21
戦力を有する大手のクランは暗黙の了解の下、未開領域の開拓にに専念する。
人種は常に脅威にさらされている。
軍と違って、己のため、己の力を使うのがマーセナリーである。
その力で欲しい物を手に入れるのも、富を得るのも、名声を欲するのも自由である。
彼らには義務はなく、さりとて自由のみではない。
力を持つ者には、相応の期待がある。
民衆が向けるその期待を一身に背負うのが大手クランである。
そんな考えの元に誇りを持って、彼らは開拓を行うのである。
そんな最前線が、廃渓谷と呼ばれる未開領域にもある。
仮設で立てられた小屋の中で、新はオーレイルとワーリルと向かい合っていた。
「お前は安全が確保されている場所で調査を行え。護衛は私の部下が付く。」
「…はい。」
「私達は入ってきた情報をもとに戦略を立てるから。アラタ君は、無理しないようにね?」
新は何も答えず、そのまま小屋を出て行った。
「随分嫌われてしまったわね。」
「ふん。つまらん意地だ、マーセナリーならその能力にあった役割がある。」
「そういうの、私には分からないのだけど…」
「それでいい。これが私の考え方だ。必要ならあんな契約など、破棄しても構わん。」
「あらあら…。でも、あの感知能力は魅力的ね、確かに…。」
「そう言う事だ。この依頼であいつの能力を見極めて有用ならば、そのまま取り込む。」
「ずるいわよ?私が最初に見つけたのに。」
「ならあとは争奪戦だな。」
「そうね。」
そうして二人は会話を切り上げた。
廃渓谷
ここには未開領域と人界を隔てる壁がない。
この深い深い渓谷が、魔物の侵入を拒んでいるのだ。
その渓谷には申し訳程度に橋が架けられている。
この崖の向こう側は人界ではない。
未開領域の開発で1番の目的はやはり強力な魔物の討伐だ。
また人界でまだ見つかっていない希少素材などの確保という事もある。
安全が確保された後、壁を建設し少しずつ人界を広げていくのだ。
橋を渡った所はゴツゴツとした岩場だが、さらに奥に入ると広大な砂漠地帯である。
その光景を眺めながら、新は座り込んだ。
なるほど、と思った。このどこまで行っても変わり映えのない砂の海は、目的の魔物を探すのを難しくさせている。
無言で砂漠を眺める新に声がかかる。
「おい、ガキ。てめぇ、ホントに感知範囲そんなでけぇのか?信じらんねぇんだけどよ。」
「……」
「おい、聞いてるか?…はぁ、いんきくせぇガキだな…。ガキのお守りなんてごめんだぜ。」
「…見つけた。」
「は?」
「西南西に36km、北東に48km。特徴的な反応があるのはこの2つです。2人を読んでください。」
「……は?」
「動きますよ?」
「あ?あぁ…今呼んでくっからよ!」
しばらくして、2人がやってきた。
そこに数名のクランメンバーもついてきており、大型の魔導機械を運んで来ている。
「おい…」
「西南に32km、北東に49km、移動しています。移動が早い方を確認お願いします。」
「アラタ君、浅すぎるわ。調査が必要なのはもっと奥なの。」
「分かっています。とりあえず、確認を。」
大型の魔導機は遠距離を観察する望遠鏡の様なものだ。
新の言葉によって魔導機を覗き込む。
「魔物の姿を教えて下さい。」
「ロックレパードだ。あいつじゃ…。」
「じゃあ、もう一方の方を。」
「アラタ君、焦っても…。」
「お願いします。」
「……。」
魔導機を覗き混んでいた男性はワーリルの方を向くが、彼女は呆れた様子ながらも確認してやれと促す。
「……あいつは、グランワームだな。確かに強いが…。」
グランワームとは人の胴体と同程度と太さのミミズの様な魔物だ。
身体の先端に口があり、小さな動物くらいなら捕食する。
ただ魔物としてのランクは3級程度で、そこまで強い訳ではない。
しかし
「オーレイル様、あいつを追います。準備を。」
