9
新がこの世界に来てからあと少しで1年が経とうとしていた。
洞窟内の時間で約束の15年が迫っていた。
あれから魔物との戦闘も数多くこなしてきた。
ゼジアンビーを始め、巨大なもの、小さいもの、早いもの、硬いもの様々な魔物との戦闘で死にかけることも多かったが全て乗り越えてここまで来た。
そんな新は現在
「ハァ、ハァ、ハァ…」
鍛錬用の空間で膝をついていた。
左腕は圧壊したようにグシャグシャになり、骨まで粉々になっているに違いない。
全身に打撲痕、裂傷、擦過傷、熱傷など数えきれないほど刻まれていて無事なところが一つも見当たらない。
「クッハハッ!!」
対するダズは―――
右腕が喪失していた。
部屋のどこを見てもその痕跡も見当たらない。
まるで腕ごと吹き飛んだかのようだ。
その容態も新に負けず劣らずのボロボロっぷりである。
「ここまでやるようになるとは思はなかったな。俺の腕が消し飛んだのに、アラタの腕は無事か…」
お互いボロボロだった。
次の一撃で勝負が付く。
そんな予感が二人の間で共通していた。
「行くぞ、ダズ。」
「来い、アラタ。」
2人とも常人からすると消えたように見える速度で踏み込むと、次の瞬間
先ほどの2人の位置の丁度中間地点で血しぶきが舞った。
その決着は――――――
「クハハッ残念だったなぁ、アラタ!!久しぶりに楽しかったぜ。」
「くそ!!もう少しだったのに!!」
2人は傷を治して、食事をとっていた。
「最後に動きが鈍ったぜ?俺を殺すのは諦めたのか?」
「うるせー。森のクマさんをこれ以上傷つけるのは気が引けたんだよ!!」
「まぁ、合格だな。これならどこ行っても大丈夫だ。あとはしばらく講義で知識を詰め込んでから…」
「……あぁ。」
新の旅立ちまでもう少し―――
ダズより合格をもらってから組手は無くなり自己鍛錬に切り替わっていた。
強さを認められたので、外を散策でもできるかとも思ったが、まだ外出の許可が出ず洞窟内で過ごしていた。
ある朝、鍛錬を終えてリビングに上がって来た。
しかし
新はこの世界に来て今以上に警戒したことはないというほど緊張していた。
目の前には知らない男が立っていた。
ある理由からとても気に食わない。
「誰だ?」
戦闘態勢をとりながら訪ねる。
「アン?何言ってんだ、アラタ。」
「!!?!?!???!?!???!???!?!!!!!!?!?!?!!!!!?!?」
「…どうした?」
「…だず…か?」
おかしい。
うまく口が動かせない。
この人物はダズのはずがない。
違うのだ。
違うはずだ。
違う。
ヒゲだ。
ヒゲがない。
ダズはクマさんのように髪がボサボサ、ヒゲボーボーのクマさんだ。
この人は違う。
だって
だって
この人は
こんなにイケメンなんて――――!?
そう。
新の前には今までに見たことのないほどの超絶美男子が立っていた。
スゥっと通った鼻筋。
薄い唇。
少し切れ長の金の瞳
「この、この…ダズだけずるいぞーー!!!!」
新は自分の顔にコンプレックスを持っていたのか、このイケメンがダズだと分かると羨ましさから涙を流した。
「なんでヒゲ剃ったんだよ!?今まで一度も剃ったことないのに!!」
「あん?んでそんなに怒ってんだ?今日は用事があんだよ。アラタも一緒に来い。」
「いやだ!そんなことするってことは、女性に会いに行くんだな!?絶対ダズとはいかないぞ!!」
「ダダ捏ねんな。これから会いに行くのは人じゃねぇよ。」
「ん?」
「お前を出さない理由でもある。これが最後の試験みたいなもんだ。」
今だかつてないほど、真剣に語り掛けるダズに、新は問いかける。
「どんな奴?」
「この森の主。概念生命体、幻想種。教えたから知ってるな。」
この言葉に新は息を飲む。
幻想種とは、人々の想念が形をなし実体化したものである。
この世のありとあらゆる生物の頂点に立つ彼らは、明確な意思を持ち思考し行動する高次元生命体である。
ダズからはこの世で戦うことになったら迷わず逃げろと教えられた唯一の生き物。
そんな生物に一体なんの用があるのか。
「アラタは付いてくるだけだ。決して喋らず、何があっても最後まで見届けろ。これが最後の試験だ。」
新は意味も分からずダズの言葉に頷くしかなかった―――――
森の中をダズに付いてただひたすらに疾駆する。
やがて開けた場所に付く。
新はこの場所に見覚えがあった。
新がこの世界に来た時に1ヶ月もの間、寝転がっていた場所だった。
ダズは新にその外縁部で立っているように命じると中央まで歩いて行った。
