4話
大きな月は、まるでそこだけ空に穴が開いているようだった。
すぐ隣に耶夜の顔が並んでいる。
「今日はおっきな穴だねぇ」
耶夜の小さな手が、空に向かって伸びている。
届くわけがないのに。
「この暗い世界の向こう、あの穴の向こうにだけ、明るい世界が広がってるみたい」
「じゃあ、あの星は?」
「ベールに出来た、小さな虫食いの穴」
けらけらと笑うと、耶夜は身を起こした。そのせいで、左隣から冷たい風が吹き始め、睦は身を震わせた。
「あ、どこかで見たと思ったら、体育館のカーテンに似てんだ」
かけっぱなしにされている体育館の暗幕は、たまに引くと、虫食いの所為で出来た穴で所々小さく光っていた。
「あははっ、そう、そう。穴から向こうの光が漏れてるの」
ふらふらと、まだ、耶夜は空に手を伸ばし続けていた。その手はどこか不安定で、思わず、その手首を掴んだ。
「おいっ」
「ん?何」
揺れるその手が頼りなく、そのまま空に吸い込まれてしまうのではないかと思った。
思わず掴んだが、そんなことを口に出せるはずがない。慌てて手を離し、ごまかす。
「何でさっきから手、伸ばしてんだよ」
「ん〜……睦は何でだと思う?」
「さぁ……」
何かを掴もうとしているのか、探しているのか、そんなふうに見えた。でも、それだけだ。
「さぁって、睦は想像力が乏しいねぇ。貧相だ」
耶夜は小さな口を尖らせて、不満げな目を向けてきた。
「じゃあ、何を掴もうとしてんだよ」
「掴もうとしてるように見えた?」
ニヤリと口元を上げたのが、寝ていても分かった。
揺れる腕は、月へと伸ばされている。今夜は、大きな大きな満月だ。
「よし、これは想像力の乏しい睦への、宿題にしてあげよう!!」
「はぁ!?」
ワンピースだというのにいきなり立ち上がった耶夜に、思わず大きな声が上がる。
睦は慌てて顔を腕で覆った。
「また明日」
そのまま耶夜が音もなくそこを立ち去るまで、睦は顔を覆ったままだった。
何故立ち去ったことが分かったのか――そろりと腕を避けてみても、既にそこには白い脚が無かったからだ。
「いや……別に、残念とかは思ってないし」
虚しい男子高生の言葉は誰かに聞かれることもなく、闇夜に溶けていった。