20
新が、レックスから依頼を受けて一週間が経った。
テオとは随分親しくなり、一週間とはいえ彼の戦闘技術にも僅かな向上が見られた。
高速戦闘に入れば拙いが、授業ではなんとか範囲攻撃を感知出来る様になって来た。
ただ魔力制御に関してはまだまだで、いざとなると全身に身体強化をかけてしまいエナの消耗も激しくなってしまう。
こんな状態ではあるが今まで足踏みしていた時間が長いのか、この僅かな変化でもとても嬉しそうだった。
新はといえば、オーレイルの一件から軍関係の者に見つかる事を恐れて外出を控えていた。
そして、レックスの実験準備が整ったようで、本日の午後から第1回実験を行うと伝えられていた。
昼食を食べてからレックスの研究室に向かうと、なぜか部屋の前にテオがいた。
「どうしたんですか、テオ先輩?」
テオは新の姿を見つけると、何故か悲しそうに目を伏せて一言呟いた。
「…ごめんな。」
「??なにかあったんですか?」
テオは黙ったまま、何も答えない。
何か胸騒ぎがして、レックスの部屋をノックする。
「…はい。」
レックスが堅い声で入室を促したので、入るとそこには2人の女性がいた。
1人は知っていた。
オーレイル=パラジャイルだった。
もう1人は知らないが、テオによく似た明るい赤色の髪をしており、不機嫌なのか切れ長の目は細められ眉間には皺が寄っていた。
状況が分からず、レックスを見ると困った様な表情で、新ではなく、オーレイル達の方を向いていた。
そこにオーレイルから声が掛かる。
「この間ぶりですね、アラタ君。今、貴方の話をしていました。どうぞ掛けてください?」
自分の部屋でもないのに新に着席を進めるオーレイル。
「あ、はい…?」
そして席に座ったところ、もう1人の女性から声をが掛かる。
「君がアラタか?私はワーリル=シャリマという。テオの姉だ。率直に言う。私に付いて来い。」
「はい?あの…」
「ちょっとワーリル。それじゃあ、意味が分からないわよ?」
「この男には既に話した。あとはアラタの了解を得るだけだろう?」
「ちゃんと内容説明して無いじゃない…。あのね、ここから西に行った先で魔物が発見されたの。それの討伐を手伝って欲しいの。」
「え?あの…?オーレイル様がいて、何故俺を…?」
全く意味が分からない。ナイトともなれば人界の魔物なら1人でも問題ないはずだ。
「この間ユニオンに貴方の情報を照会してから、2、3日してから追加報告が届いて。そこには、ある依頼で貴方が少なくとも30kmの範囲を感知出来るとあったの。事実かしら?」
「えーと、あの…それは、」
「下らん言い訳を考えるのは止めろ。弟からお前が感知が得意なのも聞いているし、ユニオンが適当な情報を上げるとは思えない。」
「う、…はい。」
まるで教師かの様に責められた新は認めるしか無かった。
「それで今回の魔物は行動範囲が広い上に、討伐に向かったクランの上級マーセナリー達が失敗してね。逃げ帰ったから命は助かったけど、1級もいたのよ。それなら迅速に対応する必要があると言う事でナイトと特級で当たる事にしたの。」
「え!?特級って…」
「彼女はマーセナリー特級『赤赫鶯 (せきかくおう)』ワーリル=シャリマ。今回のクラン『ケツァール』のクランリーダーよ。」
「……」
新は絶句する。
現在公表されている限りでは、特級のマーセナリーは8人しか存在しない。
世界中でたった8人である。
1級でも、目にする事は珍しいと言うのに特級が目の前にいるのだ。
それもナイトと同時にである。
嫌が応でも緊張する。
「今回は私のクランの活動範囲だったからな。信頼出来る部下だったが、あいつらに無理となると私が出るしかない。」
「貴方のその能力があれば、迅速に対応が可能なの。見つけて即殲滅できればすぐ終わるわ。彼女の部下達は探し回って一週間。野営中にいきなり襲って来たみたい。お願いできない?」
しかし新には今現在受注している依頼がある。
流れ着いたこの世界で、やっと手につかんだ手がかりだ。
「えっと、俺には先にレックス先生の依頼が…」
