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面接

掲載日:2017/07/17

 二次面接のために連れて来られた部屋は、やにの臭いが鼻につく、ブラインドが半開きの薄暗い部屋だった。村田は三名の学生の最後尾だったので、ドアに一番近い樹脂製のチェアに座った。彼の体重できいと軋む音が響く。村田にとって初めて二次面接まで進んだ大企業で、ここを落とすと、すべてがふりだしに戻ってしまうのだった。

「では、みなさんのプロフィールを述べてください。右の方からどうぞ」

 まるでテレビ放送のような言い回しが、村田のシャツを一段と蒸らせた。

「―――学科、深瀬元と申します。私は大学時代、調査サークルの部長を務めておりました。調査サークルと聞きますと、どういった活動を思い浮かべますでしょうか。一般に調査と呼ばれるものには、三つございます。現地調査、アンケート調査、追跡調査―――大学内のあらゆるサークルに営業をかけて、年に延べ50の調査を実施致しました。具体的に申しますと、管弦楽団から騒音調査の依頼がありまして、彼らの活動時間である、午後四時から八時までの間、練習の音がいったいどれだけ広がっているのか、また、周辺の住民たちはどう感じているかのアンケート調査の実施。その結果、騒音はそこまでひどくなかったために、彼らは安心して練習を続けることができました。私はサークル活動を通して、社会人としての基本的な能力と態度を身に付けれたと自負しております。つきまして、なぜ御社を志望したかと言いますと―――」

「ああ、志望動機はまだいいです」真ん中の面接官が言う。「また後でお聞きしますから」

「はい、ありがとうございます」深瀬は掴みは良かっただろうと、自信ありげに腰を降ろした。

「では、お隣の方どうぞ」

 背の高い顔立ちの良い女性だった。女性を三割以上確保しておくようにと、人事部から言われたのを、面接官たちは意識せざるをえなかった。どちらの性別からしても、差別と声を上げたくなるような指示だった。

「―――学科、黒田友里子と申します。私の将来の夢をここで述べさせていただきます。私は御社の海外拠点で働くことしか考えておりません」

 またか、と面接官たちは思った。学生たちが呪文のごとく繰り返すカイガイは、実際、海外が日常の一部となっている面接官にとっては、電柱にたむろする烏の鳴き声のようにこだました。

「どうして、海外なのかと申しますと、はっきり言って、今の日本の環境が最適だと思わないからです。いいえ、レベルがあまりに低いと思うのです。私は学生時代、英米に半年ずつ留学して、世界の優秀な学生たちとともに講義を受けました。もちろん、私自身の英語のレベルも、インド、中国、アラブ地域の学生たちに比べると、高いとは言えませんでしたが、それでもヴァージニア・ウルフの文体の議論に加わることはできました。しかし、日本へ帰って来て、周りの学生の勉強の意欲のなさにはつくづく失望しました。日本人は何のために大学へ通っているのでしょう。私はこのまま日本で働くことに、強い危機感を抱いています」

「はい、では、なぜ日本の企業に就職しようと思うのでしょうか」面接官は言う。

「経験のためです」

「わかりました、どうぞ座ってください」

 今回はくせ者がそろったな、面接官たちは溜め息を吐きたかった。ただ、彼女が優秀である可能性は高そうだった。

「では、一番左の方」

 村田が立ち上がるまでに少し時間が掛かった。染み付いた煙草臭と、脇の汗の臭いが混ざり合って鼻をくすぐった。昨夜、暗唱できたはずの自己プロフィールは、頭の中をどれだけかき回しても、真っ白な書面が思い浮かぶだけだった。二十年の間、自分がどれだけこういう場面を避けて来たのか、思い知らされた。

「どうぞはじめてください」面接官はいぶかりながら言った。

 村田は無言で頷いた。一次面接はこうじゃなかった、と村田は思った。一対一の面接だったが、それは静かなカフェの、背もたれの深いソファに座って、むしろ談笑に近かった。村田は、自分の名前を言えばおのずと言葉が続くはずだ、記憶とはそういうものだ、と思って最初の言葉を探っていたが、眼の前の面接官が追い打ちをかける。

