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「如月くんは、このあと何か用事あるの?」
「え? いや、別に。特にないけど?」
「じゃあさ、ちょっと付き合ってもらっていいかな?」
「え? え?」
な、なにこの青春ストリートな展開?
うっかり男子が多い学校に入っちゃったからへこんでたけど、教習所入校初日でいきなり逆転ホームランですか!?
「どっちなの?」
またしても黒目がちな瞳が尋ねている。
「えっ、あ。うん。大丈夫だよ」
「じゃあ、いこっ♪」
彼女がどうしてもお礼がしたいと言ったため、とりあえず二人で駅前のファストフード店に入った。
この教習所に入って、宝くじに当たりました!
この教習所に入って、パチンコで勝てるようになりました!
この教習所に入って、彼女ができました!
「…………」
雑誌の裏に載ってそうな怪しげな貴石の広告が思い浮かぶ。
まあ、ふつうに考えればただのお礼だろうな……。
出会って一目惚れしてすぐ告白なんてそんな展開あるわけないと思いつつ、やっぱりどこかで期待しているわけで。
「如月くんはなににする?」
「え? あぁ。でもホントになんでもいいのかな?」
「大丈夫、大丈夫。って、まさかメニューの端から端までとか言わないよね?」
「お。それもいいね」
「ちょっと、冗談でしょ!?」
いいね、いいね!
こういうの求めていたんだよ。
女の子との気軽な感じの会話!
「……で、その、本当に頼むつもりなの?」
「あ。いや。もちろん冗談だよ」
「もぅ! 早く決めて」
晩飯代わりのチーズバーガーセットをトレーに載せて(あ、代金は彼女が払ってくれた)二人で窓際の席に着く。
「あのさ。か、神田さんは……」
「紫織」
「え?」
桜色の小さな唇が、ioiの形に動く。
「し、お、り。キミのアドバイスのおかげで、あのあともう一度やってみたらうまくいって、だから入校できたんだもん。特別に呼び捨てでいいよ」
「あ。うん。し、紫織はその、どうしてあんなことまで言われたのにバイクの免許をとろうとしたの?」
「ほんっと、あの教官ってばヒドイよね。ふつうあそこまで言うかなぁ。だって、いくら学校っていってもお客さんだよっ。わたしやほかの生徒の支払うお金で、あの教官の給料でてるんでしょう」
「ま、まあ、そうだろうけど」
「だったら、あんな言いかたしなくてもいいと思わない?」
紫織が思いきりハンバーガーにかぶりつく。
「あぁもうっ。思い出したらまた腹が立ってきたっ!」
また紫織が思いきりハンバーガーにかぶりつく。
「けっひょく、自分たちのほうが上らって思ってうのよ」
またまた紫織が思いきりハンバーガーにかぶりつく。
「らいはいはぁ、いきないやれっていっへもでひうわけないあん」
ぷんすかと擬音が聞こえてきそうなくらい紫織は怒って、ぱんぱんに頬を膨らませて――
「って、紫織っ。ハンバーガー詰め込みすぎ」
「ふが? ッゴフ」
「あああ。ほ、ほら、ジュース飲んで」
「っくふ。ング」
「落ち着いて。ああ、こぼれてるよ!」
「ング」
「ケチャップ、ケチャップ。待って。紙ナプキンを」
「だいにょううぶぅ」
「しゃべるか飲み込むかどっちかに!」
「く……、ふぅ。はぁ、はぁ。……この若さで、死ぬかと思った」
紫織はドリンクでバーガーを流し込んだらしい。
「付いてるよ、ケチャップ」
俺は自分の右頬を指でたたいた。
「え? こっち?」
「逆、逆」
「ん。まあ、どうせまた付いちゃうし、後でいいや」
そしてまた紫織はハンバーガーを食べ始めた。
「ぷっ。腹が立ってきたんじゃなくて腹が減ってきたの間違いなんじゃないの?」
「なっ――。キミねぇ! もうっ」
今度こそ本当に、紫織はプクーッと頬を膨らませて怒った顔をする。
「あ。ご、ごめん。本気で言ったわけじゃなくて……」
「ふふふ。わかってる。冗談だよ」
そう言って紫織はころころと鈴が鳴るような声で笑った。
無邪気な幼い笑顔にドキッとする。
「な、なんだよ。ったく。あ。それより、明日からはどうする?」
カリキュラムの予定表を取り出す。
「うーん。どうしよっか。技能は一日二コマまでしか受けられないんだよね?」
「そうらしいね」
「わたし、あまり体力ないし、まだ慣れてないから、やっぱり技能って苦手なんだよなぁ」
たしかに紫織の華奢な腕じゃ、車体を扱うコツをつかむまではゆっくりしたペースで慣れていったほうがいいのかも。
エンジンの仕組みや道路標識など、さきに覚えたほうがいいことがたくさんあるし。
「じゃあさ、とりあえず明日は学科を受けよっか」
「そうだね。ねえ。だったら学科とシミュレータやってみない? 本格的に実車に乗るまえにやっときたいんだよね、アレ」
シミュレータってのは、ゲームセンターにあるような、なんちゃってのバイクもどきの筐体にまたがって、目の前のモニターを見ながら運転シミュレーションをする教習のことだ。
「あ。でも、如月くん。明日も学校なんでしょ? 授業は今日と一緒の時間に終わるの?」
「え? うん。大丈夫だけど、紫織は?」
言ってから気づく。
そういえば紫織は制服ではない。
「ん?」
今日は学科だけのつもりだったのか、スカートに、かかとが低めのパンプスをはいている。
シフォンのカーディガンの下から、控えめなバストが淡い藤色のブラウスを押し上げていた。
ワイルドにアメリカンなバイクを転がすうちの姉みたいな巨乳も悪くないけど、俺としてはこのくらいが主張しすぎずちょうど……、いやいや、そうじゃなくて。
まあ、私服の学校だってあるはずだよな。
「どうしたの?」
「い、いや。なんでもない」
やばいやばい。
気づかれて、ないか。
「わたし、明日は午後の授業はないから」
「そ、そっか。じゃ、きょうと同じ時間に」
どうやら大丈夫らしい。
「うん、わかった。第二教室だね」
「あ……」
「?」
「右側、ケチャップ付いたままだよ」
「あわゎ。し、しまった……。ううぅ、もう乾いちゃってるし……」
「くっ、あははははっ」
「ふふふっ」
それから俺と紫織は、早く自分のバイクを買いたいねとか、免許がとれたら一緒にツーリングに行こうとか、そんな他愛のない話をした後で店を出た。