3
「難しいな。」
元の世界に帰れるのかとの質問に対しての答えがこれだった。
「…理由は?」
「お前が落ちた穴な、まずどこにいつ開くのか分からん。加えて開いている時間は1秒とない。辛うじて、【開いた】事が分かるだけだ。だから、無理とは言わんが無茶だな。シンも…あぁ、俺の知ってる日本人な。こいつも戻る方法を探してたが、結局どうなったか知らん。」
「…死んだのか?」
「いや、分かんねぇんだよ。随分前に別れちまったから。」
「そうか。でも不可能じゃないんだよな?」
「まぁな。でも、新の場合それ以前の問題だな。」
「どうして!?」
「はっきり言おう。今のままだとアラタは生きていけない。たぶん普通に外を歩くことすらできねぇ。」
「それは…魔物とかいう生き物か?あの狼みたいな。」
「そうだな。それ以外にも普通の獣からすら逃げられんし隠れられん。」
「って事は…」
「まぁ、そうだな。強くなるしかねぇ。俺を殺すとか大見え切ったんだ。期待してるぜ?あと鍛える間に知って困らねぇ知識も教えてくかんな。」
「殺すのはもういい。ただ…1発殴らせろ。…ハァ…ありがとう、ダズさ「ダズ」…。」
「ダズでいい。面倒くせぇからな。」
「わかった。お願いします、ダズ。」
あの寝床からリビングのような机と椅子が置いてある部屋に移動して、これからの説明を受けていた。
まず強くなることが最低条件らしい。
となれば鍛える事になるが、ダズは再び立ち上がると付いて来いといって、壁のドアを開けた。
そこには下へ続く階段があった。
それを降りていくと、とても大きな空間が広がっていた。
直径200mほどの円の形をしていた。
新は後で聞く事になるが、この洞窟自体は自然のものだが内部を過ごしやすいようにダズが広げたらしい。
この広い空間は、新が気を失っている間にわざわざ作った様だ。
地下にこんな空間があることに、呆然としている新に声がかかる。
「とりあえず…体力づくりだ。――――――――走れ。」
「は?どのくらいだ?」
「俺がいいというまでだ。…おっと、忘れてた!」
ダズがフィンガースナップを1回。すると―――
「うおおおおおおおっ!???!」
新は、体が急に重くなるのを感じた。
「あとは…っと。」
今度が、指を新の額に付ける。
嫌な予感がしたので避けようとするが、急に重くなった体のせいで避け損なう。
「おし!んじゃ走ってこい!止まると激痛が走るようにしといたわ!これで頑張れるな!?」
「ぎゃああああああああ?!!!?」
「じゃあ、俺は上にいるからもう無理だと思ったら、――――っていうんだぞ?」
そう言うとダズは姿を消した。
「ぐおおお!?ハッi?聞こえねぇー!!!!!???!?!ウギ!?」
全身に電流を流されているような痛みから逃れる様に、走り出すと―――
(…痛くない…?あいつ!?ふざ、ふ、ふ、ふざけんな!!今度現れたらぶん殴る!!)
重圧に耐えかねて体中が軋む様な感覚があるが、止まれない。
こうして、新のトレーニングが始まった。
開始10分で足が折れた。
叫び声も出せないほどの痛みだった。
ダズが直した。
開始20分で転び、付いた手の骨が折れた。
ダズが、直した。
それでも走らなければならない。
理由がなんであれ、止まれば待っているのは激痛。
骨折以外の傷もダズが現れてはどういう原理なのか直していく。
体を地面に打ち付ければ、肋骨が折れて肺に突き刺さる。
膝をつけば、膝が折れる。
尻もちをつけば、骨盤が折れる。
こうしてありとあらゆる場所を骨折しては、治癒していく。
走り出した当初、新はこう考えていた。
(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!息が…)
「ギャアアアアア!!!?!???!」
気を失って倒れても、身体中を走る痛みに目を覚ます。
慣れて来てからは
(あいつ殺す、あいつ殺す、あいつ殺す、あいつ殺す!!!!!…あ、足が…)
「グウゥウゥウウウ!!!」
暫くして、部屋の出入り口付近に食事が置かれていた。
恐る恐る止まると
「ギャアアアアア!?!!!!」
(クソ!!やっぱりかよ!?走りながら食えって事!?)
