では常識とされている。ヴィアンドほどの護衛者なら、そんな事はわざわざクルトンに指摘されるまでもない。わざとそう言って来たのだ。


 クルトンを疑っていなければ、ヴィアンドがそんな言葉を吐くはずがない。


「それにしても、浄化、湧き水、さらに癒しの奇跡の使い手とは。旅には心強い」

「そんな。あまり期待されても困ります」

「謙遜せずとも」


 朗らかなヴィアンドへと、クルトンは笑顔の仮面を心掛けた。


「いえ、まだまだ神への祈りが足らぬ身。さほど強い奇跡の力が使える訳では」

「しかしなにも、旅などせずとも引く手数多だろうに。わざわざ魔王討伐の御供などという、危険な役目に身を投じられるとは。しかも道中で出会った、実力も定かではないような新米勇者に随行するなどとは……頭が下がる思いだ」


 やはり、ヴィアンドの言葉の端々に刺が潜んでいる。

 クルトンもやられてばかりはいられないと、その言葉尻を捕らえた。


「それをおっしゃるのなら、ヴィアンド様だって、そうではありませんか? 勇者として日の浅い者を、積極的に庇護なさっているではありませんか」

「……ふっ」


 クルトンの返しにやられてしまったと、ヴィアンドは手をぱたぱたと動かして続けた。


「そうだったな。許してくれ、くだらない勘ぐりをした」

「いえいえ。ヴィアンド様のような慎重さこそ、見習いたいです」

「そう言ってもらえると、心が助かる」


 ヴィアンドとのやり取りもそこそこに、クルトンは穴掘りに注力した。

 遺体を担ぎ、クルトンは掘った穴に横たえた。なかなか重く、堅かった。死体は見た目よりも重く感じる、とクルトンは養成学校で習っていたが、体感するのは初めてだった。


 死者に祈りを捧げて埋葬が終わると、ヴィアンドが申し出た。


「リエット殿、よろしければ私も御一行に加えて頂けませんか?」


 ちらりとヴィアンドが横目にクルトンを見た事を、クルトンは見逃さなかった。

 だがリエットはとても嬉しそうな顔をしている。


「まあ、ヴィアンド様が? それは頼もしい。ねぇ? クルトン」

「ええ。ヴィアンド様が居てくだされば、百人力……いいえ、千人力です」


 クルトンはそう言いつつも、冷や汗が止まらなかった。


(これは、まずい……)


 対策を考えねばと、クルトンは頭が熱を帯びていく。

 事態が明らかに、クルトンにとって悪化しているのだ。


(ヴィアンドのこの申し出……まちがいなく、疑われている……)


 助っ人がパーティーに加わるはずが、とんでもないのが加わってしまった。

 今までのリエットの二人旅では、多少は息つく暇もあったが、もはやない。街道沿いの宿屋に泊まり、ヴィアンドと食卓を囲んでいる時ですら油断ならなかった。


「ほぉ、クルトンの出身はマレニヨクアル地方とは。どの村の?」


 パンをナイフで切って口へ運びつつ、ヴィアンドがそう尋ねてくる。


「東ヨクアル村です」


 クルトンが答えると、ヴィアンドは思い出すように虚空を見上げた。


「ああ、ヨクアルの……あそこの風車群は実に綺麗だ。季節ごとに帆の色を変える風習があって、それには意味があったはず。たしか……」

「風の精霊を喜ばせて、より良き風を運んでもらうためです」

「そうそう。実にユニークな模様の帆だった」

「村の自慢ですから」


 クルトンもヴィアンドも、リエットの手前、口調は柔らかい。

 表情も朗らかだった。


「あの村の牛は良い乳をだす。チーズ作りも大変うまい。あの村のチーズは特産品で、マレニヨクアル地方では大人気だからな」

「ええ、パンにあわせると格別ですね。懐かしいなぁ」


 クルトンがそう言うと、ヴィアンドの表情からすっと柔らかさが消えた。


「…………ふむ、懐かしい? とすると、おかしいな……」

「え?」

「あの村は寂びれた山村のはず。牛ではなく飼ってるのはヤギだ。ヤギの乳より牛の乳の方が高値がつくというので、商標を誤魔化しているが。それに大人気になるまで売れるほど、山道や橋も整備されてない。……貴様、本当にヨクアルの人間か?」

(――っ!? こ、こいつっ……)


 パンをちぎるクルトンの手が、ぴたりと止まった。


 だが、クルトンは焦らない。

 この程度のこと、密偵の養成学校で訓練済みだ。


 ぎらつくヴィアンドの相貌を、クルトンは見つめ返す。


「それは西ヨクアル村の話では? 東ヨクアルは首都に比較的近くて、田舎ではあるけれど、道や橋は馬車が通れるくらいちゃんとしていますよ」


 クルトンが答えると、ヴィアンドはゆっくりと頷いた。


「…………正解だ。許してほしい。引っかける様な真似して。魔王国の連中もずるがしこくて、勇者の卵を潰そうと、密偵を仕込んだりしているものだから」

「へぇ、そうなんですか。気をつけないといけませんね」

「ああ。ほんとうに、気をつけないと……」


 ヴィアンドは微笑んでいたが眼光は鋭いままだった。さすが幾人もの勇者を守ってきた赤毛の守り神だ。おそらくクルトンに対して何らかの勘が働くのだろう。

 まだ確信を持たれてはいないようだが、一筋縄で行きそうにない。


 クルトンが内心で滝の汗を流していると、一つの咳払いがヴィアンドを制した。


「クルトンへの言葉の数々。高名な護衛者様とはいえ、いささか無礼が過ぎますわ」


 リエットの口振りはやんわりとしていたが、決然とした意志が込められていた。ヴィアンドも奇跡の勇者候補には逆らえないのか、大人しくクルトンへと頭を下げた。


「おっしゃる通りです。非礼を詫びます。もうしわけない」

「それにわたくしはこれでも、神に選ばれし勇者。魔王を打ち倒す奇跡の力をその身に受けたのです。私の人を見る目に、間違いはありませんわ」


 リエットは自信に満ちた声音でそう言った。


(いやあんた節穴だよ……)


 男を見る目も仲間を見る目もまったく無いよ。ほんと清々しいくらい無いよ。そっちの護衛者さんのほうがよっぽどしっかりしてるよ。


 クルトンはそう思ったが、ぐっとこらえた。






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