「だから、アラタ君。あの魔物じゃないの。今回のは初遭遇の蛇型の魔物なのよ。恐らく砂の中で生活してるから、地中の様子も探るためにアラタ君を呼んだの。」
「アラタ、早く帰りたいからと言って、我らも暇ではない。そんなことにつき
「砂の中に住む者が、地中で捕食するか、わざわざ地上に出てきて餌を探すかどちらですか?」
それに黙り込む2人。
新が何を言いたいのか分からなかったのだ。
「この砂漠は感知したところ圧倒的に砂の下に住む生物の方が多い。襲われた人達は何をしていたんですか?」
「…確か食事をしていたはずだ。野営をしながら狩った魔物の肉を…おい、何の肉だった?」
「グ、グランワームです…。」
「早く行きますよ。途中で別のイキのいいのがいたら追跡対象を変えますが。」
オーレイルは驚いていた。
この少年の仮説や考察にではない。
その雰囲気にだ。
この少年は能力を制限している上に、5級である。
年齢からしても、魔物との戦闘経験などそこまであるはずがない。
報告には対人戦闘力は高いが、魔物相手では考察不可とあった。
新が徒手空拳だからだ。
いくら強化しても生身で魔物とは渡りあえる者をオーレイルは3人ほどしか知らない。
例え制限を1つ外した所で、そこまで身体強度が上がるはずもない。
なのに、この獲物を狩る様な雰囲気はなんだ?と疑問に思ったのだ。
「…調査が必要だと言ったはずなのだけど。」
「オーレイル、良いではないか。ここまでシンプルならそれの方が早く済む。いくぞ。お前達はここで、渓谷の人界側で待機だ。」
クランのメンバーに指示を伝えると、ワーリルは一度準備をしに戻って言った。
そんな様子を見てオーレイルは溜息を吐くが、仕方ないと思ったのか首をふり、戻って言った。
新にはこんな討伐に1ヶ月も費やす様な時間はない。
それに確かめたい事もあった。
「準備はできた。いくぞ。」
「アラタ君は私が背負って行くわ。」
2人ほどになると魔導車よりも脚の方が速い。
必然移動は徒歩になる。
だが―
「いえ、これを取りますので。」
そう言って新は首に着けていた身体制限と魔力制限を外した。
「なんだ、そっ!?」
いきなり魔力量が跳ね上がったため、ワーリルが驚く。
オーレイルは話していなかった様だ。
「あら、それなら助かるわね。」
「…知っていたのか?」
「私がアラタ君に目を付けたのはこれが原因なの。」
「なんだ、魔力量も2級程度はあるな。もう1つのはなんだ?」
「身体制限よ。恐らく今は彼の腕力と頑強はCくらいかしら?」
「…面白い。益々欲しくなったぞ。」
これに新は答えない。
今の新は完全に戦闘態勢だ。
服装も全身黒の長袖長ズボンを着け、その上から外套を羽織っている。
「準備はいいですか?」
「ああ。」
「いいわよ。」
「行きます。」
そして、3人での魔物捜索が始まった。
実は、新にとって最初のきっかけなどどうでも良かった。
とりあえず走り出せば後は新のやりたい様にできると思ったのだ。
常人からは考えられないスピードで3人は走る。
新を頂点としたトライアングルだ。
新は時折方向を転換しながら、砂漠をどんどん入り込んでいく。
制限を外したとはいえ、能力的にはまだまだオーレイルとワーリルの方がかなり上だ。
文句を言う事もなく新について行くが、砂漠を縦横無尽に走りながら、2時間、距離にして120kmを超えた所で
「ア、ラタ君、ちょっと、休み、ましょう。」
その2人が根を上げた。
それを聞いたアラタは、そのままスピードを緩め止まった。
距離にはかなりの移動したが、未開領域の中では比較的浅いほうだ。
オーレイルは膝に手を当て、荒く息を吐いているが、ワーリルなど喋る気力もないのか、座り込んでしまっていた。
身体制限は骨密度、筋密度、体表強度、体内強度に制限をかけるが、心肺強度はそのままだ。
新の化け物の様な体力にはなんの制約もない。
その新の持久力について行けなくなったいけなくなったのだ。
