8
群がいた。
「…こんなのありか?」
「覚悟は出来たかってきいたろ?」
「魔物の怖さを聞かされてたら、1匹って思うだろ、普通!?」
そう。
新の前には30cm大の蜂がいた。
その数凡そ150匹。
無茶苦茶だと思った。
「ゼジアンビー。魔物の中じゃ数で押してくるタイプだな。んじゃいくぞ。」
「あー分かったハイハイ来いよやるよやる!」
新と蜂たちの間に張っていたダズの魔力障壁が消えた時に戦いは始まった。
その瞬間、幾本もの選考が走った。
雷が束になって新に向かって来たのだ。
障壁を展開する暇もない。
人種の使う魔技はギアを介する分発動までタイムラグが発生する。
対して魔物の魔術にはそれがない。
新は魔術展開速度に舌を巻きながら、しかし新より少し前方に雷が着弾する。
新は魔物の魔術展開速度をダズからの講義で聞いていたため最初から発動の兆候を探っていた。
マナの揺らぎを捉えた瞬間に後方に下がったのだ。
しかし、群で襲いくる蜂の攻撃が一度で済む筈もなく、次いで第2波、3波が既に放たれていた。
(速いっ!?)
的を絞らせない様に移動しながら、敵を観察を観察する。
30匹ほどの蜂が味方の魔術を掻い潜り、新に迫っていた。
魔術の行使速度はすごいが、蜂自体の速度はそれ程でも無いと判断し接近戦に挑む。
遠方から飛んでくる雷を避けながら、手近にいた蜂を手刀で切る。
大太刀では、大振りになる為素手という判断だが
ギィン!
「かた?!」
昆虫の甲殻の堅さを舐めていた。
更に身体強化をしているらしく、金属に切りつけた様な音がした。
(常識人が見たら、お前素手じゃねえかとツッコミそうな物である。)
軽く舌打ちをして切り替える。
(参斬 『紅花』)
更に近寄って来た蜂に向かって、今度は戦技を以って斬りつける。
蜂は呆気なく2つに別たれ地に落ちた。
(当たり前だけど身体強化無しじゃ無理だな)
そこから周囲にいる蜂を斬り落としていく。
遠くから魔術を放ってくる集団にも牽制として、新も魔術を放つ。
「嵐!」
戦闘中に魔術のイメージを固めるのはとても難しい。
その為、予めイメージした現象に名前を付けておく。
その名前を口に出す事で瞬間的に想起される現象をギアが読む事で、発動までの時間を短くすると共に戦闘に集中する事が出来る。
魔術を放つ集団の中心に暴風が吹き荒れる。
すると予想外の事が起こった。
蜂が放っていた魔術が、新に向けてではなく、四方八方に乱射されたのだ。
軌道が読めない雷に何匹かの蜂も巻き込まれるが、新もその現象に焦った。
瞬間的に無理に避けると危ないと判断して、障壁を展開しその場に留まった。
雷の乱射が収まるのを待っていると、直接攻撃に出てきた蜂は焦った様子も無く新を狙ってきた。
(死の恐怖なんかないって事か!?)
そこで意識を切り替えて、防御と攻撃を同時に行う事にした。
障壁を展開したまま、戦技の体勢になる。
(伍流『薄』)
尻から針を出し突っ込んでくる蜂を時に流し、時にカウンターを叩き込みながら耐える。
針が鋭く、新の身体強化を抜き、身体を傷付けるがそんな事は気にしない。
傷つくのを怖がれば死ぬと分かっているのだ。
後方の魔術の乱射が止む頃には新の周囲にいた蜂は全て叩き落とされるか、お互いが衝突するなりして地面に落ちていた。
叩き落としただけで死にはしないと分かっている新は、ここで初めて大太刀を抜き、武装強化で射程伸張と斬れ味をあげて振り抜き様に周囲を薙いだ。
更ににその場から飛び退り、屍が重なる場所から離れる。
足運びの邪魔になると思ったのだ。
再開された雷の乱射を避けながら思考する。
(羽があるから風で焦って魔術を止めるかと思ったけど…感情がないのか?)