「報酬は此方の方が破格だ。それに私達が直接きている。早く行くぞ。」
「え?いやあのだから、今日これから依頼の予定が…。」
「この男には話して了解を貰ってある。」
話を全く聞かないワーリル。
まるでついてくるのが当然というように、先手を打って話をしてくる。
そこでレックスを見るが、諦めた様な顔で頷いた。
何を言われたのか気になるが、今は2人と話をしないといけない。
「あの、だから俺は現在依頼を受注していて、その…」
「くどいぞ。お前は頷けばいい。」
この言い方に一気に苛立ちが募る新。
こちらの事情などまったく聞かず、全てを自分の思い通りにしようとする。
一度落ち着いて、深呼吸を行う。
言いたい事、言うべき事がある。
ただ受けるにも、情報が足りないのだ。
そこで知る必要がある事を確認した。
「…魔物は発見されたのは人界ですか?」
「いや、私のクランが開発を担っている未開発領域だ。ただこのブレナルトから援助を受けていてな。迅速に解決したい。」
「私としても、開発が遅れるのは困るのよ。私がブレナルトに来たのは、この件を素早く解決するようにとの王命なの。」
「具体的には、依頼の期間は、どのくらいの期間ですか?」
「恐らく、準備も含めて1ヶ月程度ね。アラタ君の能力で捕捉して、行動を調査。その後に私達で決着をつけるわ。」
ここまで聞いて新は覚悟を決める。
新の目的は元の世界に帰ることだ。
この世界がどうでもいいという事はないが、未開発領域にあって駆り出されるのはクランの都合である。
オーレイア自体に一応の恩はあるが、それでも強制的に新が駆り出され、帰還の可能性を手放すことはできない。
1ヶ月などの長期間拘束されるのは困るし、これ以降似たような状況で毎回駆り出されるなどたまったものではない。
ワーリルに至っては、全く関係ない。
「改めて、なぜ俺が行く必要があるんですか?」
「ハァ、さっきから何度も…」
「いえ、正直俺はお断りしたいです。」
「え?」
「は?」
2人が固まる。
「俺には、俺の目的があって、興味があってこの依頼を選びました。それを人界の危機であるというならまだしも、所属もしていないクランの都合で、依頼人を蔑ろにしてまで行く理由が見当たりません。」
「………依頼料は、はるかに、」
「それは、俺の興味をひきません。目的にもそぐわない。」
話を聞いていたレックスを含めて、3人は言葉を発せない。
当たり前だと思っていたのだ。
貴族の特級を要するクランと、この国で唯一のナイトが依頼の報酬を提示して、自ら引き抜きに来れば、来るのは当然だと。
それをなんの躊躇もなく切って捨てた。
少ししてオーレイアが話しかける。
「…えっとアラタ君?」
「はい?…ですのでお断りします。」
気が狂っているわけではない様だ。
ここでオーレイアは下手に出ることがない。
そもそも、そんな事をしたことがない。
考えも浮かばない。
「…なぜだ?」
ワーリルに至っては理解すらできない。
今までこんなにはっきりと拒絶されたことがない。
「お前の目的とはなんだ?未開発領域の開発よりも大事なことなのか?」
「はい。」
「それは何?」
「言いたくありません。」
「ふざけるな! これは指名依頼だぞ?正当な理由なく拒否できん!」
指名依頼とは、出された依頼の特殊性、重要度に応じて特定のマーセナリーを選別し、それらを依頼人が選ぶことを言う。
ただし、これらには条件があり、2級以上または他に類を見ない特殊な技能を有している事、と規定されている。
今回の件で言えば新の感知範囲がそれにあたるが、そもそもこの能力は申告制と規定されている。
マーセナリーは言うなれば個人事業と同じ様な形態なので、個人の利益を考えて秘匿するべき能力などもあると、ユニオンも分かっているのだ。
当然新は申告をしていない。
「言う必要がありますか?」
「だからそういっている!」
「ハァ…、まずその討伐に、俺が必ず必要なんですか?それに俺は5級ですよ?その能力だってユニオン対し自分から申告した事はありません。今回の件はワーリル様にオーレイル様が助力する事で迅速に対応しようとのご判断なはず。最初からお二人で解決する事で決まっていたのでしょう?」
