01
いろいろとこじらせていますが、よろしくお願いします。
新学期特有の期待にあふれた雰囲気が、よそよそしさに包まれて漂っている。
ホームルームが終わると、隣の席の生徒が話しかけてきた。
「如月くん。部活、もう決めた?」
先日、自己紹介を終えたばかりだから、なんだかまだ会話もぎこちない。
「ん?」
かばんを持って立ち上がりながら答える。
「俺は……、帰宅部。かな」
四月生まれの俺は、入学してすぐバイクの免許をとるため教習所に通い始めた。
暴走族に憧れてるとか新学期デビューのヤンキーってわけでもなく。
かといって風になりたいとか将来の夢はレーサーってわけでもない。
――ただ、自信がなかっただけなんだよな。
人より勉強ができるわけでもなく、運動ができるわけでもなく。
そんな平均的に凡庸な自分に自信がもてなくて、だから、なにかひとつ武器がほしかったんだ。
それが普通二輪免許。
――我ながら単純だよなあ。
英検とか簿記みたいな資格でもよかったんだけど、バイクの免許があれば、このさきバイトの幅も広がるだろうし。
そんなわけで、学園帰りの教習所通いも今日で二日目。
いよいよ学科に技能と本格的に始まるんだが、教本をぱらぱらとめくりながら学科の準備をしていると……、
「ここ、空いてる?」
「え?」
いきなり声をかけられた。
ん?
この顔、どこかで見覚えがあるな……。
でもどこだったっけ?
学園か?
――いや待て待て。
入学したてでまだクラスメイト全員の顔もおぼろげだ。
っつーか俺、男子校だし!
「どっちなの?」
黒目がちな瞳が尋ねている。
「あっ、あぁ。うん。空いてるよ」
「サンキュー」
そういって彼女は、俺の隣の席に腰掛けた。
ふわり――
長い髪からいい香りが広がる。
「昨日は……、助かったよ」
「え?」
「如月祐くん、だっけ」
「あ。うん。あれ? 俺、名前、教えたっけ? っていうか、え? 昨日って?」
「あ。ふふふ。ごめんごめん。昨日の事前審査で――、うわわゎ、教官きちゃったね」
「え?」
教室のドアから先生が入ってきて、学科の授業が始まる。
「…………」
「…………」
学科の一時限目は二輪車の発進や変速などの説明だったが、ころころと鈴のように笑った彼女の声が耳の奥でこだまして、授業の内容なんてまるで頭に入ってこない。
つい、ちらちらと隣に目をやってしまう。
――う~ん。この娘、誰だっけ?
彼女はまっすぐまえを見て、クラッチについての説明に聞き入っている。
たぶん俺と同じ歳くらいかな。
……まつげ、ずいぶんと長いんだなあ。
昨日っていうと、たしか――
そのとき、彼女がちぎったノートの端に、なにか書いて渡してきた。
『昨日は助けてくれてありがとう(≧∇≦)』
最後のは、顔文字か? しかも手書きで。
昨日は入校前の事前審査だったよな。
…………。
……。
……あ。
普通二輪免許を取得するためには、入校するまえに、事前審査ってのがある。
・バイクを押して移動する
・センタースタンドを外す、スタンドをたてる
・倒れたバイクの引き起こし
の三つの事前審査をクリアしないと、入校すらさせてもらえないってのも、初心者がバイクを敬遠する理由に十分なってる思う。
隣に腰掛けてきた小柄な彼女は、昨日の審査で最後の一つ、倒れたバイクの引き起こしがどうしてもできなかった。
「もうやめろ! あきらめろ! 向いていない! ほら危ない! そんなことじゃ周りが迷惑する!」
教官にも、さんざんひどいことを言われていた。
まあ、教官がそんなこと言うのもあえてのことらしいんだけど。
じっさい、何度やってもできない人が入所しても、けっきょく免許も取得できず受講料を無駄にしてしまう。
そんな人の入所をあきらめさせるのも仕事のうちだと聞いたことがある。
「じゃあ次の人」
それでもあきらめきれないのか、泣きながら、列の最後に並び直そうとしていた彼女に俺はささやいた。
『腕じゃなくて足の力を使って起こすといいよ。腰を入れるんだ。見てて』
ってなんで俺がそんなコツを知っているかというと、八つ年上の姉がバイク乗りで、この日のために教えてもらっていたから。
俺をアメリカンの後ろに乗っけて遊びに連れて行ってくれていたのに、最近は仕事が忙しいらしく、まるでかまってくれない。
まあ、社会人だし当然か。
教習所の費用を工面してくれた姉には全面的に頭が上がらないわけで。
「次っ、早くしなさい!」
「す、すいませんっ」
まずは車体を押して移動する。
実はこれが意外とキツイ。
とくに最初の一歩。
胸と肩から、固定した腕を押し出すようにして、さらに車体のバランスも取りながら、移動開始っと。
「はい。OKです」
お次は、センタースタンド。
「ヨッ……、と」
「はい。OKです」
そして最後が、倒れているバイクの引き起こしだ。
俺がちらっと先ほどの彼女のほうに視線を向けると、黒目がちな瞳が真剣にこちらを見ていた。
大げさに両足で踏ん張る仕草をする。
少し尻を振るようにして、ホラッ、ここが重要ですよ~。と彼女に向かってアピールしておく。
「…………」
クソッ。照れるな。
腰を固定したら下半身に力を込めて、脚力メインで一気に、グイッ……、と。
「ふう……」
「はい。OKです。じゃあ、次の人」
もう一度、列の後ろを見たとき、彼女はスクワットのような、四股を踏んだ力士が立ち上がるような動作を繰り返し練習していた。
そうそう。そんな感じ。
がんばれ。
事前審査は名簿順だったから、たしか名前は――
「昨日は本当にありがとう。わたしは神田紫織。あらためてよろしくね、如月くん」
「あ。う、うん。こ、こちらこそ、えっと、よろしく」
はにかんだような彼女の笑顔に、思わずみとれてしまう。
いつのまにか、授業は終わっていた。