新の予想では、蜂は嵐で揺さぶられる事で魔術行使を止めるかと思ったが、ブレる視界のなか狙いなどお構いなしに魔術をぶっ放した。
(これは気を付けないとな。)
あの集団の中での接近戦は、魔術で滅多撃ちにされ身動きが出来なくなる。
よって周囲に蜂が居ない今はこちらも魔術で対応するしか無い。
蜂の甲殻の硬さから、風刃等の魔術は無駄だと判断して熱による攻撃にする。
「焔爆」
その瞬間、視界の中に映る蜂が炎に包まれ吹き飛んだ。
更に打ち込む。
「澪爆」
先ほどの魔術の発動地点から凄まじい冷気が吹きすさぶ。
更に打ち込む。
「焔爆」
そこで新は様子を伺うが、急激な温度変化によって発生した水蒸気に覆い隠され状況が把握出来ない。
(ミスった…)
自分のミスに臍を噛むが、視線は逸らさない。
そうしているとダズから声が掛かる。
「上出来だ。」
「…終わったのか?」
「分かんねぇか?魔物はエナの反応で生死を見分けるんだ。もう魔力反応はねぇだろ?」
「…終わったー。」
「オシ、じゃあコアを回収するからアラタも手伝え。」
「コアって…ああ、分かった。身体の何処にあるんだ?」
「大体は胸にあるな。この様子だとアラタが斬ったちまった奴もあるがな。ゼジアンビーのコアはアラタのギアにもハマってる奴だ。大きさはそんくらいだな。」
「これ、この蜂のコアだったのか?じゃあダズも戦ったのか?」
「あん?そうだ。こいつらはそん時の余りだな。」
「余り!?ダズんときは何匹くらいだったんだ?」
「2000匹位だな。1匹だけ女王もいたがなぁ。」
なんと無しに言うダズの言葉に絶句した。
「どうしたよ?」
「…外はこんなの一杯いるのか?」
「あん?こんなの魔物の中でも数が多いだけの雑魚だ。女王がいりゃもうちっと強いが。」
(外怖い外怖いそとこ………はっ?!)
一瞬現実逃避仕掛けるが、針によって傷を負った事を思い出し、コアを回収しながらダズに問い掛ける。
「そういえば、こいつら蜂の癖に毒ないのか?」
「あるに決まってんだろ?」
「え?でも俺刺されたけど…」
「今のアラタに毒が効くかよ。前から少しずつ、ありとあらゆる毒を食事で取ってたんだそ?今じゃアラタの血自体があらゆる毒の血清に「ちょおおおぉっとまてえぇええぇぇえ!!!!?!?!???!」
ダズは素手で蜂を裂きながらとんでもない事を言い出した。
「毒ってなに?!血清って?!!」
「面倒くせぇ、またか?死にづらくしてやろうと思ってやった事じゃねえか。」
「ふざ、ふざ、ふふふざけりゅな!!!」
あまりと言えばあまりにもなその言い方に噛んでしまう新。
「ふざっ!?」
怒りが頂天に達したのか新はダズに飛び掛った。
簡単には避けられなかったが、カウンターで顔面に拳が入った。
「……理不尽だ。」
そのまま気を失った。
「さて、反省会だ。」
「ダズは自分の行いをもっと反省しろ!?」
「まずは、上出来だ。最後の魔術も威力は申し分ない。あの煙は頂けねぇが3発で全部仕留めたのはデカイな。」
「…おう。」
「ただ最初から身体強化しなかったのは外れだな。痛みに慣れてるから多少傷付いても戦力分析をしようってのは駄目だ。相手がもっと強かったらあの時点で消し飛ばされてた可能性もある。」
「…途中でエナが切れるのが心配だったから節約出来るならしたかったんだ。」
「それで死ぬってか?後の事考えて死んでたら意味ねぇな。最初から全力、様子見は途中でも出来る。最初から全力で通じなかったら逃げる事も視野に入れられる。」
「…あ、」
「現実では逃げる事も立派な戦術だ。それを今まで考えさせなかった俺のミスでもあるが…肝に銘じとけ。」
「分かった。ありがとう。」
「泣いても笑ってもあと少しでタイムリミットだ。それまでに今以上に強くしてやる。だから死ぬなよ?ここからは組手も殺すつもりでやる。」
「…組手で死なないかな?俺。」
「…トドメはささない程度にやってやるよ、クハハッ!」
こうしてまた一つ理不尽を覚えた新だった。
この世界の魔技、戦技にはその発動の規模や効果の強さから、5級~1級、さらにその上に特級のランク付けが成されている。
今回新が使用した魔技は新のオリジナルのためランクが付けられていないが、ダズの見立てでは
1級相当
である。
新の手持ちの中では比較的効果範囲は狭い魔術でこれである。
「あいつ、人界で浮かねぇかな?」
少し、ほんの少しだけアラタの今後を心配したダズである。