「質問に答えていない!それに、我らはお前を活用する事で、更に時間を短縮する事が出来ると判断したまでだ!」
「それは貴方達の理由ですよね?俺には関係ないんですよ。未開発領域を開発しているのは貴方だ。それに俺は関知していないし、そもそもなんで俺が当たり前に行く様に話しているんですか?」
新の言い分には、ちゃんと筋が通っている。
そもそも、ユニオンは単独の利益追加を求める組織ではなく、マーセナリーに限った互助団体だ。
指名依頼なども、極論ユニオンから脱退してしまえば受けずに済む。
今後の活動を考慮して、そんな事をする者はまずいないが。
ともあれ、原則マーセナリーには受ける依頼を選ぶ自由が保証されており、ワーリル達に強制する権利などもありはしない。
「アラタ君には、これより大事なことがあると?」
「はい。」
「はぁ、まさか断られるとは思わなかったけど…」
「…待て。お前は分かっているのか?私達に逆らえると思うのか?魔力も少ないできそこないのくせに…」
「ちょっと、ワーリル…」
新は黙って答えない。
「あの愚弟の後輩でも、マシな能力を持っているから少し花をもたせてやろうと思ったが、もうやめだ。その発言自体が感化できん。嫌なら手足でも燃やし尽くして…」
そこで青い顔をしたレックスが会話に入ってくる。
「アラタ君!!また帰ってくれば、やり直しもできるから…ワーリル様も落ち着いて!お願いします…」
「強引ねぇ、ちょっとは言い方を考えなさいよ…。…でもアラタ君、私もこの件は、これ以上被害を出したくないの。あなたが協力してくれれば調査に人的被害がでる可能性も低いし、対応にも速さが必要なの。もし拒むなら今すぐにレックス教授の研究にも差し障ると思うわ?」
「…そこまで、やりますか。」
「何なら、本当に拘束してもいいわよ?私としても、王名とあればどうしても引けないのよ。」
2人とも自分達の主張が全て正しいとは思っていない。
ただ、2人にとって新の能力はそれだけ魅力的と言う事だ。
感知範囲が30kmなど、特級、ナイトを合わせても5人もいないだろう。
ただ、特級に関しては立場が同等の上、商売敵の様なものだ。
ナイトなど、それぞれ王命によって任務についているし、それ以外は王都守護の使命もある。
2人の事情で動かせる相手では無い。
そこで降って湧いた5級のマーセナリー。
協力させようと躍起になるのも当然だ。
ここまでくると、もう2人とも意地である。
「それは俺の都合や、レックス教授の生活を脅かしてもですか?」
「くだらん事をいってないで、さっさとしろ。これ以上の問答は無意味だ。」
新はもう逃げられないと理解する。
なら次善の策としてレックスの研究や今後の活動に差し障りが無い様にするというのが必要だった
「…なら、契約をお願いします。」
「契約?」
「この依頼以後俺と、俺の関わる物に手出しをしないという契約です。」
「なぜそんなことをせねばならない?」
「これで終わりという確証がほしいんですよ。これ以上面倒はごめんです。」
「…いいわ。」
「オーレイア!」
「こんな頑なだと思わなかったのよ。これで来てくれるというのだからいいじゃない。」
「…ふん。さっさとしろ。」
その後、レックスが契約書を作成し、それに2人と新が指印で押印する。
それを新が保管する事になった。
2人について、部屋を出るとテオが小さくなってドアの横に立っていた。
「まだいたのか?もう貴様など必要ない。さっさと去れ。」
テオは、少し新の方を見て悲しそうな顔をした後、踵を返し去っていった。
「テオ先輩はワーリル様の弟ではないのですか?」
「あんなものが弟など、虫唾が走る。シャリマ家に生まれたことが信じられん魔力の弱さだ。」
その発言に、虚しさを覚える新だが結局何も言わなかった。
この人にはいっても無駄だと思ったのだ。
オーレイアでさえ何も言わないのだから、怒りよりも悲しくなった。
この後、飛行場のあった「ケツァール」専用機にて、未開発領域近くの臨時駐屯地に向け出発した。




