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新の鍛錬は休みもなく連日行われた。
その間、ずっと地下にいたためどのくらいの日数が経過したのか分からない。
いつもの様に走り始めようとする新に声がかかる。
「今日は座学でもやんぞ。知識も鍛錬しねぇとな?」
新は胡乱気な目でダズをみる。
(このクマヒゲに勉強とか言われても…)
「オラ、行くぞ。」
「はいはい。」
ダズに付いて階段を昇っていくと、久方ぶりにリビングに出た。
「ちょっと外まで行って水汲んで来い。」
「は?外出れんのかよ?」
「この洞窟の入り口に井戸掘ってあるからよ。間違っても離れるなよ?死ぬぞ?」
「分かったよ。」
リビングには3つの扉がある。
新が最初に目を覚ました部屋、鍛錬部屋へ続く扉。
そして今初めて使う外への扉。
久方ぶりに浴びた日光はとても気持ちよかった。
しかし、外に出た瞬間奇妙な感覚があった。
体の内側から、力が溢れる様な奇妙な感覚。
瞬間体中から激痛がして膝をつく。
(な、んだ、これ!?やばい、意識が…)
暫くすると新は目を覚ましたが、体中から感じる力強さに戸惑いを覚える。
水を汲むと言う仕事も忘れ、洞窟の中に駆け込んだ。
「おい!なんか身体がおかしいぞ!?てかちょっと走った時に自分の速さにビックリした!」
「あん?てか、アラタ水は?」
「だから、から「面倒くせぇ、全部説明してやっから早く水くんでこい。」…分かった。」
「それで、どうなってんだ?俺の身体…大丈夫なのか?」
「アァ、ダイジョウブダイジョウブ。」
「なんでカタコトなんだよ!てかどこでそんなネタ覚えたんだよ!?」
「分かったから落ち着け。まず、アラタがこの世界に来てどんくらい経ってるかわかるか?」
「いや正確には分かんないけど…。」
「45日だ。」
「あぁ…って…ウン?思ったより立ってないな……?」
「アラタ、まずお前の目的はなんだ?」
「あぁ、それは、帰ることだ。」
「そうだ。だけどな、お前を鍛えるにはかなりの時間がかかる。俺ほどとは言わんが、せめて俺に近いくらいの強さがいる。」
「…だいたいの見立ては?」
「どんなに効率良くやって最低でも15年。」
「今すぐ帰る方法を、穴をさがす!」
途端に走り出す新。
当然だ。
本来なら今すぐにでも、帰りたい。
葵の事もあるが、元の世界は一ヶ月でも行方不明で大騒ぎだ。
叔母には迷惑を掛けたくないし、今となってはたった一人の妹の事もしっかりしたいと思っている。
そんな時間をかけては新の事が過去になってしまいそうで怖かった。
だが手を掛けたドアはピクリとも動かない。
(さっきは簡単に開いたのに!?)
「ダズ、あんたか!?頼む、手伝ってくれ!そんなに時間はかけられ…」
「落ち着け。まず座れ。」
「ダズ、俺はっ!?」
「分かってるっての。ちゃんと分かってるから、座れ。」
そこから新は渋々と椅子に座り直す。
それからダズが説明を始めた。
「まず前提としてアラタの世界とこちらの世界では時間の流れが同じかは、分からん。一日の長さすら同じか分からないんだ。だから、今すぐにでも戻ったとして100年経ってたとしてもおかしくない。」
ダズは新の様子を確かめながら説明を続ける。
「アラタ、お前の世界は西暦という暦があるな?」
「…ある。俺がいたのは2017年だった。」
「そうか。シンは1995年の時に来たと言ってた。俺がシンとあったのは20年以上前だ。って事はおそらく時間の流れはおんなじ様なもんだ。」
「…それは、良かったが。それでも…15年って…。」
「正直にいって、アラタお前は運が悪過ぎる。この森はな、人界…あぁ、人種族の生存圏の事をそう呼ぶんだが、この森は人界の中にはない。危険過ぎて近づけないからだ。」
「でも、…ダズは?」
「俺は、色々あってな。人が嫌いなんだ、クハハ!」