「ほら、リラックスして。まだ、私たちは、君と近い立場なんだから」

「は、はい」

 下手なリコーダーみたいな霞んだ声だった。思わず深瀬は鼻で笑った。そうして、面接官たちの顔を見渡したが、気付いていないようだった。

 冷房のかたかたと鳴る音が、やけに目立つ。黒田はその音に嫌気がさし、その途端、部屋の臭いも気になりはじめた。まだ分煙すらままなない企業で、果たして契約どおりの福利厚生なんて望めるのだろうか――彼女はそう考えると、少しずつ辞退という言葉が、頭のなかの右側に浮かんできた。

 村田は気付かない内に、両手を臍のあたりで揉んでいた。それが彼の癖だった。この場所で、村田は自分が何も喋れないであろうことを悟った。それは極度の緊張のせいではなかった。彼がもし暗唱を思い出したとしても、隣のふたりの学生にはまったく太刀打ちできないからだった。村田が無理に文章に仕立てた面接用ノートは、彼自身を心酔させることはなかったし、彼の本音でもなかった。幻想を生むことなく、本心でもない言葉など現代では無用なのだ。村田は空虚だった学生生活を呪った。

「何もおっしゃる気がないのなら、次に進めますよ。いいですね?」

 面接官の言葉に、村田は頷いて腰を下した。

 深瀬は調査サークルと御社の業務の関連性について語り、いかに柔軟性のある社員になりうるかを語った。たしかに、彼の企業研究の熱心さは、面接官たちを驚かせるものがあった。ただ、なぜウチでないといけないのかと問いかけた時、彼の返答はしどろもどろになった。面接官たちは、それ以上突っ込むのを止め、深瀬が話したいであろう方向へと、質問の舵をきった。

 一方で、黒田の応答は完璧だった。まるで面接のマニュアル・ヴィデオを再現しているかのようだった。しかし、面接官たちが警戒したのは黒田の小馬鹿にしたような態度だった。大抵、こういったタイプの新人が、入社後すぐに辞めていき、それはあらかじめ決まった年行事のようでもあった。だが、容姿端麗で優秀なら人事部も文句は言うまい、それに後は上が判断することだと、面接官たちはそれぞれの頭で同じ結論に至った。

 それにしても、村田の取り扱いに面接官たちも困っていた。一次面接の評価もそう悪くはないので、単なるあがり症なのだろうと思った。ばっさり切り捨てて、残るふたりの面接に集中させることも可能だが、きっと後味が悪くなるのは自分たちの方だ。村田は何か喋ろうとする意志は見せていた。下唇を幾度か舐めまわしているからだ。村田が無言のまま立っている間、魅力に乏しい彼の提出書類を眺めていた。

 村田はまた何も言うことなく座った。深瀬の饒舌を耳にしながら、彼は一言でも言ってやろうと思った。言葉じゃなくてもいい。村田の学科の先輩が、かつて、ドレッシングの製造会社の最終面接で、ドレッシング一気飲みを披露して内定を貰ったという話を思い出した。彼は事前にそうした策略を用意していなかったのを後悔した。

「欧州勤務は競争が激しいですよ。まあ、どこの企業もそうでしょうけど。新人の内にそれなりの成績を残して頂かないと、おそらく、あなたの上司も支援はしてくれないでしょう」

「ええ、解っています。御社に入社してから、私が無能であったなら、私も諦めがつくと思うのです。ただ、私は覚悟を持って、御社を志望しているのを是非理解して頂ければと思います」黒田はきっぱりと言った。

 これは茶番だ、と村田は思った。この空間に生きた言葉など存在しない。学生と面接官が上辺の言葉で互いの腹を探り合いながら――上辺? いや、違うな。彼らは役者だ。学生は羊の皮を被って従順な動物を演じ、面接官たちは皮の中身を知っていながら、会社に差し出すための良質な羊毛の検品をしているのだ。

 黒田が座ると、村田の番が回って来た。面接官たちは、しばらく村田の顔を見つめながら、三人とも黒田はほぼ確定だろうと思い、これから、何十と相手しなければならない学生たちのことを考えていた。そろそろ締めて一服したい頃合いだった。面接官のひとりが痺れを切らし、「村田さん、言い残したことは?」と言った。

 村田はゆっくりと立ち上がった。彼の唇は微かに震えていた。

「―――てる」

 村田の言葉は、この空間の誰の耳にも、明瞭には届かなかった。

「え、今、何とおっしゃいましたか」

「ぜんいん、くるってる」

 村田はそう言うと、満足した表情でチェアに腰掛けた。ようやく、自分の本音が言えたことに心底満足していた。

 そうして、役者たちは、それぞれが抱いた感情のために、顔を崩れぬよう耐えていた。


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