しばらく休んで一息ついたあとで胡乱気な目で新を見る2人。
(どんな体力をしているの?明らかに私よりあるじゃない…)
(侮っていたが、この小僧、面白い。私も、魔技のみに頼らず、もっと鍛えねばならないか…)
と、ここで新が2人の方に顔を向けた。
新のほうから喋りかけて来た。
「約束覚えていますか?」
「…?なんの約束だ?」
「契約書にサインをしましたよね?もう俺に関わらないと。」
それに対する2人の答えは
「…アラタ君、君の能力を隠して置くのは勿体ないわ。正直にいうと君の能力はとても魅力だわ。」
「ふん、あんなものどうとでもなる。アラタ、私の下につけ。お前の能力を発揮する所はここにある。」
新の予想したものだった。
「俺の都合はどうなるんです?」
「申し訳ないけど、私達も譲れないものがあるのよ。」
「嫌だと言ったら?」
「ふん、力づくでも協力させるさ。学術院の、なんといったか?あの講師なども利用出来る。あれに不都合などあっては困るだろ?」
「正直申し訳ないとは、思っているわ。でもアラタ君、この世界は綺麗事では回らない事もあるのよ。ごめんなさいね。」
「…ハァ…あなた達は力を向けられたから、守るためにその力を手にしたんですよね?魔物と戦う為に。」
「そうだ。元より魔力が大きかったがな。」
「そして今度は力を得たから、それを俺にむけるんですか?そんなの間違ってる。」
「…そうね。理不尽よね。でも、私には守らないといけない人達がいるの。新くんにも、そんな人がいるでしょう。」
「そんな人がいるからこそあの依頼を受けていました。…力を得たからって、守りたいからってその力を、人に向けるなよ。」
「グダグタと何が言いたい?」
「あなた達が力で来るなら俺も全力で抵抗する。」
この言葉を聞いて立ち上がる2人。
「…そういう事ね。ここまで3人で来たのはここで戦うためってこと?あんなに走って私達を疲れさて。」
「下らん。もうすで戦える。そんなちっぽけな力で何ができる?全てはお前が弱いのが悪いのだ。諦めろ。」
「……いったな?あなた達は、譲れない時、どうして力で従わそうとする?その人にも譲れない物があると思わないのか?」
2人は黙って答えない。
なお言葉を尽くそうとする新。
「オーレイル様、俺は絶対に協力しない訳じゃない。俺の大事な物の為に時期や都合も考慮して下さいと言っているだけだ。今回のは、それを無視するほど必要なものだったんですか?ワーリル様、マーセナリーは依頼を受けて仕事をする。今回の様に無関係な依頼人を脅してまで、俺が必要だったんですか?」
2人に分かって貰える様に問いかける。
新にだって大事な物があると、オーレイルが守りたいものがある様に、ワーリルにしたい事がある様に。
人の大事な物を侵すほどの案件なのかと?
ワーリルはともかく、オーレイルは分かってくれると思っていた。
果たして帰ってきた答えは
「…そこまで、大切ならもっと力を付けなさい。私達に抗える位に。」
「私は私の事情を優先した。お前の都合で待つ必要がどこにある?未開領域の開発より優先される依頼などあるわけがない。」
自分の事のみを考えた答えだった。
話は平行線だ。
彼女達は分かっていないのだ。
この世の頂点と言える力がある故に、力で従わせる方が簡単だから、その力を新に向けた。
弱い者の気持ちや立場を全く勘案しない。
全てが自分達より弱いから、抗える者など居ないと思うから、言葉ではなく力を使うのだ。
もうこれ以上は無理だと思った。
「諦めなさい。この償いはいつかするわ。」
「償えない物もあると知っているはずだ!」
「もういい。こちらからいくぞ?」
ワーリルの周りでマナの揺らぎが発生する。
自分が手を出す必要がないと思っているのか、オーレイルはこちらを見ているだけだ。
「ファイアーレイ!」
身勝手な閃光が放たれた。