そこで膝をつき、あの時と同じように何かをつぶやく。
そして――
「約束を果たしに来ました。」
ダズが言葉を発した。
すると気づかない内にダズの前に一匹の生物が姿を現していた。
その姿は紛れも無く、龍
大きさは2mほど。
決して大きくはない。
『ようやくか。待ちくたびれたぞ、咎人よ。』
「すみません。あの時の子供が一人前になるまでとの約束でしたので。」
『そうか。良い。約束だからな。』
「はい。」
『当の童も連れて来たか。』
「あなたの条件だったでしょうが。」
『そうであったな。まぁ、良い。では始めるか。約束の命貰い受ける。抵抗はするか?』
「はい。」
『よかろう。』
戦いが始まろうとしていた。
新には何の事を話しているのか全く分からないが、ダズと龍が戦う事だけは理解出来た。
理由はわからない。
ダズは命を懸けているらしい。
新は口を出そうとして、身体が全く動かない事に気がついた。
恐怖に支配されていた。
あの龍を見た瞬間から、時が止まったかの様な錯覚を覚えている。
ダズが出会ったら逃げろと言う理由も身を持って理解した。
そんな生き物とダズは戦おうとしているらしい。
駄目だと、逃げようと言葉を重ねようとするが身体は思考から切り離された様にただ震えるだけだった。
『あの童は狭間に置こう。巻き込むのは本意ではあるまい?』
「こちらの方でやります。して、全てが終わった後は…」
『分かっておる。何もせんよ。約束であるしな。』
「重ね重ねありがとう御座います。」
『良い。では。』
「ダズ=シエナラード、参ります。」
その時ダズがこちらを見て、魔術で結界が貼られた事が分かった。
ダズは開戦から同時に大火力の魔術を立て続けに放った。
それらは鍛錬では見た事もない規模と威力で龍に襲いかかった。
龍は微動だにせず、全ての魔術が直撃した。
ダズはそれで仕留め切れると思っていないのか、身体強化を全身全開で発動するとすぐさま移動を開始した。
ダズの進む姿がブレ、至る所に残像を残しながら龍に迫っていく。
仙勁漆花流 陸歩「百日紅」
縮地、緩急、足運びによって幻影を見せつけながら神速の移動を可能にする戦技。
しかし、唐突にダズの幻影の一つが搔き消えた。
『外れか。面白いな。』
魔術によって発生した爆炎から全くの無傷で現れた龍は、そのままダズの幻影を悉く消しながら最初の位置から動かない。
恐らく風系統の魔術を放って居るのだろうがエナの揺らぎがほとんど感じ取れない。
龍は余裕すら伺わせて、遊んでいる様な感じすらある。
その時、唐突に龍の尾の鱗に微かな傷が付く。
『ほう?』
それを皮切りにダズの幻影は数を増やしながら、鱗に切り傷を負わせていく。
幻想種といわれる生物の鱗だ。
それだけで恐ろしく硬いらしい。
龍は身体強化すら発動していない。
その時
『これはどうだ?』
龍の周囲に膨大なマナの揺らぎが見える。
『白虎』
人種以外が魔術に際して発声する所を新は初めて見た。
全天全方位に凄まじい暴風が巻き起こった。
その風は周囲の木々を薙ぎ倒し、切り刻みながらその範囲を爆発的に広げていった。
風か止んだ頃には周囲の景色は一変していた。
凡そ目に見える範囲で半径1キロの広場が出来ていた。
中心部では、地面さえもめくれ上がり、切り傷が残るなど凄まじい威力である。
その時、龍の頭上から雷の様な速さでダズが降ってきて参斬「紅花」で胴に一撃をいれた。
全天へ風の魔術が放たれたとき、ダズはその風に乗って上空へと飛び上がったのだ。
頂天に達した所で魔力障壁を展開。
それを足場に一気に降りて来来る事でその勢いも上乗せしての攻撃だった。
ダズの全身にある切り傷から無事ではない事が分かる。
果たしてその結果は
『血を流すのは久方振りだな。』
その一撃は確かに通っていた。
『良き哉。存分にその力を示せ、咎人よ』
致命傷には程遠いが。
ダズはそれでも口角を上げて笑うと
「ここからだ、トカゲ野郎ぉおおぉぉおおぉ!!」
素が出て来たのか、いつもの口調で叫び声を上げた。
どんな結界なのか、新が戦いの余波で吹き飛ばされる事はなかった。
新の目には、傷だらけになっていくダズの姿が映っていた。
ダズはどんな状態になっても戦い続けた。
岩塊で骨折しても、冷気で指が腐り落ちても、炎で全身に火傷を負っても、風の刃で片腕を切り落とされても、雷で痺れさせられても
龍が身体強化を発動し、攻撃が一切通らなくなっても
戦い続けた。
新は震えていた。
(このままじゃ死んじまうぞ、ダズ!)
