10話
☆★ ★☆
プシュッと炭酸の抜ける音とともに、薄蒼色の泡が吹き出る。
「うあっと……」
慌てて泡に口をつけ、すする。
少し間抜けな格好だが、どうせ誰も見てやしない。
「ふふっ」
その時――
不意に柔らかな笑い声が隣からした。
缶に口を付けたまま、横を見る。
「今晩は」
「……コンバンワ」
薄い、白に近い黄色の髪を風になびかせ、月光に照らされ碧い瞳は硝子玉の様に輝いていた。
「ねぇ、それ何飲んでるの?」
「……葡萄」
「あはははっ、やっぱりね〜」
そこにいたのは、相変わらず、アボカドチョコを片手に揺らしている耶夜だった。
「久し振りね、睦」
「久し振り」
あれから約ひと月ぶりだ。
監視は終わったが、引っ越すのも面倒で何となくあのまま住み続けていた。
「やっぱり、アボカドチョコ(それ)なんだな」
「これ、好きだから」
重たそうに缶が揺れる。
「"社長"と一緒なんだな」
「……うん」
睦が秘書をしていることは、もう父親から聞いているのだろう。勿論、耶夜の監視をしていたことも。
「嘘」
「は?」
「こんなジュースのどこがいいんだか」
不意に立ち上がると、耶夜は缶をひっくり返した。テラスの向こうの土に、ジュースが消えていく。
「あの人、味覚がおかしいのよ。私は母似だから」
「確かに」
「それは、何に対しての確かに?」
「……」
それは勿論、全てに対してだ。
「……あんな事してたけど、何だかんだで、父と繋がってたかったんだろうな……」
空になった缶が軽い音を立てて、手すりに置かれる。
このひと月、何があったか詳しくは知らない。何となく、榛名から毎日娘が帰ってくると聞いていただけだ。
「ねぇ!! 睦はあたしの何に当たるわけ?」
「は?」
興奮を押さえきれないように、耶夜が睦の方へ身を乗り出してきた。
「父に引き取られたわけでしょ?」
「ん? あぁ……まぁ」
「兄? それとも弟?]
「いや耶夜とは同級だし、別に、どちらでもないよ」
「そうなの? てことは、高校二年?」
「学校は通ってないけど」
秘書をするだけの能力はあったため、特別学校に通う必要もないと考え、睦は働いていた。
確か、耶夜はいいところの学校に通っていただろうか。
「俺は拾われただけで、養子縁組はしてないから」
「なら、兄弟ではないわけね」
そんな事をわざわざ聞いて、どうするのだろう。
よく分からないが、こくりと頷く。
「よかったぁ」
「何が」
「別に。何でもない!!」
心なしか、嬉しそうだ。
「そっか、兄弟じゃないんだ」
ぶつぶつと、小さく何かを呟いている。やはり、耶夜のしたいことは何だか、さっぱり分からなかった。
「ねぇ、睦」
「ん?」
静かな耶夜の声が、星空に響いた。
「有り難う」
柔らかな髪がふわりと広がる。
月光に照らされる、幸せそうな笑顔。それはまるで、テラスに舞い降りた天使のようだった。
最後までおつきあいくださり有り難う御座いました。




