プロローグ
完全に見切り発車
――夕暮れ――
少年は一人歩いていた。
その顔には無数の傷跡が見て取れる。
服の状態から、体にも同様の傷があるのだろう。
無言で歩く少年は、視線を下に向けて溜息を吐いた。
少年の名は、田中 新。
この春、高校に進学しそして、虐められていた。
最初は、可愛い幼馴染と付き合っていて、なおかつ成績優秀という点からの嫉妬から始まった。
陰口から始まり、物を隠される、無視など可愛いもので新もあまり気にはしていなかった。
しかしその内に虐めはエスカレートしていき暴力を振るわれることにまでなった。
それだけならまだ耐えられた。
両親は離婚しており、1つ年下の妹、凛と共に父に引き取られた。
離婚の詳しい理由はわからないが、父親はとても優しく兄弟を育ててくれた。
しかし、新が14才の頃に父親は病気でこの世を去った。
それから父親の叔母が引き取ってくれたが、叔母は外資系の企業に勤めており出張等で家を空けることが多かった。
当然、引き取られてからの生活で家事は、新がほぼ全てをこなしていた。
それだけならまだ耐えられた。
兄妹仲は良好だったはずだ。
少なくとも父親が死ぬまでは家族として当然の交流はあったし、会話も少なくなかった。
それが、叔母に引き取られてから妹の態度が急に変わった。
何が原因か思い悩む暇もないまま会話もなく、話しかけても無視されるようになった。
ある日、帰宅すると玄関には妹の靴と、もう1足の靴があった。
友達でも連れてきてるのかと思い、居間に向かうと
「――――で、――のどこが無理なの?www」
瞬間、足が止まった。
「わかんないけど、まずキモイ!生理的に無理!ww」
それから、新は凛との接し方がわからなくなった。
家族としての情はあったのだろうが新の方からも話しかけることはなくなった。
必然、家での会話はゼロである。
それだけならまだ耐えられた。
新には幼馴染がいた。
戸田 葵という女の子は、新が物心ついたときには、当たり前の存在として一緒にいた。
幼稚園、小学校、中学校と同じだった幼馴染への恋心を認識したのは中学2年生の時だ。
父が死に、叔母に引き取られ、妹との距離が離れ、疲れていた頃、新を元気づけてくれたのは葵であった。
父が死んで泣いた時は慰めてもらい、初めての家事に四苦八苦していた時は手伝ってくれた。
妹と友達の会話を聞いた時は、相談に乗ってもらいひとまず距離を置いてみたらとアドバイスをもらった。
彼女は学業成績もよく進学する高校は、新の地元でも有数の進学校であった。
それを知った彼は、必死に勉強し、葵と同じ高校に合格することが出来た。
卒業式の日に一緒に帰りながら告白した。
彼女は少し笑って
「よろしくお願いします。」
といった。
新は幸せな気持ちとは、このような気持ちだと思った。
高校入試を経て、彼は考えた。
大学も彼女と同じ学校に行きたいと。
なので勉強量は落とさず、中間テストでは学年で19番の成績だった。
それから虐めが始まった。
新は葵には相談できなかった。
恥ずかしいと思ったのだ。
こんなことは、妹にも、叔母にも、彼女にも相談できないと思った。
夏休みには、彼女とデートに行った。
その帰り道で初めてのキスをした。
新は携帯をもっていなかった。
携帯を勧める叔母に、家事で忙しいし、部活もやる気はないから必要ないと断っていた。
なので夏休みに葵と会話したのはその時だけだった。
勉強をしていたのだ。
夏休み明けの登校日に、新の家には葵は来なかった。
高校に入学してからはいつも一緒に登校していた彼女が来なかった事に、新は嫌な予感がした。
学校に登校したとき、彼女の隣には知らない男子生徒がいた。
楽しそうに会話している二人の姿に不安になったが、結局、朝のHRの後になって新は、葵に話しかけた。
「久しぶり、葵。夏休みはどんなだった?」
「…楽しかったよ。……ごめん、後で話がある。」
「大事な話??今でも大丈夫だよ?」
「ごめん。放課後でお願い。」
「わかった。」
放課後に、彼女を待っていた新は、クラス数名の男子に連れ出された。
彼らは最初「戸田と別れろ。」と言っていたが、一向に頷かない新に痺れをを切らし、何名かで暴力を振るった。
全く意味が分からなかった。
なぜ彼らにこんなことを命令されなくてはいけないのか、腹も立った。
しかし、結局やり返すことはなかった。
おとなしくしていれば、いつものように飽きてすぐ終わると思ったからだ。
そしていつものように彼らは顔だけには手を出さずに、飽きたのか新を放って帰って行った。
だからまだ耐えられた。
新は葵を待っていた。
彼女は剣道部に所属しており、その部活が終わるのを待っていたのだ。
体は痛いが、顔に傷はない。
これだけは葵に心配をかけずに済むと、内心では安心していた。
部活終わりの生徒を横目で見ながら考えていた。
(葵の話なんだろな?なんかあったのかな?―――――まさかな。)
嫌な考えが頭をよぎり、その考えを否定した。
「…新。」
振り返ると、葵が立っていた。
新はなぜか、彼女の後方に立っている男子生徒が気になった。
見覚えがあったからだ。
朝、彼女と談笑していた男だった。
嫌な予感が膨れ上がった。
「…新……ごめん!!……別れよう。」
だから
だけど
それだけは耐えられなかった。
唐突に、ただそれだけを言う葵が信じられなかった。
呆然としている新の横を、葵と男が通り過ぎようとした。
新は、葵の腕をつかんで彼女に言った。
「―――何で…?どうして?」
葵の答えは簡潔だった。
「他に好きな人が出来た。ホント、ごめん。」
腕から、力が抜けた。
ふと、男を見るとニヤニヤした顔でこちらを見ていた。
瞬間、頭が沸騰するような怒りが沸いた。
この男だと新は思った。
しかし、体は動かなかった。
動けなかった。
去っていく彼らの方を見ることが出来ず俯いていた。
しばらくそうしていると今度はクラスメイトが現れた。
「ざんねぇーん、田中ーww」
「付き合えた事実だけでしあわせじゃーん?ww」
「だからいったんだよっ!」
いきなり殴り飛ばされた。
彼らは見ていたのだ。
新が惨めにフラれる姿を。
その後は、また暴力の嵐だった。
なぜか、彼らは顔への攻撃も躊躇しなくなった。
彼らが飽きて帰った後には、ボロボロになった新だけが取り残されていた。
そして、冒頭に戻る。
新は考えていた。
(疲れた…こんな世界はもう嫌だ。葵がとなりにいない。それだけでたまらなく怖い)
少年は、幼馴染が好きだった。
自分のことを好きだといっていくれる少女のことが。そして気付く。
いま、世界の中に自分は必要なのかと。考えるまでもない。
そこで顔を上げると、橋の上だった。帰り道に橋はない。つまり――――
少年は、世界から消えた