「この森が問題なのか?なら、ダズが手伝っってくれれば…。」
「甘えんな、アラタ。この森以外の危険領域もまだまだある。その全てに俺が付いて行けと?ハッ、面倒くせぇ。」
「……ならなんで助けた!?………頼む、ダズ、お願いします!じゃないと全部失くなって…」
焦る新にダズは飽くまで冷静に語りかける。
「だから焦んなって。お前がこの森でメソメソしてた時間が39日。その間腹が空かなかったろ?変な話ションベンすら出なかった筈だ。あれは魔術でアラタの身体の時間経過で起こる変化を全て止めていたからだ。」
「…時間を止めたって、そんな事…てか、そんなことしてたのかよ…。」
(いや…今となっては、感謝するしかないか。)
「もちろん世界全体の時間を止めるなんてこと、そうそう出来るわけじゃない。俺だってアラタ一人で精一杯だ。けどよく考えろ、ここに来てアラタはまだ6日しか過ごしてないんだ。」
「??あんな地下じゃどれだけ過ごしたかも分からなかったけど…一週間経ってないのか…。」
「いや、アラタはあの地下で3ヶ月過ごしてる。」
「は?!意味が分から…どうやって…」
「そうだ、この洞窟は特殊な魔術で切り離してある。その間は中の時間などある程度自由になるが…ただ単純に時間の流れを変えて15年も過ごしたんじゃアラタが帰る時は30過ぎのおっさんだ。いいか…」
その後、新は長い説明を受けた。
ここは時間の流れを早くしていて、通常空間より時間の流れが早いらしい。
ただ、そうすると老化などの面で困ることになる為、中にいる人間の肉体時間を止めている。
しかし、ここにも問題がある。
肉体時間を止めて変化をさせないということは、鍛錬の意味がなくなる。
ここで本来起こるはずの鍛錬による変化のみを蓄積して、洞窟の外に出たときにそれを戻す。
洞窟内部の時間は、外の15倍の速さで流れることになる。
さっき新が感じたのは、90日もの鍛錬による変化を一挙に受け止めたことによる反動だ。
「って、3ヶ月も体を鍛えても、その間は意味ないのか!?」
「しょうがねだろ?時空間魔術ってのは制約も多いし面倒くせぇんだぞ?今は、アラタの肉体情報は書き換えられてる。あの鍛錬は低い身体強度で視覚、聴覚を最大限に使うから意味もあるしな。」
「じゃあ、ここからはまともな修行に…。鍛錬だけで1年、か。それからか…」
「そうだ。その時間だけはどうにもならない。そのあと帰る方法探しだったりで色々あるだろうな。あと鍛錬はこのままだぞ。人間の身体強度ってのは限界もあるがそれを最大まで鍛えれば、その後が楽だからな。」
「…ハァ…さっきから言ってる身体強度ってなんだ?」
「骨密度、筋密度、表面強度、体内強度、、心肺強度、治癒速度、反応速度を合わせてそう呼ぶんだ。とりあえずこれを鍛え上げたあと身体操作、魔力操作なんかの技能鍛錬だな。」
(…骨密度って鍛えられるの!?…おれ、死なないかな?)
「とりあえず今日の講義はこんなもんだな。これから体を休めとけ。いくら魔術でも廃人になったら無理だからな。」
「廃人って、どゆこと!?」
「濃すぎる鍛錬に精神が付いてかねぇんだよ。痛みもかなり与えてるしな。限界ぎりぎりのはずだ。だから眠っとけ。時間は心配すんな。」
「…分かった。…ダズ。」
「アン?」
「ありがとう。」
新は頭を下げてお礼を言った。
「クハハッんじゃな。」
新は洞窟に最初で眠っていた時の部屋に入って、眠りについた。
ちなみに鍛錬による変化のほかにフィードバックするものがある。
鍛錬の間、新は排泄等していない。
食事が体を作るが、それが100%栄養になるわけではない。
老廃物もたまる。
よって寝ている新は久しぶりにお漏らしを経験した。
起こされて、鼻をつまみながらダズが笑っていたとき、
新はダズに飛び掛かった。
「エンガチョッ!!」
簡単に避けられた。