7話
世界は汚くて怖い。だから、いつ、自分の物を奪われるかわからないよ――あいつは耶夜から全てを盗っていった。許すなんて選択、あるわけがない。
☆★ ★☆
薄暗い路地を抜け、大きなビルをぐるりと回る。
世界には、何が広がっているのか――
「何……これ」
世界は、コンクリートの塔で溢れていた。
「ビルの向こうはビル」
「でも、だって……」
空は無限に広がっていて、星は一杯に散りばめられていて――
「何か、望んでいたものは手に入ったか?」
「っ!」
何も、無い。
望んでいた世界など、そこには広がっていなかった。
「何を恨んでいるのか知らないけど、ビルに当たるのはよくないんじゃないか」
「でも、こいつが何もかも奪っていったのよ!!」
「ビルが?」
「……」
耶夜の父は大きな会社の社長だった。彼は家族を顧みず、いつも仕事、仕事だった。そして、母が病に倒れたときも、逝くときも、最後まで一度も耶夜の側に来てはくれなかった。
「このビルの社長はね、家族の幸せよりも、会社の利益を選んだの。そして、私から全てを奪っていった」
母が亡くなってから、さらに仕事に打ち込むようになった父を耶夜は恨んだ。幸せも、愛も、父は耶夜から奪ったのだ。
「憎まずにいられる? 母の最後を看取りにも来なかったのよ? 仕事ばかりで。このビルだってそう。母が亡くなった後に建てたものよ」
だから耶夜は、父のいない、幸せに満ちあふれた世界へ行きたいと願ったのだ。
「何も、いらなかったのに……」
ただ、側にいてくれるだけでよかったのに。
「自分が悲しんでいるときに、側にいてくれなかったって?」
「……」
「自分の事を忘れて、仕事ばかりしていたって?」
「……そうよ」
睦から、小さな溜息が聞こえてきた。
「前に耶夜が聞いた、あのビルの上の蒼い星について教えてやろうか」
「……え?」
不意に、睦が口を開いた。
高いビルの先を見ると、今日もそこには蒼い星が輝いていた。近くで見ると、その不自然さに気がつく。
どうして、あの星はいつもあそこにあるのだ――
「あのビルの先にあるあれは、電波塔のライトだよ」
「電球ってこと?」
その時見た睦の横顔は、いつも耶夜がからかって遊ぶ少年の顔ではなく、青年の顔をしていた。
「名前はyaya。意味は父の夜を照らす者」