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3話


夜空を見上げるのは好きだ。星の名前は一つも言えやしないけど、真っ暗な世界の中一つ一つが輝いていて――

「綺麗」

テラスに出ると、既に彼女はそこに座ってジュースを飲んでいた。

「今晩は」

「……コンバンワ」

どうも、一晩では慣れない綺麗さだ。

何故、嘘を吐いたのか、本当はどこに住んでいるのか、色々と渦巻くものがある。

今日は昨日とは違った色のワンピースを着ていた。

「星ってなんで、あんなにも小さい存在なのに、輝いていられるんだろうね」

「さぁ」

科学的なことは求められていないと分かっているので、適当に相槌を打つ。

「なんか……ずっと見てると、こう、目の奥に沁みてくるよね」

「……」

そうだな――なんて簡単に言えなかった。

自分が言いたかったことをこんなにもピタリと言い当ててくれる人が存在するなんて――

「今日は何のジュース?」

「葡萄」

口の中に、炭酸独特の小さな痛みがはじける。

「葡萄、好きなんだぁ」

うんとも何とも答えぬまま、睦は只、真っ直ぐに空を見ていた。

「耶夜……さんは?」

「やだ、耶夜でいいよ。あたしはね……」

ニヤリと耶夜の口元が上がる。

「何だと思う?」

横目で隣を見ると、既に飲んでいた缶を体の影に隠している。早い行動だ。だが――甘い。

「アボガドチョコ、だろ?」

「何で分かったの!?」

綺麗な瞳を大きく見開き、耶夜は睦の方へ身を乗り出してきた。ふわりとチョコの甘い匂いがする。

「ね、何で?」

「チョコの匂いがする」

「あ……なる程。流石、睦探偵」

「いや、探偵じゃねーし」

「やっぱりこれはいいよね」

耶夜はそのまま笑って缶に口をつけ、喉を上下させた。本当に美味しいのだろうか――と少し興味を持って見ていると、それに気が付いたのかニヤリと耶夜が笑う。

「飲みたいの? でも駄目だよ。これはあたしのだから、あげない」

「いや、別にいらない」

あくまで見ていただけだ。貰ってまで飲みたいとは思わない。むしろ、全力でお断りだ。

缶を守るように、耶夜が身を引いた。

「取り上げようとかしないし」

「いやいや、どうかなぁ? 世界は汚くて怖いからね。いつ、自分の物を奪われるか分かんないよ」

耶夜は缶を睦から離れたとこへ置くと、指を横に揺らし、チッチと舌を鳴らした。

一度、自分から奪って飲んでおいて、よく言えるものだ。

責めるような目で耶夜を見ると、耶夜は笑ってまた空を見上げた。

「あ、あれ」

不意に、耶夜が空を指差した。

「どれ?」

「あれ。あれだよ」

あれあれ言われても、空に星は無数に散らばっているのだ。どれのことを言っているのか、さっぱり分からない。目印などあるはずもない。

「あれ、あの青く光る星。ビルのアンテナの先辺りの」

「あぁ、あのビルか」

それは、先月近くに建った大手企業のビルだった。あのビルのせいで近隣の住居ではいくつか問題が上がったらしいが、このアパートは巨大なビルの影響を受けず、風通しもいいし、空だっていつでもみることができた。

「何て星かな? あれ」

耶夜が指していたのは、そのビルの上で輝く、青い星だった。

「……さぁ」

缶を傾けると、炭酸はもう大分抜けてしまっていた。

「あぁ、そうだ。これ」

動いたときに聞こえた、鈴の音で思い出す。睦は耶夜に、すっかり忘れていたキーホルダーをポケットから取り出して見せた。

「耶夜の?」

「!」

驚いた反応からして、どうやら当たっていたようだ。

「あたしの!」

「えっ、ちょ――」

急に立ち上がって手を伸ばした耶夜の体は、風に煽られ、テラスの外に大きく傾いた。

「うひゃぁ!!」

「ばっ!?」

慌ててその細い腕を掴み、強く引く。ぴんっと張った筋肉が痛んだが、なんとか耶夜の体は腕の中に収まった。

どくどくと、血の流れる音が耳の奥でする。

「かぁ……。こんの馬鹿!!」

「ご、ごめんね」

「怪我する気か!?」

「ごめん、ごめん」

謝り方は軽かったが、その硝子玉のような瞳は大きく開かれていたので、耶夜も驚いたのだろう。

一瞬強く吹いた風も、今は穏やかに耶夜の髪を撫でている。

「いやぁ、ちょっとばかし驚いたね」

「そんな慌てなくても返すよ。ほら」

そのまま耶夜の手を取り、羽を落としてやると、嬉しそうに笑った。

随分と大切な物だったんだな。

「有り難う。んじゃ、あたしはもう帰るね」

「は?」

あまりにも急な話に、つい、間抜けな声が出た。

いや、時間帯的に帰ってもおかしくはないのだが、急すぎる。

「缶は残しといたげるからどうぞ」

「は?」

「じゃね、また明日」

そう言うと、迷わず耶夜はテラスから飛び降りた。

「はぁぁぁぁ!?」

睦が慌てて手すりに駆け寄ったときには、既に耶夜の姿は消えていた。

「あ……一階だった」

すっかり忘れていたが、飛び降りてどうこうなる高さではなかった。

「結局、隣人じゃねぇし……」

二日目の今日分かったことは、耶夜はこのアパートの住民ではないこと。

「……から」

耶夜が残していった缶を手に取ると、想像していた重さはなく、降っても水音はしなかった。

「……」

二つ目は無意味な嘘を吐くことだった。




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