かんちがい令嬢とおバカな攻略者たち
「お願いです。もう、ウルフ様を解放してあげて下さい!」
「はあ」
いきなり学校の裏庭に呼び出されて、何を言われるかと思えば……。
わたくしは呆れてしまいました。
わたくしはとある侯爵令嬢で、リリィと申します。
そして、わたくしを呼び出したのは、公爵令嬢のスイセン嬢とおバカな仲間たち。
彼女達たちは、いったい何をいっているのでしょうか。
「どういう意味でしょうか?わたくしはウルフ殿下を拘束した覚えはございませんが……?」
「しらばっくれるのはよせ!」
「お前が殿下を縛りつけているに決まっている!
「さもなくば、殿下がスイセン嬢の想いに答えないはずがない!」
仲間たちは口々にこちらを責めてきますが、自分たちがありえないことを言っているという自覚がないのでしょうか?
だからこそ、逆ハーレムとかができてしまうのでしょうが。
この世界は、『乙女ゲーム』とやらの舞台だそうです。
前世の記憶を持つ、というローズ様いわくですが。
ローズ様は幼いころに落石による事故で、馬車ごとガケから落ちて行方不明になっていました。
共に馬車に乗っていた母君が亡くなられていたため、ご本人の生存も絶望視されてしまったのです。
ところが、自身の魔力の強さゆえでしょうか。記憶こそなくしてしまっていたものの、無事に生きておられたのです。
いえ、なくしたのではなく、別の記憶に上書きされてしまったというのが正しいでしょうか。この時に、前世らしい記憶を思いだされたそうです。
そして今の自分についての記憶をなくし、ぼろぼろの衣装をまとった少女を、通りすがりの裕福な夫婦が見つけて、引き取ってくださったのです。
夫婦はローズ様に上流階級でも通じる教育をされました。
魔力をもつ者は、いずれこの学校に入学する必要があることをご存じでしたから。
入学直後、生徒は全員魔力検査と魔力紋の確認がされます。
魔力紋とは、魔力をもつ者が生まれつき胸元にもつアザのことです。これは、同じ紋を持つものはなく、紋をもとにした名前をつけるのが慣例となっております。そのため、記憶をなくされたローズ様のお名前は変わらずにすんだのです。
魔力紋の確認により、ローズ様の素性が判明いたしました。
侯爵は大喜びで、保護をしてくださった夫婦とお会いになり、ローズ様は双方の娘として在ることをお選びになったそうです。
本来ならここからゲームが始まるそうですが、ローズ様はゲームには関わらず、侯爵令嬢としてふさわしい在り方を学ぶことにされたそうです。
その姿勢と、ローズ様の優秀さを見初めた、レオン王太子殿下との婚約がなされたのは、つい先日のことです。
わたくしはローズ様とは親しくさせていただいていたため、この世界についてのお話を聞いておりました。
攻略対象のうち、レオン殿下のみ他の方との攻略はできず、レオン殿下を除いた他の方々ならば逆ハーレムもできる、と。
そこから考えるに、おそらくスイセン嬢も前世の記憶がある、ということでしょうか。
そして、スイセン嬢はウルフ殿下を除いてすべての方々を攻略済みということなのでしょう……。
スイセン嬢も攻略対象の方々も伯爵家以上でありますから、あの事もご存知だと思っていたのですが……。
「リリィ、やったよ!
カトレアの了解を得られた!」
うわさをすればなんとやら。ウルフ殿下が後ろからわたくしに抱きついてこられました。
「ウルフ様、なにをなさっているのです!
リリィ嬢は、あなたのような方にはふさわしくありません。離れて下さい!」
スイセン嬢が大声をだしました。
「はあ?
何をいっているんだ?」
ウルフ殿下の返事もわたくしと同じですね……。
わたくしは彼女たちの勘違いについて確認をするために、一つの質問をいたしました。
「スイセン嬢、双子が生まれた場合の王家のしきたりをご存知ですか?」
これの返事で見当がつくでしょう。
「双子が生まれた場合、後から生まれた方がひそかに殺されてしまうのでしょう。実際、レオン殿下は双子だったそうですけど、妹君はいらっしゃいませんし」
うんうんと、取り巻きたちもうなずいていますね……。
わたくしとウルフ殿下は、思わず顔を見合せて、はぁ、とため息を付きました。
「ぜっんぜんちがう。
もし、そうならば、存在すら隠すだろう?
だけど、レオン兄上に双子の妹がいたことを君たちは知っている」
「王家のしきたりをとは、双子が生まれた場合、後から生まれた方を王家からだす、というものです。
王家で共にあると禍をもたらすが、外部、特に外国にいくと国を繁栄させることになる。というものです。
ですからわたくしは、生まれてすぐに侯爵家に養子に出され、東の国の皇太子殿下との婚礼も決まっております。」
「え……?レオン殿下の妹?」
スイセン嬢も取り巻きたちも、呆然としてしまいました。
「そうです」
「俺がリリィになつくのは、たった一人の姉だからだ。
それに俺自身、西のカトレア王女に婿入りすることに決まったし」
「あら。ようやくカトレアに許しを得ることができたのですね。
おめでとうございます」
「ありがと。
というわけで、さっさと父上に報告にいくから」
「ああ、わたくしもそろそろ王太子殿下のお迎えに行かなくては。
それでは皆様、ごきげんよう」
かわらずにくっついてくるウルフ殿下と共に、この場を去ることにしました。
彼女たちについては、かるく報告しておけばよいでしょう。
なにしろ、あまりにもおバカなために、公的な仕事を与えないことがだいぶ前から決まっていますから。
彼らも生活の最低の保証だけはされていますし、スイセン嬢と仲良くしていれば国に大きな影響はないでしょう。
「スイセン嬢がなんかやってることは知ってたけど、あんなバカげた勘違いをしてたとは……」
「気にする必要もありませんよ。
彼らには国に迷惑をかける能力さえありませんから」
「それもそうか」
わたくし達はそのまま王宮にむかったのでした。
ーーー
「どういうわけ?
ヒロインがレオンルートにいったから、他のみんな全部わたしの物にしようとしたのに!」
「大丈夫だよ、スイセン嬢」
「そうそう。僕たちがいっしょにいるから」
「そうね。あなたたちはわたしのだもんね」
うんうんとうなずく、おバカな令嬢と取り巻きたちだった。
女性の名前は花言葉からとりました。
リリィ 飾らぬ美
ローズ 愛
カトレア 優雅な女性
スイセン うぬぼれ、偽りの愛
……ナルシスとか、ナルキッソスとかを女性の名前にはできませんでした……