新は震えていた。
(いつ逃げるんだよ!?)
新は震えていた。
(勝てるわけない!)
新は震えていた。
(なんで戦う必要がある!?)
新は動けなかった。
(動けば死ぬ。)
新は思っていた。
(戦うのが俺じゃなくてよかった―)
新は感謝していた。
(まだ死なないで済む。)
『そろそろか。』
「ま、だ、だ。」
『もう四肢が無いでは戦えんぞ。久方ぶりに楽しかったが、散り際は潔くあれ、咎人よ。』
(ダズ、死ぬぞ!?早く何とかしてくれ!!)
「お、れは、ま…だ、」
(逃げなきゃ…逃げないと!!…俺も死ぬ、はやく逃げよう…)
『約定は果たす。お主の命で童の命は見逃そう。』
(はやくにげ…………………………)
「っ!それ、は、いう「ハ?」」
『良いではないか。あの陰鬱な氣を振りまく童がそんなに大切か?』
いつの間にか声が出ていた。
「だ、ま「どういうことだ?」、…あら、た、だ、まってろ」
ここで初めて龍の気が新に向く。
新はまだ震えていた。
『お主はここで気色の悪い氣を発散しておったろ。ここは儂の領域じゃ。その時消そうかと思っておったが、この男が「気の済むまでやらせてくれ」と頼むから放っておいた。その代価がこの男の命だ。』
「ダズ?」
「う、そだ。しんじ、るな。もうすん、だろ?かえ、れあ、らた」
『人の様に嘘など必要ない。しからば面白いものを見せてやろう』
その時、新の脳に、何かの映像が流れてきた。
「…な、にを…」
その男の子は、王子だった。
素晴らしい父王と優しい母がいて、仲の良い姉がいた。
可愛らしい婚約者もいた。
男の子は王子らしく傲岸不遜な態度が目についたがそれを諫める姉がいた。
父は勉強を迫るが、時々城を内緒で連れ出しては一緒に遊んでくれた。
武術に励んで部屋に帰ると母が優しく迎えてくれた。
婚約者は市井の娘だったが、気が強く男の子が間違えると厳しく叱ってくれた。
そんな時、姉が死んだ。
出かけた先で獣に襲われそうになった男の子を庇って。
男の子は誰からも責められなかった。
それが辛かったのか一層武術に励んだ。
そんな中、母が死んだ。
病気だった。
武術にのめり込む一方で母の様子を気にかけることもなかった。
病気になっていたのを男の子は知らなかった。
今度は母の様な人を助けるためにと、魔術を学んだ。
魔術には治癒の術があると知ったからだ。
そんな様子に王は喜んだが、そんな時、魔物が氾濫を起こし国に押し寄せてきた。
父王は責務があると魔物の大群が迫る中、王都に残った。
男の子は婚約者と一緒に逃がされた。
そしてしばらくして王都が壊滅したことを知った。
父は亡骸さえ無かった。
男の子は成長して、男になった。
王都は滅んだが、国は無くならなかった。
隣の国が助けてくれたからだ。
男は国を立て直そうと頑張った。
男は王になって父が守った国を守ろうとした。
でもすでに遅かった。
多くの人は隣国の援助を受けて生活していた。
男が王になろうと声を上げると、反乱がおこった。
魔物から国を守れなかっった一族などいらないと言われた。
男は国を守るために力をつけ必死に戦った。
戦いの中、小さい頃から支え続けてくれた婚約者を男は何よりも大切にしていた。
だから信じられなかった。
もうやめましょうという彼女が。
だから聞かなかった事にした。
国を守りたかったから。
そして彼女は姿を消した。
敵に殺されたか攫われたか自ら消えたか
必死に探したが死体すら見つからなかった。
絶望して死のうとした。