拾った時に指の骨が折れた。
食べ物を拾って、食べると失った体力が回復する様な感覚があった。
(クッソオオォォオォ!!なんだこれぇ、永遠に走れって事かよ!?)
地下であるため外界の様子もわからず、どれだけ時間がたったのかも分からない。
まともに息が出来ず、身体中に筋断裂による内出血がある。
走るだけで骨折など論外だが、どう見ても重症である。
どんなに頑張っても身体が言う事を、聞きそうにない。
新は倒れる様に気を失った。
目を覚ましたとき、全身がゼリーの様なものに浸かっていた。
最初は水中にいる様な感覚に焦ったが、息も問題無く出来るため思いの外心地良かった。
暫く揺蕩っていると、突然液体が弾けて外に放り出された。
「おら、次行くぞ、アラタ」
「………殺す気か?!」
「あん?死んでねぇじゃねぇか。身体強化が一番面倒くせぇが、俺が身体の損傷治しながら量こなせるし感謝しろよ?」
「ふ、ふ、ふざ「アァ、アァ面倒くせぇ。次は組手だ、オラ来い。」ヒャッハー!!」
今まで溜め込んだ鬱憤でテンションがおかしくなってしまった新であった。
チャンスとばかりに飛び掛るが、そのときダズの右腕がブレる。
顔に衝撃を感じたと思ったら後方に吹き飛ばされた。
「……ハ!?え?あ……あぁ、あぁあ…。」
「この程度意識飛ばして、痛みで動揺すんな。これからだぞ、地獄は。」
そこからは文字通り地獄だった。
ダズはカケラの容赦もなく、殴り、蹴り、投げ、極め、徹底的に新を壊していく。
怪我を治癒される事をなく、短時間でボロ雑巾の様になって地面に転がされる。
幾度気を失ってもダズは止まらず意識が飛べば起こす為に殴る。
正に暴力である。
「オラ、どうした?お前の帰りたいって言葉は遊びか?このままじゃ永遠に無理だな。」
新は短い間に何度も「死」を身近に感じた。
比喩でもなんでもなく、死んだと思った。
彼はまだ15歳の少年である。
日本ではどこにでもいる普通の男の子は、気が強いでもなく、運動が得意なわけでもなく、特別な才能があるわけでもなく、ただただ普通だった。
そんな彼が絶望し、自殺を選んでから目まぐるしく状況が動く。
新からすればこの世界は人外魔境である。
ダズは凄まじいほどの殺気を放ち始め、ただこう告げる。
「今のままなら意味ねぇな。…アラタ――――――――死ぬか?」
その生い立ちには普通が並び、誰かから「死」を突き付けられた少年。
今まで与えられた痛みと苦しみと辛さ。
ダズは言っているのだ。
これからも痛いし、苦しいし、辛い
これに耐えられないなら生きてはいけない
生きるなら、絶望を噛みしめて、執念を燃やし、目的を見失うな
これを新が理解できたとは思えない。
しかし、折れた片足を引き摺りながら、少年が立ち上がった。
「…いやだ……。」
「なら、始めよう。ここからだ、アラタ。」
ダズが知識として知っている新の国「日本」は、この血反吐を吐くような鍛錬など必要ないと知っていた。
普通に生まれ、普通に生きて、普通に死んでいく。
ダズもそんな国、世界に憧れたこともある。
だからこそ、このままではこの世界で生きていけないと分かってもいた。
(お前が何を失ったのかは知らねぇ。けど失ってばかりじゃ最後には何もない。だから今は、生き抜け)
そこから新は足を引き摺りながらダズに飛び掛かっていった。