表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

5話


☆★   ★☆



高いビルは、そのアンテナのてっぺんに、今日も星を一つ乗っけていた。微かに瞬いている。

「今晩は、睦。今日も虫食い穴は、健在だね」

「……コンバンワ」

こうして顔を合わせるのは、実に一週間振りだ。

「あれれぇ? その顔は、あたしに久し振りに会ったって顔だね。んん……でも、残念。あたしは毎日来てたのです。会えなかったのは、睦が毎日ベランダ(ここ)に出なかった所為さ」

ビシッと耶夜の指に指される。

「……」

「……もしかして、毎日ここに?」

何が、毎日来てただ。本当に、無意味な嘘を吐く。

勿論、睦は毎日こうしてベランダで葡萄ジュース片手に立っていた。

別に、何かを期待していたり、誰かを待っていたわけではない。

「こうして、空を見上げてたの?」

「……」

缶を開ける。炭酸の抜ける小気味よい音がした。

「独りで?私を待っ――」

「待ってはいない。別に」

見事に被った。

くそっ、これではそうだと言っているようなものだ。

「んふふっ」

ふてたように転がると、頭上で缶を開ける音がした。

「今日もアボガドチョコ(アレ)?」

「そう」

空を見ると、この間より少し細くなった月があった。少し青白く、周りも照らすように輝いていた。

「あのビル、邪魔」

「どれ?」

不意に、不機嫌そうに耶夜が腕を伸ばした。横になっていると、手すりにもたれ掛かって遠くを指す耶夜の指の先は、全く見えない。ワンピースから伸びる、白く細い足が見えるだけだ。

「邪魔よね」

「……あぁ」

「見てないでしょ」

「……」

「……どこ見てるの」

すっと耶夜が離れる。

別に脚を見ていたわけではないのだが。

「はぁ……分かったよ」

隣に立って見ると、耶夜の指差すそれは、この間建ったあのビルだった。

「そうか? 別に空見えるし」

「いやいやいやいや! 絶対駄目!!」

くるりとそのまま振り向くので、長い耶夜の髪が顔を打った。

「いてっ」

自分の"間合い"ぐらい、知っておいてほしい。

痛む頬をぐりぐりと押す。

「あのビルの向こうにも、空は広がってるんだよ。隠されるなんて、勿体無い。あたしは認めません!」

わざと頬を膨らましたその仕草も、耶夜がすると様になる。耶夜のように綺麗な顔ならば、例え何を言っても、何をしても、顔をしかめられることはないだろう。いや、既に何度か、睦は顔をしかめたことがあるが。

「ちょっと、睦、聞いてる?」

「あぁ、はいはい」

「あたしは、あんな鉄と土の固まりが、光を隠してしまうのが許せないの」

認めるも認めないもないだろう。

「建ってしまったもんに、文句を言っても何もならないと思うけど」

そう言うと、耶夜はむむむっと顔をしかめ、自棄酒ならぬ自棄アボカドチョコをした。

大きく煽り、手すりに缶を打ち付ける。

「だからあたしは、空を飛べればいいと思うの」

「……は?」

何故、そういうことになるのだ。唐突すぎる。

話が飛躍しすぎて、睦は一瞬フリーズしてしまった。

「こんな羽の翼があれば、どこまでも飛んでいけるでしょ?」

小さな鈴の音が、耶夜の手から漏れる。

「あ、その羽」

「そう。睦が拾ってくれたやつね」

耶夜が取り出したのは、以前、睦が拾ったあのキーホルダーだった。

「どこまでも、どこまでも、あたしは飛んで行きたい」

夜空に大きく腕を広げるその姿は、渡鳥を思い起こさせた。

空に向かって瞳を閉じる耶夜。

気がつけば、いつかと同じように、またその手を掴んでいた。

「飛んで、どこに行くんだ?」

「どこに……」

ぴたりと動きが止まる。

白い体が不安げに揺れる――

「私は……どこに行けるんだろ」

夜風が長い髪を撫でていく。

「あたしは、どこに行くんだろうね」

次の瞬間、耶夜はまた笑っていた。

「誰も、止めてくれやしない」

「何を?」

「ふふっ。睦だけだ」

ふわりと笑んだその顔は、どこか寂しげだった。

「この間の答えは見つかったかな?」

「は?」

ぱっと、手の中から耶夜の手がすり抜けていった。

「私が何に手を伸ばしていたのか」

「……さぁな」

「あ、次までに答えを見つけれてない場合、アボガドチョコを飲んでもらうからね」

「はぁ!?」

またしても、突然すぎる話の展開だ。

「罰ゲームだよ」

「罰ゲームって、やっぱり不味いんじゃないか、そのジュース!」

「何を言ってるんだい君は。相手の嫌がることじゃないと、罰ゲームにならないではないか」

確かにそうだ。相手が喜べば、それは罰ゲームにはならない。その点、睦は本気で、あのジュースを試したくないと思っている。

「まったく君は、まだまだだねぇ」

ぽんっと耶夜の手が睦の頭に置かれる。

それにしても、癇に障る話し方だ。

「じゃぁね」

「あ、おい!!」

ひらりと手を振ると、またしても耶夜は、手すりを乗り越え、闇夜に姿を消したのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