しかし死ねなかった。
怖かったから。
だから自分が生きてもいい理由を探そうと思った。
それから男は国を去り、世界を巡った。
自分の居場所がなかったから。
その途中で友が出来た。
異世界から来たという友人は帰りたいといった。
その方法を一緒に探したが見つからなかった。
男はもう諦めろと言った。
友と別れたくなかったから。
唯一の繋がりだったから。
だから悲しく笑ってお別れだと言った友の言う通りにした。
じゃないと失うと思ったから。
そして森に行きついた。
そしてまた一人になった。
そこで男は男の子と出会う。
友と同じ雰囲気の子供。
しかしその目はかつての自分のように濁っていた。
気になった。
だから助けたいと思った。
昔友にしてあげられなかったことをしてやりたかった。
全てを失った男だが、この男の子はまだ間に合うと思った。
失う前に気付くことが出来れば、自分の様にはならないと思った。
自分が連れていってやりたいとも思ったが。
龍との約束があった。
幻想種との約定からは逃げられない。
それから長い時間をともに過ごした。
少し昔を思い出した。
弟子とはこういうものなのだと思った。
だから最後に最強の敵と戦うことがどういう事か見せておきたかった。
本当はカッコ悪いところは見せたくなかったが、あの龍との約束だった。
男の子を連れていくことが。
繋がりとはこういうものなのだと思った。
息子がいればこういう感じなのだと思った。
家族とはこういうものなのだと思った。
だから
この子には生きてほしい、この命に代えても―――
「…らた、ど、した、アラタ!?」
『ふむ、人とは面白いの』
新は泣いていた。
悲しいからなのか、嬉しいからなのか、合わせる顔がないからなのか、わからない。
が、体の震えは止まっていた。
新は深呼吸をして、涙を拭うと龍に語り掛ける。
「今の見せた事は内緒で頼む。」
『ふむ。対価は?』
「お前を殺す。」
『ほう、よかろう。』
「あら、た、どう、し…おし、えたこ、とわすれた、のか?にげ、る、こ――」
「わかってるよ、ダズ。少し休んでろ。」
新はそう言うと、腕を一振りする。
ガラスが割れる様な音と共に、新とダズを隔てていた結界が崩れる。
すかさずダズに治癒魔術を掛ける。
欠損部位までは新の魔術では治せない。
大きな傷を治療してエナを分ける。
ダズは分けられた魔力で欠損を治す。
「…悪りぃ、もういいからさっさと帰れ。この爬虫類の相手は俺で十分だ。」
「死んじゃうぞ?」
「それでもだ。」
「俺は――もう失くさない。失くしたくないんだ。」
「っ!?何言って…」
「ダズが大切なんだよ。…さっきまで見捨てて逃げようかと思ってたけど。ハハハッ」
「アラタ、その気持ちだけで――」
「見ててくれよ、ダズ。俺、強くなったから。」
「あん?」
新は大きく深呼吸し、マナを体内に取り込む。
「仙勁漆花流 零龍『竜胆』」
言葉と同時に、新の体から得体のしれない力が溢れ出す。
「ッ!!??!お前、これ…」
『ほう』
「今まで怖くて使えなかった。ダズが離れていきそうだったから。」
「……馬鹿野郎。師匠を超えんの早すぎんぞ。」
「ごめん。」
「謝んな、アホ。クハハッ分かった。巣立ちの時だ。決して離れるわけじゃねぇ。行ってこい。」
「ありがとう…―――オヤジ、行ってきます。」
「…ハッ悪かねぇ。」
『始めるのか?』
「やろう。たぶん一瞬だ。」
『言うではないか、童。では――――』
「さようなら。」
龍の首が舞った。




