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「ただいまー」


「お。帰ってきたね。初日の教習どうだった?」


 帰宅すると俺のスポンサーでもある姉の遙香が、キッチンから声をかけてくる。


「あー。ハル姉ちゃん、また親父のビール飲んで。あとで怒られるぞ」


「いいのよ。お父さん、一緒に晩酌つきあってあげると喜ぶんだから」


「いまは姉ちゃん一人じゃないかっ」


 キッチンでそのまま手を洗って、居間に腰を下ろす。


「堅いこと言わないの」


「ただいま帰った」


 どうやら父親が仕事から帰宅したようだ。


「おぉ。祐。どうだった教習所は?」


 思えばここまでが長かった。

 とくに父親の説得については、春休み中ずっとかかったわけで。


「って遙香! それはわしのプレミアムビールだぞ!」


「ほら。やっぱり」


「えへ。お先、いただいてまぁ~す」


「遙香!」



◇◆◇



「祐! 宅配系のバイトなら原付でいいはずなのに、なぜ中型免許なんだ!」


「ハル姉ちゃんだって持ってるじゃん」


「祐ぅ。あたしは自分のお金で取ったんだからね」


 ――三月。入学前の春休み。

 もう何度となく父親と姉と俺とで繰り返されてきたやりとりだった。


「ったく。社会人なめんなよ」


 プシュッ。


 俺より八つ年上の姉の遙香が、風呂上がりに冷蔵庫から取り出した缶ビールを開けながら絡んでくる。


「んぐっぐっ。ップハァアあ。んめー! んで? どうしてあんたは中免ほしいのよ?」


「遙香! そ、それはわしのプレミアムビールだぞ!」


「入学を控えて、おおかた、新学期デビューに箔つけてイキがりたいってとこなんでしょ?」


「ち、違ぇよ」


「じゃあなによ?」


「………………なんていうか、その」


 恥ずかしくて、いままで内緒にしたままだった理由を口にする。


「俺、これまでずっとガキだったし、一つでいいから自分に自信が持てるようなものがほしくて……」


 父親と姉は無言で聞いていてくれた。


「けど、親父の言うことももっともだし、やっぱ最初は原付免許に――」


「ふ~ん。あんた、悪い友達にそそのかされてって訳じゃないのね?」


「……へ? う、うん」


「くすっ。あはははは。まあ、あんたみたいな草食系にそんな悪そうな友達いるわけないっか」


「な、なんだよそれ!」


「お父さん――」


「…………」


 改まって座り直した姉を、父親が無言で見つめていた。


「お金ならあたしが出すしちゃんと安全運転させるようにするから、だから祐に、中免とらせてあげちゃダメかな?」


「ハル姉ちゃん……」


「…………」


「…………」


「…………」


 ガタッ。


「…………ふん。勝手にしろ」


 そう言って父親が席を立った。


 重苦しい空気がキッチンのテーブルに覆い被さる。


「あの、親父――」


「遙香!」


「……はい」


「教習所の費用はわしが出すからおまえは出さんでいい」


 父親がこちらを振り向かずにそう言った。


「……え?」


「その代わり、だ。……その、れ、冷蔵庫にプレミアムビールを補充しておけ」


「はい! あ。でも……。じゃあ、教習所あたしも半分だすね」


「ふん。勝手にしろ。それから祐、修了検定に落ちんようにするのは当然だが、学園の勉強も手を抜くんじゃないぞ」


「はいっ」



◇◆◇



 春休みにああして姉が説得してくれなかったら、きっと父親も許してくれていなかっただろう。


「遙香! 風呂から出たらわしも飲むから準備しておけよ」


「は~い」


 ネクタイを緩めながら、父親が風呂場に向かった。


「んで? きょうはどのへん教わってきたのよ?」


「うん。それが……」


 隣の席の女の子にみとれていて、よく聞いていませんでした。

 なんて言えるわけねえよ。


「どうせかわいい女の子にでもみとれて、学科聞いてなかったんでしょ」


「……っ」


 な、なんでわかったんだ。

 エスパーかよ。


「……え? ちょっとあんた、……本当なの?」


「い、いやあ。あはははは」


「あははじゃないでしょっ!」


 姉が真面目な顔でこちらを向く。


「祐」


「は、はい」


 思わず居住まいを正す。


「免許とるってのはね、そんないい加減なことじゃダメなの」


「ご、ごめん。お金ならバイトしてきちんと返すから――」


「お金なんて関係ないの!」


「…………」


 酔っ払っているわけでもなく、真剣な表情の姉がまっすぐに見つめてくる。


「いい? お金なんかの問題じゃなくて、危険だから言ってるの。いい加減な知識のまま取得できちゃったとして、あんたが事故でも起こして死んだらどうするつもりなの?」


「…………」


「お父さんに大見得切ったあたしは、棺の前でどんな顔すればいいのよ!」


「…………ごめん」


 そうだよな。

 自分で手に入れるって決めた武器なんだ。

 自分が責任を持たなきゃ、かっこわるくて一人前とは言えない。


「ハル姉ちゃん。心配かけてごめん」


 俺はもう一度、姉に謝った。


「これから部屋で教本読み直す」


「……うん。わかればよろしい。わかんないところがあったら訊きにおいで」


「うん。ありがと」


 席を立つと、ちょうど風呂上がりの父親が戻ってきた。


「遙香。わしのビールを出してくれ」


「は~い」


「それから祐」


「はい」


「学園の勉強も、おろそかにするんじゃないぞ」


「は、はい!」


 聞かれていたか。


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